第7話 断頭台の運命(1)
「……様、マリー様」
柔らかい声と、微かに漂うオレンジの花の香油の匂いで、マリーはゆっくりと瞼を開いた。視界に飛び込んできたのは、見慣れたシェーンブルン宮殿の豪華絢爛な装飾ではなく、パヴィヨン館の控え室の天井だった。フランス側に用意されたその小さな部屋のソファで、彼女は横たわっていた。
「お、お目覚めになられましたか? 一時間ほど、とても深くお眠りになられていましたよ」
控えていた侍女が温かいハーブティーを差し出してくる。マリーはカップに手を伸ばすが、侍女の表情は引きつりその手は震えていた。
(なぜそんなに震えているの?)
一瞬、侍女の仕草に困惑するが、すぐにその理由がわかった。ついさっき、自分は不始末をした担当者の断罪を要求し、そしてデュナン伯爵はそれを実行してしまったのだ。
自分を不愉快にした人間の断頭を望んだ皇女なのだと、そんな風に思われているのだろう。
マリーはため息をついて温かいハーブティーに口を付けた。済んでしまったことはどうしようもないのだから。
気を失う前後のことを侍女に聞くと、どうやら少し休ませてほしいと申し出たようだった。
(……誰が?まさかシャルルが……私の体を?)
カップを受け取るマリーの手は、かすかに震えていた。夢——いや、あれは夢などという生ぬるいものではなかった。風も音もない漆黒の闇。夜空に浮かぶ青い大地。巨木のような鉄の兵器たちが光の束を放ち合い、声もなく爆散していく地獄絵図。そして、荒涼とした月面に一人残され、“世界が割れた”あの破滅の瞬間。
(……シャルル?)
マリーは心の中で、そっとその名を呟いた。頭の奥で、重々しい溜息が聞こえた。いつもの鋭く不遜な声だが、どこかひどく掠れている。
『……ちっ、起きやがったか』
(あなたも……眠っていたの?)
『眠ってたんじゃねぇ。お前が気を失ってる間、体を動かそうと試みたんだよ。だが……ダメだ。少しは動かせたが、想像以上に精神を削られて意識が飛んでたんだ。おまけに……』
シャルルは吐き捨てるように苦々しく呟いた。
『胸糞悪い夢まで見ちまった』
マリーの心臓が跳ねた。
(大地を……滅ぼした夢?)
頭の中の気配が息を呑むのがわかった。
(私、見たわ。金属の部屋で怒号を上げる男たちや……月で、あなたが何か恐ろしいものを動かそうとしていたのを……。シャルル、あの場所は一体何なの? あなたは一体……)
『おい』
シャルルの低い声が、マリーの精神を冷たく突いた。
『うるせぇ、黙っていろ小娘。オレはクソムシと王侯貴族が死ぬほど嫌いなんだよ。これ以上オレの過去をほじくり返そうとするなら、次はお前の口を永遠に閉じさせてやる』
底知れぬ殺意が波のように押し寄せ、マリーは息を飲んで黙り込んだ。この男は本気だ。これ以上、あの恐ろしい「過去」に触れることは許されない。マリーは冷や汗を拭いながら、恐れをなして問いを引っ込めた。
けれど、どうしても拭えない疑問があった。シャルルという男の言葉遣いは野蛮で酷く不躾だが、彼がふと漏らす知識は深い。なぜこの男は、あのタペストリーの詳細を知っていたのだろうか。
恐る恐る、マリーは別の問いを投げかけた。
(過去のことは……もう聞かないわ。でも、どうしてあなたはそんなに物知りなの?あのタペストリーの事だって……)




