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そう、だから君を奪うことにした  作者: 瑞月風花
第三章『自由な空へ』

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グランバル(王による王のための大舞踏会)②

 お城の廊下と階段の絨毯は、緑。新緑よりも深い色。冬の常緑樹の深い色。

 ――それは、踏みつけるためにあるものだ……。

 そんな言葉が蘇った。


 麻袋の中にあった時、あの酷い王様の言葉が耳に入ってきたのを思い出したのだ。

 私の瞳は父と同じ緑色。

 だから、踏みつけられる……。

 忘れていたわけではないけれど、『だから』と思ったことは、忘れていたのかもしれない。


「奥さま、とてもお綺麗ですわ」

 私の着付けを終わらせたモナの声で、ふと着せられているドレスを眺めた。

 あの酷い王様の兵隊さんが連れてきた部屋にあったのは、私が選んだ生地で仕立てられた豪華なドレスで、これは、あの酷い王様からの贈り物なのだそうだ。

 そう言えば……。

 そんなことをずっと言われていた気がする。


 そう思って、ハウエル様を思い浮かべていた。

 だけど、ドレスの形は、彼が指示してくれたのだろうか?

 あの酷い王様が、作ってくれたとは思えないのだ。

 鳥の羽ばたきのように広がる七分丈の袖口にはたくさんのレースが、そして、袖には合わせが入れられていて、そこから覗く白い生地が手を動かすたびに、ちらちら見える。ふわりと広がるスカートの部分は二段になっていて、その裾にも同じく白い模様が刺繍されていた。

 刺繍の模様は、葉っぱと草の実、花の中に小鳥が隠れていて、チョンと首を傾げている。


 うねうねの虫がいたら、ぜったいにロジェのことだと思えるのだけど……。

 虫はいないから、よく分からない。


 そして、お尻の上には羽のように大きなリボンが載せられている。

 手袋と踵の低い靴は黒色。

 光沢の押さえられたそれらは、黄唐茶色のドレスの生地にもよく似合っていて、私の肌の露出を避けてくれるものと、転ばないように配慮されている、そんな靴。


 このドレスは私を踏みつけるためにあるものとは思えないのだ。

 だから、迷っていたひとつをモナに伝えた。

「モナ……やっぱり」

 結い上げてもらったばかりの、髪に飾られているものは真珠の並んだ櫛飾り。

 これもそうなのかもしれないけれど、あの琥珀にまとめられた蒲公英色の髪留めを……ハウエル様のあの髪留めを、付けたい。


「あの髪留めに、したいと思います」

「分かりました」

 モナはにっこり笑って、

「真珠の櫛も使いつつ、髪留めを飾らせていただきますね」

 と、私の髪を解き始めた。


 王様が準備してくれていたものでもなくて、せっかく結い上げてくれた髪だったけれど……。

 ハウエル様と一緒にいたい。

 そんなわがままを、モナは許してくれた。


 だけど、赤いあの石が私の胸元に垂れたまま、そこにある。


 私は、ロドウェル卿のもの……なのだ。


 扉が再度叩かれたのは、その後少ししてから。

 あの兵隊さんがふたたびやって来て、頬を緩めた。

「ご準備も整われたようで。どうぞいらしてください。旦那さまがお待ちです」

 その言葉の柔らかさに、ふと思った。

 この兵隊さんも、ハウエル様のように怖い人じゃないのかしらと。だから、声を出して尋ねてしまったのかもしれない。


「モナ……は?」

「モナはここでお待ちしております。どうぞ楽しんできてくださいませ」

 モナはついて来ない。だけど、私が勝手にしゃべったことを、この兵隊さんも怒らない。

「こちらへ」

 それだけ言って、歩き出す。


 いつもと違う、それが胸の奥に冷たい風を吹かすような、怖いような。だけど、少し気になるような。

 私とその兵隊さんの靴音が緑の絨毯に吸い込まれていて、天井のシャンデリアは大きくて、大きく金色の扉が近づいてくると、人が増えてきて。

 ご夫婦でいらっしゃる方や、私のように兵隊さんに連れられてくるご夫人や。

 扉が開かれると、その中から明るい光が飛び出してきて、人が吸い込まれて行って……。


 賑やかな声が……。


 怖い……。

 あの声は、何?


 歩みを止めてしまった私に、ここまで一緒に来てくれていた兵隊さんが「どうされました?」と尋ねてくれるが、この声は違うの。


 同じ言葉だけれど、違うの。


「ご気分でも?」


 違うの。大丈夫。大丈夫、これはいつものことだから。

 歩かなくちゃ……。歩かなくちゃ、ぶたれてしまう。

 私は慌てて(かぶり)を振って、微笑んだんだと思う。


「いいえ、ちょっと驚いただけです」

 教え込まれてきた言葉はすぐに出てくるけれど、気持ちが追いつかない。


 どうしましょう……。

 どうしたらいいの?

 俯いた私の目に飛び込んできたものは、スカートの裾の小鳥。

 ロジェ……

 一緒にいてくれるのね。


 あ、……。

 頭に手を遣ると、髪留めがある。


 そう……。

 私、この色を選んだ時、ハウエル様の瞳の色を思い浮かべていたの。


 だから、今もハウエル様は一緒にいるのよ。

 ロジェもいるしハウエル様もいる。

 大丈夫、守ってくださっているわ。

 息を大きく吸い込んでゆっくりと吐き出す。教わってきた言葉を話す。


「申し訳ありませんでした。参りましょう」

 その言葉の後に、もう一度微笑み、その兵隊さんに連れられて、その大きな扉をくぐった。


 すると、扉をくぐってすぐ左の壁際に立つ老紳士、孔雀の羽帽子を頭に載せた不機嫌な旦那さま――お召し替えをなさったロドウェル卿が目に飛び込んできた。


 真っ赤な宝石で止められたクラバット、深い蒼に金糸の刺繍の上着(タブレット)に金ボタンは、今にもはち切れそうなお腹を一生懸命に守っていて、黒いゆったりとした半ズボン(トランクホーズ)を、金のリングをいくつも付けたベルトで止めており、白色の長靴下が、彼の足を細く見せようと助けていた。

 そして、すべての視線がいくように磨かれた踵の高い革靴がてろりと光る。

 その革靴の艶めかしい光が、私の鼓動を深く沈めてしまうのだ。


「ロゼッタ。遅かったじゃないか」

 普段よりも柔らかな口調を装い、私を窘めた後、兵隊さんへ胸に手を当てるという簡易の礼をし、兵隊さんから私を受け取った。

 孔雀の羽が付いている、その豪華な帽子は取らないまま。

 私も連れてきてくれた兵隊さんにお辞儀をしようと振り返ると、私の腕に力が加わって、それは叶わなかった。

「行くぞ」

 ふいに引っ張られた手はすぐに彼の腕に捕まらされて、私はそのまま会場への奥へと連れて行かれたのだ。



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― 新着の感想 ―
瞳の色と同じ深い緑を見て、「踏みつけられる」と思ってしまうロゼッタ。けれど今は、自分で選んだ黄唐茶色のドレスがあり、ハウエルからもらった蒲公英色の髪留め、そして裾にはロジェも見守ってくれるように。ロド…
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