幕間32 ちよは、あやの泣き声で直成の笑顔を見る
建久十年(1199年)、鎌倉。
頼朝が亡くなってから、鎌倉では新しい政治が始まっていた。
頼朝の跡を継いだのは、嫡男の頼家である。
若い鎌倉殿のもとで、御家人たちは以前と同じように仕事を続けようとしていた。
けれど、以前と同じようには進まないことも増えていた。
ちよには、政治の細かなことまでは分からない。
ただ、夫の直成さんが持ち帰る文書が増えたことは分かった。
そして、北条義時が二階堂家を訪ねてくる回数も増えていた。
* * *
「直成殿はおられるか」
その日も、義時がやってきた。
ちよが出迎えると、義時はいつものように頭を下げた。
「おりますが、今日は早く帰るようにと、広元様から言われております」
「それは知っておる」
「ご存じでしたか」
「広元殿から、私にも言われた」
ちよは、少し驚いた。
「では、今日はお仕事のお話では?」
義時は、少し考えた。
「……仕事の話だ」
奥から直成さんが顔を出した。
「義時殿」
「おお、直成殿」
「広元殿から、今日は家にいろと言われませんでしたか」
「言われた」
「では、なぜこちらへ」
義時は、当然のように答えた。
「ここも、おぬしの家だろう」
直成さんは、しばらく義時を見た。
「……そういう意味ではないと思います」
ちよは、笑いをこらえながら二人を見ていた。
義時は、すでに座る場所を決めている。
どうやら、すぐに帰るつもりはないらしい。
「お茶をお持ちしますね」
ちよが言うと、義時はほっとした顔をした。
「かたじけない」
直成さんは、ちよを見た。
「ちよ。義時殿には、あまり長居をしないように……」
「分かっておる」
義時が答えた。
「少し話したら帰る」
ちよは、その言葉を聞きながら思った。
義時がそう言って、少しで帰ったことは、あまりなかった。
* * *
「頼家様は、決して何も考えておられぬわけではない」
義時が言った。
直成さんはうなずいた。
「ええ。それは分かっています」
「むしろ、ご自分で決めようとなさる」
「それも、鎌倉殿としては大切なことでしょう」
義時は、湯飲みを置いた。
「だが、決めれば皆が従うと思われては困る」
直成さんは黙った。
ちよは、少し離れたところで、小さな衣を畳んでいた。
まつが直した、三郎のお下がりである。
「頼朝様は、よく御家人たちの話を聞いておられました」
直成さんが言った。
「そうだ」
「それでも、最後にはご自分で決められた」
義時はうなずいた。
「だから、皆が従ったのだろうな」
直成さんは、少し考えた。
「従わなければならない理由が、皆にあったのだと思います」
「理由か」
「御家人たちは、自分たちの土地や家を守りたい。そのために、頼朝様を支えたのです」
義時は、直成さんを見た。
「頼家様にも、それを分かっていただかねばならぬ」
「ええ」
直成さんは、静かに答えた。
「鎌倉殿のお立場は、頼朝様が一人でおつくりになったものではありませんから」
義時は、しばらく黙っていた。
「……そうだな」
ちよは、二人の声を聞いていた。
頼朝が亡くなったあと、直成さんは何度も同じことを考えているようだった。
鎌倉を残す。
頼朝が築いたものを守る。
けれど、それは、ただ頼朝の子が跡を継げば済むことではないらしい。
* * *
「それにしても」
義時が、ふと庭へ目を向けた。
「直成殿の家は、相変わらず賑やかだな」
庭では、次郎が三郎に何かを教えていた。
太郎は、その二人を見守っている。
まつは、ちよのそばで布を畳んでいた。
「もうすぐ、一人増えますから」
直成さんが言った。
義時は、ちよの腹を見た。
「そうであった」
「忘れておられたのですか」
「忘れてはおらぬ」
義時は、少し慌てた。
「ただ、鎌倉のことで頭がいっぱいでな」
直成さんは笑った。
「僕も同じです」
ちよは、夫の顔を見た。
最近の直成さんは、笑うことが増えていた。
それでも、頼朝の話になると、ふと寂しそうな顔をする。
今も、そうだった。
義時も、それに気づいたらしかった。
「直成殿」
「はい」
「頼朝様なら、何とおっしゃるだろうな」
直成さんは、少し考えた。
「……まず、妻のそばにいろと叱られるでしょう」
義時は、目を丸くした。
それから、大きく笑った。
「違いない!」
ちよも、つられて笑った。
頼朝が健在だったころ、直成さんが家族のことで仕事を抜けると、あの人はよく笑って送り出してくれた。
三郎が生まれたときも、そうだった。
ちよは、そのことを思い出した。
夫も、同じことを思い出しているのだろう。
笑ったあと、少しだけ目を伏せた。
* * *
義時が帰るころには、日が傾いていた。
「では、そろそろ失礼する」
義時が立ち上がると、直成さんも立った。
「今日は、ずいぶん長い『少し』でしたね」
「大事な話であったからな」
「明日は、広元殿のところで続きをしましょう」
「分かっておる」
義時は、ちよに頭を下げた。
「ちよ殿。何かあれば、すぐ知らせてくだされ」
「ありがとうございます」
「直成殿が仕事に夢中になっていたら、私が連れ戻そう」
直成さんが顔を上げた。
「義時殿も、仕事に夢中になるでしょう」
「私は、よいのだ」
「なぜですか」
「おぬしは、もうすぐ五人の父になる」
義時は、少し得意そうに言った。
「それくらい、家にいろ」
直成さんは、返事に困った顔をした。
ちよは笑った。
「義時殿。では、夫をよろしくお願いいたします」
「承知した」
義時は満足そうにうなずいた。
その背を見送りながら、ちよは思った。
義時は、以前より厳しい顔をすることが増えた。
けれど、二階堂家では、こうして笑う。
夫もまた、義時が来ると、少しだけ仕事の重荷を下ろせるようだった。
* * *
その夜、ちよは、なかなか寝つけなかった。
腹が重く、寝返りを打つのも一苦労だった。
直成さんは、すぐに気づいた。
「ちよさん。大丈夫?」
「ええ。ただ、少し苦しくて」
夫は、布団を直した。
「水を持ってこようか」
「まだ、大丈夫です」
直成さんは、ちよのそばへ座った。
「何かあったら、すぐに言ってね」
「はい」
ちよは、夫の顔を見た。
頼朝が亡くなってから、直成さんは何かにつけて心配するようになった。
以前から優しい人ではあった。
けれど、最近は少し違う。
何かを失うことを、前より怖がっているように見えた。
「直成さん」
「何だい、ちよさん」
「今日、義時殿とお話しになっていたことですが」
夫は、ちよを見た。
「頼家様のこと?」
「ええ」
ちよは、少し考えた。
「頼朝様が残された鎌倉は、そんなに危ういものなのですか」
直成さんは、すぐには答えなかった。
「……うん」
夫は、静かに言った。
「頼朝様がいらっしゃったから、まとまっていたところが大きいんだ」
ちよはうなずいた。
「御家人たちは、皆、それぞれの土地と家を持っている。考えも違う」
「ええ」
「その人たちが、鎌倉殿を支えることで、自分たちの暮らしを守れると思っていた」
直成さんは、少し息を吐いた。
「その約束を、これからも守れるかどうかなんだ」
ちよは、夫の顔を見た。
「義時殿も、同じことを考えていらっしゃるのですね」
「うん」
直成さんは、少し笑った。
「義時殿とは、意見が違うこともあるけれどね」
「それでも、よくいらっしゃいます」
「そうだね」
夫は、庭の方を見た。
「頼朝様が残されたものを、なくしたくないんだと思う」
ちよは、夫の手を取った。
「直成さんも、ですね」
「うん」
夫は、ちよの手を握り返した。
「僕も、なくしたくない」
* * *
それから、しばらくして。
夜明け前、ちよは腹の痛みで目を覚ました。
最初は、いつもの張りかと思った。
けれど、しばらくすると、また痛みが来た。
ちよは、ゆっくり息を吐いた。
隣で眠っていた直成さんが、目を覚ました。
「ちよさん?」
「……そろそろかもしれません」
夫は、すぐに起き上がった。
「産婆を呼んでくる」
「直成さん」
「うん?」
「落ち着いてください」
夫は、戸口で止まった。
ちよは、痛みの合間に笑った。
「まだ、走らなくても大丈夫です」
直成さんは、少し困った顔をした。
「……そうだったね」
それでも、すぐに家人を呼んだ。
家の中が、静かに動き始めた。
* * *
朝になるころには、子どもたちも起きてきた。
太郎が、真っ先にちよの部屋の前へ来た。
「母上は?」
直成さんが答えた。
「産婆がついてくださっている。大丈夫だよ」
次郎もやってきた。
「もう生まれるの?」
「まだ分からない」
まつは、小さな衣を抱えていた。
「これ、持ってきました」
直成さんは、娘の手元を見た。
「ありがとう」
まつは、少し緊張した顔をしていた。
「父上。私、何かできますか」
「そうだね」
直成さんは、少し考えた。
「三郎を見ていてくれる?」
まつは、すぐにうなずいた。
「はい」
三郎は、太郎の後ろから顔を出した。
「まだ?」
「まだだよ」
次郎が答えた。
三郎は、少し不満そうだった。
「おそい」
太郎が、弟の肩へ手を置いた。
「赤子にも、支度があるんだ」
「したく?」
「そうだ」
次郎が、横から言った。
「衣は、まつが用意したけどね」
三郎は、まつの抱えた衣を見た。
それから、直成さんを見た。
「父上は?」
直成さんは、少し驚いた。
「僕?」
三郎はうなずいた。
「父上、なにした?」
直成さんは、しばらく黙った。
太郎と次郎が、父の顔を見た。
まつも、見た。
「……布を運んだよ」
次郎が、すぐに笑った。
「たくさん!」
まつも笑った。
「半分、戻されたけど」
直成さんは、困ったように笑った。
三郎は、よく分からないままうなずいた。
「父上、ぬの」
ちよは、部屋の中でその声を聞いていた。
痛みの合間に、少し笑った。
* * *
昼近くになって、痛みが強くなった。
ちよは、産婆の声に合わせて息を整えた。
四度経験していても、慣れるものではない。
怖かった。
痛みが来るたびに、無事に生まれてくれるだろうかと考えた。
夫は、戸の向こうにいる。
子どもたちも待っている。
ちよは、布を握りしめた。
「大丈夫ですよ」
産婆が言った。
「もう少しです」
ちよは、うなずいた。
次の痛みが来た。
息を吐き、体に力を込める。
何度か繰り返したあと、ふいに、体が軽くなった。
そして。
小さな声が聞こえた。
最初は、か細かった。
けれど、すぐに大きくなった。
赤子の泣き声だった。
ちよは、目を閉じた。
涙が出た。
「……生まれましたよ」
産婆が言った。
「女の子です」
ちよは、ゆっくり目を開けた。
小さな体が、布に包まれていた。
顔を赤くして、精いっぱい泣いている。
ちよは、その子を見た。
「……よかった」
声が震えた。
「無事に、生まれてくれて」
* * *
戸の向こうで、足音がした。
「ちよ!」
直成さんの声だった。
産婆が、笑いながら答えた。
「もう少しお待ちください。母子ともに無事です」
その言葉を聞いたあと、外が急に静かになった。
ちよは、少し不思議に思った。
いつもなら、夫は何か言うはずだった。
けれど、何も聞こえない。
やがて、戸の向こうから、小さな声がした。
「……よかった」
それだけだった。
ちよは、赤子を抱きながら目を閉じた。
夫も、きっと泣いているのだろう。
* * *
しばらくして、直成さんが部屋へ入ってきた。
夫は、ちよの顔を見た。
それから、腕の中の赤子を見た。
「ちよ」
「はい」
「ありがとう」
直成さんは、そう言って頭を下げた。
ちよは、少し笑った。
「あなた。こちらへ」
夫は、そっと近づいた。
赤子は、まだ小さな声で泣いていた。
直成さんは、その顔を見つめた。
「……小さいね」
「ええ」
「こんなに小さかったかな」
「三郎のときも、同じことをおっしゃいました」
直成さんは、少し笑った。
「そうだったね」
ちよは、夫の腕へ赤子を渡した。
直成さんは、慎重に抱き上げた。
五人目の子である。
それでも、初めての子を抱くような顔をしていた。
赤子は、夫の腕の中で泣き続けている。
直成さんは、少し困った顔をした。
「どうしたらいいのかな」
ちよは笑った。
「まずは、抱いていてください」
「うん」
夫は、赤子を見た。
小さな手が、布の間から出ていた。
直成さんは、その指へ自分の指を近づけた。
赤子が、ぎゅっと握った。
夫の顔が、変わった。
驚いたように目を見開き、それから、ゆっくり笑った。
ちよは、その顔を見ていた。
頼朝が亡くなってから、夫は何度も笑った。
子どもたちの前でも、義時と話しているときも。
けれど、今の笑顔は、少し違った。
何かを思い出して笑ったのではない。
誰かを安心させようとして笑ったのでもない。
目の前の小さな命が、夫を笑わせていた。
* * *
「この子は、どんな子になるのだろうね」
直成さんが言った。
ちよは、夫を見た。
「まだ、分かりませんね」
「うん」
夫は、赤子の顔を見つめた。
「何が好きになるのかな」
「三郎のように、走り回るかもしれません」
「それは、大変だ」
「まつのように、しっかりした子かもしれません」
「それなら、助かるね」
二人で笑った。
直成さんは、少し黙った。
それから、静かに言った。
「……分からないんだね」
ちよは、夫の顔を見た。
その言葉の意味が、分かった。
未来から来た夫は、かつて、これから起こる出来事を知っていると思っていた。
けれど、頼朝の死を変えることはできなかった。
そして今、腕の中にいる娘が、どんな人生を歩むのかも知らない。
ちよは、夫の手へそっと触れた。
「ええ」
夫は、こちらを見た。
「でも、一緒に見ていけます」
直成さんは、しばらくちよを見ていた。
それから、うなずいた。
「……そうだね」
赤子が、また泣いた。
直成さんは、慌てて抱き直した。
「ごめん、ごめん」
ちよは笑った。
「あなた。謝らなくても大丈夫ですよ」
「でも、泣いているから」
「赤子は、泣くものです」
「そうだったね」
五人目になっても、夫は変わらない。
ちよは、そんな夫が好きだった。
* * *
子どもたちが部屋へ入ってきたのは、それから少しあとだった。
太郎が先頭だった。
次郎が続き、まつが小さな衣を抱えている。
三郎は、その後ろから顔を出した。
「母上!」
「はい」
ちよが答えると、三郎はほっとした顔をした。
太郎が、直成さんの腕を見た。
「父上。妹ですか」
「うん」
直成さんは、赤子を少し見せた。
「皆の妹だよ」
次郎が、顔を近づけた。
「小さいな」
まつも、そっとのぞいた。
「本当に、この衣が着られそう」
三郎は、しばらく赤子を見ていた。
それから、直成さんへ尋ねた。
「三郎の?」
直成さんは、少し考えた。
「三郎の妹だよ」
三郎は、目を丸くした。
「いもうと?」
「そう」
三郎は、赤子を見た。
それから、太郎を見た。
次郎を見た。
まつを見た。
最後に、もう一度赤子を見た。
「三郎、兄上?」
直成さんは、うなずいた。
「そうだよ」
三郎は、しばらく黙っていた。
それから、胸を張った。
「兄上!」
次郎が笑った。
「そうだな」
まつも笑った。
「では、優しくしてあげてね」
三郎は、真剣な顔でうなずいた。
そして、赤子へ顔を近づけた。
「兄上だぞ」
赤子が、突然、大きな声で泣いた。
三郎は飛び上がった。
「ないた!」
太郎が笑った。
「挨拶してくれたんだろう」
次郎も笑った。
「三郎の声に驚いたんじゃないか」
三郎は、少し不満そうだった。
「三郎、こわくない」
直成さんが、赤子を抱いたまま笑った。
「うん。三郎は怖くないよ」
ちよは、その光景を見ていた。
五人の子どもたち。
夫の腕の中の、小さな娘。
笑っている兄たちと、姉。
頼朝が亡くなってから、夫がこれほど長く笑っているのを見たのは、久しぶりだった。
* * *
夕方、広元から使いが来た。
母子ともに無事と聞いて、安心したという。
しばらくは家にいてよい、とも伝えられた。
直成さんは、使いに何度も礼を言った。
そのあと、義時からも使いが来た。
祝いの言葉とともに、短い伝言があった。
『明日も仕事のことは考えず、家にいろ』
直成さんは、文を見て少し笑った。
「義時殿まで」
ちよが尋ねた。
「何と書いてありましたか」
直成さんは、文を見せた。
ちよも笑った。
「では、明日は家にいてくださいね」
「うん」
直成さんは、少し考えた。
「でも、義時殿は仕事をしているんだろうな」
「そうでしょうね」
「広元殿も」
「ええ」
直成さんは、少し困った顔をした。
ちよは、その顔を見て言った。
「直成さん」
「何だい、ちよさん」
「お二人は、直成さんが安心して家にいられるように、お仕事をしてくださっているのでしょう」
夫は、少し黙った。
それから、ゆっくりうなずいた。
「……そうだね」
ちよは、夫の手を握った。
「明日は、皆でこの子を見ていてください」
直成さんは、赤子を見た。
「うん」
そして、静かに笑った。
* * *
夜になった。
子どもたちは、ようやく眠った。
三郎は、寝る前に何度も妹を見に来た。
まつは、小さな衣を畳み直していた。
次郎は、明日も妹を見られるかと尋ねた。
太郎は、弟たちが騒がないようにすると約束した。
ちよは、夫と二人で赤子を見ていた。
小さな寝息が聞こえる。
直成さんは、その顔をじっと見つめていた。
「名前を、考えないとね」
夫が言った。
ちよはうなずいた。
「ええ」
「ちよさんは、何か考えている?」
ちよは、少し笑った。
「一つ、あります」
「聞いてもいい?」
「……あや、というのはどうでしょう」
直成さんは、赤子を見た。
「あや」
小さく繰り返した。
「うん。いい名前だね」
ちよは、夫の顔を見た。
「本当に?」
「うん」
直成さんは、赤子の手へ指を近づけた。
小さな指が、また夫の指を握った。
「あや」
夫は、もう一度呼んだ。
「よろしくね」
ちよは、その声を聞いていた。
夫は、これから先のことを知らない。
自分も知らない。
あやがどんな子に育つのか。
何を好きになり、誰と出会い、どんな人生を歩むのか。
何一つ、分からない。
けれど、今、夫は笑っていた。
頼朝を失い、未来が分からなくなったと泣いた夫が。
生まれたばかりの娘の手を握り、明日を楽しみにしている。
ちよは、そっと夫の肩へ寄り添った。
「直成さん」
「何だい、ちよさん」
「この子が大きくなるのを、一緒に見ていきましょうね」
直成さんは、ちよを見た。
それから、ゆっくりうなずいた。
「うん」
あやが、小さく声を上げた。
直成さんは、すぐに顔を向けた。
「起きたかな」
ちよは笑った。
「もう少し、眠っていてくれるとよいのですけれど」
「そうだね」
夫も笑った。
部屋の外では、夜の風が木々を揺らしていた。
鎌倉の先がどうなるのか、二人には分からない。
けれど、今夜、二階堂家には新しい命が一つ増えた。
そして、その小さな泣き声を聞くたびに、直成さんは笑った。
ちよは、その笑顔を、いつまでも覚えていたいと思った。




