24 いつも通りの
ある日の午後、カイルがいつも通りカフェーにやって来た。
いつも通りの奥の席。いつも通りの黄金霞。いつも通りの「おいしい」というセリフ。
しかし今日は、帰り際に少しだけいつもと違った。
立ち上がって、いつも通り伝票を置いて、いつも通り歩き出して——扉の前で、止まった。
今日はエルザの方を振り返らなかった。
ただ、振り向かずに足を止めた。
一秒か、二秒ほど。
それから、カランコロン、と鈴が鳴って、出て行った。
エルザはカウンターの内側から、その背中が見えなくなるまで見ていた。
ルーカスが横から言った。
「先輩」
「なんですか?」
「今日のオーナー、なんか……いつもと違ったすよね?」
「そうですか?」
「なんか、扉の前で止まってたっす。それに今日は、振り返らなかったっす」
「……見てたの?」
「なんとなくっす」ルーカスは言った。「先輩が見てたから、つられちゃったっす」
エルザは何も言わなかった。
「先輩、オーナーとなんかあったんっすか?」
「何もないわ。大丈夫よ」
「……なんか、大丈夫じゃない顔してるっす」
「ルーカス」店長のリリーが奥から声をかけた。
「はいっ、店長!」
「次のお客様が来ていますよ」
「あっ!」
ルーカスは走っていった。
エルザは空になったカップを片付けながら、扉を見た。
カランコロン、と鳴った鈴が、まだどこかで響いている気がした。
閉店後、一人になって、エルザはカイルのいた席に座った。
こんなことは初めてだった。客席に、仕事が終わってから座るなんて。
カイルがいつも見ていた景色を見た。カウンターが見える。自分がいつも立っている場所が見える。
(この席から、ずっと私を見ていたのね)
週三回、ここに来て、ここからエルザを見ていた。石段の少年が二十年かけてたどり着いた席が、ここだった。
エルザはテーブルの上に手を置いた。
カイルがいつもカップを置く場所に。
そこは冷たく、無機質に感じられた。
(今日はどうして、振り返ってくれなかったたんだろう)
あの一瞬の意味を、エルザはずっと考えていた。
振り返りたかったのか。振り返れなかったのか。あるいは——振り返らないことを、選んだのか。
わからなかった。
でも、何かが——終わりに近づいている気がした。
カイルの中で、何かを決めようとしているようにも感じた。




