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断頭台が嫌なら世界を征服すればいいじゃない  作者: 朝日カヲル
第三章 未来を拓くこと

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第21話 夜(?)の訓練開始

 離宮の一室、鎧戸の隙間から月明かりが静かに差し込む深夜。人払いを済ませたマリーは、寝台の端に腰掛け、静かに目を閉じていた。


『――さて』


 頭の奥から響いたシャルルの声は、いつもよりどこか張りがあり、楽しげでさえあった。


『今日この時をもって、お前の鍛錬を開始する』

 

(鍛錬……?)


『いいか、これから俺が言うことに、いちいち「え?」だの「どうして?」だの聞き返すんじゃねぇ。鍛錬中の返事は一つだけだ。"ア・ボゾルド!(了解しました!)" それ以外は要らねぇ』


 (ア・ボゾルド, ですか? ……分かりました、けれど)


『けれど、じゃねぇ! 返事は "À vos orders(ア・ボゾルド:了解しました)!" だけだと言ったろうが!』


 有無を言わさぬ厳しい怒声(のような気配)に、マリーは思わず背筋をピンと伸ばした。


 (……ア、ヴォ、オルドル!)


『声が小さい! もう一度!』


 (ア・ボゾルド!)


 暗闇の中、聞く者とてない静寂の自室で、十四歳の少女がたった一人、誰もいない虚空に向かって、心の中で声を張り上げている。傍から見れば、なんとも奇妙で狂気じみた光景に違いない。


『よし。それから、俺のことは今後 "Mon commandant!(司令官殿)" と呼べ』

 (Mon commandant、ですか。……何だか、軍隊のようですこと)

『軍隊のようも何も、軍隊の流儀そのものだ! さぁ、呼んでみろ!』

 (も、モン、コマンダン!)

『声に覇気がねぇ! やり直し!』


 マリーは、思わず頬をふくらませた。 これまでのシャルルは、皮肉屋で、ぶっきらぼうで、けれど常に理屈で物を語る「教師」だった。それが今、まるで子供が悪ふざけでもしているかのように、やたらと威勢のいい号令をかけてくる。 戸惑いながらも、どこかその滑稽さに、マリーは胸の奥で小さく笑いを堪えた。


 (モン、コマンダン!)

『よろしい』


 満足げな気配が、脳裏から誇らしげに伝わってくる。


『では、次だ。まず、お前自身の身を守れるようにする。……俺の故郷、火星軍で叩き込まれた体術。"Art martial de l'acier"――機甲武術だ。それを、これからお前に叩き込む』

 (機甲武術……。まさか、私にそのような荒々しいことができるとは、到底思えませんが)

『"ア・ボゾルド!" だ! それ以外は口にするな!』


 シャルルの声に、一切の反論を許さない勢いが戻ってきた。マリーは、押されるように答える。


 (ア・ボゾルド……!)

『よし。……いいか、マリー』


 シャルルの声が、僅かに――ほんの僅かにだが、低く真剣な響きを帯びた。


『この技を、一年でモノにしろ。会得した頃には、丸腰のまま百人の兵士を相手に立ち回れるようになる』

 (ひゃ、百人……!?)


 思わず心の中で絶叫してしまったマリーに、シャルルは間髪容れずに叱咤を飛ばした。


『返事は "ア・ボゾルド!" だと言ったろうが!』

 (あっ……! ア・ボゾルド!)


 その容赦ないやり取りに、マリーはとうとう堪えきれず、くすっと小さく声を立てて笑ってしまった。

 政治の重責、未来の断頭台という恐怖、そして夫にさえ明かせぬ秘密――そうした重苦しい日々の中で、この滑稽でいて容赦のないやり取りは、束の間、彼女の張り詰めた肩の力を抜かせてくれた。


 (……分かりました、モン・コマンダン。ア・ボゾルド!)


 今度は自分から進んで、しっかりと胸を張り、心の中で声を高らかに響かせてみせた。 頭の奥で、シャルルが小さく鼻を鳴らす気配がした。それはどこか、まんざらでもなさそうな音だった。


『……上出来だ。じゃあまずは“股割”からだ。両足を180度開けるようにしろ。話はそれからだ』

(足を180度に?そんなことでよろしいのですか?)


 マリーは床に両足を開きながらぺたんと座った。完全に足は180度開いていて、さらに上半身をそのまま前に倒してしまう。


『すごいな、そこまで体が柔らかいとは……』

(うふふ、モン・コマンダン。これくらいは淑女の嗜みですのよ)

『む、無駄口は叩くな。次は足技と跳躍力だ。ベッドの天蓋につま先が届くようにジャンプしてみろ!』


 こうして、十四歳のフランス王太子妃による“夜の格闘訓練”が幕を開けた。


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 いよいよシャルルとマリーの特訓が始まったのですが、まあ確かに、これは夜にしか出来ないですね(苦笑)
“夜の格闘訓練”って、叡智なやつじゃないんですね・・・。
感想一覧
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