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7話

 『毒蛇』の五十人を吸収し、黒王会が一気に百人規模の巨大組織へと急拡大してから数週間。

 俺たちの悪名は、もはや神浜市の裏社会で知らない者がいないほどに轟き渡っていた。


『黒王会のトップは、一睨みで五十人の心を折るバケモノらしい』

『毒蛇のヘッド、敵の頭の形が変わるまでボコボコにするで有名な阿木あぎの頭を素手で握り潰そうとしたらしいぞ。下につくならお前の頭を潰さないでやるって脅したらしい』

『あいつらに逆らうと、若頭が一瞬でアジトごと消し炭にしにくるぞ』

『俺のハーレーちゃんが黒王会の幹部にパクられた。誰かあの黒人から取り返してくれ(涙)』

『いや、あの黒人は強すぎるて。諦めろ』


 そんな物騒(?)な噂が広まるにつれ、当然ながら厄介事も増えた。

 シマを追われた別組織からの恨みや、新興勢力を危険視する同業者からの刺客。いわゆる『暗殺集団』の襲撃が頻発するようになったのだ。


 毎日毎日ご苦労なことだが、下っ端の掃除は俺たち幹部の仕事だ。ボスの部屋に殺気の一欠片すら届かせるつもりはない。


 アジトの裏路地。

 俺は小さく欠伸を噛み殺しながら、足元に転がる黒装束の男たちを見下ろした。ほんの数秒前まで、手に毒の塗られたナイフを持ってアジトに潜入しようとしていた暗殺者たちだ。


「……副ボス、コイツラ、モウ動カナイヨ。ツイデニ亀甲ニ縛ッタ。川ニ捨テクル?」

「おう。お疲れ。……って、なんだそのTシャツ」


 俺は思わず眉をひそめてツッコミを入れた。

 アーロンの分厚い胸板には、デカデカと『JAP KILL』という極めて物騒な文字と共に、謎のクマが中指を立てている謎のプリントが施されていた。


「アァ、コレ?裏ノ『ヤマダサン』ニ貰ッタヨ。カワイイデショ?」


 アーロンは悪びれる様子もなく、自慢げにニカッと笑うだけだった。

 ちなみにヤマダさん。とは組織のビルの裏にいつの間にか住み着いていた闇医者の山田のことである。本名が偽名かわからないが、今にも死にそうなジジイ(患者)と2人で暮らしている。腕は確かである。


「あの闇医者……パロディとしては好きだけど、それをアーロンが着るのは色々とアウトだろ……。ん?いや、それよりお前、さっきなんて言った?」

「アートネ!コノゴミドモ、シッカリ縛ッタカラドブニ捨テテクルヨ」

「いや、違くないけど違う。亀甲……って、流石にドブに捨てるのはマズい。ほんとの意味でジャップをキルしちゃうて。ゴミ捨て場にでも適当に転がして――」


 俺たちがくだらない雑談をしていた、まさにその時だった。


「――そこまでよ!警察だ、全員動くなッ!!」


 路地の入り口から、数人の武装した制服警官たちがなだれ込んできた。


 その先頭に立つのは、先日ウチのアジトを張り込んでいた、対魔法犯罪特捜班のエリート女刑事……如月紗耶だ。彼女は鋭い視線で俺を睨みつけ、手にした魔法リボルバーを構えた。


「黒王会の若頭、九条迅!それに幹部のアーロン・アーロン!今日こそあなたたちの悪事を暴き、組織ごと叩き潰すわ! 大人しくガサ入れに応じ――」


 如月がそこまでビシッと決め台詞を吐きかけた時。彼女の視線が、俺とアーロンの足元で、見事な亀甲縛りにされて涙目を浮かべる暗殺者たちへと向いた。さらに言えば、それを縛り上げた大男の胸元で中指を立てている謎のクマにも。


「えっ……ちょっ、なにその縛り方!? 待って、そのTシャツも何!? ひっ、変態集団!?」

「あぁ、いらっしゃいお巡りさん。いいところに来たな。いや。悪いとこか?まぁ、何にせよ誤解しないでくれよ、コイツらはウチの敷地に刃物持って押し入ってきた暗殺者で、その縛り方はウチの幹部が……いや、たぶんコイツら自身の趣味だ。触れないでやってくれ。……ほらよ」

「趣味……?」


 アーロンがドヤ顔でサムズアップしてるのを見て無駄なことを言うと余計ややこしくなると考えた俺は見て見ぬ振りをして、簀巻きの暗殺者をポンッと蹴り転がして如月の足元へと差し出した。


「正当防衛でちょっと眠らせただけだ。縛られてうちまでやってきた変態だ。警察のポイント稼ぎには丁度いいだろ?」

「……ヤクザが、襲撃者を警察に引き渡すっていうの……!?」

「ヤクザだなんて人聞きの悪い。俺たちは真っ当な会社のつもりなんでね。抗争で血を流すような野蛮な真似は、ウチのボスが嫌うんだよ。ガサ入れだっけ?さぁ、どうぞ中へ」


 手を取り、エスコートをするかのように案内をすると如月は完全にペースを崩され、「え、あ、うん……じゃなくて! 捜索に入りなさい!」と赤面しながら部下たちに指示を出した。






     ⭐︎






 数時間後。会社の事務室。


 如月は、デスクの上に山積みになった経理の帳簿やファイルを前に、ギリッと奥歯を噛み締めていた。


「……どういうことなの。みかじめ料の徴収記録はおろか、ダミー企業を使った資金洗浄の痕跡すらゼロ。ダンジョン素材の売買益も、複雑な控除の特例まで完璧に計算し尽くされて、1円の狂いもなく納税されてる……。減税できるところは一切取りこぼさず、合法の範囲で限界まで圧縮してるのに、それでもこの納税額って……。ヤクザの帳簿どころか、売上も利益率も凄まじいし、これじゃそこらの上場企業よりよっぽど優良な決算書じゃない……!」

「警察のガサ入れっていうか、申告書と帳簿と納税関係書類の確認て、ただの税務調査やん。令状無い警察って調査権無いと思うんだけど……?ま、まぁ、いいか。俺たちは真っ当にやってるんだ」


 俺は淹れたてのココアを啜りながら、余裕の笑みを浮かべた。

 それも当然だ。この組織の経理や事務処理は、俺が完璧に作り上げている。


(とはいえ……裏の荒事なんて最悪、刃切や影浦、なんなら何もしてねぇボスにやらせておけばいいが、こっちの『表の事務処理』ができる奴が絶望的に足りてねぇ。100人規模の会社で事務員も宮本と俺と、ほぼ戦力になってないボスの3人じゃ限界があるよなぁ……。近いうちに、俺の代わり……とまでは言わないが経理と総務、うちの場合は法律関係までこなせる優秀な人員を追加で雇いたいところだな……。ただ、できればそんなに人数は入れたくないから全部できる優秀な人材が欲しい……)


 俺が内心でそんな切実な無い物ねだりな愚痴をこぼしていると、如月が焦燥感を露わにして立ち上がった。


「くっ……絶対に何か裏があるはずよ! あのバケモノみたいな魔力を放つボスが、こんなクリーンな組織を運営しているわけがない!」

「おい。仮にもウチのボスをバケモノ呼ばわりすんな」

「くっ!!怪しいとこ……食堂の方も徹底的に調べなさい!!」


 俺のツッコミを無視して、捜索の舞台はアジトに併設された広い食堂へと移った。

 数分後、如月の部下が血相を変えて飛んできた。


「警部! 冷蔵庫の奥から、怪しい緑色のドロドロした液体が入ったボトルが見つかりました! 劇薬かもしれません!」

「ビンゴね!!さぁ、九条迅、この液体は何よ!」

「あー、それね。ボスの盆栽の栄養剤。デカいボトルだと使いにくいからって、わざわざ別の容器に入れ替えてるんだよ。なんで冷やしてるかは知らん。多分アーロンのイタズラ」

「……はい?」


 如月が拍子抜けした顔になる。鑑識官が簡易検査キットを使い、「……警部。これ、ただの植物用アンプルです」と報告した。


「じゃ、じゃあこっちは!? 食品庫の奥に隠してあった、白い粉の入った袋!」

「あー、それ蕎麦粉だよ。ボスが『蕎麦打ち』にもハマっててな。めっちゃうまいんだぞ」

「じゃ、じゃあこっちの別の袋に入ってる真っ白な粉は!」

「それは……強力粉だ。ウチの事務員がパン作りにハマっててな。家でやれよ。って話だけど、うちの会社無駄にオープンとかでかいから」


 如月の顔が徐々に赤くなっていく。だが、彼女は諦めきれず、最後に証拠品用トレイに乗せられた「小さな小瓶」をビシッと指差した。


「じゃあこれよ!! この小瓶に入った粉! どう見てもヤバいシロモノじゃない!! これも料理用だなんて言わせ――」

「あー……それはだな、」


 俺が口を開きかけた時。

 バンッ! と食堂の扉が開き、アーロンが目を血走らせて飛び込んできた。


「アッ!ワタシノ、大切ナ粉!!」


 彼はトレイに乗った小瓶を見るなり、胸元のクマごと如月に猛然と詰め寄った。


「ン~~~!!ヤッパリコレ最高ダネ!!毎日キメテルヨ!!朝ト夜、ゼッタイ!!」

「ひぃっ!?や、やっぱりヤク中じゃない!!これも母国のヤバい薬ね!!」


 如月がリボルバーを構えて後ずさる。だが、アーロンの勢いは止まらない。


「コレ無イト、ワタシ無理ネ……手、震エルカラ……。チョットデイイ……一舐メデイイカラ……!ワタシノ『命ノ粉』ネ!!」

「う、動かないで! それ以上近づいたら撃つわよ!」

「撃ッテモイイカラ舐メサセロォォォ!!オイ!オマエタチモヤルカ!?鼻カラ吸ウト、世界、変ワルヨ!?」

「く、来るなッ!!応援を呼べ!!マトリだ!!」


 アーロンの完全にアウトな発言に、警察官たちが一斉に武器を構え、部屋の緊張感がマックスに達した。


「……アーロン。あんまり警察をからかうな」


 俺は深いため息をつき、如月の手から小瓶を取り上げると、自ら中身を指につけてペロッと舐めた。


「九条くん!? なに急に証拠品を舐めて……っ!」

「だから、ただのラムネ菓子だ。コイツ、日本の駄菓子の『口どけ』に感動して、わざわざすり鉢で粉末にして持ち歩いてるんだよ」

「……警部、簡易検査キットの反応、陰性です。ただの糖分の塊ですね」


 鑑識官の冷静な報告を聞き、如月はその場にへたり込みそうになった。


「チッ、バレタカ。オ巡リサン、ノリ悪イネ。HAHAHA!」


 アーロンがケラケラと笑う横で、如月は顔を真っ赤にして、ワナワナと震え出した。


「撤収――ッ!!今日はここまでよ!!」

「お疲れ様です、如月警部。……またいつでも、ウチのクリーンな会社にお越しくださいね」


 俺が極上の爽やかな笑顔を作って見送ると、如月はビクッと肩を跳ねさせた。


 オフィスの明かりに照らされた俺の顔を見て、如月の顔がボフッと音を立てるように耳まで真っ赤に染まる。


「っ……ば、馬鹿にしないで! 次は絶対に尻尾を掴んでやるんだから!」


 如月は動揺を誤魔化すように怒鳴り散らし、逃げるように部下を引き連れてアジトを去っていった。






     ⭐︎







 嵐のようなガサ入れが終わり、静寂が戻った事務室。


 後片付けをしている刃切を横目に俺が伸びをしていると、部屋の隅の影から、幹部の1人でもある影浦琴音がスッと姿を現した。


「……ウチの副ボスって、性格は最悪だけど、顔はいいんだよなぁ」

「分かる。顔だけはマジで好き……轟の顔でこの性格なら刺してた」

「顔だけて。てめーらあんまり馬鹿にすると轟の仕事6倍に増やすぞ」

「とばっちりひどくないですか!?」


 影浦と刃切が、呆れたような、それでいて少しだけ面白がるような目で俺と轟を見て言う。


「うるせーな。耳元で叫ぶなアホが。で、影浦。警察の連中は帰ったか?」

「ええ。周辺に潜んでた奴らもパトカーで逃げるように帰っていったわ。……ただ」


 影浦が少しだけ表情を引き締め、報告を続ける。


「帰りがけに、あの女刑事の無線から少し気になる情報が聞こえたの。なんでも、魔法観測局が『この街の境界付近で、異常な魔力溜まりを検知した』とか」

「……ふぅん」


 異常な魔力、ね。


 俺は追加で淹れたココアの残りを飲み干し、窓の外に広がる夜の街並みを見下ろした。


 もしそれが、ボスのハッタリなんかじゃない、本物の『脅威』の兆候だとしたら。


「……まぁ、面白くなりそうじゃねぇか」


 俺は薄く笑い、空のマグカップを置いた。


 俺たちの退屈な日常を脅かす、かつてない『災厄ダンジョンブレイク』の足音が、すぐそこまで迫っていることなど、この時の俺たちはまだ知る由もなかった。



「うぇぇ。このココア砂糖めっちゃ入ってない?誰が用意したの?甘すぎて……」

「用意してくれたのは佳奈。副ボス用だからじゃ無いか?副ボスって偶にコーヒーとかブラックで飲んでるけど、実は甘党だから……宮本さんにも気を使ってるらしい。……って轟が言ってた」

「副ボスハ、オ子チャマ……ッテ轟ガ言ッテタ」

「ま、まぁまぁ。別に甘党でもいいじゃ無いですか。たまにココア飲むと美味しいし」

「私はブラック派。正直ココアて笑……あ、って轟に言えって言われた」

「轟てめぇ!!!ケツから焼いてぶち殺すぞ!」

「ひどい!!!」

最後の会話、上から刃切、影浦。アーロン、轟、刃切、迅、轟

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