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そう、だから君を奪うことにした  作者: 瑞月風花
第二章『変化』

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「窓辺のロゼッタとミモザの夫人」①


「共に逃げませんか?」


 兵隊さん――いいえ、ハウエル様はあの晩、私にそう言った。

 確かに、……そう言った。

 だけど、私はここにいることを選んだ。私は『愛する者を破滅に導く』そうだから。

 それに、私はとても穢れている……そう思ったから。そして、伝えた。


 ハウエル様の手を取れない理由は、その私の穢れが、彼を死に至らしめるかもしれない呪いになるかもしれないから。

 父もそれで亡くなった……のだろうから。


 きっと、あの酷い王様の言葉通りで、私自身が呪詛なのだ。

 空を自由に飛び回るように、私も外を自由に歩いたら、どんなになるのだろうとは思ったけれど、「兵隊さんとは一緒にいけない」と伝えた。

 やっぱり、ハウエル様が死んでしまうと嫌だから。

 ロドウェル卿は旦那さまだけど、化け物だから死なないみたいだけど。


 それなのに、彼は彼の手を取れないままの私に、また理解できないことを言ったのだ。

「私が怖いですか?」と。


 今怖いのは私自身であって、ハウエル様を怖いと思ったことはない。体が震えるのも、ハウエル様が私の手を取ろうとしたからではなくて、私の手が穢れているからで。彼が呪いで殺されてしまうのも、穢れてしまうのも怖いと思うからで。

 それなのに……。

 私を汚いと思ったことなどないと、仰るの。


 それに、ハウエル様は、ご自身の言葉を否定した私を怒るどころか、名前を教えてくれた。

「私の名前はハウエルです」

と。

 ウェルと呼んでくれれば嬉しいと。


 “ウェル”は親しい者から呼ばれている名前だと仰っていた。

 どうしてそんなことを教えてくれたのか分からないまま、ロジェを眺める。

 ぴ、ぴぴ?

 首を傾げられても、私にも分からない。

「ウェル……」

 呼んでみると、ハウエル様がいないというのに、どこか気恥ずかしい。

 ぴ?

 そう鳴いたロジェが部屋の中を飛び回る。


 あの晩の後、ロジェはよく飛べるようになった。

 本当は空へ帰してあげなければならないのだけれど、ハウエル様が少しだけ待って欲しいと仰るから、待っている。

「ロジェ、そろそろ眠る時間よ」

 新しく準備したロジェの家は、木のお皿の上にあの香炉のクッションとハンカチを乗せたものに落ち着いた。そこに粟と稗を置いておくだけで、それをつつく。

 足りない時は、私が食べれず、こっそり残しておいたパンをあげる。

 ぴ。

 ロジェが手を伸ばした私の指先に止まると、首を傾げて私を見ていた。

「新しいお家には屋根がないけれど、今日も大丈夫よ」


 そうなのだ。

 数日前から、ロドウェル卿が部屋にやってこない。お屋敷の中にはいらっしゃるとは思うのに。

 だから、ハウエル様に預かってもらっていたロジェがここに戻って来たのだ。

 そう、ハウエル様が大丈夫だと言うのだから、きっと大丈夫。

 ただ、残念なのはメイドを呼ばなければ、扉が開かないということで。

 だけど、大きな不便ではないのだ。

 庭を歩けなくなったことだけが、残念だけど、今はロジェがこうしているのだから。


 それに、窓の外にはミモザの夫人が私を見つめている。

 紅い髪に黒い瞳。

 どこか、ほんの少し懐かしさも感じられるような……。

 よく似た誰かを知っているような。

 階段の踊り場では思わなかった、そんな曖昧な記憶を、私は彼女に感じている。

 だから、何も怖くなかった。


 だけど、どうしてハウエル様はミモザの夫人のことをお尋ねになったのだろう……。

 やはり、あの晩を思い出す。

 あの夜にハウエル様から聞いたことは、まだあった。

 怪しい女が現れて、ハウエル様が追いかけようとしたのを知って、ミモザの夫人のことが気になったのだ。

 そして、不幸なことにロドウェル卿がミモザの夫人を追いかけるというのだ。あんなにもお可哀そうなお顔をしている彼女の元に、化け物が行くだなんて……。私だけが、ロジェの無事を喜んで、彼女は化け物に捕まってしまうかもしれないだなんて……。

 それだけで、胸が苦しくなってしまった。


 だから、彼が扉を叩くまで、ずっと彼女を見守っていた。

 だから、あの夜、窓辺で何をしていたのか?とハウエル様に尋ねられ、そのままを彼にお伝えしたのだ。

「ミモザの夫人とお話していました」と。

 部屋に入ってきたハウエル様に視線を遣った後、ミモザの夫人は消えていた。

「だけど、消えてしまいました……彼女の石が見つからないのです、きっと」

 そこまで言った私を見つめ、少しだけ怪訝そうなハウエル様がこう言った。

「その、彼女は石を探しているのですか?」

 石を探している……と思ったのは私なだけで、ミモザの夫人は何も言わない。ほんとうは違うのかもしれない。

 彼女は何を探しているのだろう。

 分からない。

 だから、ハウエル様には分からないと伝え、私は彼女をやはり心配した。


「ミモザの夫人は大丈夫でしょうか? 旦那さまに見つかってはいないでしょうか?」

「おそらく見つけられてはいないでしょう……」

 ハウエル様は、ただ遠くを、ミモザを見たままそう仰った。

 だから、ロジェが眠った今夜も窓辺に立って、彼女を見守る。今夜もミモザの夫人はそこにいる。


「探し物は見つかりましたか?」

 真っ白のドレスの彼女は、やはり寂しそうに笑うだけ。

 探し物ではないのであれば、いったいどうしてそんなにお可哀想なお顔をなさるの?


 私が口を開こうと思った瞬間、彼女は月明かりに(ほど)けるように、そのまま消えてしまった。



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