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そう、だから君を奪うことにした  作者: 瑞月風花
第三章『自由な空へ』

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グランバル(王による王のための大舞踏会)①

 

 黒塗りの馬車に乗るのは二度目。

 ロドウェル卿に嫁いだあの日以来。

 外に出るということは、本来なら胸躍る出来事だったのかもしれないけれど、狭い空間にロドウェル卿が目の前にいて、視線をどこにやれば良いのかがまったく分からないまま、ずっと俯いていた。

 そして、隣に座ってくれたモナの温かさに感謝した。

 もし、ロドウェル卿とふたりきりだったら、また"ロゼッタ"を見失ってしまっていたかもしれない。

 モナが連れてこられた理由は、王城で私のドレスを着せてもらうためからだった。私はモナが来てくれたことを嬉しいと思っていたが、そんなモナは、なぜか深刻そうな顔をして、自分が連れて行かれる理由を語った。


「陛下の姪御様にも当たる奥さまを、王室のメイドには見せられない、そんな理由があるのでしょうね」と。


 それもよく分からないけれど、あの酷い王様の姪であることが、なんだか怖くて嫌だった。


 五時間ほど揺られ、なんどか休憩を取った後、扉が開かれた。

 扉を開いたのは、御者さんだったが、出迎えているのはお城の兵隊さんだろう。

 ハウエル様もあの石のお部屋の前で同じものをお召しになっていたもの。きっとお城へ着いたのだ。

 その兵隊さんが、開けられた扉の外から「お待ちしておりました。ロドウェル卿、ロドウェル夫人」

 と言ったことで、もうひとつ気がついた。


 あぁ、そうだったわ。

 私は、ロドウェル卿の奥さまだったんだ。


 と。


 だけど、それもどこか他人事のように思いながら、先に降りていたロドウェル卿の手を取って、馬車を下りた。いつ私をぶつか分からないこの手は、あまり安心できない。だからその手を信用することなく、脚にしっかり力を入れて、自分でバランスを取りながら馬車から降りていく。

 ちゃんと私の足が大地を踏みしめたと感じた時に、「旦那さま、ありがとうございます」と控えめな声で一言。ほんとうは余所見をしてはいけないのだけれど、ほんとうにモナが付いてきてくれるのか、それが気になり、そっと後ろを振り返る。

 私の荷物を持っているモナ。彼女が下りる時は兵隊さんが手伝っている。

 モナは、安心して下りられたかしら……。

 そして、お城の兵隊さんの制服を改めて眺めたことで、気になることがひとつ増えてしまった。


 ――あの酷い王様に仕える兵隊さんの手は、どんな手なのだろう。


 そんな風に思っていると、ロドウェル卿の咳払いが聞こえてきた。


 ――怒らせてしまったわ……きっと余所見をしたからだわ……でも。

 ……モナが心配だったの。


 理想のロゼッタにならなかった私は、後でぶたれてしまうかもしれない。そう思いながら、震え始める腕を伸ばして、旦那さまであるロドウェル卿の腕に軽く手を絡ませる。

 そう、これは単なる布に包まれた化け物の腕。

 単なる腕なのだから、今は大丈夫。今は、……勝手に動いたりはしないわ。

 だって、私がこうして抑えているのだもの……。

 そう言い聞かせながら。


 お城には初めて入った。

 大きな扉が正面にあって、中に入ると大広間の天井にはたくさんの絵が描かれていて、驚いた。


 神さまと天使と、花と星。

 大きな青い空には鳥も飛んでいて、思わず見上げたまま立ち止まってしまったら、歩みを止めなかったロドウェル卿の腕から手が離れてしまっていた。


 どうしましょう……。


 慌ててロドウェル卿を見遣った時に声がした。


「素晴らしいものでしょう?」

 その声に、私の胸が飛び跳ねた。だけど、これは、安心。

 思わずそのお名前を呼びたくなるけれど、お名前は今、呼んではいけないの。

 どうしてかは分からないけれど、旦那さまの前で”ハウエル様”とお呼びするのはよくないとモナが教えてくれたから、きっとそうなの。


 ウェルだったらいいのかしら……。


 だけど、そのお名前はまだ呼んだこともないお名前だから、どこか戸惑って、まだ呼べていない。


 ――呼んでくれたら……。


 そのお約束はまだ果たせていない。


 でも、果たせそうにないわ。


 だって、今日のハウエル様は、この間のおめかしよりもずっとお綺麗なんだもの。

 以前よりも少し明るい緑の上着(タブレット)には、細やかな銀糸の刺繍。お揃いの半ズボン(ブリーチズ)に今日の飾りベルトは細くて黒いもの。それなのに、小さな赤い宝石が並んであるの。とっても綺麗。

 白い長靴下と、先の尖った革を鞣した黒い靴に包まれている足は、とても清潔に見える。

 髪もきっちりと整えていらっしゃるから、見ているだけで、その笑顔が私に向けられるだけで、胸が締め付けられるようになってしまう。さらに図々しく、そんなお綺麗な方に、こちらに来て助けて欲しいと願ってしまう。

 そして、それがまた別の胸の痛みに繋がっていく。


 ――だめよ……そんなことをしたら、ハウエル様が化け物に食べられちゃう。


 そう……だめなの。


 私は私が沈み堕ちる前に、慌ててロドウェル卿の腕に手を添えた。夫婦で歩く時はこの形。

 そう教えられてきたのだもの。教えられてきたことは絶対。

 私の中のいろいろがごちゃごちゃと、今の正解はこれだと言うのだ。


 ロドウェル卿が声を出す。

 その振動が私にも伝わる。

 今度は闇に沈むような、そう、これは恐怖。


「えぇ、感銘を受けましたよ。さすが陛下ですな」

 私の足が止まったことに不機嫌を醸し出していたロドウェル卿が、私たちを出迎えてくれたハウエル様に、機嫌よく答えていた。

「そう仰っていただけると、陛下もお喜びになられるでしょう」

「ところで、その格好、君も祝賀会に出るのかな?」

「えぇ、光栄なことに……と言いたいのですが、どちらかと言えば、王の従者のひとりですよ。お招きに預かられた卿とは違います」


 意地悪な声を出したロドウェル卿に対して、ハウエル様はにこやかにお答えになっている。ハウエル様はロドウェル卿が何を言っても平気でお答えなさるし、決して怒鳴らない。そして、ロドウェル卿が怒鳴らないようにしてくれる。だから、ふたりのお話の内容を聞いていても、知らないことばかりの私は、『空』を覚えておきたくてもう一度天井を眺めた。


 すごく素敵だと思ったのだ。

 青い空は淡い色なのに深くて。

 金色の光が降り注いでいて。

 天使が白い布を空に流していて。白い鳥や緑の鳥、黄色の鳥が、羽ばたいていて。

 それを祝うようにして、花びらが風に乗せられていて……。

 ロジェが帰った空だわ。

 やっぱり、空には幸せがあるのね。


 きっと、寂しいばかりじゃなくて、幸せになっているのだわ。


 そんなことを思って。


 すごく素敵って誰かとおしゃべりしたい、そんな風に感じた。

 だけど、それはハウエル様じゃないと分かってもらえない気がして、私の隣に立つロドウェル卿は、そんなことを言う私を嫌いな気がして、言えなかった。

 ほんとうに、素敵なのに。誰にも伝えられないということが、こんなに辛いだなんて、知らなかった。

 そして、一通りの挨拶を終えたらしいハウエル様が、今度は私に話しかけた。


「奥さまは、この者がお部屋までお送りいたします。素敵なドレスに仕上がっておりましたので、楽しみですね、卿」

「目を掛けてもらえるなど、とても光栄なことなのだぞ、ロゼッタ。よく覚えておきなさい」

 お顔は笑っている。

 だけど、その瞳の奥は憎悪に満ちている、そんな気がした。

「はい」

 だから、私は私に許された言葉を発して、ロドウェル卿から手を離した。

「では、ロドウェル卿は私とご一緒に」

 ハウエル様とロドウェル卿が大広間の向こうの扉へ向かって歩いて行く。いつもは一緒にいてくれていたハウエル様がいなくなってしまう。


 届かなくなっていく……。

 どうしてか、そんなことを思った。


 ただ茫然としてそのふたりの背中を見送っていたそんな私に声をかけたのは、馬車から一緒に歩いて来てくれていた兵隊さんだった。

「ご案内いたします」

 その言葉が形式的に私の耳に届いた。

「よろしくお願いします」

 ハウエル様から視線を外した途端に、胸の中がごちゃごちゃになってしまった。騒がしくて冷たくて、ぬくもりが欲しいのに、冷たい風に吹かれたい、そんなふうな。

 届かない……そう思うと同時に、ハウエル様と一緒に行きたかった……とも思う。

 だけど、ただ素直にそう思うことが、どこかとてもいけないことのように思えたのだ。


 ……そして、ウェルと呼ぶことも、……。


 ほんとうは、いけないのかもしれない。だって、こんなにも苦しくて悲しくなるもの。


 私は胸の前で両手を握りしめて、”求める”衝動を抑えていた。


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↓楠木結衣さま作成(折原琴子の詩シリーズに飛びます)↓
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― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。自分を取り戻し始めたロゼッタ、今度はその自分を「見失って」しまうことを恐れる姿が印象的でした。また、モナやハウエルを心配するのも、この間の変化ですね。 天井の絵画の「…
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