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そう、だから君を奪うことにした  作者: 瑞月風花
第二章『籠の中の小鳥たち』

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「ハウエル-3」

 月明りだけが頼りの先にある安宿の前には、王紋を秘した兵が何人も警戒していた。

 そんな彼らに会釈をした後、ハウエルは宿の扉を押し開けて、そこの主人に「こんばんは」と声をかけた。

「あぁ、いらっしゃい。でも今夜は満室でね。申し訳ないけど……」

 ハウエルは、主人の言葉を聞きながすようにして外套を脱ぎ、その手にある蝶の封蝋入りの手紙を一つ見せた。内容は白紙である。


 それはセドリックを意味する封蝋であり、ここに在る者以外は知らない文様をしているものだ。

「あぁ、聞いています。こちらです。お待ちしておりました」

 しかし、宿の主人は、そんなことにも慣れているのか、それを見るなり彼なりの敬意を払いながら、ハウエルを招き入れた。

 ただ、彼もまさかその相手がこの国の王だとは思っていまい。だが、それをすぐに理解できるということは、どこぞの貴族が戯れにこの人気(ひとけ)のない宿を使うことも多いということだろう。

 要は、信頼における人物なのだろう。

 だが、次は場所を変えねばならないだろうな、とハウエルは胸に潜めていた。

 万が一他の貴族に漏れ出てしまっては、セドリックの身が危険に晒される……いや、ただ情事に勤しんでいただけだろうその貴族の身が危ぶまれる、の間違いか……。


 彼に付き従いながら、そのまま木でできた階段を上っていく。

 一段上がる度に、階段がギシギシと声をあげて、男ふたりの体重を支えていた。その音を聞きながら、ハウエルは自分の置かれている足元を考えていた。

 ――大丈夫だろうか……

 と。

 メイドにも下男にも心づけを握らせてはきた。

 銀貨一枚程度だが、さらに物欲しがる素振りを見せた下男の方は、帰った後にもう一度同じくらい握らせておけば、次回もおそらく協力してくれそうだった。しかし、実際はメイドの方が心配なのだ。


 おそらく彼女はロゼッタに同情し始めているのだろう。そこで、ハウエルの『自身のいない間を頼む』という依頼。金を握らせなくても良くはしてくれているだろうと推測はできるが、メイドがかけてしまう彼女への『同情』は、ロドウェルに伝わりやすい。

 あぁいう人間は、なぜか自分に向けられる敵意や裏切りをよく嗅ぎつけるものだから。これは、金でどうなることでもない。

 そう、今から会いに行く人物もそれは同じである。


 ハウエルの裁量だけで、そんなメイドまでを守れるのかと言えば、おそらく無理だろう。


 だから、余計に悩むのだ。

 引き込むべきか、引き込まざるべきか。

 引き込むことは、捨て石にすることに等しい。

 あの屋敷に戻った後に、素直にハウエルの考えを彼女に伝えるべきか、それとも巻き込む必要のない人間には多言を避けるべきか、その答えがまだ見えていないのと同じで、今も何が正解なのか、分からない。

 自分自身が、セドリックに伝えること次第でどうなるのか分からないのと同じで。


 階段を登り切り、やはりギシギシと音を立てる廊下を歩きながら、自身の身の回りを考え続けていたハウエルは、彼に案内された一室の前に立っていた。

 中央よりも少し手前の部屋だった。

 セドリックらしい場所だと思えた。

 そして、緊張を整えるために大きく息を吐き出し、「ありがとう」と宿の主人を下げ、そのドアノブに手をかけた。

 この扉の向こうから帰ってくることができるだろうか……。

 いや、帰らなければならない。

 帰るとロゼッタに約束をしたのだから。


 そんな思いを呑み込みながら、扉を押し開いた先にあるその部屋の中には、旅装束のマントのままの男がひとり粗末な椅子に、足を組んで座っていた。

 姿格好は旅人そのもののセドリックではあるが、その佇まいは高貴そのものである。やはり彼は、血の繋がりはあるとはいえ、張りぼてのように高貴を振る舞うロゼッタとは雲泥の差だ。

 そう、だから、あんな風にロゼッタを扱えるのだ。

 彼はそもそもロゼッタを同じ人間とは見ていない、それは明らかなのだ。


 しかし、安い赤ワインの入ったグラスを傾けながら、その暗赤色に瞳を向けるその姿は、高貴というよりも悪魔そのものだった。

 だからかして、その暗赤色まで血を彷彿させる。

 今回はいったい誰の血を啜ろうとしているのか。

 ――そう。同じ人間でないのは、ロゼッタではない。セドリックの方なのだ。

 敬礼をし、彼への報告を読み上げる。

 ロドウェルの動きのことだ。


 サーツァリ卿は叔父方についていた、元反セドリックの貴族。それもセドリックの動きを察知し、叔父方を裏切った男だ。

 そして、ロドウェルが新たな事業を進めようとしていること。あれだけの領地を拝領しておきながら、まだ大きくしたいらしく、他の領主との面会も増えていること。

 奴の領内で起きる人身売買染みたこと。結構な金額で買われるらしく、売る民も多数あるそうだ。それを奴が新事業の一環だと触れ回っているから、余計に貧しい民はだまされやすいとも言えた。

 だが、それ以降の給金は支払わなくても良い者たち。

 いわば、奴隷だ。


 ――そして、アークジバンでは、それを禁止としている。


 ロドウェルがこれを弱みとして、売りつけられた・もしくは売りに参加した貴族を黙らせている節があること。

 いつもは推測を語らないが、一言、ロゼッタが見えるという幽霊の話をした。


 ミモザの夫人だ。


 領内での聞き込みから、もしや……と思えることがあったのだ。

 ――町を流れる川の遙か川下で、赤い髪の女の溺死体が上がった。


 ハウエルの耳に届くくらいだ。ロドウェルも既に知っているだろう。と言うことは、幽霊狩りをしなくなる可能性が高い。

「陛下……その、報告は以上でございます」

 ハウエルのその呼びかけに、セドリックは傾けていた暗赤色を回し始める。グラスの淵を舐めるようにして回していた赤色を、セドリックはやがて口に含むことなく止めた。

「お前、あの娘に情があるな」

 それがロドウェルの動向を一通り報告したハウエルに対しての第一声になった。


 考え込んでしまったハウエルが言葉を呑み込んだことがよほど面白かったのか、セドリックは「ははっ」と声を出して笑った後、グラスを置いて、立ち上がった。

「ならば、正面から私を使ってはみぬか?」

 射すくめられるとは、おそらくこういうことを言うのだろう。ハウエルは息を呑み込み、返事もできず、動けなかった。

 そして、下手な答えはできないとも思った。

 ここで下手を打てば、ロゼッタにまで及ぶだろう、そんな。

 せっかくあれだけ回復しているのだ。どうにか、ロドウェルだけを陥れたい、そんな思いからのハウエルの報告を、セドリックに見抜かれていたようだ。


 本来ならば滅相もない、その答えが正解だったのかもしれない。だが、セドリックの権利を使えば、ロドウェルなどすぐに地に堕ちる。

「そろそろ視界にうるさい蠅を落としたいと思っていたところだ」

 至極簡単にそう言って、今度は静かに笑う。そして、ハウエルなどそこにいないものとして、彼はハウエルのまわりを一周し、ふたたびあのグラスを手にして、窓辺へと向かった。

「今夜は月が綺麗だ。ほんの少し満月には届かない、人の欲などこのくらいが一番良いとは思わないか?」

 窓辺に立ったセドリックは、そのままワインを窓の外に流し、そして酔いしれるように語り始めた。


「今日の私は気分が良いのだ。男運のない哀れな娘を自由にしてやっても良いほどな。ハウエル、お前はあの娘がロドウェルに望まれた理由を知っているか? 吐き気がするものだ」

「いいえ。詳しくは……以前の奥さまに面影が似ていらっしゃるのかと」

「あぁ、そうだ。だが似ていて当然だろう。あの娘の母の叔母が、その“奥さま”だったのだからな」


 男を破滅させる呪いの子。

 ロゼッタが恐れていた呪いの言葉だ。それを、セドリックは当たり前のように『男運のなさ』に変えた。


 それから、セドリックはハウエルに向き直り、にやりと口角を上げた。

「兄にしろロドウェルにしろ最低(クズ)だ。お前はどうなんだ?」

 試すようなセドリックにハウエルは、一呼吸の後、彼をまっすぐに見つめて答えを出した。そう、セドリックは、正面から使え、という言葉を使っていた。

 しかし、鵜呑みにしてはいけない。

 ハウエルの胸の奥底がそう警戒させる。言葉を選べ、と。

 これは、駆け引きなのだ。

 ハウエルがどれだけ自分を守る言葉を吐き出すのかを、機転が利くかどうか、そんなことをセドリックに試されている、そう思った。


「分かりました。ただし、協力(・・)させていただく条件を一つ飲んでいただきたく存じます」


 セドリックの瞳がまるで獣のように一瞬警戒し、そして、挑発的に光った。

「ほぉ。飼い犬も女のためなら牙を剥くのか。面白い、言ってみろ」


 ――飲めるかどうか、それは聞いてから決めようじゃないか。


 セドリックの眼光は月光のごとく冷たく、氷柱のように鋭く見えた。


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