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そう、だから君を奪うことにした  作者: 瑞月風花
第二章『変化』

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「窓辺のロゼッタとミモザの夫人」④

 

 ハウエル様が仰ったように、次の日から扉が私でも開いた。

 開いたけれど、特に心は踊らない。

 この廊下を歩く時は、ロドウェル卿を見送る時と出迎える時。

 散歩する時も通るけれど、今はハウエル様もいないお屋敷。小さなロゼッタも見つかったのだし、散歩に行くこともそれほど欲していない。

 それなら、ロジェと部屋の中にいる方が楽しいような気がする。

 そして、ふと気づいた。


 この中が……楽しいんだ、と。


 楽しいことなど、何もなかった部屋だけど、ロジェがいて窓があって、菓子壺があって、琥珀でまとめられた蒲公英色のリボンもある。

 だから、私はそっと扉を閉めて、今日はいくら待っても、もしかしたらもなく、ハウエル様が来ないことも知っていたけれど、いつものように窓の外を眺めることにした。

 窓辺に座った私の肩にロジェが止まる。

 ――私が帰ってきたら放ちましょう。

 ハウエル様はそんなことを言っていた。


 ぴぴ、ぴぴぴ。


 ロジェは何にも知らないけれど、こうして話し相手になってくれる。

「ロジェ……、ロジェとももうすぐお別れなのね」

 私の生きてきた時間はお別ればかり。父も母も、南の村も、石のお部屋も……。あんまり思い出したいこともないのだけれど……。


 ぴ。


 ほんとうにハウエル様は戻ってくるのだろうか。

 そんな不安は奈落の底のように広がって、その底なしに私を引きずり込もうとする。

 その底なしは、水の中なのだ。冷たくて、浮かんでいようとしなければ、私の身体はどんどん沈んでいってしまう。

 そして、息ができなくなったようになる。ほんとうに。


 私の口に入ってくる空気は、薄くなり、いくら胸を膨らませても喘いでしまう。

 ただ不安で。

 ただ怖くて。

 まだウェルとも呼べていないのに、このまま、会えなくなるのだろうか。

 ぴ。


「ロジェ。どうしましょう。私、こんなにも誰かに会えなくなることが怖いの」

 ぴ?

「お父さんもお母さんもすごく突然だったし、あの酷く怖い王様が怖かったし、お別れというような感じじゃなくて、突然いなくなっていて、あんまり」


 ……寂しいとは……


 どうしたのだろう、引っかかっていた何かが、流されていくような。ふと自分を掻き抱いて温めたくなるような。


 ……あれ、私、寂しいと、思っていたの?


 思ってみたことのなかった感情に、驚いた。

 すごく怖かった。恐怖の感情に覆われるようにして隠れていた、そんな気持ちがあふれ出し、今度は私を流してしまいそうになる。

 どこへたどり着くのかも分からなくて、沈んでいくよりもずっと不安定で。

 覆われていた恐怖という厚い雲間。そして、現れた感情。

 縋りたくて手を伸ばした先には、ハウエル様がいるようで。


 だって、ハウエル様だけはいつもいなくならなかったもの。

 ずっと一緒だと思っていたのに。

 石のお部屋でもこのお屋敷でも、ずっと一緒にいてくれたから。

 それなのに、そのハウエル様がいない。


 もしかしたら、……。

 押し潰されそうになる胸に手を押し当てて、『大丈夫よ』と言い聞かせたくなる。


「必ずお戻りになると、仰っていたもの」

 絶対に?

 そんな疑う気持ちは、信じたくない。疑いたくないもの。

 自分にそう言い聞かせているはずなのに、喉の奥が苦しくなってくる。

「ロジェ、お別れって……会えないってこんなに悲しいだなんて……」

 だけど、ロドウェル卿が帰ってこないことは、望んでいるくせに。

 とても不思議で、それがとても嫌な気持ちに思えてしまった。

 こんなにも、嫌な私がここにいる。とても醜くて、とても嫌。


「ロジェ……」

 私、ハウエル様に嫌われても仕方がないのかもしれないわ……。

 でも、戻ってらっしゃらないと思えば、とても悲しい。

 悲しいの。こんなにも嫌な人間なのに……。

 思い切り泣いたのは、このお屋敷に来て以来。

 あの朝、自分の中からロゼッタが失われたと思って、昼過ぎまで泣き続けた。

 でも、今は、自分の中からハウエル様がいなくなるかもしれないと思って、涙が止まらない。


 いなくならないで欲しい、ただその一点で。こんなに涙があふれて止まらないだなんて。

 どうしたらいいのだろう。

 私は……どうなってしまうのだろう。

 考えても考えても答えは出ずに、私はベッドに突っ伏して泣き続けてしまった。


 目が覚めたのは、もう月が夜空に綺麗に輝く時間だった。

 鏡台の上には新しいロジェのご飯。

 ベッドの横にはワゴンがあって、冷めてしまったスープとパンが置いてあった。

 メイドが置いて行ったものだろう。

 ふと、ロジェが気になった。

 ロジェまでいなくなる……そんなこと、耐えられない。


「ロジェ」


 その名を呼ぶと、かわいい羽ばたきの音がして、ロジェが現れた。

 ぴ。

 ロジェは少しだけ首を傾げて、伸ばした指先に止まってくれた。ほんの少し温かな気持ちになると、お腹が空いていることに気がついた。

「ロジェ、私、外に出てみるわ。ミモザの奥さまとお話をしてくる」


 月が綺麗に輝く時間。

 それは、ミモザの夫人がわずかな時間を惜しんでそこに姿を現す時間なのだ。

 ミモザの夫人が私に会いに来られる時間。

 いつ終わるかも分からない……そんな時間。


 そして、できることはしておかなくてはならない、そんな気持ちをロゼッタは新たに感じている。

 しかし、そんな気持ちに気づくことは、まだない。


 そう、ロゼッタは少しずつ取り戻している感情の整理に翻弄されているだけで。

 メイドが持ってきてくれたスープを口に含むことで、空腹を思い出す、そんな風にひとつひとつを重ね合わせて、知っていくだけで。

 やっと、自分の手で扉を開こうと思えるようになっただけで。


 ――ミモザの木の下へ。


 ミモザの奥さまにお会いする、それだけを目的に、歩むことにしたのだ。



明日からは

10:00くらいまでには……投稿・予約投稿できるようにしたいと思っています。

ちょっと、日にち間隔と時間が不定期になるかと思いますが、頑張って投稿できるようにしますね。

これからもよろしくお願いします。

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