心臓に悪い質問
馬車に乗った途端、先ほどまでの積極的でありながら清楚な令嬢(?)の態度が一変した。
「お前に言いたいことはあるが、ひとまずは後回しだ。まずは二人に説明するからそこでおとなしく待っていろ」
「はい……」
ドスの利いた、聞き慣れた声。
あまりの豹変ぶりに、グンターは目を白黒させているが、逆にジークは「やっぱり」と言わんばかりの納得顔だ。
ちなみに席順は、上座側にこの「エリス嬢」が一人、下座に俺たち三人。男三人で下座に固まっているから、正直かなりきつい。
いや、本当に二人ともすまん。後でなんかおごる。
「あぁ、やっぱりジークは気づいたか。さすがだな。それにしても、根っからの騎士であるグンターが気付かないってことは、なかなかやるな俺。これからもこの姿は問題なさそうだ」
「やっぱりエアエストさんだったんですね。髪の色は色変えの魔法ですか?」
「え」
声のトーンをいつもの調子に戻したエリス嬢……もとい、エスト兄上に、ジークが普段通りに笑いかける。
グンターは俺とジーク、そして兄上へと視線を行ったり来たりさせて、めちゃくちゃ忙しそうだ。
さもありなん。その混乱、よくわかるぞ。普通に会話しているジークの方がおかしいんだ。グンター、お前は至極真っ当だ。
「驚かせて悪いな、二人とも。察しの通り、俺はエアエスト。まぁ、今は仕事の関係で女装しているが、いつも通りに接してくれ。ただ、俺は『エリス』としての仕事が今後もあるから、その時は平民の商人・エリスとして接してほしい。あぁ、女性のエスコートの練習と思ってくれてもいいぞ。女性のマナーも一通り修めているからな」
口調こそいつもの兄上だが、その仕草やその他諸々は、どう見てもおしとやかな淑女そのものだ。
慣れるまで俺も脳内がバグり散らかしていたから、グンターの混乱は本当によくわかる。
それなのに、あっさり「はい」と頷いているジークはマジで大物だと思う。
「で、だ」
和やかな空気は、ジークの短い返答であっさりと終了した。
兄上の口から、地を這うような低い声が発せられる。
視線を向けられた俺だけでなく、両脇にいる二人の背筋までもが、条件反射でピンと伸びた。
腕と足を組んだ目の前の人は、その一瞬で、完璧に「エリス」から「エアエスト」へと戻っていた。
ワンピースを着た状態で足を組むのはどうかと思います、と心の中でツッコんだが、とても口に出せるような空気ではない。
「悪いが、こっからは俺のウィラードへの説教タイムだ。二人には申し訳ないが時間は有限なんでな。後で詫びるからひとまず受け流してくれ」
目線すら向けない、普段と違いすぎる兄上の威圧感に、二人は反射的にコクコクと頷いた。
普段は飄々としている人が、有無を言わせない空気を作るとこうなる。
誰にでも分け隔てない人だが、この人もやっぱり「貴族」なんだな、と思う。俺も貴族だけど、俺にはこんな圧は出せない。
「ウィラード・オブシディアス。俺がどうして、今、ここにいるかわかるか」
「え、っと……」
「わからないんだな」
「……はい」
ますます低くなる声に、「兄上、そんな低い声出せたんですね」と、俺の脳は必死に現実逃避を開始した。
それにしても、確実になんでこの人がこんなに怒り心頭でここにいるのかが分からない。
わざわざ領地から王都まで出てくるんだから、俺がかなりのことをやらかしたのは間違いないと思うんだが。
「お前、王太子殿下やら宰相閣下から、覚えめでたい自覚あるか? クラウスを取って食う勢いだって、気づいているか」
「え」
素で驚いて声を漏らすと、両隣の友人二人が一斉に俺を見た。
『マジかお前』という無言の圧力がすごい。
え、そんなこと俺は知らん。確かに最近、学園で男女問わず囲まれる回数は増えてきた気はするけれど。
ジークたちも「知らなかったのか」と驚いている様子だから、そこそこ有名な噂なんだろう。
いや、確かに王城にいくつか意見書を上げたりしたけれど、それだってちゃんと父上やクラウス兄上を経由しているはずだ。
「その献策の元を調べることくらい、貴族としては当然だろ。お前は俺みたいに隠ぺい工作はしていないんだからな」
「……」
確かに、俺は特に裏工作なんて何もしていない。ただ、気になったからと報告書を上げただけだ。
「さて聞くぞ、ウィラード。正直に答えろ。お前はクラウスをおろして、自分が父上の跡を継ぐ気か」
「そんなこと考えたこともありません!!」
「だろうな」
絶叫に近い俺の否定を、兄上は予想していたのだろう。
即答されて、張り詰めていた緊張が一気に抜け、安堵が押し寄せる。
ちゃんと理解されていると分かってはいても、あまりに心臓に悪い質問だった。
冷や汗が背中をダラダラと伝うのがわかる。ここが馬車の中でなければ、勢いよく立ち上がっていたかもしれない。本当に、心底焦った。




