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そう、だから君を奪うことにした  作者: 瑞月風花
第三章『自由な空へ』

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グランバル(ハウエルの饗宴)⑦

 

 血の気の失せているロゼッタが、やっとロドウェルの様子に気づいた時には、もうロドウェルは組みふされた後だった。

 彼女の瞳がぱちくりと瞬かれて、小さな声が「旦那……さま?」と、呼んでいた。

 やっとその化け物に気づくだけの余裕ができたのだろう。それでも、ロゼッタはハウエルに身を預けたまま動かなかった。

 思考が追いつかない。

 まるでそんな風に。

 耳に入る騒めきに彼女が気づく前に、その中央から逃がさなければならない。


 そんなふうに思ったハウエルは、そんなロゼッタを自分の元へとさらに引き寄せた。

 だが、ロドウェルは往生際悪く、汚い唾を飛ばしたのだ。

 愚かにも陛下の前で。

「待てっ! ロゼッタは儂の物だっ どう使おうと儂の勝手だ。返せ。あれは」


 ――儂の物だ


 肉のつぶれる音がした。そして、悲鳴を呑み込んだロゼッタがそのままハウエルの胸に顔を埋めると同時に、ハウエルはその小さな頭を守るようにして、彼女の耳を覆った。

 聞かせたくなかったのだ。

「黙れ……不浄め」

 セドリックの声の後、よだれとも血糊とも言えない粘っこいものが、床に飛び散る。


 恐ろしく嫌悪の面を現わしたセドリックは、その革靴の踵を従者のひとりに向けて、その汚れを手拭いで拭わせていた。おそらく、セドリックはもう靴の汚れにしか興味を持っていない。

 どうでもいいのだ。

 あの男があの衝撃で死んでいようと、潰れようと。

 ……生きていようと。

 “悪魔”にとっては些細なことなのかもしれない。

 ハウエルは、恐ろしい男の元に付いたことを、改めて実感していた。しかし、ハウエルの胸の中にあるロゼッタに視線を向けた悪魔が気まぐれに笑う。


「ふっ、面白いことを言う。どう使おうと?……そうだな。だったら、私が貴様をどう使おうと私の勝手ということになる。貴様は私の国(・・・)に巣食う一貴族だろう? 私がどう使ってやろうが、どう捨て去ろうが構わない、貴族とはそういう駒じゃないのか? そして、私は扱いにくい駒が嫌いだ」


 呻くロドウェルの太った指が、床を掻き、その場から逃げ出そうと……いや、それでもロゼッタを求めるようにあがいたのかもしれない。

 だが、それを見たセドリックはさも面白そうに言葉を続けた。そして、悪魔の機嫌はすこぶる良い。

 ただし、これは単なる気まぐれのご機嫌。

「だが、良いだろう。貴様のモノだというロゼッタに尋ねてやろう。ロゼッタ、お前は、あの男と共にと望むか?」


 しかし、ロゼッタにとってはどちらも恐れる化け物なのだ。

 ロドウェルは、ロゼッタの尊厳を。

 セドリックは、ロゼッタの人権を。

 ――奪ったのだから。


 それなのに、陛下は彼女にその選ぶ権利を、こんな時に行使させようとする。

 ハウエルはセドリックを心底恐ろしいと思った。

 簡単に人の権利を奪い与える。

 そして、今、この結末を望んだものが誰なのか、その責をロゼッタに移そうとしている。いや、復讐させようとしている、とだけでも信じたい。

 あの男は、復讐するに値するのだから。


 そうか……ロゼッタがそれを気に病むことがないように、仕向けることが、セドリックを知っている者の努めなのかもしれない。

 そうだ。陛下の言葉には、甘さがあった。

『共に』と。

 悪魔がハウエルに寄こした最大の甘さだ。そして、ハウエルにも選択させようとしているのだろう。

 だから、ハウエルはそれに応えた。

 彼女の肩を抱き、その震えて定まらなくなっている手を握りしめることで。


 もう、誰かの配偶者としてではなく。


「陛下もあぁ仰っている……君の好きなように答えればいい」

 セドリックは味方ではない。しかし、今は敵ではない。

 そう、あんな奴、ロドウェルなど助けたいだなど、思うな。

 自分勝手に『自分を選んで欲しい』と願う。

 そして、気付いた。


 あぁ、俺もあの悪魔と同じ感情を持っている、と。なんなら、あの化け物とも同じだ。

 同じじゃないか……と。

 陛下は手に入れたいもののためには、手段を選ばない。自らの手を汚すことすら躊躇わず……行動する。


 だから、ハウエルは、ロゼッタを見つめた。決して離れないように。

 この決断は、ハウエル自身が彼女を誘導したかのように、そう皆にも印象付けるように。いつか、ハウエルのせいでと言われても良いように。


 わざと彼女の名前を優しく呼んで。

 まるで悪魔のようにして。


「ロゼッタ、君は誰と生きたい? ロドウェル卿かい?」

 ロゼッタは、そんなハウエルに視線を動かした後、小さく、でもはっきりと言った。

「いいえ」

 そして、ハウエルの手がロゼッタによって握りしめられる。


「私は……ハウエル様と――生きたい」

 と。


 セドリックの唇が不敵を超えて凶悪とも言えそうなほど、引き上げられた。

「そうか。貴き血もこう仰っている。だったら、何も問題はないな。連れていけ」

 ロドウェルが獣のような声で何かを吠え続けていたが、その声に応えるものは、誰もいなかった。

 いや、ひとり。

 強く握りしめていたハウエルの手を離し、ロドウェルの行く末をただ眺めていたロゼッタが、突然口を開いたのだ。


「ハウエル様、私、これをロドウェル様に返してきます」

 そう言って、胸に垂れるペンダントを外すロゼッタに、ハウエルは頷いた。

 とても真剣なロゼッタの声と覚悟だ。

 ハウエルの頷きに、ロゼッタが駆け足で、引きずられるロドウェルに近づいていく。衛兵たちが止まったのは、おそらくセドリックの目配せがあったから。

 ほんとうに、皮肉にも目端の利くお方だ。


 そして、ロドウェルの前で立つ彼女は、ひとりの人間だった。

 もう、彼女はひとりで生きていけるんだな。

 我が子の成長を喜ぶ親とはこんな感じなのかもしれないな、ハウエルがそんなことを思っていると、悪魔のセドリックが、どこか肩の荷を下ろしていたハウエルに正面から近づき耳打ちしてきた。

「それで、ロゼッタをどうするつもりだ?」

 どう?

 どうするつもり……と言われても、考えていなかった……。

 考えていなかったが、答えはすぐに出た。


「これからちゃんと口説いていこうと思っています」


 その答えがどうツボにはまったのか分からないが、セドリックはさも可笑しそうに、ハウエルの肩を一つ叩き、声を潜めて笑い出す。

 その視線の先には、あの醜悪な生き物――ロドウェルが、ロゼッタと向き合い、最後の怒声をあげている姿がある。


「ふっ、最高だな。せいぜい破滅させられないよう、踏ん張ることだ」

 ひとしきり静かに笑ったセドリックは、振り返り、皆に向かい大きく声を放った。

「我が祝賀会に残った来賓の皆には宴の継続を望んでおる」


 ――存分に楽しむがいい。


 そんな言葉とワルツをハウエルに残し、王はそのまま会場を去っていった。


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