第2話 捨てられた辺境は、私への最高の褒美
王城を出ると、夜風がアリアの金色の髪を優しく揺らした。
舞踏会の喧騒が、まるで遠い出来事のように聞こえる。
「お嬢様!」
慌てた様子で駆け寄ってきたのは、幼い頃から仕えている専属侍女のエマだった。
「ご無事で……!」
「ええ。終わったわ。」
「終わった……ですか?」
「ようやく、ね。」
エマはまだ状況を理解できていない様子だった。
婚約を破棄され、悪役令嬢として断罪された令嬢が、どうしてこんなにも穏やかな表情を浮かべているのか。
普通なら涙を流し、絶望しているはずなのだから。
「帰りましょう。」
「はい……ですが、お屋敷では旦那様がお待ちです。」
◇◇◇
エヴァレット公爵邸。
応接室へ入ると、父である公爵レオナード・エヴァレットが静かに紅茶を口へ運んでいた。
「……帰ったか。」
「ただいま戻りました、お父様。」
「王家から正式な通知は届いた。」
机の上へ一通の書状が置かれる。
婚約破棄。
王妃候補資格の剥奪。
王都での一切の役職停止。
形式だけ見れば、完全な敗北だった。
「怒っておられますか?」
父は首を横へ振る。
「いや。」
短く答える。
「ようやく王家との腐れ縁が切れた。」
アリアは少しだけ笑った。
父もまた、この婚約が政治のためだけのものだったと知っていた。
「それで、お前はこれからどうする。」
「辺境へ向かいます。」
「……やはりか。」
驚いた様子はない。
「北西の旧領、フェルド地方です。」
その名を聞いたエマが目を丸くした。
「あ、あそこは何もない土地ですよ! 作物も育たず、人も少なくて、魔物ばかりの……。」
「世間では、そう言われているわね。」
アリアは机の上に広げられた王国地図へ目を落とした。
その中の誰も見向きもしない北西の辺境――フェルド地方へ指先を置く。
そこは王都から最も遠く、痩せた土地で、人も寄りつかない「捨てられた領地」と呼ばれていた。
だが、アリアは小さく笑う。
「だからこそ、誰にも奪われない。」
「お嬢様……?」
「エマ。出発の準備をお願い。」
「かしこまりました。」
侍女が慌ただしく部屋を出ていく。
アリアは一人になると、そっと引き出しの奥から一冊の古びた手帳を取り出した。
誰にも見せたことのないその手帳には、夢の中で見た景色と知識が細かく書き留められている。
そして最後のページには、たった一行だけ。
『フェルドの地下に、王国の未来を変えるものが眠る。』
その文字を見つめ、アリアは静かに微笑んだ。
「さて――」
「私だけの物語を始めましょう。」




