第8話 断頭台の運命(2)
頭の中で、シャルルが鼻で笑った気がした。
『知識だと? ハッ、そんなもん学問でも何でもねぇよ。オレたちの世界じゃ、頭の中に「生体デバイス」を組み込んでるのが当たり前だったんだ。機械の知識が脳に直接入ってるんだよ。……まあ、オレのやつは型が古いんだがな……』
そこまで考えてシャルルはおかしな事に気付く。魂だけになってもデバイスが使えているのは不自然すぎるのだ。
『まさか……な』
(ドヴィス……? 道具のこと?頭の中に……?“まさか”って何?)
マリーには想像もつかない話だった。頭の中に“道具”を埋め込むなど、まるで魔術か悪魔の技業だ。
『そうさ。歴史も知識も思考も、この時代のどんな学者よりもオレは優秀だ。……だからこそ、だ』
シャルルの声に、いびつで意地悪な響きが混ざりはじめた。
『オレは知ってるんだぜ。お前がこの先、どんな運命を辿るのかもな。……教えてやろうか、オーストリアの小さな王女様?』
「……っ」
マリーは思わず、現実の身体で身をすくめた。 自分の未来。これからフランスの王太子妃となり、いずれ王妃となる己の人生。シャルルの言い方は不吉で、底知れぬ悪意に満ちていた。聞かないほうがいいと、頭の中の警鐘が激しく鳴り響いている。しかし——見知らぬ国にたった一人で嫁いできた十四歳の少女にとって、「己の未来」という誘惑には抗えなかった。
(……教えて。私は……どうなるの?)
『フン、後悔するなよ』
シャルルは冷ややかに、噛み締めるように言葉を紡ぎ出した。
『オレが知ってるお前の未来だ。……1774年に現国王がくたばって、お前はフランスの王妃になる』
(……王妃。あと4年後に……)
『くくく、それでな、王妃になったお前は浮かれちまって浪費をしまくるんだ。それこそ国の財政が傾くくらいにな』
(そんな……! 私はそんなこと……!)
『さらに頼りない旦那を見限って、スウェーデンのお貴族様と浮気をして現を抜かすんだぜ。それが国民にバレて蛇蝎のごとく嫌われるんだ』
(嘘よ!私はそんな女じゃ無いっ!)
『王侯貴族ってのはみんなそういう連中だ。——お前たちが食糧を買い占め、税を絞り上げたせいで、飢えて苦しむ民衆の怒りが爆発する。奴らは革命を起こし、国王の城へ押し寄せるんだ。そしてお前と、お前の間抜けな旦那を捕らえ……』
シャルルの声が、一段と低く、刃物のように研ぎ澄まされた。
『断頭台で、お前たちの首を刎ねる。……我が儘で貪欲な王族に、これ以上ふさわしい最期はねぇだろ?』
「あっ……!」
マリーの口から、小さな悲鳴が漏れた。
首を、刎ねられる——。
その言葉が出た瞬間、脳裏に強烈なフラッシュバックがはしった。ついさっき、パヴィヨンの館で目の前に突き出された、あの男の生首。自分を恨めしそうに睨みつけていた、血の気のない目。胴体から切り離された、“命”の残骸。
(私のせいで……嫌……いやあぁぁぁっ……!)
あの男の首の残像と、未来の自分自身の姿が重なり合う。血の気が引き、マリーの顔は瞬く間に土気色へと変わっていった。激しい吐き気が込み上げ、彼女は膝を抱えてガタガタと震え出した。
「マリー様!? お顔色が……! どうなされたのですか!?」
侍女が慌てて駆け寄ってくる声も、いまのマリーには遠い海の底からの音のようにしか聞こえなかった。
頭の奥でシャルルが乾いた笑いをこぼしている、そんな気配だけが、冷たく響いていた。




