グランバル(王による王のための大舞踏会)③
大きな広間の壁は、シャンデリアに灯された蝋燭の光が綺麗に吸い込まれるように、黄味がかった白色で、小さな小花があしらわれたものだった。
中央にはテーブルがあり、見たこともないくらいのご馳走――果物やパン、鴨肉に添えられたお芋、焼き菓子とお茶に、葡萄酒や麦酒があった。
私はロドウェル卿に連れられて、たくさんの着飾った人たちに挨拶をしていた。
挨拶は私のお仕事。
給仕が手持ちのないお客様にグラスや小皿に乗せた一口大の果物を配りにきたので、私は銀のピックに刺さった果物をもらい、給仕にお礼のための会釈をし、果物を口に入れる。
それを見たロドウェル卿とおしゃべりをしている方の御夫人は、
「お可愛らしい奥さまで」
と、それはまるで値踏みをするような、そして、馬鹿にするような声色で、ニタニタ笑って私を眺めた。その手にはわずかな緑を感じさせる、そんな葡萄酒がある。
「王族の頃の扱いが抜けていないのもあるのでしょうが、甘やかすものがいるのでね。まだまだ調教が足りておりませんで困ったものですよ」
ふと会話に入り込んできたロドウェル卿も同じような声色で。
だけど、……お酒はお腹が満たされないもの。
そんなことは言えないけれど、なんだか嫌で、視線が下がると、給仕が手にある盆を静かに私に近づけ、わずかに身を低くする。
あ、ピックを載せてと言うことね。その間にも、御夫人の声が聞こえてくる。
「ふふふ、ご立派な旦那さまには従順がいちばんですことよ」
御夫人は扇で顔を半分隠しながらそれでも微笑み、その旦那さまと思しき殿方は、
「ロドウェル卿なら、従順でないものなど容易いでしょうに」
と一礼して、「ごきげんよう」と夫婦して去っていく。
そして、ロドウェル卿はまたすれ違う別の方とおしゃべりを始める。
お仕事の話はよく分からない。領地のことも、ロドウェル卿のお仕事のことも。
民をぶつのがお仕事みたいなのだけど。
ロドウェル卿のお部屋にはたくさんの数字が並んだ紙がある。あれは、ぶった回数を数えているのかしら……。
ただ、こう言われる度に私のことを言われているのだろうなとは思う。
『あぁ、こちらが例の』
と。
その度に顔を上げさせられて、瞳を覗き込まれる。
そのにたりとした表情も嫌い。
嫌いで、怖くて、気持ち悪い、そんなことを感じる。
それは、ロドウェル卿に感じるすべてと同じで。
「これの着ているドレスはセドリック陛下から頂いたものでね」
彼自身が怒りを覚えたはずの私のドレスを、今度はさも自分の手柄のように自慢する。
「ほぉ。素晴らしい。それはそれは可愛がられていらっしゃるのでしょうね」
そう言いながら、今度はその視線をドレスへ向ける。
――やめて。
これは、ハウエル様が仕立ててくれたもの。
あの酷い王様の物じゃないわ。
ロジェもいるの。
私の大切なものに、そんな視線を向けないで。
だけど、もちろん声は出ない。
ハウエル様もこの会場にいらっしゃっているとは仰っていたけれど、ロドウェル卿とお話することはないのだろうし、そのお友達だって……。だって、こんなにも気持ちの悪い方たちだもの。
ハウエル様をそんな彼らの同類だとは思いたくない。
しばらくすると、歩き疲れた様子のロドウェル卿が休憩すると仰って、壁際にある椅子に腰を掛けた。
「ロゼッタ、あのテーブルにあった肉を取ってきてくれんか?」
ロドウェル卿の言葉はいつもよりも丁寧ではある。
それは、たくさんの人がいるから。
お仕事の方がたくさん来ている時も、いつも、そうだったから。最初はご機嫌がいいのだと思っていたけれど、そうじゃないことを、今はちゃんと知っている。
分からないことばかりではない。
ロドウェル卿は、いつも私に対して不機嫌なのだ。
「……はい」
やっと離れることができたと、ロドウェル卿から離れたところでやっと息をつく。
だけど、無事にあの群れの向こうにたどり着けるのだろうか。
そんなことも気になってしまった。
※※※
一通りの社交も終え、皆が食事を求めている。まるで空腹を満たしている獣のようだな……。
ハウエルがそんな風に思っていると、その群れの中に、バイキングテーブルへ向かおうとするのだが、押し返されている確かに空腹なのだろうロゼッタを見つけてしまった。
まぁ、彼女の場合、人波に埋もれてしまって、どこが空いているのか、そんなのも見えないのだろうけど……。
そんな風に思うが、呆れるというには程遠かった。
そう、同じ餌を求める獣ではあるが、彼女の場合、仔猫が狩りの練習に飛び跳ねているくらいにしか見えないのだ。
しかも、あの卑劣な飼い主のために。
セドリックの予定では、この食事と歓談の後、彼は認められた新王としてここに現れる。
そして、おそらくロドウェルとも話をするだろう。どう動くのかはまだ分からない。
ハウエルはただ、そのセドリックの意向に付き従うだけである。
だからそれまでは、彼女の助けになるのなら、なるべく手を貸してやりたかった。
※※※
「奥さまは何をご所望ですか?」
どなたかにぶつかってしまって、ふらついた私の肩を支えた方の声に、思わず目を見開いた。
「ハウ……エル様……」
「奥さま、大丈夫でしたか?」
「はいっ。ハウエル様のお陰で……その、はい、大丈夫でした」
私の口から出てきた声は、思わず弾んでいて、顔が熱くなってくる。なんだか手も震えてくる。
「良かったです」
ハウエル様が笑ったので、さらに恥ずかしくなってくる。ハウエル様に支えられたというだけでも、子どもみたいで恥ずかしいのに。どうして、あんなに弾んだ声だったのだろう。
「なんでもよいなら、適当に取って参りますよ」
「あ……あ、あのお肉を……その頼まれていて」
「あぁ、肉ですか……ならばこちらから参りましょうか。迷子にならないように付いて来てくださいね」
そう言ってハウエル様が腕を貸してくださった。
私は、そっとその腕に捕まって歩き出す。
離れないように、だけど、壊れないように、そっと服に捕まるように手を添える。あんまりぎゅっと掴んでしまっては、服が皴になってしまう。
せっかくの素敵なお召し物を皴にしてはいけないわ。
私がハウエル様をみっともなくさせては、だめよ。
そんな風に言い聞かせながら、付いて行く。
「ちょっと失礼しますね」
ハウエル様がそんな風に声をかけると、あれだけ道を開けてくれなかった人たちが、すっと道を譲ってくれて、お肉を取り皿に取ることができた。
「あとは、何が必要ですか?」
あと?
首を傾げると、やっぱりハウエル様が笑う。
「あなたが召し上がる分ですよ。せっかくこれだけ豪華な食事です。こんな機会そんなにありませんよ。だから、お好きなものを仰ってください」
好きなもの……。
あのお菓子が食べたい。
ハウエル様がお土産に買ってくださった。
だけど、意地汚いと思われるかしら……。
それに、あまり帰りが遅いとロドウェル卿がまた不機嫌になるだろうし、私の分まで取ってしまうと、それだって、不機嫌の元になりそうだし……。
せっかく楽しい気持ちになったのに、……。
「そうですね……。ご婦人がお好きなものなどあまり分かりませんが、……」
困らせているの? 私……。ハウエル様を?
「あ、あの、では、その……以前いただいたあの焼き菓子がありましたら……」
「あぁ、アマンブールですね。分かりました。それじゃあ、ロドウェル卿のお肉のお皿を預けておきますから、あちらの……」
――卿とは反対側の壁際で待っていてください。
「すぐに持ってまいります」
耳打ちされた言葉に頷いたのか、その後の言葉に頷いたのか、分からないうちにハウエル様が行ってしまわれた。














