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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第六部 ちよは、直成をあらためて知る 建久六年〜建久十年(1195~1199年)
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幕間31 ちよは、五人目の子が生まれる日を待つ

建久十年(1199年)、鎌倉。


頼朝が亡くなってから、季節が移っていた。


二階堂家の庭にも新しい葉が茂り、朝には鳥の声が聞こえるようになっていた。


直成さんは、以前と同じように仕事へ出かけていた。


広元と相談し、文書を確かめ、ときには帰りが遅くなる。


家へ戻れば、子どもたちの話を聞いた。


太郎が今日覚えたことを話せば耳を傾け、次郎が何かを壊せば一緒に見に行く。


まつが縫い物を見せれば褒め、三郎に呼ばれれば抱き上げる。


笑うことも増えた。


けれど、ときどき、話の途中で黙ることがあった。


誰かに尋ねようとして、もう、その人がいないことを思い出したように。


ちよは、そのたびに夫の顔を見た。


声をかける日もあれば、隣で待つ日もあった。


頼朝の死を悲しむ気持ちは、消えたわけではない。


それでも、夫は毎朝、仕事へ出かけていた。


そして最近、二階堂家には、以前にも増してよく訪ねてくる客がいた。


北条義時である。


* * *


その日も、義時は昼過ぎにやってきた。


「直成殿はおられるか」


ちよが出迎えると、義時はいつものように尋ねた。


「おります。今日は早く戻っておりますので」


「それはよかった」


「お仕事のお話ですか」


義時は少し考えた。


「……半分ほど」


ちよは首をかしげた。


「残りの半分は?」


「昼餉をいただければ」


奥から直成さんの声がした。


「義時殿。またですか」


「またとは何だ」


義時は、少し不満そうに答えた。


「鎌倉の先行きを案じて来たのだぞ」


「昨日も案じておられました」


「昨日より案じることが増えた」


直成さんは、困ったように笑った。


ちよは台所へ向かった。


どうやら、今日も一人分増やさなければならない。


* * *


義時が二階堂家に来るのは、今に始まったことではなかった。


頼朝が健在だったころから、仕事の帰りに立ち寄ることがあった。


直成さんと文書を広げ、何やら話し込んでいる。


話が長くなると、ちよが食事を出す。


子どもたちも、義時の顔を覚えていた。


ただ、最近は少し様子が違った。


以前は、頼朝から命じられた仕事の話が多かった。


今は、誰が何を決めるのかという話が増えていた。


ちよには、難しいことは分からない。


けれど、二人の声が以前より低くなったことには気づいていた。


その日も、食事が終わると、義時と直成さんは文書を広げた。


「頼家様は、お若い」


義時が言った。


「それは、仕方のないことです」


直成さんは答えた。


「僕たちにも、若いころはありました」


「直成殿は、今も若いだろう」


「義時殿もでしょう」


「そういう話ではない」


二人は少し笑った。


けれど、すぐに真顔へ戻った。


「頼家様は、ご自分で決めようとなさる」


義時が言った。


「鎌倉殿なのですから、当然のことでしょう」


「そうだ。だが、御家人たちにも、それぞれ考えがある」


直成さんはうなずいた。


「頼朝様は、そのことをよくご存じでした」


義時は、しばらく黙っていた。


「……あの方は、なぜ御家人たちが従うのかを、いつも考えておられた」


ちよは、少し離れたところで衣を畳んでいた。


その言葉に、手を止めた。


直成さんが、静かに答えた。


「従って当然だとは、思っておられませんでしたから」


* * *


「頼朝様は、武士たちの土地を守ろうとなさった」


直成さんが続けた。


「だから、御家人たちは鎌倉へ集まったのです」


義時はうなずいた。


「京の朝廷とも、争うばかりではなかった」


「ええ。鎌倉だけで何もかも決められるわけではありませんから」


直成さんは、広げた文書へ目を落とした。


「御家人たちの望みと、朝廷の考えと、鎌倉殿のお立場。その間で、頼朝様はずっと考えておられた」


義時は、腕を組んだ。


「危ういものだな」


「はい」


「一つ間違えば、御家人たちが離れる。京とも争いになる」


直成さんは、しばらく黙っていた。


「頼家様は、鎌倉があることを、当たり前だと思っておられるのかもしれません」


義時が顔を上げた。


「当たり前、か」


「頼家様がお生まれになったときには、もう頼朝様が鎌倉におられました」


直成さんは続けた。


「御家人たちが集まり、仕事が進み、京からも使いが来る。そういう鎌倉を見て育たれたのです」


義時は、何も言わなかった。


「でも、初めからそうだったわけではありません」


直成さんは、文書をそっと押さえた。


「頼朝様たちが、一つずつ積み上げてこられたものです」


義時は、ゆっくりうなずいた。


「知っておられるだろう。父上のご苦労も」


「ええ。知識としては」


直成さんは、少し考えた。


「ただ、失う怖さは、まだご存じないのかもしれません」


義時は、庭へ目を向けた。


そこでは、太郎が三郎の相手をしていた。


三郎は兄の後ろを追いかけ、何度も転びそうになっている。


「……子というものは、親が用意したものの中で育つからな」


義時が言った。


直成さんも庭を見た。


「そうですね」


「だから、親が何を苦労したか、知らぬまま育つ」


「ええ」


直成さんは、少し笑った。


「僕も、子どもたちに何を伝えればよいのか、考えなければなりません」


義時は、直成さんを見た。


「まだ早いのではないか」


「そうでしょうか」


「まずは、五人目が無事に生まれることを考えよ」


直成さんは、少し困った顔をした。


「……それも、ずっと考えております」


義時は笑った。


「ならば、今日はもう仕事をやめておけ」


* * *


義時が帰ったあと、ちよは夫のそばへ座った。


「直成さん」


「何だい、ちよさん」


「義時殿は、最近よくいらっしゃいますね」


直成さんはうなずいた。


「頼朝様が亡くなってから、考えることが増えたのでしょう」


「直成さんも、ですか」


「うん」


夫は、少し黙った。


「義時殿は、よく見ておられるんだ」


「何をですか」


「御家人たちが、何を考えているのかを」


直成さんは、庭へ目を向けた。


「頼朝様も、そこを大切になさっていた」


ちよは、夫の顔を見た。


「お二人は、似ていらっしゃるのですか」


直成さんは、少し笑った。


「性格は、あまり似ていないかな」


「そうでしょうね」


ちよも笑った。


頼朝と義時では、話し方も、振る舞いも違う。


けれど、夫は静かに続けた。


「何を守らなければならないか。そのことは、似ていると思う」


ちよは、もう一度夫を見た。


「だから、よくお話しになるのですね」


直成さんはうなずいた。


「義時殿とは、意見が違うこともあるけれど」


「ええ」


「同じものを守りたいと思っているのは、分かるんだ」


ちよは、その言葉を覚えておこうと思った。


* * *


翌朝、まつが小さな衣を広げていた。


三郎が生まれたときに使ったものだった。


「母上。これ、本当に三郎が着ていたの?」


「ええ」


まつは、庭にいる弟を見た。


三郎は、次郎の後ろについて歩いていた。


兄がしゃがむとしゃがみ、立つと立つ。


「いまは入らないね」


「大きくなりましたから」


まつは、小さな袖へ自分の指を入れた。


「今度の子も、こんなに小さいの?」


「生まれたばかりのころはね」


娘は、ちよの腹を見た。


それから衣を見た。


「では、早く直しておかないと」


袖の縫い目が、少しほつれていた。


ちよが手を伸ばすと、まつは衣を引き寄せた。


「私がやります」


「お願いできますか」


まつは、嬉しそうにうなずいた。


隣へ座り、針に糸を通そうとする。


なかなか通らなかった。


ちよは待っていたが、つい口を出した。


「もう少し、糸の先を——」


「分かっています」


娘の返事が早かった。


ちよは口を閉じた。


しばらくして、まつが顔を上げた。


「母上」


「はい」


「通していただけますか」


ちよは、針を受け取った。


糸を通して返すと、まつは小さく言った。


「縫うのは、私がします」


「ええ。お願いします」


ちよは笑った。


* * *


三郎が戻ってきた。


まつの手元をのぞき込み、衣をつかもうとする。


「待って。針があるの」


まつが手を遠ざけると、三郎はちよを見た。


「三郎の?」


「三郎が、小さいころに着ていた衣です」


三郎は、自分の袖を見た。


それから、小さな衣を見た。


「きる」


次郎が後ろから言った。


「もう入らないよ」


「はいる」


「手が出ないぞ」


三郎は、それでも袖へ手を伸ばした。


ちよは、その手を取った。


「今度生まれる子に、着てもらおうと思っているのです」


三郎は、ちよの腹を見た。


「ここ?」


「ええ」


「三郎の」


ちよは、もう一度衣を見た。


使えるものだから、次の子に使おう。


それだけを考えていた。


三郎がどう思うかは、尋ねていなかった。


「そうですね。三郎の衣でしたね」


弟の顔を見て、まつも縫う手を止めた。


ちよは尋ねた。


「小さくなった衣を、次の子にあげてもよいですか」


三郎は、すぐには答えなかった。


庭へ目を向け、それから、ちよの腹へ手を置いた。


「ちいさい?」


「三郎より、ずっと小さいです」


三郎は考えていた。


やがて、まつへ言った。


「あげる」


まつは、衣を少し持ち上げた。


「では、きれいにしておくね」


三郎はうなずいた。


次郎が、その頭をなでた。


「兄上になるんだな」


三郎は顔を上げた。


「兄上?」


「そう。今度は、お前も」


三郎は、次郎をじっと見た。


「ぼく?」


「そうだよ」


三郎は、しばらく考えていた。


それから、太郎のところへ走っていった。


「兄上!」


太郎が振り向いた。


「どうした」


「三郎も、兄上!」


太郎は、少し驚いた顔をした。


それから笑った。


「そうだな」


三郎は、満足そうにうなずいた。


ちよは、その様子を見ていた。


子どもたちは、こうして少しずつ、自分の役目を覚えていくのだろう。


* * *


昼過ぎ、産婆が訪ねてきた。


出産を手伝ってくれる、年配の女だった。


ちよの体の様子を聞き、家人と部屋の用意を確かめる。


その途中で、直成さんが帰ってきた。


いつもより早かった。


「広元殿が、今日はもう帰るようにと」


夫はそう言って、文書の包みを置いた。


産婆を見ると、そばへ来た。


「何か、足りないものはございますか」


「使う布を、こちらへ」


直成さんはうなずき、家人と一緒に取りに行った。


戻ってきた腕には、布が積まれていた。


ちよは夫を見た。


「あなた。それほど使いますか」


「足りないと困るから」


産婆が、上から一枚ずつ確かめた。


必要なものを取り分ける。


残りは、夫の腕へ戻された。


「こちらは、しまっておいてくだされ」


「承知しました」


直成さんは、来た方へ戻っていった。


まつが、その後ろ姿を見た。


「父上、半分も使わなかったね」


「用意してくださったので、助かりました」


ちよが言うと、産婆も笑った。


「ええ。あとは、お子たちを見ていただければ」


戻ってきた直成さんは、すぐにうなずいた。


庭では、三郎が次郎の枝を取り上げようとしていた。


夫は二人の間へ座った。


まず次郎に尋ね、それから三郎の話を聞いている。


産婆が戸を閉めるまで、ちよは、その様子を見ていた。


* * *


夕方、ちよはまつが縫った衣を手に取った。


縫い目は、少し曲がっていた。


それでも、ほつれたところはきちんと留まっている。


「どうでしょう」


娘が尋ねた。


「これなら、着てもらえます」


まつは、ほっとした顔をした。


直成さんも、横からのぞいた。


「まつが直したの?」


「はい」


「ありがとう」


まつは衣を受け取り、畳み直した。


夫は、それを見ていた。


ちよが尋ねた。


「何か、気になりますか」


「いや」


直成さんは首を振った。


「まつも、こんなに小さかったと思って」


娘が顔を上げた。


「私も?」


「うん」


「父上は、覚えているの?」


「抱いたときのことをね」


直成さんは、自分の腕へ目を落とした。


「泣かれると、どうすればいいか分からなくて」


次郎が、庭から入ってきた。


「三郎のときも、困ってたよ」


「そうだったね」


夫が笑うと、次郎も笑った。


まつは、畳んだ衣をそっと置いた。


「今度は、私もいます」


直成さんが娘を見た。


「泣いたら、呼んでください」


「ありがとう。でも、まつも眠っているときは、寝ていていいんだよ」


「起きていたらです」


娘は、そこをはっきりさせた。


直成さんはうなずいた。


「では、起きていたら、お願いします」


ちよは、二人を見ていた。


夫の顔が、さっきより柔らかくなっていた。


* * *


その夜、子どもたちが眠ってから、ちよは直成さんと二人で座った。


夫が、足元の敷物を直してくれた。


ちよは礼を言い、ゆっくり腰を下ろした。


「直成さん」


「何だい、ちよさん」


「今日、産婆に、少し怖いと申し上げました」


夫は、こちらを向いた。


「うん」


「四度産んでいても、やはり、近づくと気になります」


直成さんは黙って聞いていた。


ちよは、自分の腹へ手を置いた。


「今度も、無事に会いたいです」


夫の手が、ちよの手へ重なった。


「僕も」


短い返事だった。


しばらくして、直成さんが言った。


「何を用意すればよいか、考えてばかりいた」


ちよは昼間の布を思い出した。


「たくさん運んでくださいましたね」


「うん」


夫は、少し目を伏せた。


「何かしていれば、安心できると思って」


ちよは、その顔を見た。


「直成さんも、怖いのですね」


夫はうなずいた。


「ちよさんにも、子どもにも、無事でいてほしい」


握られた手に、力が入った。


ちよは、夫の指をなでた。


「怖いときは、そうおっしゃってください」


直成さんはこちらを見た。


「布を運んでいただくのも助かります。でも、私も、お話を聞きたいです」


夫の口元が、少し緩んだ。


「今日は、布が多かったね」


「ええ。産婆が困っていました」


二人で笑った。


笑ったあとも、直成さんは手を離さなかった。


* * *


「ちよさん」


しばらくして、夫が呼んだ。


「はい」


「今日、義時殿と話していて、考えたんだ」


ちよは、夫の顔を見た。


「何をですか」


「頼朝様は、鎌倉を残してくださった」


直成さんは、少し黙った。


「でも、鎌倉がどうして必要だったのか。そのことまで、残せたのだろうかって」


ちよは、昼間の会話を思い出した。


「頼家様のことですか」


「うん」


「頼家様は、頼朝様の子だ。鎌倉殿のお立場を継がれた」


「ええ」


「でも、頼朝様が何を心配し、何を守ろうとしていたのか。それを同じように考えておられるかは、分からない」


ちよは、夫の手を握った。


「義時殿は、分かっていらっしゃるのですか」


直成さんは、少し考えた。


「全部ではないと思う」


夫は、静かに続けた。


「でも、何が危ういのかを、考えておられる」


ちよはうなずいた。


「だから、直成さんとお話しになるのですね」


「うん」


直成さんは、少し笑った。


「義時殿は、厳しいことを言われることもあるけれど」


「ええ」


「頼朝様がつくられたものを、守りたいと思っておられるのは分かるんだ」


ちよは、夫の顔を見た。


「直成さんも、同じですね」


夫は、すぐには答えなかった。


それから、ゆっくりうなずいた。


「そうだね」


* * *


腹の中で、子が動いた。


ちよは息を止め、それから夫を見た。


「今、動きました」


直成さんの目が、腹へ向いた。


「触ってもいい?」


「どうぞ」


夫の手を、動いたところへ添える。


二人で待った。


しばらく、何も起こらなかった。


直成さんは、じっと手元を見ていた。


「僕が来ると、やめてしまうね」


「昼間も、三郎が触ると静かでした」


「似ているのかな」


「まだ分かりませんよ」


夫が笑った。


そのとき、腹の内側から押される感じがした。


直成さんの手が止まった。


「今?」


「ええ」


夫は、顔を上げた。


驚いたような、確かめたいような顔だった。


「もう一度、動くかな」


ちよはうなずいた。


「少し、待ってみましょう」


直成さんは、手を置いたまま座っていた。


仕事の話をするときとも、頼朝を思い出すときとも違う顔だった。


ちよも急かさずに待った。


やがて、もう一度動いた。


夫が笑った。


今度は、ちよに促されて笑ったのではなかった。


自分から腹へ顔を近づけ、もう一度、手の場所を確かめていた。


ちよは、その横顔を見ていた。


* * *


「どんな声で泣くのだろうね」


直成さんが言った。


ちよは、夫を見た。


「大きな声かもしれません」


「三郎より?」


「三郎も、初めは大きな声でした」


「そうだったね」


夫は、少し笑った。


「三郎が驚きそうだ」


「自分の声も大きいのですけれど」


直成さんはうなずいた。


それから、また腹へ目を向けた。


「早く、会いたいな」


ちよは、その言葉を聞いていた。


返事をしようとして、喉が詰まった。


夫が顔を上げる。


「ちよさん?」


ちよは首を振り、笑った。


「私もです」


頼朝が亡くなってから、直成さんが明日の話をするときには、仕事や心配が先にあった。


今は、生まれてくる子の声を聞きたがっている。


ちよは、夫の手へ自分の手を重ねた。


直成さんは、もう一度、腹の中の子が動くのを待っていた。


* * *


翌朝、三郎がちよのそばへ来た。


「まだ?」


「まだです」


三郎は、少し残念そうだった。


そこへまつが、小さな衣を持ってきた。


「もう、着るものはできています」


次郎も言った。


「父上も、帰ってくるんでしょう」


直成さんは、出かける支度をしながら答えた。


「知らせてもらったら、帰るよ」


太郎が、三郎の肩へ手を置いた。


「それまでは、俺たちと待とう」


三郎は、兄たちを見た。


まつを見て、直成さんを見て、最後にちよの腹を見た。


「みんな?」


「ええ」


ちよが答えると、三郎は腹へ顔を近づけた。


「みんな、いる」


直成さんが、支度の手を止めた。


ちよも、三郎を見ていた。


弟は、それだけ言うと、太郎の手を取った。


朝餉の方へ歩いていく。


次郎とまつが、そのあとを追った。


直成さんは、ちよのそばへ来た。


「何かあったら、すぐに知らせて」


「はい」


夫は、ちよの腹へそっと手を置いた。


「待っているよ」


声をかけてから、立ち上がる。


ちよは、その顔を見上げた。


直成さんは笑っていた。


「では、行ってくる」


「行っていらっしゃいませ」


夫を送り出してから、ちよは自分の腹へ手を当てた。


中の子は、今は静かだった。


奥から、三郎がちよを呼んだ。


まつの声もする。


ちよは返事をして、ゆっくり立ち上がった。


夫が何を子どもたちに残せるのか。


その答えは、まだ分からない。


けれど、太郎が三郎の手を取り、まつが小さな衣を直し、次郎が弟に兄の役目を教えている。


父が何かを教えようとしなくても、子どもたちは、父と母のしてきたことを見て育っている。


ちよは、そっと腹をなでた。


もうすぐ、ここにもう一人加わる。


「みんな、待っていますよ」


小さく声をかけると、腹の中で子が動いた。


ちよは笑った。

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