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そう、だから君を奪うことにした  作者: 瑞月風花
第二章『変化』

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「窓辺のロゼッタとミモザの夫人」③

 最近はとても静かに日々が過ぎていく。ロジェは昼下がりのご飯中。旦那さまの化け物もやってこない。

 そう、ほんとうは静か。

 それなのに、少しずつ花が落ち始め、初夏の緑に庭が静かに染められていくそんな中だというのに、私の胸の奥だけがとても騒がしい。

 それは何かを期待しては何かを諦めて、そして、諦めたと思えば、ふたたび縋りつくように求めるような、そんなものだった。

 だけど、私自身が何を求めているのかはよく分からない。

 ただ、なんとなく……。


 いろいろなことを求めているのだろうな、と思っているだけで。


 そして、鏡台に載せてある菓子壺の蓋を開けた。

 中には小さな砂糖菓子が入っていて、キラキラと輝いているように見えた。

 これをくれたのは、ハウエル様だった。


 最近のこの部屋にロドウェル卿はいない。そう、これもきっと求めていることの一つ。

 扉が乱暴に開かれる日が来ないこと、それを強く祈っている。


 だけど、同時に四度のノックを待っている。

 扉を開くことができなくなったせいもあり、お庭の散歩をしなくなったせいもあり、そのノックも少なくなっている。

 この間お会いしたのは、五日前。

 その時に窓から差し入れてくださったものが、この菓子壺だった。


 町へ行ってきたお土産です。


 と、渡された。


 とても綺麗な壺だった。白い肌の陶器で新緑色と桃花色と蒲公英色で交互に彩色されているもの。

 開けてみてください、と言われ、開けると小さな白球がたくさん入っていた。

 その一つ一つが細かくキラキラと輝いていて、星屑を固めたように思えた。


「おひとつどうぞ」

「食べ物なのですか?」

「えぇ」

 口に含むととても甘く、初めての甘さにドキドキしながら、しばらく夢中になって口の中で転がしていた。ずっと甘い。それなのにそれは突然ほろりと崩れていってしまった。たぶん口の中にある小さな欠片が、あの白球。

 思わず「あ」と声が出た。大変なことをしてしまったと。

 だけど、その時もいつものように「どうかなされましたか?」と尋ねてくださって、そして、やっぱり怒ってらっしゃらなくて、私は素直に思ったことを言葉にした。

「せっかく頂いたものでしたのに……崩してしまいました……」

 ハウエル様が穏やかに笑っていらっしゃった。

「大丈夫ですよ。それはそういうものですから」

 

 会話のひとつずつを丁寧に思い出しながら、もう一度、菓子壺を手に取ったのだ。

 ふんわりとした甘い香りが私に届く。

 どこか甘くきらきらと輝く。

 まるで、お姫さまの魔法に掛けられたかのように。

 もう一度あの甘さを……、そう思って壺を覗いた。だけど、やっぱり苦しくなってしまう。


 次に食べた時には魔法がなくて、あんなに素敵な気持ちにならないかもしれない。


 それは嫌。


 それに、次にお会いした時は、私が穢れているとお気づきになるかもしれないわ。呪いを恐れられるかもしれないわ。

 そうね、……私は殿方を誑かすようにできているのだったわ。

 そして、破滅させるの。

 ハウエル様が死んでしまったら……。

 

 そうしたら、もう二度とあのお顔を見ることができなくなる……。

 それも嫌。

 どんな形でも、ハウエル様がここに来なくなるということが、嫌だと感じる。


 だったら、どうしたら良いのでしょう。


 ふとため息が漏れてしまった。


 そして、慌てて口を手で押さえた。

 周りを見渡してしまう。

 鞭で叩くような人は、今、この部屋にはいないというのに。


 どうしてこんなにも"嫌"が増えてしまったのだろう。


 コツコツコツ、コツ。


 四度のノック。

 その音に、今度はどんなに化け物が乱暴に入ってきた時よりも、驚いて飛び跳ねてしまった。

 ――ハウエル様だわ。

 それなのに、私の驚きはすぐさま花が開いたように、色彩をもたらした。

 ずっとこんな感じで、私の中が騒がしいのだ。

 窓を開けると、窓の隙間からハウエル様が見えた。

「いかがですか?」

 とても騒がしい日々をひとりで過ごしております。

 本当はそんな言葉が生まれてきたが、ハウエル様が言う「いかがですか?」は、ロドウェル卿がここにきているかどうか、私が元気であるかどうか。


 実際のところ、石のお部屋にいる時からあまり変わっていないのかもしれない。お喋りをするようになっただけで、ハウエル様は何も変わっていないのかもしれない。

 私だけが、ひとりで騒がしいだけで。

 それが、少し寂しく思う。

 だから、『今』を伝えなければならないと思った。


「お菓子をいただこうとしていたのです。だけど、以前食べた時よりも甘くなかったら、どうしましょうと思って、思案しておりました」

 それなのに、私の口は変なことを言いだした。

 ハウエル様が不思議そうに私を眺める。当たり前だ。

 だって、聞きたくもない私の返事が、そのお耳に届いたのだから。

 だから、私は目を伏せてしまった。


 嫌われてしまいたくはない。だけど、……。

 どうして、『今の私』を伝えてしまったのだろう。


 そんな私のすぐそばで、ハウエル様の穏やかな声が聞こえてきた。

「食べずに済むくらい、穏やかに過ごされたということですね」

 それは、違う。

 違うのだけれど、「はい」と答えた。

 これ以上ハウエル様を困らせてはいけないから。


「ロジェも元気ですか?」

「はい、ロジェも今おやつをいただいていたところです」

 その彼の質問に答えた私は、意識しないところで視線が上がっていて、いつのまにかハウエル様を眺めていた。


 ハウエル様が笑っている。

 だけど、……何度も何度も逡巡していると、私は彼の顔のどこを見て話せばいいのか、よく分からなくなってきた。


「これはロジェにお土産です。以前の香炉のクッションは汚れてきていましたでしょう?」

 窓の隙間から差し入れられるのは、蒲公英色の小さなクッションだった。

「あ……ありがとうございます」

 とても柔らかくて、とても肌触りが良い。

 きっとロジェも喜ぶだろう。


「それと、少しの間、ここには来られないと思います。ロドウェル卿も領地周りの時期になりますし、あなたのことはメイドに任せておこうと思っています。扉は明日から開いているはずですから」

 その言葉に、私は急いでハウエル様の瞳に視線を合わせた。

 ハウエル様の瞳の色は黄味がかった茶色の色。

 明るい場所では黄色が勝って、暗い場所では茶色が勝つの。

 とても綺麗なお色。


 しばらく会えないのなら、覚えておかなくちゃ、……。

 そんな風に思って、しっかりと眺めていると、ほんの少し視線を下げられたハウエル様が「その、手を貸していただけますか?」と、私の手をお求めになった。

 不思議に思いながらも彼に手を預けると、今度は急に何かを握らされた。


「これは、あなたに。町を歩いていたら、あなたの髪色に似合うのではないかと思いまして。ほんとうは、ペンダント辺りでも……と思ったのですが、さすがにその石の代わりにとは言えませんから」

 手を開くと琥珀にまとめられた蒲公英色のリボンの髪留めがあった。

「ロジェとお揃いになってしまいましたが」と言って、どこかはにかむ彼を見て、どう答えればいいのか分からずに、この時間が壊れないようにと。

 願うことしかできなくて。

 とても嬉しいはずなのに、涙が出そうなくらいに苦しくて。


 ただ、大事にしますと言えば良かったのかもしれないのだけれど。

 どうしても不安になってしまって。

 ほんとうは、ずっとここにいて欲しいと思っているから。

 思っているのに。

 そのまま、彼に言ってしまった。


「ハウエル様は、私に誑かされているから、お優しくしてくださるのですか?」

 と。

 真面目に尋ねたはずなのに、ハウエル様は優しいお顔を崩さずに、笑って私にこう言った。


「奥さま、男性にそのようなことを尋ねるのは無粋ですよ。例え、誑かされているのだとしても、大切に思うからこそ、優しくしようと思うのですから。ご心配なさらなくても、必ず戻って参ります。それまで、それを傍においてやってください」


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