第13話 悪役令嬢の選択
第13話 悪役令嬢の選択
一万――。
アストラの言葉が、戦場を静かに凍らせた。
「推定、一万体以上の魔物を確認。」
王国軍の兵士たちは青ざめる。
「い、一万……?」
「そんな数、この辺境にいるはずがない!」
「終わりだ……。」
さっきまでアリアへ剣を向けていた兵士たちが、今度は迫り来る魔物の大群を見て震え始める。
森の奥では、無数の赤い瞳が揺れていた。
地響きは次第に大きくなり、木々が次々となぎ倒されていく。
まるで黒い津波だった。
その様子を見ていたクロードは、ようやく事態の深刻さに気づく。
「全軍、防御陣形を――」
しかし、その命令は最後まで続かなかった。
先頭の魔物が森を飛び出したのだ。
全長五メートルを超える巨大な狼型の魔物。
その後ろから、角を持つ魔獣、巨大な蜘蛛、空を埋め尽くす飛竜が次々と姿を現す。
「来るぞ!」
王国軍は慌てて迎撃を始めた。
炎。
氷。
雷。
無数の魔法が放たれる。
だが、魔物の数は減らない。
倒しても、倒しても、その後ろから新たな群れが押し寄せてくる。
「くそっ!」
「止まらない!」
兵士たちの悲鳴が夜の平原に響いた。
その光景を城壁の上から見つめるアリアは、静かに目を閉じる。
ダリルが焦った声を上げる。
「お嬢様!」
「今なら城門を閉じれば、この街は守れます!」
エマも頷く。
「王国軍は敵です!」
「助ける必要なんてありません!」
確かにその通りだった。
数日前まで彼らは自分を罪人として裁き、今も捕らえるためにここへ来ている。
助ける理由など、一つもない。
だが――。
アリアの脳裏に浮かんだのは、さっき武器を下ろした老騎士の姿だった。
『私は、この戦いに正義を見いだせません。』
あの兵士たちは、命令に従っていただけだ。
クロードとは違う。
戦いたくてここへ来たわけではない。
アリアは静かに目を開く。
「アストラ。」
「はい。」
「城門を開けて。」
一瞬、時間が止まった。
「……え?」
ダリルは自分の耳を疑った。
「お、お嬢様!?」
「王国軍を街の中へ避難させます。」
「そんな!」
「敵ですよ!」
「違う。」
アリアは静かに首を振る。
「敵なのは、人を利用して笑っているあの男よ。」
その視線の先では、黒衣の魔導師が楽しそうに戦場を眺めていた。
「私は……。」
「私の領地で、誰一人死なせるつもりはない。」
その言葉を聞いたアストラは、小さく微笑んだ。
「……承知しました。」
「都市管理者命令を確認。」
「第一城門、開放。」
ゴゴゴゴゴ――。
巨大な白銀の城門がゆっくりと開いていく。
その音に気づいた王国軍は、一斉に振り返った。
「城門が……開いた?」
老騎士が目を見開く。
すると城壁の上から、アリアの声が響く。
「王国軍へ告げます!」
「武器を捨てた者は保護します!」
「生きたい人は、今すぐ城内へ!」
一瞬の静寂。
そして次の瞬間。
「走れぇぇぇ!!」
兵士たちは一斉に城門へ向かって駆け出した。
その姿を見たクロードは怒鳴る。
「戻れ!」
「命令だ!」
しかし、もう誰も彼の命令を聞いていなかった。
黒衣の魔導師だけが、静かに笑う。
「そうです。」
「それでいい。」
アリアは男を睨みつける。
「何がおかしいの。」
男はゆっくりと指を鳴らした。
パチン――。
その乾いた音が響いた瞬間。
地面が大きく割れた。
ズズズズズズ……!
戦場の中央から、巨大な黒い柱が姿を現す。
柱ではない。
一本の腕だった。
土の中から現れたその腕は、人間など豆粒に見えるほど巨大だった。
アストラの表情から血の気が消える。
「そんな……。」
「封印が……破られた。」
「何が出てくるの?」
震える声で尋ねるエマ。
アストラはゆっくりと、その名を口にした。
「……《魔王軍四天王》。」
「その一人が、目覚めます。」
次の瞬間。
地中から、低く響く笑い声が聞こえた。
「――ようやく、外へ出られる。」
その声だけで、戦場にいた全員の身体が震え上がった。




