六
一月の終わり、夜の十時過ぎに、遠山のアパートのドアが叩かれた。
航だった。タクシーを帰したところで、コートの前がはだけていた。酒の匂いがした。住所は戸川の書類で見たのだと言った。
「眠れないんだよ」
航は玄関の上がり框に座り込んだ。
「親父がさ、来月から俺を現場に出さないって。会議だけ出てろって。専務の椅子に座ってろって。あんたが全部背負って、俺は椅子に座ってる」
「帰れ」
「警察に行く」
遠山は台所の明かりの下で、航の頭頂部を見ていた。つむじの周りが少し薄くなりかけていた。
「行って、本当のこと言う。あんたにはちゃんと、親父から金がいく。俺がそうさせる」
犯人隠避、という言葉を、遠山は戸川から一度だけ聞いていた。戸川は「念のため」と言って説明した。身代わりが露見すれば、身代わりになった者も罪に問われる。金は、受け取った経緯によっては没収される。莉子の学費の六十八万が、どこから来た金なのか、調べればすぐにわかる。
遠山は航の襟をつかんで立たせた。航の体は軽かった。
「お前が楽になるために、俺をもう一回売るのか」
「売ってない。頼んだんだ」
「同じだ」
航の目が赤く濁っていた。泣いていたのか、酒のせいなのか、わからなかった。
「あの子の手を握ってたのは俺だ」
遠山は自分の声が低くなるのを聞いた。
「すみませんって言われたのも、俺だ。お前はハンドルに頭くっつけて震えてただけだろうが。今さら何を返してもらうつもりだ」
航の唇が動いた。何か言いかけて、やめた。遠山は襟を離した。航は玄関のドアに背中をぶつけ、靴を半分つっかけたまま出ていった。
翌朝、遠山は篠原建設へ行った。約束はしていなかったが、受付で名前を言うと、五分で社長室に通された。
「息子さんが来ました。夜中に。警察に行くと言ってました」
篠原は窓の外を見ていた。資材置き場で、ユンボが砂利をすくっていた。
「止めてくれたのか」
「今回は」
篠原が振り返った。
「三千万にしてください」と遠山は言った。「前金も、あと五百」
篠原はしばらく遠山を眺めていた。品定めをする目だった。遠山はそれを、悪い気分ではなく受け止めている自分に気づいた。
「代行屋が、ずいぶん高くなったな」
「息子さんが、そうしました」
篠原は内線で経理を呼んだ。
「航は、俺が見とく」




