11 砂漠の話と、帝国の話
あれから少しずつ、エルザとカイルの距離は以前よりも縮まり、カイルは帝國カフェーでエルザに自分のことを話すようになった。
カイルは砂漠の村の話をした。母が洗濯の仕事をしていたこと。字を覚えるために夜中にランプを使いすぎて叔父に怒られたこと。初めて利益を出したとき、母にそのお金を見せたら、「どこで盗んだ?」と疑われたこと。
エルザは声を上げて笑った。
「お母様、とてもストレートなお方なんですね」
「ストレートすぎですけどね。すごく傷つきました」カイルも笑った。「でも翌日、ちゃんと謝ってくれたんですよ。『お前の母親は間違いを認められる女だ』と言いながら」
「間違いを認められるって、素敵ですね」
「そうかもしれませんね。口うるさい母親でしたけどね」
エルザは笑いながら、柔らかな表情になった。
「いいお母様ですね」
「ありがとうございます」カイルは少し静かに言った。「そんな母も5年前に、亡くなったんです。砂漠の丘の上に、父のお墓のそばに母のお墓も作りました」
「……そうでしたか」
エルザは何も言わなかった。少し深めに蒸らしたお茶を、もう一杯、淹れた。
カイルはそれを受け取って、ゆっくりと飲んだ。
「うん、おいしい」
「……少し、深めに淹れました」
「そんな気がしました」カイルは言った。「ありがとう」
エルザもカイルに自分のことを話した。母の最後の日のこと。父が歴史書を書き始めたこと。
「お父上が歴史書を?」とカイルは言った。少し真剣な顔で。
「ええ。左半身が麻痺しているのに、毎日書いています。帝国魔法文明史の改訂版だそうで」
「……それは」カイルはしばらく考えた。「ぜひ読ませていただきたいです」
「え?帝国の歴史書ですよ?」
「帝国側から見た魔法文明と工業化の記録は、連合にとっても貴重な資料になります。もし許可をいただけるなら——」
「嬉しいです」エルザは少し笑った。「父に言ったら、泣いて喜びますよ、きっと」
「泣かせてしまいますか?」
「いい意味で。父は、誰かに必要とされることをずっと待っていたと思うので」
カイルはエルザを見た。
「あなたに似ていますね、お父上は」
「……そうですか?」
「はい」
エルザは少し俯いた。
「誰かに必要とされたい、か」と彼女は呟いた。「私にも、そういうところがあるのかしら」
「あります」とカイルは即座に言った。「確かに、ありますよ」
「断言してくれるんですか?」
「そうですね。エルザにはそういうところがあると思います」
「……あなたが見てる私って、どんな感じなのかしら」
「そうですね。とても芯が強くて、素敵な女性ですよ」カイルは言った。「今も昔も、魅力的です」
エルザはしばらくその言葉を受け止めた。
カップの中の、琥珀色をした黄金霞が、エルザの指先から伝わった微かな震えに呼応して小さな波紋を描いた。
窓の外からは、夕暮れ時の遠い街のざわめきが、薄いカーテンを透かして流れ込んでくる。
斜めに差し込む西日が、エルザの睫毛の影を頬の上に長く落とした。
エルザは、その光の粒をじっと見つめていた。




