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断頭台が嫌なら世界を征服すればいいじゃない  作者: 朝日カヲル
第三章 未来を拓くこと

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第22話 仮面は武器

「ア・ボゾルド!(了解しました!)」の返事にも、幾晩か経つ頃にはすっかり慣れてきた頃だった。ある夜、シャルルはマリーを大きな姿見(鏡)の前に立たせた。


『さぁ、次の課題だ。鏡をよく見ろ』


 マリーは言われるがまま、燭台の柔らかい炎に照らされた自分の顔を見つめた。


『……分かるか? お前の顔は、絵本より分かりやすい』

 (絵本……ですか?)

『そうだ。喜べば目が輝き、悲しめば眉が下がる。腹が立てば口元が歪み、怖ければ肩が縮こまる。お前の感情は、いちいち全部顔に書いてある。宮廷でその面をやってりゃ、手の内をすべて読まれて、いいように使われるだけだ』


 マリーは、そっと自分の頬に手を当てた。 確かに、これまで何度も感情を抑えきれずに涙をこぼし、あるいは怒りに震えて声を荒げてきた。それが己の弱さだと、彼女自身、痛いほど分かっていた。


『今日から、お前にその仮面の作り方を叩き込む』

 (仮面……)

『まずは単純なところからだ。……いいか、俺がこれから、お前が一番腹の立つことを言う。何を言われても、顔色ひとつ変えるな』

 (そんなこと、できるでしょうか)

『返事は "ア・ボゾルド!" だっ!』

 (……ア・ボゾルド)


 マリーは背筋を正し、鏡の中の自分をまっすぐに見つめた。


『――お前は、母親に見捨てられて、この国に売り飛ばされたゴミだ』

 (なっ!?そんな事はありません! お母様が……私のことをゴミだなんて……!)

 その一言に、マリーの血が逆流した。顔を真っ赤にし、目尻に涙が浮かびかける。

『お前はバカか! これは訓練だ! 表情一つ変えるなと言っただろ!』

 (あっ……!)

『もう一度だ!』

『――ハプスブルクの田舎娘が、フランス風を気取っても似合わねぇな』

 今度は涙こそ出なかったものの、唇が僅かに引き結ばれた。

『唇だ。動いた』

 (……分かって、います)

『"ア・ボゾルド!" だっ!』

 (ア・ボゾルド!)


 マリーは奥歯をグッと噛みしめ、もう一度、鏡の中の自分に向き直った。

 こうして、夜ごとの過酷な訓練が繰り返された。 シャルルは時には辛辣な皮肉を、時には冷ややかな嘲りを、容赦なくマリーに浴びせた。そのたびに、マリーの表情のわずかな揺らぎを、シャルルは見逃さず指摘した。


『違う。今、鼻の付け根に皺が寄った』

 (え……? そんな、僅かなところまで……)

『"ア・ボゾルド!" だっ! 宮廷の狐どもは、そういう僅かな綻びを見逃さねぇ。お前が今まで潰されてきたのは、まさにそこだ』


 幾晩も、幾晩も。同じやり取りが叩き込まれた。 最初のうちは一言も持たずに表情を崩していたマリーだったが、次第に、感情の波を顔に出さずに耐えられる時間が延びていった。

 そして――。


『――お前の母親はビッチだって噂だ。お前の父親も誰だか解ったもんじゃねぇ』

 (……)

 鏡の中のマリーは、微動だにしなかった。 眉も、唇も、頬も、鼻先も、何一つ揺らがない。ただ静かに、まっすぐに自分の鏡像を見つめ返している。

 しばしの静寂の後、脳裏でシャルルが小さく唸った。


『……ほぉ』

 (どう、でしょうか……モン・コマンダン)


 マリーが恐る恐る心の中で尋ねた。鏡の中の顔は無表情を保っていたが、胸の奥では心臓が痛いほど早鐘を打っていた。


『……悪くない』


 その一言に、張り詰めていたマリーの頬が、思わず緩みかけた。


『――おい、緩んでるぞ』

 (あっ……!)


 慌てて表情を引き締めるマリーに、シャルルの気配が、僅かに笑ったような気がした。


『まぁいい。……その調子で続けろ。仮面ってのは、着けっぱなしになるまで身体に叩き込むもんだ』

 (ア・ボゾルド! モン・コマンダン!)


 鏡の中の十四歳の少女は、まだぎこちなくはあるものの、確かに以前とは違う顔つきをしていた。 感情に振り回されるだけの無防備な少女ではない。己の心を、己の意志で御そうとする――その確かな第一歩を踏み出していた。


 そして、シャルルから経済学や政治学など、18世紀で役に立つ知識の授業も同時に始まった。



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― 新着の感想 ―
マリーが実権を握らないと何も改革できません。シャルルがどんな手段を用いてマリーに実権をもたすか楽しみです。
更新お疲れ様です。 シャルルは、今までと違って割と真面目にマリーを訓練してますね(笑) マリーも懸命について行っているみたいだし。 この二人、二人?なかなか良いコンビじゃないかな?(苦笑)
工作員育成計画進行中。
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