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3話

 深夜の静寂を切り裂くように、アジトの一階から凄まじい破壊音が轟いた。

 鉄パイプでガラス扉が叩き割られる甲高い音。重いブーツが乱雑に床を踏み鳴らす音。そして、野卑な怒声。


「ヒャッハー! 邪魔するぜぇ! 今日からここが俺たち『毒蛇どくへび』のアジトだ!!」

「オラァ! 出てこい黒王会! シマごと俺たちに乗っ取られな!!」


 ビルのエントランスを制圧した五十人の半グレ集団が、怒涛の勢いでなだれ込んでくる。彼らを率いるのは、毒蛇のリーダーである阿木あぎという男だ。魔法強化された棍棒のような武器を振り回し、完全に殺気立っている。


 だが、迎え撃つ黒王会の幹部たちも、すでに臨戦態勢を整えていた。


「若頭、指示を。チョコマカ動くネズミどもを、今すぐ俺の石棺の塵にしてやります」


 武闘派幹部の轟が、太い拳を鳴らしながら俺に問いかける。

 俺は、窓の外を睨みつけながら、右手から漏れ出す青白い電光を激しく弾けさせた。


「……ボスの覇道(安眠)を邪魔するゴミだ。外に叩き出して、二度とこのビルに指一本触れさせねぇように躾けてやれ。行くぞ」

「「「ハッ!!」」」


 俺の号令と共に、黒王会が誇る『四人の精鋭幹部』が一斉にビルを飛び出した。

 深夜の路上は、瞬く間に魔法の光と怒号が飛び交う戦場へと変わる。


「出やがったな! 黒王会の幹部連中だ! 数はこっちが圧倒して——」


 阿木が叫びを上げるよりも早く、黒王会の幹部たちが圧倒的な暴力で蹂躙を開始した。


「ボスの威光を汚す泥ガエルどもッ! 大地にひれ伏せい!!」


 まずは土魔法使いの轟だ。重厚な鎧を着た彼が両拳をアスファルトに叩きつけると、地面が生き物のように激しく波打ち、突撃してきた毒蛇の前衛十数人を次々と飲み込み、首まで地面に埋めて拘束していく。


「遅い。そんなナマクラで、ボスの御前を汚すつもり?」


 風の魔法使い、刃切はぎりが冷たく吐き捨てた。彼女は風を纏った短刀を振るい、目にも留まらぬ速度で敵陣を駆け抜ける。彼女が通り過ぎた後には、半グレたちが持っていた鉄パイプや魔力杖が、まるでバターのように音もなく切断されていた。


「副ボスの言う通りだ。これ以上、ボスの眠りを妨げるわけにはいかないからな」


 闇の中から、音もなく二振りの短剣を構えた女が現れた。影浦琴音(かげうらことね)だ。

 彼女は影から影へと転移する影魔法の使い手であり、敵の死角から正確にアキレス腱や手首の腱だけを峰打ちで叩き斬っていく。彼女は俺のことを独特な『副ボス』という呼び方で慕いながら、一切の無駄なく敵の戦闘力を削いでいく。


「オイ! オマエモコレヤルカ!? 世界、変ワルヨ!?」


 そして四人目。ひときわ異彩を放つ、サングラスをかけた細身の黒人の男が、身の丈と同じサイズの漆黒のモヤのかかる大剣を振り回しながら狂ったようなテンションで敵の半グレに詰め寄っていた。彼の名はアーロン。

 アーロンは怪しげな小瓶から「白い粉」を手の甲に乗せ、ペロリと舐め取ると、白目を剥いてブルブルと震え出した。


「一回デイイ、試シテミロ!! 戻レナクナルケドナ!!HAHAHA! ワタシ、強イヨ? コレ、結構キツイノ、毎日イケルカラネ!」

「ヒィィッ! や、ヤク中だ! ヤバいクスリやってやがる!」

「初心者ハ気ヲツケテネ……コレ、マジデ飛ブヨ!」


 アーロンが差し出してきたのは、ただの『粉ラムネ(ドラッグ風のパロディお菓子)』なのだが、アウトローすぎる見た目とテンションのせいで、半グレたちは本物のヤバいクスリだと完全に勘違いして悲鳴を上げている。


 根は優しいアーロンは、「クスリ(ラムネ)を断られた」と少し悲しそうに肩をすくめると否や、巨大な闇魔法でてきた刃を引き抜いた。


「……ソッカ、イラナイカ……。ジャア、オ眠リシナサイ!!」


 誰かに仕込まれたであるう変な敬語と共に放たれた闇の刃が、半グレたちを峰打ちで次々と吹き飛ばしていく。

 四人の精鋭たちによる、圧倒的な蹂躙。

 だが、戦場の中央で最も凄まじい火力を誇っていたのは、当然俺だ。


 俺はポケットから左手を出さないまま、右手の指先に超高密度の雷魔力を収束させる。


「——退け。王の道を作るぞ」


 パチン、と指を鳴らした瞬間。


 爆音と共に、俺の体が青白い電光そのものとなって戦場を縦断した。

 文字通りコンマ数秒の間。俺は敵陣のど真ん中を駆け抜け、背後の街灯の上に音もなく着地していた。


 バリバリバリィッ!!

 遅れて、鼓膜を劈くような落雷の轟音が響き渡る。俺が通り過ぎた軌跡上にいた残りの半グレたちが、一瞬にして超火力の雷撃に呑み込まれ、次々と黒焦げになって吹き飛んだ。


「ヒィィッ……! バ、バケモノかよ……っ!」


 毒蛇のリーダーである阿木は、完全に戦慄していた。自分の部下五十人が、たった数人の幹部と、一人の少年の雷撃によって、ほんの数分で壊滅してしまったのだ。


 だが、そんな絶望的な状況の中、アジトのビルから「一人の巨漢」がフラフラと姿を現した。


(うわあああああ!! 外、もっとヤバいことになってるぅぅ!! 魔法の音が怖くて部屋に居られなくて逃げてきたのに、なんでみんな道端で殺し合いしてんのぉぉぉ!!)


 パニックで部屋を飛び出したボスの黒田は、寝不足と極限の恐怖で足がもつれ、ボロボロになりながら戦場の中心へと迷い込んでしまった。

 その巨躯、顔の傷、そして全身から絶え間なく漏れ出す規格外の魔力の奔流。


「……出た。あいつが、黒王会のトップ……!」


 阿木は、本能的な恐怖で身を震わせた。だが、追いつめられたネズミは、最悪の賭けに出た。


「……こ、こいつさえ……こいつさえ倒せば、逆転できるッ! 死ねぇぇぇ!!」


 阿木が残された全魔力を暴走させ、全身に魔力を纏って棍棒を振り回しながら黒田に殴りかかろうと跳躍した。

 だが、その瞬間。


(……ひぃっ!! 怖い、来るな! 殴らないでぇぇぇ!!)


 黒田から、極限の恐怖による致死量の魔力プレッシャーが、大爆発を起こして放出された。

 ビキィィィン!! と空間が軋む。あまりに濃密な魔力の圧に当てられ、空中に跳躍していた阿木は完全に呼吸を奪われ、黒田に届く直前で、武器を落としドサリと膝をついた。


「が、はっ……あ……っ」


 阿木は、目の前に立つ巨漢を見上げた。黒田は、恐怖で「やめて、こっちに来ないで!」という意味を込めて、震える両手を前に突き出していた。


 だが、阿木が殴りかかる直前で膝をつき、前のめりに倒れ込んだ結果——。

 ガシッ。

 阿木の『頭部』が、ストップのポーズで突き出された黒田の『両手』の中に、吸い込まれるようにすっぽりと収まってしまったのだ。


「……え?」

「……ひぎぃッ!?」


 黒田の巨大な両手が、毒蛇のリーダーの頭部を、万力のようにガッチリとホールドしてしまった。

 阿木は、いま自分の頭が『指先一つで握り潰される寸前』にあると完全に確信した。


「ヒィィィィィィィッ!! い、命だけは! お助けをぉぉぉ!!」


 阿木は頭を掴まれたまま、手足を震わせながら産まれたてで一人で何もできぬ子猫のように泣き叫んだ。


「きょ、今日から俺たち毒蛇五十人、アンタに従います!クツでもなんでも舐めます!だ、だから、頭を潰すのだけは勘弁してくだせぇぇぇ!!」


(……え? あ、うん。なんかよくわかんないけど、痛いことされないなら、いっか……)


 黒田は心底ホッとして、ビクビクしながらもゆっくりと手を離し、安堵のため息を「ふぅ……」と吐いた。

 だが、その光景は周囲には『絶対強者の圧倒的な制圧と慈悲』として映った。


「見ろ……ボスが、敵のトップの頭を掴み、一瞬で服従させたぞ……」

「命をもって忠誠を誓うなら、己の傘下に加えるという無言の慈悲……! なんて器のデカさだ……!」


 幹部たちがまた勝手に感涙している。

 勘違いの連続により、黒王会は一夜にして百人規模の『巨大武闘派組織』へと膨れ上がってしまったのだった。


(いや、なんか一周回って実は強いんじゃねーのこのボス……)





      ⭐︎







 その時、何があっても阿木に攻撃できる位置である街灯の上に立っていた俺は、路地裏の暗がりに潜む「視線」に気づいた。


「……ネズミが一匹、嗅ぎ回ってるな」


 俺は右手でパチンと指を鳴らし、暗がりめがけて一条の電撃を走らせた。

 バチィィン!! という鋭い音と共に、ゴミ箱や木箱などの遮蔽物が粉砕され、そこに隠れていた人物が丸裸にされる。


「きゃっ……!」


 土煙の中から現れたのは、黒スーツに身を包み、魔法のリボルバーを構えた女——警察庁特捜班のエリート刑事、如月紗耶だった。

 その姿を見た瞬間、周囲の黒王会の部下たちが一気に殺気立った。


「あぁん? 警察サツの犬が、こんな所で何コソコソ覗いてやがる!」

「生きて帰れると思うなよぉ、警察屋さんよぉ!」

「ボコボコにしてやんぞ!!!アーロンさんが!!」

「ワタシ?オマワリ殴ルナテ言ワレテルヨ?一人デ行ケ」

「え?」


 荒くれ者たちが、如月に襲いかかろうと武器を構えて一歩踏み出す。如月の顔に緊張が走り、銃を構え直した。

 しかし、それよりも早く反応したのは、ボスの黒田だった。


(けっ、警察!? なんで警察がいるの!? ヤバいヤバい、俺たち絶対捕まる!! 刑務所行きだぁぁ!!)


 黒田の心臓が早鐘を打ち、極度の緊張と恐怖が限界を突破した。


 ——ズゴォォォォォンッ!!!

 黒田の体から、先ほどの阿木を制圧した時を遥かに凌ぐ、異常な質量の魔力圧力が放射状に叩きつけられた。


 部下たちはそれを「警察の介入に対する、ボスの底知れぬ怒り」だと解釈して平伏したが、その圧力は物理的な衝撃波となって周囲の建物を激しく揺らした。


 ミシッ、ビキビキビキッ!!

 その振動により、ビルの上階、毒蛇の連中がカチ込みの際に破壊してヒビが入っていた窓ガラスの巨大な破片が限界を迎え、如月の頭上に向かって一気に落下してきたのだ。


「え——」


 見上げる如月。数百キロの鋭利なガラスのギロチンが迫る。彼女が死を確信した瞬間、俺はため息をつきながら二度目の指を鳴らした。


 ——パチン。


 青白い閃光。

 彼女の頭上に迫っていた巨大なガラスの破片が、一瞬の雷撃によって、空中で微細なチリへと爆散した。

 パラパラと光の粉になって降り注ぐそれを浴びながら、如月は呆然と目を見開いた。


「……よそ見をするなよ、お巡りさん」


 俺は襲いかかろうとしていた部下たちを片手で制し、呆然とする如月に不敵な笑みを向けた。


「勘違いするなよ。ウチのボスは、部下が女をいじめるのも、無駄な血が流れるのもひどく嫌うんだ」

「ボスが……?」


 本当は、今ボスの威圧でガラスが落ちたことにボス本人が一番ビビって漏らしそうになっているからだが。


「俺たちが力で裏社会を制圧するのは、あくまでボスの秩序を守るため。法を犯したり一般人を巻き込むような真似はしない。……今回は嗅ぎ回ってたことは見逃してやる。だが、これ以上ウチの組織を嗅ぎ回るなら、次は容赦しないぜ」


 俺は背を向け、ビルへと戻っていった。

 後に残された如月は、握りしめた銃を下ろし、自分の胸が高鳴っているのを感じていた。


「……ボスの秩序……。そして、あの底知れない強さと……黒王会、とんでもない組織ね」


 勘違いの連鎖は、ついに国家権力にまで波及し始めていた。

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