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2話

『——昨夜未明、都内高級住宅街にて連続爆破テロが発生。被害に遭ったのは名家であり、現場には「偽りの世界の基盤ベイシスを破壊する」という不気味な犯行声明が残されていた。一部のオカルト界隈では、100年前から姿を変えずにこの国を支配し続ける『不死身の黒幕』を標的にしたテロではないかという都市伝説が囁かれており——』


「偽りの世界の基盤、ねぇ……。暇な連中もいたもんだ」


 三面記事の胡散臭いコラムから目を離し、俺——九条迅くじょうじんは深くため息をついた。


 黒王会のアジトの一室。インクと紙、そして微かな血の匂いが混ざり合う薄暗い部屋で、俺の目の前には黒スーツに身を包んだ屈強な男が、顔面を蒼白にして直立不動で立っていた。


「……で、おい。なんだこの領収書は」

「わ、若頭……それは、その、昨晩の小競り合いで使った魔力回復薬の……」

「品代としか書いてねぇだろうが。しかも宛名が『上様』って……。うちは真っ当な組織で、社名隠したい個人事業主じゃねぇんだから。どこの世界に、会社の経費を上様で切ってくるマヌケがいる」

「も、申し訳ありませんッ!」

「いいか? 俺たちは力で裏社会を制圧するが、今はまだ、無駄に警察や税務署、表のギルドを敵に回すつもりはない。それがうちの方針だ。たかが領収書一枚の隙からガサ入れを食らい、ボスの顔に泥を塗る気か? あぁ?」


 ボスという言葉を強調し、俺が冷たく言い放つと、男は「ハッ! 肝に銘じます!」と直角にお辞儀をして逃げるように退室していった。


 静まり返った部屋で、俺は折りたたんだ新聞紙を放り投げ、こめかみを揉んだ。


 俺が、あの完全なるクソ雑魚一般人である黒田を「最強のボス」として祭り上げ、裏で全ての糸を引くという狂気のゲームを決意してから一月が経過していた。


 俺の雷魔法による圧倒的な武力制圧と、ボスの放つ常軌を逸した魔力漏れによるハッタリ。その二つが完全に噛み合った結果、我らが黒王会は、周囲のならず者たちを次々と飲み込み、今や五十人規模の武闘派組織へと変貌を遂げていた。


 ボスの黒田は、自室で「オンラインゲーム最高!」と引きこもって、ひたすら最新のFPSゲームで現実逃避しているだけのハリボテだ。裏の戦闘行為からシマの管理、末端の経費精算に至るまで、実務はすべて俺一人で回している。


 俺が求めていたのは、No.2としてのライフと究極のスリルだ。血の気の多い五十人の武闘派たちを騙し通し、何の力もないただの青年を「裏社会の頂点」に立たせる。もし一歩でも対応を間違えればボスのメッキは剥がれ、俺たちは一斉に命を狙われる。


 これほど極上のエンターテインメントは、世界中どこを探しても存在しない。


 壁掛け時計が、定例の幹部会議の時間を示したので、俺は一度深呼吸をして全てを切り替え会議室へと向かった。







      ⭐︎






 重厚な扉を開けると、そこには異様な緊張感が張り詰めていた。


 アジトの巨大な広間。長机を囲むように、黒王会に所属する五十人の構成員たちがずらりと並んでいる。誰もがこの神浜町かみはまちょうの裏社会で名を馳せた魔法使いや、腕っぷしの立つ武闘派ばかりだ。


 だが、彼らは一様に顔を強張らせ、冷や汗を流しながら、部屋の正面を見つめていた。

 正面の豪奢な革張りのソファ。

 そこに、我らが黒王会のボス、黒田が深く腰掛けている。


 身長二メートル近い巨体。顔に刻まれた恐ろしい裂傷。腕を組み、目を閉じ、微動だにしないその姿からは、周囲の空気を歪ませるほどの圧倒的な魔力が絶え間なく溢れ出している。


(……最近、あの最新のFPSゲームにドハマりして、毎晩朝までオンライン対戦で撃ち合いをしてるからな。完全に寝不足で爆睡してやがる)


 俺は内心で呆れながらも、ボスの右腕、No.2の定位置である右側の席に音もなく座った。


 俺が定位置についたのを確認し、武闘派の最高幹部であるとどろきが、低い声で会議の口火を切った。轟は土属性の魔法使いであり、戦闘時はゴツい鎧を纏った巨漢な男だ。


「——若頭。昨晩のシマの巡回ですが、一つ懸念事項が。最近、我々のシマの境界付近で、新興の半グレ集団『毒蛇どくへび』がうろついています」

「毒蛇、か。数は?」

「およそ五十。大した実力も無いチンピラの集まりですが、血の気だけは多く、我々の急拡大を面白く思っていないようです。近いうちに、何らかのちょっかいを出してくる可能性が高いかと」


 轟の的確な報告に、俺が頷こうとした、その時だった。


「……すぅ……ぐぅ……」


 静まり返った重苦しい空気の中、間の抜けた音が響き渡った。

 会議室の末席。見張りとして立っていた最近入ったばかりの新人の下っ端が、あろうことか、立ったまま居眠りをしていたのだ。


 その瞬間、轟の顔に青筋が浮かび上がり、室内の温度が一気に下がった。


「……て、てめぇ……!」


 轟の怒声と共に、ドゴォォンという凄まじい地響きが鳴った。

 轟が床を強く踏みつけた瞬間、居眠りしていた新人の足元の石畳が生き物のように隆起し、一瞬にしてその男をすっぽりと包み込んだ。土魔法による、文字通りの『石棺』だ。


「会議中、ましては、ボスの御前で気を抜くなど、万死に値するッ! 貴様のようなゴミは、ボスの視界に入る資格すらない! その暗闇の中で一週間は反省してろ!!」


 石棺の中からくぐもった悲鳴が聞こえるが、轟は一切容赦しない。周囲の構成員たちも、轟の苛烈な処罰に震え上がり、誰一人として擁護しようとはしなかった。

 その直後だった。


「——グゴゴゴゴゴゴォォォォ……ッ!!」


 突如、地鳴りのような、あるいは巨大な竜の咆哮のような、恐ろしい重低音が広間に響き渡った。

 轟がビクッと肩を震わせ、振り返る。

 音の出処は——正面のソファだった。

 腕を組み、目を閉じたままのボスが、顔の傷をヒクつかせながら、規格外の魔力と共に凄まじい大イビキをかいていたのだ。


(ボスの魔力がダダ漏れになりすぎて空間がビリビリ震えてるせいで、イビキの音が謎のハウリングを起こして『地鳴り』みたいにカモフラージュされてるじゃねえか!)


 俺が内心で盛大なツッコミを入れていると、ボスの巨体がビクッと跳ね、低く唸るような寝言を漏らし始めた。


「……チッ、鬱陶しいな……。モブがぞろぞろと群れやがって……キリがねぇ……」


 会議室の空気が、ピシッと凍りついた。


(絶対に昨晩やってたFPSゲームの夢見てるだけだろ、あのクソゲーの……)


 俺がそう確信してやれやれと思った、まさにその瞬間。

 バンッ! と会議室の扉が勢いよく開き、血相を変えた見張りの構成員が飛び込んできた。


「ほ、報告です!! アジトの外に、『毒蛇』の連中が接近中! 数はおよそ五十……完全に武装してます!!」


 その報告を聞き、轟が顔面を蒼白にし、滝のような汗を流しながら後ずさった。


「なっ……! まさかボス……今の報告が来る前から、すでに敵の大群がこちらに向かっているのを、その並外れた魔力探知で察知しておられたのか!?」


 轟の言葉に、隣に立っていた女幹部の刃切凛はぎりりんが、青ざめた表情で頷いた。


 彼女は小さいながらも武闘派の組のボスをしていたのだが、俺に敗北して以来、俺とボスに対して狂信的な忠誠を誓っている女だ。


「間違いない……。あの尋常ではない魔力のうねり。目を閉じ、意識を街全体に広げて、我々に『見えざる脅威の接近』を警告してくださっていたのだ……!」

「なんと……! 我々が新人の下っ端の愚行に気を取られている間に、真の危機が迫っていると教えてくださったのか……!」


 部下たちが、ボスのただの不機嫌な寝言(※ゲームの夢)を、勝手に『迫り来る敵襲の予知』へと脳内変換していく。

 俺はこの奇跡的なすれ違いを利用し、組織の士気を爆上げさせるために、スッと前に出た。


「その通りだ。ボスは『毒蛇』の連中が、すでにこのアジトのすぐそばまで迫っているのを悟っておられた」


 俺が冷酷な声で言い放つと、幹部たちの顔つきが一瞬にして歴戦の凶悪な犯罪者のそれへと変わった。


「轟。そいつを石棺から出せ。これから来る『客人』の出迎えに、人手は一つでも多い方がいい」

「……ッ! ハッ! 申し訳ありません、俺の浅慮でした!」


 ドゴォン、と石棺が割れ、涙目になった新人が転がり出てきた。轟は彼に「すぐに武器を取れ!」と怒鳴りつける。

 今日も俺の完璧な翻訳によって、ボスの威厳は無事に保たれた。慌ただしい室内でいまだに爆睡を続けるボスを横目に、俺はこの頭のおかしいナンバーツー生活に、改めて静かな闘志を燃やすのだった。






      ⭐︎







 黒王会のアジト内で奇跡の喜劇が繰り広げられていた頃。


 アジトから少し離れた路地裏に停められた、一台の黒い覆面パトカー。

 その運転席で、一人の女が鋭い視線をビルに向けていた。


 警察庁が極秘に設立した、対魔法犯罪特捜班のエリート刑事、如月紗耶きさらぎ さやだ。

 整った顔立ちに、知性と強い意志を宿した瞳。彼女はハンドルを握る手をきつく握りしめ、冷や汗を拭った。


「……信じられない。なんだ、この異常な魔力の波長は……」


 如月は、車内の魔力探知機が振り切れているのを見て息を呑んだ。

 彼女の視線の先にあるのは、最近裏社会で急激に勢力を拡大している新興組織『黒王会』のアジトだ。


 わずか数ヶ月前まで有象無象の半グレやヤクザのようなチンピラが寄り集まるだけの小さなシマだったはずのこの場所が、一夜にして周辺の敵対組織を壊滅させ、今や五十人規模の危険なシンジケートへと変貌を遂げた。


「警察上層部は『ただのヤクザ崩れと半グレのシマ争いだ』と静観を決め込んでいるけれど、絶対に違う。あのビルの中から絶え間なく放出され続けているこの魔力……。まるで、戦略兵器クラスのバケモノが、街のど真ん中で呼吸しているかのよう……」


 如月は助手席に置いた手元の極秘資料に目を落とす。

 そこには、黒王会のトップである男の不鮮明な写真と、その右腕として暗躍している若き幹部の情報が記されていた。


「黒王会のトップ……黒田剛くろだ つよし。経歴は一切不明。だが、この圧倒的な魔力は本物。そして、彼を支え、実際に他組織を物理的に壊滅させていると見られる謎の男、九条迅くじょう じん。……彼が裏の実行犯であることは間違いない」


 如月はギリッと奥歯を噛み締めた。

 正義感が人一倍強い彼女は、力で街を支配しようとする裏社会の連中を絶対に許せなかった。たとえ相手がどれほどの化け物であろうと、必ず尻尾を掴み、法の下に引きずり出してみせる。


「そこへ来て、最近勢力を伸ばしている武闘派の半グレ集団『毒蛇』……。私の情報網が正しければ、彼らは今夜、黒王会のシマを乗っ取るために総攻撃を仕掛けるはず。警察が動かないなら、私がこの目で現場を押さえてやる」


 如月が静かに決意を固め、腰のホルスターに手をやった、まさにその時だった。


 ——ジリリリリリリリッ!!!

 黒王会のアジトのビルから、突如としてけたたましい警報音が鳴り響いた。

 如月がハッと顔を上げると、ビルの正面に向かって、複数のライトバンが猛スピードで突っ込んでいくのが見えた。車から降りてきたのは、魔法剣や魔法の杖で完全武装した、およそ五十人の荒くれ者たち。


「始まった……! 『毒蛇』の連中、まさか正面からカチ込みをかけるなんて……っ!」


 如月の予想を遥かに超える事態。

 このままでは、周辺の一般市民にも被害が及ぶかもしれない。如月は躊躇することなくパトカーのドアを蹴り開け、単身、抗争の渦中へと飛び出していった。




 一方、アジトの会議室。

 けたたましい警報音で、ついにボスがビクッと跳ね起きた。

 状況が全く理解できていないボスが、寝ぼけ眼で「えっ? なに? 火事?」と狼狽える中、俺は静かに青白い雷の魔力を練り上げ、口角を深く歪め誰にも聞こえないよう小声で呟いた。


「……ボスの昼寝を邪魔するとは、いい度胸だ。さあ、派手な出迎えと行こうぜ」


 最高の右腕と、クソ雑魚神輿。そして彼らを追う女刑事。


 三者の運命が交錯する、狂乱の夜が幕を開けようとしていた。

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