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そう、だから君を奪うことにした  作者: 瑞月風花
第二章『籠の中の小鳥たち』

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「砂糖菓子が広げる魔法」①


 十四日が経った。

 私はふわふわしたドレスを身に纏い、踵の低い靴でそのお帰りを待つことにした。

 髪にはハウエル様から頂いた髪留めを。

 口の中には、砂糖菓子を転がしながら。

 ロジェと菓子壺は壊れてはいけないから、チェストの中に隠しておいた。


 いつもと違ったのは、そのお帰りがとても騒がしかったことだ。

 メイドの声がまず響いた。

「旦那さま、いかがなされたのでしょうか? 旦那さま……きゃあっ」


 メイドがぶたれたのだろうか……。

 私の心臓が大きく跳ね上がり、隠れろ、と鼓動を始める。

 危ない、ほら、隠れなくちゃ。

 かくれんぼしていたら、痛くないわ。

 そんな風にずっと。

 小さなロゼッタが私を守ろうとする。

 だけど、私はもう小さなロゼッタではないのだ。

 大きなロゼッタ。

 そう、大きいけれど同じ“ロゼッタ“。


 ミモザの夫人は、あの一瞬だけ、悲しいお顔はされていなかった。

 「ロゼッタ」と呼ぶ声に、お母さん、と呼べた夜。

 触れることなく消えてしまったけれど、あの瞬間、ミモザの夫人は微笑んでいらっしゃった。

 だから、何もないミモザの元で、私は楽しいことをたくさん伝えたのだ。

 聞こえているといいなと思いながら。


 ロジェがいること、メイドがロジェにごはんを持ってきてくれること、ハウエル様からもらった髪留めのこと、菓子壺のこと。

 ひとつ口に含んで、とても美味しいことも伝えて。

 美味しいことは、ずっと続かないことも伝えて。

 でも、まだたくさん残っていることも知っていて。


 だから、私は部屋の真ん中で、ロドウェル卿を待っていたのだ。

 口の中にある砂糖菓子は、やっぱり崩れてなくなってしまったけれど。


 扉が乱暴に開かれる――そう思って、その扉へ視線をあげる。


「ロゼッタっ!」


 その声と同じくらい勢いのまったく止まらないロドウェル卿に、私は鼓動を隠しながら、身を低くして「おかえりなさいませ」と伝える。

 だけど、そのまま両肩を掴まれ、無理やりに体を起こされた。

「お前、……」

 何が起きているのか全く分からなかった。どうして、こんなにご機嫌が悪いのか、どうして、こんなにも怒鳴られるのか。だから、尋ねた。

 ――妻として当たり前のことを。

「外で何かありましたのでしょうか?」

 その化け物の顔を直視して、だけど、落ち着いて尋ねた。もちろん、鼓動は止まらない。この鼓動に気づかぬふりして、化け物を見続ける。それもお気に障ったらしい。


「何かだとっ!」

 ロドウェル卿は、そのまま私を押し倒す勢いで私の肩を押し続けた。何度もバランスを崩しながら、靴も脱げそうになりながら、後ろへ後ろへと押し続けられ、とうとう窓辺へ押し付けられてしまった。

 ロドウェル卿が、私の顎を引き上げ、声を低くし、胸の上にある赤い石を指で忙しなく擦り始める。

 “ロゼッタ”が閉じ込められたと思った薔薇の形の赤い石だ。


「何をした……何をしたんだ?……あの男と結託して何をしたと聞いているんだ」

「……なにを、仰っているのかまったく……」

 本当に分からなかった。


 ロドウェル卿が不機嫌になって帰ってくることはあったが、私に対しての怒りではなかったのだもの。だけど、その怒りが向くことだけがあっただけで。


 もしかして、このお衣装がお嫌で……。

 でも、私はこの格好が好きなのだもの。

 あのお衣装も踵の高い靴も嫌なのだもの。


「ほんとうに、何も……」

 それを反抗と捉えたのか、ロドウェル卿が手を振りかざした。

「口答えするのかっ。この……っ」

 ぶたれるのだわ……。

 気に入らない衣装も引き千切られるかもしれない。

 私はぎゅっと目を瞑り、その時を待つ。

 ……ロジェと菓子壺とは隠しておいて良かった……そんなことを思いながら。

 だけど、その手は振るわれなかった。


 その代わり、握られたままのロドウェル卿のその手が、怒りで震えて見えた。

「お前も同じだ。そうだ、同じで、儂を裏切るのだ。この恩知らずめ…………っ、あの青二才のセドリックが余計なことを申し出よった。お前が知らぬわけがなかろうっ!」

 ――知らないっ

 私の言葉にはまったく耳を貸さなかったロドウェル卿は、唾を撒き散らしそう叫んだあと、力づくで抑えていた私の肩を、そのまま窓へ向かって突き飛ばした。

「いっ」

 窓枠に背中が衝突し、思わず声が漏れた。だけど、そのままロドウェル卿は振り返ることなく去っていった。


 扉が叩きつけられる、そんな破壊の音が、部屋中に響く。

 ロドウェル卿の姿が見えなくなって、瞬時。私は崩れるようにして窓辺にへたり込んでしまった。

 そして、頬に残るあの生臭い臭いに気づき、慌ててハンカチで拭き取った。


 汚い……


 そう思ったのだ。


 そして体が震え始めた。

 震える身体をただ掻き抱いていた。止まらないのだ。

 怖い……だけど、今までの怖いとはまた違う。

 怖くて沈むために震えているのではなくて、……。

 そう……『私』でいられたことに対する震え。


 だけど、それはやっぱり怖いとしか表現できなくて。


 そんな風に震えていると、ノックの後にあのメイドの声が聞こえた。

「奥さま……入ってもよろしいでしょうか。その、大きな音がしたもので、お怪我は……」

 とても静かな声だった。だけど、私を心配する声。

 メイドだって怪我をしているかもしれないのに。

 そう思うと、涙が零れ始めた。私は私のことばかり……。

「失礼します」

 答えられずに扉を見つめていると、扉を開いたメイドが驚いたように私に近づいてきた。


 やっぱり、少し頬が赤い気がする。


 そんな彼女に手を伸ばすが、体はまったくついて来なくて、彼女の方が私の身の丈に合わせて、震える肩を両手で包んでくれた。

 ロドウェル卿と同じ場所に手があるのに、とても温かな温度が伝わってくる。

「奥さま、立ち上がれますでしょうか?」

 多分言葉としては私の耳に届いていた。だけど、その返事よりも先に、彼女の頬に手を当てていた。


「赤く……なって」

 声と手が震えてしまう。

 たくさん伝えたいことはあるのに、まったく言葉が出てこない。

「赤く……」

 涙も止まらない。

「奥さま、私は大丈夫ですよ。このくらい、壁にぶつかったとでも思えば大したことありませんから。それよりも、奥さまが立てた音の方が気になります。背中を見せていただけませんか?」


 痛いはずなのに、そのメイドはにっこりと笑った。



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― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。安宿を囲む王紋を秘した何人もの兵士達…そして部屋に待つのは、ワイングラスを傾けつつその杯の中身と同じ暗赤色の瞳をもつあの男。シチュエーションがとても印象深く、その悪魔の…
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