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没落聖女の逆転再出発~一杯のお茶を施した少年が砂塵の王となって、二十年後、私を迎えにきました〜  作者: 風谷 華
第一章

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番外編1 父の歴史書

 翌週、カドゥラン商会から手紙が届いた。


 父の歴史書の出版費用を全額負担したい、という申し出だった。連合の主要図書館と教育機関への配布も手配する、と書いてあった。


 父は手紙を読んで、長い間黙った。


「カイルという男は」と父はゆっくり言った。「本物だな」


「……そうですね」


「あの書は、帝国側から見た工業化との比較記録だ。新興連合の人間が読めば、帝国がいかに彼らを見下してきたかもわかる。それでも配布したいと言う。懐の大きい男だ」


「お父様」


「悪くないぞ」父はあっさりと言った。「出身がどこであれ、人を見る目がある男だ。それだけで十分だ」


 エルザは何も言わなかった。ただ、お茶を一杯、丁寧に淹れた。


 その夜、エルザは父の隣に座った。


「お父様」と彼女は言った。「カイルさんに、告白されました」


「ほう」


「その告白に、私も愛しています、と答えました」


「ほう!」


 父は三秒、固まった。


「そうか」父はゆっくりと、麻痺していない右手をエルザの頭に置いた。


 エルザはその手の重さを感じた。


 子どもの頃、何度もそうしてもらった手だ。父が元気だった頃の。


「お父様」


「なんだ」


「私、ちゃんとやれていますか?」

「聖女じゃない私でも、ちゃんとやれてますか?」


 父はしばらく考えた。


「やれている」と言った。「充分すぎるくらい」


「でも」


「エルザ」父は言った。「お前は魔力が枯れて、婚約を破棄されて、すべてを失って、バリスタになった。それでも自分の足で立っている。お父さんは、それを全部見ていた。誇りに思う」


「それにな、どんなエルザでも、お父さんの可愛い娘だよ。ちゃんとやれてるとか、やれてないとか、どっちでもいいんだよ。エルザが生きてさえいてくれたら」


「生まれてきてくれてありがとう、エルザ」


 エルザの目に、涙が滲んだ。


「エルザが図書館から本を運んできてくれたから、歴史書を書けたよ。エルザがお茶を淹れてくれたから、続けられた。エルザがここにいるから、お父さんはまだ前を向いていられるだ」


「お父様——」


 父が麻痺した右手でエルザの背中をゆっくりと叩いた。子どもの頃と同じリズムで。力は弱くなっていたが、リズムは同じだった。


「大丈夫だ」と父は言った。「お前はちゃんとやっている」


「だから、幸せになりなさい」



 窓の外、帝都の夜がゆっくりと目を覚ます。


 並んで灯される、帝国の紋章と連合の緑の旗。

 混ざり合うことのない二つの色が、変わりゆく時代の境界線を照らしていた。


 帝国の夕暮れ。


 今日もまた、空を染めるオレンジ色は、とても美しかった。



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