↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
代行  作者: 久賀ラトル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/9

八

 公判を十日後に控えた日の朝、篠原から電話が来た。


「航が警察に行った」


 篠原の声は平らだった。


「ゆうべ、宮下さんの嘆願書の話を俺がした。あの母親も話がついた、もう心配するなと言ってやった。そうしたら、夜中に一人で署へ行った」


 遠山は布団の上に座ったまま、電話を耳に当てていた。


「医者の診断書は用意した。事故のあと、ずっと眠れていない。酒も増えた。錯乱して、自分を責めている。それで通る。お前は今まで通り話せばいい」


「息子さんは」


「病院に入れた」


 電話が切れた。


 昼過ぎに、堀から呼び出しがあった。


 前と同じ部屋だった。机の上に、紙が何枚か伏せて置いてあった。堀はそれを表にしないまま言った。


「篠原航が、自分が運転してたって言ってる」


「酔ってたんでしょう」


「ゆうべは素面だったよ。珍しくな」


 堀は伏せた紙の一枚を指で叩いた。


「坂の下の信号で、あんたと運転を代わった。四百メートルだけ。代わりに一万円をあんたの胸ポケットに入れた。そう言ってる」


 堀は遠山を見た。


「胸ポケットの一万円。俺は覚えてたよ」


 遠山は膝の上で指を組んだ。


「あれはチップです。前にも言いました。あの人は前にも、最後だけ自分で運転させろってごねたことがある。随伴の杉浦に訊いてください。俺は断った。だから今度もそうしたと思い込んでるんでしょう。あの晩、あの人は助手席で寝てました。覚えてるはずがない」


「被害者の母親が、嘆願書を出してるな。運転手を許すって」


「知ってます」


「出来すぎだと思わねえか」


 堀は椅子の背にもたれた。


「親父は金を払う。母親は許す。運転手は猶予がつく。誰も困らねえ。困ってるのは、本当のことを言いにきた酔っぱらいだけだ」


 遠山は堀の目を見返した。


「俺が殺したんです」


 言ってみて、それが嘘のように聞こえないことに、遠山は驚かなかった。坂の下で胸ポケットに一万円が入ったとき、遠山は車を降りて助手席に回った。あれは自分の足でしたことだった。


「あの子の手、握ってたのは俺です。あの子は俺に謝ったんです。すみませんって。あいつは、それを知らない」


 堀は長いあいだ黙っていた。廊下を誰かが笑いながら通り過ぎた。


「俺の仕事はな、誰が運転してたかを決めることじゃねえんだ」


 堀は伏せた紙を揃えて、ファイルに戻した。


「書類が揃ってるかどうかだ。検事は、公判の十日前に被告人を入れ替えるのを嫌がる。被害者遺族の嘆願書つきの事件を、精神科の診断書つきの酔っぱらいの話でひっくり返すのは、もっと嫌がる」


 堀はファイルを脇に挟んで立ち上がった。


「揃ってるよ。気持ち悪いくらいにな」


 ドアのところで、堀は振り返らずに言った。


「帰っていい」


 署の駐車場を出たところで、篠原から電話が来た。どこかで見ていたような早さだった。


「どうだった」


「帰っていいと言われました」


 篠原は短く息を吐いた。礼は言わなかった。


「息子さんは、どうしてますか」


「お前の仕事じゃない」


 電話が切れた。遠山はバス停まで歩いた。免許はまだ取り消されていなかったが、乗る車がなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。