表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

1話

 鼓膜を劈くような轟音と共に、紫電が闇夜を切り裂いた。


 空気が急激に熱せられ、焦げた肉とオゾンの入り混じった異臭が路地裏に充満する。


「……あーあ。また一瞬で終わっちまった」


 薄暗いアスファルトの上に転がっているのは、十数人の大男たちだ。彼らはつい数分前まで、この界隈を牛耳っていた半グレ系の武闘派ギルドを名乗っていた。凶悪な魔法使いや、違法な魔力強化を施した荒くれ者たち。


 だが今は、全員が白目を剥き、全身から細かな煙を上げながら完全に沈黙している。


 彼らの中心に立つ俺——九条迅くじょうじんは、小さく欠伸を噛み殺しながら、右手から発せられていたバチバチという青白い雷光を霧散させた。


 世界にダンジョンと呼ばれる異空間が現れ、魔物が溢れ、人類が魔法という超常の力を手にしてからちょうど百年。

 社会の構造は激変した。ハンターや魔法使いが花形の職業として成立する一方で、法で裁ききれない裏社会の組織がダンジョン産の非合法な素材を巡ってシノギを削る、混沌とした現代日本。

 そんな狂った世界において、俺の毎日は絶望的なまでに退屈だった。


 特権階級である名門・九条家の次男として生まれた俺は、控えめに言っても天才だった。


 常人が何年もかけて学ぶ知識や術式を、ほんの数日で完全に自分のものにしてしまう理解力。そして、現存する魔法の中でも最高難易度と言われる雷魔法を、まるで自分の手足のように操れる才能。


 実家の絶対的な権力も相まって、周りの大人たちは物心ついた時から俺に媚びへつらい、ご機嫌取りばかりを繰り返してきた。


『迅様こそが、九条家の次期当主にふさわしい』

『上に立つ者として、これほど完璧なお方はいない』

『あの不死身の化け物に勝てるのは迅様だけだろう』


 反吐が出る。

 血筋や才能という張りボテの理由だけで、周りが勝手にひれ伏すようなトップの座。そんなものは、くだらなすぎて虫酸が走った。誰も俺自身を見ていない。俺はそんな窮屈で退屈な実家を、十四歳の時にあっさりと捨てた。


(ちなみに十四歳の中二病全盛期に、自分で『爆絶雷鳴・デッドサンダー』などというクソダサい組織を作ってイキっていた黒歴史があるが、今思い出すだけで枕に顔を埋めて叫びたくなるのでここでは割愛する)


 俺には、昔から強烈に憧れている確固たる美学がある。


 それは、子供の頃に読んだ王道バトル漫画の敵組織にいた、ナンバーツーの存在だ。

 ボスの斜め後ろに控え、普段はあまり表に出ない。だが、いざという時は涼しい顔で敵を粉砕し、組織の裏の顔として完璧に暗躍する。ボスのためなら汚れ役も厭わず、いざとなれば己の命すら喜んで投げ出す。圧倒的な忠誠心と実力を兼ね備えた冷徹で最強の副官。であるNo.2。


 誰かに祭り上げられるだけの退屈なトップより、俺は、俺が心底惚れ込んだボスの背中を守る最強の右腕になりたかったのだ。


「……とはいえ、俺に上を見せてくれるようなバケモノなんて、そうそう転がっちゃいないか」


 気絶したチンピラたちを跨ぎながら、俺は自嘲気味に笑った。


 実家を出てから一年。俺の理想を預けるに足る存在を探し求めていた。勝ち馬に乗りたいわけじゃない。俺が命を懸けて背中を守りたくなるような、圧倒的な『王』に会いたかったのだ。


 噂を嗅ぎつけ、強いと聞いた奴らに出会うも奴らはどれもこれも口だけで、俺の雷撃一つで消し飛ぶ有象無象ばかり。


 この世界には、俺を満たしてくれる存在などいないのではないか。そう諦めかけていた。

 そんな絶望的な退屈を感じていた、ある夜のことだった。


「——もし俺を心から従わせるほどの『王』がいるのなら。俺は喜んで、天才という肩書きも、残された僅かなプライドも、人としての尊厳も、すべてドブに捨てて土下座してやるさ」


 夜の歓楽街を見下ろしながら、俺がそんな自嘲気味な独白を吐き出した、次の瞬間。


『——ゴァァァァァァッ……!』

「……ッ!?」


 不意に、路地裏の奥から、一般人ですら本能で震え上がるほどの『異常な魔力の波動』が膨れ上がった。


 なんだこの覇気は!空間そのものが歪むほどの、暴力と野生の頂点!


 間違いない、あそこに俺の求めていた『最強の王』がいる!


 俺は歓喜に震えながら、凄まじいオーラが漏れ出している一軒の店——ケバケバしいネオンが光る『キャバクラ』の扉を蹴り開けた。


「おい!この規格外のバケモノはどこのどいつ——」


 ズカズカと足を踏み入れた俺の言葉は、途中でピタリと止まった。


 俺が目にしたのは、あまりにもシュールで地獄のような光景だった。


 フロアの中央、一番豪華なVIPテーブル。


 そこには、ヤクザ映画から抜け出してきたような二メートル近い巨体の男が我が物顔でふんぞり返り、隣ではキャバ嬢がニコニコとお酌をしている。


 そして——何故かテーブルの横の『床』には、顔面蒼白の金髪チンピラが、上半身半裸の状態で正座させられていた。


(な、なんだこの光景は……ッ!それに、なぜあいつは半裸で床に!?)


 のちに聞いた話だが、巨体の男——黒田は、バイトをクビになった鬱憤を酒で晴らした結果、タガが外れて(酒癖悪いだけ)『本職のヤクザ』と化していた。一軒目で因縁をつけてきた轟を圧力で脅して、服を剥ぎ取り、二軒目の支払いを全額押し付けている最中である。


「ガハハハハハ!飲めオラァ!俺様の酒が飲めねェのか!」

「ぶふぅぅっ!げほっ、も、もう勘弁してくららぁい……!」


 黒田が、血走った目で店に入ってきた俺をギロリと睨む。


「あぁ?なんだお前。ひよっこのチビ金髪が、俺様に何の用だ?」


 チビ……だと!?俺の身長が平均より少し、いやほんの少しだけ低いことを……ッ!


(……なんだ、ただのタチの悪い酔っ払いか。俺の勘違いだったか)


 期待が裏切られたことと、チビと言われた怒りで右手に紫電を纏わせかけた、その時だった。


「あぁ?なんだ、やんのかコラ」


 黒田がドス黒いオーラを放ちながら、凄まじい威圧感で立ち上がった。


(……ッ!なんだこの重圧は!?やはりこいつ、ただ者じゃない!)


 俺は咄嗟に雷を霧散させ、居住まいを正した。


「お、俺は迅、九条迅だ!アンタからとてつもない覇気を感じて——」

「あぁ?ジン?お前、ジンが欲しいのか?ガハハハ!……おい、このチビに『ジン』をボトルで持ってこい!」

「じん?はーい!黒服さーん。よく分かんないから適当に高そうなお酒おねがいー!」


 だが、呼ばれた黒服は黒田の異常な覇気にすっかり縮み上がって、カウンターの奥でガタガタと震えている。


「もう、しょうがないなぁ」


 黒田の隣にいたキャバ嬢の『かな』は仕方なさそうに立ち上がると、自らカウンターへ向かい、パタパタとジンのボトルを抱えて戻ってきた。


(……低度なボケ!ジンとジンを掛けただと!?こんな底知れない威圧感を放ちながら、口から出るのはただの親父ギャグ……。この男、全く底が見えねえ……!)


 俺が必死に戸惑っていると、かなが黒田の隣に座り直した。


(あぁ、この女……魔力を持たないのか。だからこのバケモノの覇気を恐れていないのか。まぁ、魔力を持たない人間自体は少なくないが……)


 彼女は黒田の異常な魔力に一切ビビっておらず、むしろ真顔でこの無法地帯を心底楽しんでいた。


「あはは。キミ、顔は可愛いけど男の子にしては身長ちっちゃいねー。私と一緒に働く?私も今日体験入店なんだけど!」

「ち、ちげぇ!そうじゃねぇよ!っててか体験入店なのかよ!突っ込みどこ多いんだよ。おいお前、話を聞け!」

「おっ、いいなそれ!おい、俺様はそれが見てェ!やれやれ!俺様を退屈させんなよチビ!」


(くっ……ピキッ……!いや、耐えろ俺!さっき『尊厳もプライドも捨てる』と誓ったばかりじゃないか!王に仕えるためなら、女装くらい……!)



 五分後。


 俺はかなの手によってバッチリ化粧を施され、肩出しのキャバ嬢ドレスを着せられていた。


「えっ、凄い!キミ、女装めちゃくちゃ似合ってるじゃん!」


 かなが無邪気に拍手する横で、天才雷使いの尊厳は粉々に砕け散った。


「ぶふぅぅっ……!」

「ほらほら飲めやァ!吐くんじゃねェぞ!床が汚れんだろうが!」


 横では、黒田がゲラゲラ笑いながら、かなが真顔で構える漏斗じょうごに向けて、半裸の轟の口にテキーラの瓶を直接叩き込んでいる。


 轟が白目を剥きながらむせ返ると、かなが「はい、チェイサー」と、さっき持ってきたばかりの『ジン』のボトルを直接轟の口に突っ込んだ。


「おい待て!チェイサーって言って今ジンの瓶飲ませなかったか!?」

「大丈夫大丈夫。透明だから水分でしょ?」

「おお。問題ねぇ。それともこの、すぴり……これも飲ませておくか?」

「スピリタス飲ませるとマジで死ぬぞ!?チェイサーの意味知ってんのかお前らァ!」


 度数40超えのジンを謎理論で流し込まれた半裸の轟は、ビチビチと活魚のように跳ねた後、カニのように口から泡を吹いてピクリとも動かなくなった。


「ガハハハハ!いい飲みっぷりだ!……で?お前、俺様に従うって言ったな?」


 黒田が、空になったジョッキをドンッと置き、ドス黒いオーラを纏って俺を見下ろした。


 ゴクリ、と俺は息を呑む。ついに、王からの承認が……!


 俺がドレス姿で震え上がった、その時だった。

『動くな!金を出せ!』

 店の扉が蹴り破られ、刃物を持った強盗が押し入ってきた。


「チッ……いいとこ邪魔しやがって……!」


 俺は苛立ちと共に立ち上がり、右手に紫電を纏わせようとして——自分の格好に気づき、勢いよくその場に座り込んだ。


(し、しまったああああ!俺は今、女装してキャバ嬢ドレスを着てるんだった!ここで雷魔法を使って倒したら、『女装して戦う雷神』として裏社会に一生消えない黒歴史が刻まれる……ッ。……って、ん?お前ら、さっき路地裏で俺が黒焦げにした半グレの生き残りじゃねーか!全身煙吹いてるぞ!なんでミディアムレアの状態でキャバクラ強盗にジョブチェンジしてんだよ!)


 俺がツッコミ疲れと羞恥心で身動きを取れずにいると、ミディアムレアの強盗の一人が、ドレス姿の俺を見てニタニタと笑いながら近づいてきた。


「おいおめー、ビビっちゃってよぉ〜。ただ、よく見りゃすげェ可愛い顔してんな。ちょっとこっち来いよ」


 強盗の手が俺の肩に伸びる。


(やべえええ!ここで抵抗したら雷魔法が出ちゃうし、かといってこのまま連れ去られるわけにはいかないし、どうすれば……!)


 絶体絶命のピンチ。

 その時、黒田がゆっくりと立ち上がった。


(おっさん……!まさか、俺を助けてくれるのか!?)


 彼は手元の『ジンの空き瓶』を無造作に掴むと、俺に手を伸ばしていた強盗の顔面に向けて、フルスイングで投げつけた。

 ——ガッシャァァァン!


「あぎゃっ!?」

「……俺様の酒の席を邪魔したな。さて、どうやって落とし前つける?漁船に乗るか?それとも……内臓パーツで払うか?」


 顔面から血を流して倒れた強盗を見下ろし、黒田は底なしの闇を思わせる瞳で凄んだ。


「ひぃぃぃぃっ!す、すいませんでしたぁぁぁッ!」


 ただでさえ俺の雷で焦げていた強盗たちは、本職(?)のヤクザに凄まれて完全に心が折れ、股間を濡らしながら泣き叫んで逃げていった。


(……ッ!なんて圧倒的なカリスマ、そして慈悲のない暴力!俺の目に狂いはなかった!)


 俺は感動に震え、ドレスの裾を翻して黒田の前に膝をついた。


「ボス……!俺を、あなたの右腕にしてくだ——」

「ガハハハハハ!いい覚悟だ!ならまずは酒だ!おいカナ、こいつにもジンを飲ませろ!」

「はーい!ジンくんにジン一丁!」

「——は?え?いや、俺未成年……ぶふぅぅっ!?」

(※本作に未成年はいません)


 そこからは地獄だった。有無を言わさずもみくちゃにされ、強引に口にねじ込まれるアルコールの奔流。


 天才雷使いの俺が、ただの物理的な酒の暴力に抗うことなどできず、意識はそこでブラックアウトした。






     ⭐︎







「……っ、痛ぇ……頭割れそう……」


 次に目を覚ました時。俺は冷たいアスファルトの上——キャバクラの裏路地に転がっていた。

 隣には、完全に泡を吹いて白目を剥いたままの、半裸の金髪チンピラ。


 そして俺は、ウィッグが外れて地毛の金髪が剥き出しになり、化粧崩れした顔に肩出しのドレスという、地獄のような姿だった。


 朝の出勤や帰宅で行き交う通行人たちが、半裸の男と女装崩れの男の惨状を見て「ねえちょっとアレ……」「うわぁ、ヤバいね……」とヒソヒソ声を上げながら通り過ぎていく。


「なんでだよおおおおおおお!」


 俺の悲痛な叫びと二日酔いの吐き気が、朝の歓楽街に虚しく響き渡った。





     ⭐︎






キャバクラの裏路地で最悪の目覚めを迎えた悪夢のような日の後日。


 俺は近所の公園で「お金ないよぉ……家賃払えないよぉ……」とベンチで泣きながら途方に暮れていたシラフの黒田を発見。迷わず土下座をかまして無理やり配下に入り、俺の持てる金と力と頭脳のすべてを注ぎ込んで、彼を新たな武闘派組織『黒王会』のトップに据え置くことに成功した。






 ——そして、半年後。


「——というわけで若頭。昨晩、我々のシマを荒らしていた連中の拠点は、若頭が単独で壊滅させたということで間違いありませんね?」


 豪華な調度品が並ぶアジトの会議室。


 顔に無数の傷を持つ狂犬のような武闘派幹部である轟健吾とどろきけんごが、俺に向かって深々と頭を下げた。ちなみに彼はあの日、度数40超えのジンを致死量流し込まれたショックでキャバクラでの記憶を完全に喪失していた。

 後日、何の因果かわからないが再度絡んできたのでボコボコにした結果、今ではボスを神のように崇拝している。


「ああ。黒王会の……いや、ボスの覇道に、あんな小悪党どもは不要だからな。あんなゴミ、うちの下にもいらん。完全に消し飛ばしてきた」


 俺が静かにそう答えると、会議室に集まったおよそ三十人の凶悪な仲間たちが、感嘆の声を漏らした。


 正面の豪奢な革張りのソファには、我らが組織の絶対的トップであるボスが、腕を組んで深く腰掛けている。ボスは今日も一言も発しない。ただ黙って、空間を制圧するほどの尋常ではない魔力を垂れ流し続けている。


 その時、静まり返った部屋に突如、『ゴギュルルルル……』という、ボスの腹の底から響くような地鳴りが鳴り渡った。


 仲間たちが「ひぃっ!?」と怯え、銃を構える。


(……ッ!なんて恐ろしいお方だ。まさか、この静寂を切り裂く腹の虫すらも、我々への無言のメッセージだというのか!)


 俺は、その「音」の真意を即座に理解し、歓喜に震えた。


 俺は恭しく一礼し、仲間たちを見渡した。


「……ふっ、聞いたかお前ら。ボスの腹の底で眠る『魔獣』が、血を求めて吼えている。昨晩の小悪党どもの命だけでは、ボスの飢えは満たせなかったようだな。次はもっとデカい組織を喰らうという、ボスからの宣告だ」

「「「ウオオオオ!さすがボス!圧倒的器のデカさ!飢えを癒やすために、俺たちも骨を折るッス!」」」

「っ!??あ、あぅ……」


 最強のボスの、しかし圧倒的な覇気を帯びた無言の意志を、俺だけが完璧に理解し、仲間たちに伝えている……!この完璧な主従関係、この陶酔感!これこそが、俺が求めていた理想のナンバーツーの形だ!


 俺の雷魔法と頭脳、そして黒田の異常な魔力の噂は瞬く間に裏社会に轟き、気づけば黒王会は最凶の武闘派組織へと成長していた。


 退屈だった俺の日常は、いまや極上のエンターテインメントに変わっていた。






     ⭐︎






 会議が終わり、俺は完璧に作成した報告書を手に、ビルの最上階にあるボスの私室へ向かった。

 ノックをしようとした手が、止まる。


 分厚いマホガニーの扉が、ほんのわずかに開いていた。そこから、かすかに声が聞こえる。

 俺は不思議に思い、扉の隙間からそっと中を覗き込んだ。


「ひぐっ……うぅっ……もうヤダぁ……」


 社長室の部屋の隅で、二メートル近い巨体の男が、体操座りをして泣いていた。


「みんな顔が怖いよぉ……なんで俺、こんなヤバいところにいるのぉ……。実家に帰りたい……。そもそも俺、魔力が体から漏れてるだけで、魔法なんて一回も使ったことないのに……。使い方も知らないし、火の玉一つも出せないのに……」


 ……は?


「配達のバイトクビになってヤケ酒してたら悪酔いして記憶飛ばしちゃうし……!気づいたらキャバクラの領収証が財布に入ってるし……。しかも数日後、公園で家賃払えなくて泣いてたら、あの時のヤバいチビが『右腕にしてくれ』って急に土下座してくるし……!任侠に憧れんなよぉ……怖くて断れなかったんだよぉ……!」


 男は、ストロー付きの可愛いイチゴミルクの紙パックを、震える両手でチュウチュウ吸いながら、しゃくり上げていた。


 パラサッ……。


 俺の手から、完璧に作成した報告書が滑り落ちた。

 俺の頭脳が、最悪な形でこれまでのパズルをカチリと組み合わせていく。


 無口なのは?——ただの極度のコミュ障だから。

 あえて魔法を使わないのは?——使えないから!

 あの夜の底知れないカリスマと慈悲のない暴力は?——ただの最悪な『酒乱』だっただけ!


(……ッ!アレ、そういうことだったのか!?敵対組織のリーダーが乗り込んできた時、俺に出番を丸投げされたと思ってたのも、ただビビって腰抜かしてただけか!?)


 俺が人生で初めて頭を下げた底知れないバケモノは。

 ただ不運が重なって魔力漏れを起こしているだけの、完全なるクソ雑魚一般人だったのだ。

 俺は頭を抱えた。


(……ッ!この天才・九条迅が、ただのビビリのクソ雑魚に……!半年だぞ!半年も毎日真剣に頭を下げて、右腕ごっこをしていただと……!マジかよ、気づかなかった俺、恥ずかしすぎて死ぬ!羞恥心で死ぬ!天才の名が泣くわ!)


 組織は一瞬で崩壊し、五十人の狂犬たちは牙を剥いてくるだろう。まあ有象無象など俺の雷で全員黒焦げにできるが、問題はそこじゃない。


 もしバレれば、俺の完璧な美学、完璧な人生、そしてこの天才としてのプライドが、この世から跡形もなく消え失せる。そんな黒歴史、絶対に誰にも知られるわけにはいかない!


 ——俺の黒歴史は、今日から『伝説の始まり』に書き換えるんだ。


 俺は、前髪を掻き上げながら口角を歪めた。

 呆れを通り越して、変な笑いが込み上げてくる。

 実家にいた頃の、才能だけで全てが解決する予定調和なゲームなんかより、この「絶対にバレてはいけない無理ゲー」の方が、何百倍もスリリングで難易度が高い。


 誰も気づかないクソ雑魚の王を、俺が裏ですべて支え、最強の神輿として世界に君臨させてやる。完璧なフィルター、完璧な翻訳、完璧な暗躍。すべてをこの俺が一人でこなしてやる。


 俺は表情を冷徹な若頭に戻すと、床に落ちた報告書を拾い上げ、わざと足音を鳴らして扉を強めにノックした。


「ボス。入りますよ」

「ひぃっ!?」


 扉を開けると、ボスはビクッと肩を跳ねさせ、イチゴミルクを秒速で机の下に隠すと、いつもの「腕を組んだ泰然自若のポーズ(※顔面蒼白で固まっているだけ)」に戻っていた。


「……な、何か、ようか」

「いえ。今後の黒王会の覇道についての報告に上がりました」


 俺は恭しく頭を下げる。


 三十人の凶悪な仲間たちを騙し通し、イチゴミルクを吸う泣き虫なボスの威厳を死守する。


 天才雷使いと最弱のフリーターによる、最高に頭のおかしい「右腕ライフ」の、本当の幕開けだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ