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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第六部 ちよは、直成をあらためて知る 建久六年〜建久十年(1195~1199年)
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幕間28 ちよは、頼朝の死を知らされる

建久十年(1199年)、鎌倉。


正月の二階堂家では、三郎が太郎の衣を抱えていた。


「三郎。それは、兄上のだ」


太郎が手を伸ばすと、三郎は衣を胸へ引き寄せた。


「ぼくの」


「大きいだろう」


「おおきい」


三郎は嬉しそうに繰り返した。


大きいことが、たいそう気に入っているらしい。


次郎が横から袖を持ち上げる。


「これを着たら、三郎の手がなくなるね」


三郎は自分の手を見て、それから袖を見た。


「ある」


「着たら、見えなくなるんだよ」


「ある!」


「次郎。からかわないの」


ちよが声をかけると、まつが三郎の小さな衣を持ってきた。


けれど三郎は、首を横に振った。


廊下を通りかかった直成さんが、足を止める。


「どうしたの?」


太郎が事情を話すと、直成さんは三郎の前へ座った。


「兄上にお願いして、少し羽織らせてもらおうか」


太郎はため息をつき、それでも弟の背へ衣を掛けた。


袖が床についた。


三郎は満足そうに胸を張った。


直成さんの口元が、わずかに緩む。


ちよは、その顔を見てほっとした。


このところ、夫は家にいても落ち着かなかった。


鎌倉殿の具合がよくない。


ちよが確かに聞いているのは、それくらいだった。


帰宅は遅くなり、食事の途中でも、使いの声がすればすぐに顔を上げた。


昨夜も、二人きりになってから尋ねた。


「鎌倉殿のお加減は、いかがですか」


夫は、少し黙った。


「まだ、よいとは言えないんだ」


そのあと、ちよの手を握った。


話しながら手を重ねることは、いつもあった。


けれど昨夜は、夫の方から伸びてきた手を、なかなか離さなかった。


* * *


「あなた。朝餉を、もう少し召し上がりませんか」


今朝の膳にも、食べ残しがあった。


直成さんは振り返った。


「ああ……もう、出ないと」


「お帰りは?」


「まだ分からない」


「では、温かいものを残しておきます」


夫はうなずいた。


三郎が太郎の衣を引きずって立ち上がり、直成さんはすぐに手を出した。


「そのまま歩くと、転ぶよ」


太郎が衣を受け取り、まつが小さな衣を掛ける。


三郎は今度は嫌がらなかった。


直成さんは、その様子を確かめてから腰を上げた。


「父上」


まつが呼び止める。


「鎌倉殿は、まだお具合が悪いの?」


「うん」


「早くよくなるといいね」


直成さんは娘を見た。


返事があるまで、少し間があいた。


「……そうだね」


ちよは夫を見送った。


門を出る足が、いつもより速かった。


* * *


正月十三日。


昼を過ぎたころ、大江広元の使いが来た。


ちよが出迎えると、使いは深く頭を下げた。


「広元様より、お知らせがございます」


胸が冷たくなった。


「夫に、何か」


「二階堂殿は、御所にいらっしゃいます」


ちよは息をついた。


けれど、使いは顔を上げなかった。


「鎌倉殿が、お亡くなりになりました」


ちよは、その言葉を聞いた。


聞いたあとも、次に何か続くのを待っていた。


聞き違いだったと言ってほしかった。


「……鎌倉殿が」


「はい」


庭の向こうで、次郎がまつを呼んだ。


いつもの声だった。


ちよは廊下の柱へ手を添えた。


あの人が、もういない。


直成さんの話を聞き、眉を寄せ、それから広元へ目を向ける。


政子に何か言われると、咳払いをして話を変える。


大姫の様子を尋ねたときには、ちよの返事を待つ目が、ひどく真剣だった。


思い浮かぶ顔は、どれも動いていた。


声まで聞こえるのに、もう会えないという。


「政子様は……」


使いが口を閉じた。


ちよは、すぐに首を振った。


「いえ。今は、お答えにならなくても」


大姫を亡くしてからの政子を、ちよは知っていた。


娘の話の途中で、ふと黙ることがあった。


そのそばには、頼朝がいた。


今度は、その夫まで。


ちよは柱に添えた手へ力を込めた。


「夫は、帰ってまいりますか」


「すぐには、お戻りになれぬかと。遅くなる旨を、お伝えするようにと」


「分かりました」


使いが去ると、ちよはしばらく、その場に立っていた。


帰りの足音が消えてから、ようやく部屋へ戻った。


* * *


「母上?」


まつがちよの顔を見た。


太郎も次郎も、こちらを向く。


三郎だけが、拾ってきた木の枝を並べていた。


ちよは子どもたちの前へ座った。


「鎌倉殿が、お亡くなりになりました」


太郎の顔が変わった。


次郎は口を開いたまま、何も言わなかった。


まつが尋ねた。


「もう、お会いできないの?」


「ええ」


「よくならなかったの?」


ちよはうなずいた。


朝、父にかけた言葉を、まつも覚えているのだろう。


小さな手が、ちよの袖を握った。


次郎が顔を上げる。


「父上は?」


「御所にいらっしゃいます」


「帰ってくる?」


「帰ってきますよ。今日は、遅くなるかもしれません」


太郎が立ち上がった。


「三郎は、僕が見ています」


何かしなければと思っている顔だった。


ちよは息子へ礼を言った。


三郎が、枝を一本差し出した。


「にい」


太郎は受け取り、弟の隣へ座った。


ちよは、まつの手を包んだ。


何を言えば安心させられるのか、自分にも分からなかった。


* * *


夕方になると、家人が外の様子を伝えに来た。


御所へ向かう人が増えているという。


頼朝の最期についても、幾つかの話を聞いてきたらしかった。


ちよは、話の途中で尋ねた。


「それは、そばにいらした方から聞いたのですか」


家人は首を振った。


「道で、そのように申す者が……」


「では、今は子どもたちには話さないでください」


何が起きたのか、知りたかった。


けれど、聞くたびに違う話を、夫の帰りを待つ子どもたちへ伝えることはできなかった。


膳を用意すると、次郎が尋ねた。


「食べていいの?」


ちよは息子を見た。


「ええ。冷めないうちに」


「父上は?」


「帰ってから、召し上がります」


三郎が椀を傾け、次郎が慌てて押さえた。


今日は、誰も笑わなかった。


太郎は弟の膳を引き寄せ、まつは少しずつ口へ運んでいる。


ちよも箸を取った。


朝から残っていた用事を思い出し、すぐに忘れた。


夫の膳だけは、忘れないように取り分けた。


* * *


直成さんが帰ったのは、外が暗くなってからだった。


「直成さん」


夫はちよを見た。


「ちよさん」


それきり、言葉が続かなかった。


手にした文書の包みを、ちよが受け取る。


夫は、少し遅れて指を離した。


「お帰りなさいませ」


「……ただいま」


太郎が部屋から出てきた。


その後ろに、次郎とまつがいた。


直成さんは子どもたちの前へ座った。


「母上から、聞いたかい」


太郎がうなずく。


次郎が小さく尋ねた。


「鎌倉殿は、本当に?」


夫は目を伏せた。


ちよも隣へ座った。


待っていると、直成さんが答えた。


「うん」


まつが父の袖に触れた。


「父上、悲しい?」


直成さんは娘の顔を見た。


「……悲しいよ」


まつは袖を握ったまま、父へ近づいた。


直成さんがその背に手を回す。


三郎も、兄たちの間から両手を伸ばした。


「ちち」


夫は三郎を抱き上げた。


膝に落ち着いた三郎が、その胸へ頭を預ける。


直成さんの手が、小さな背を一度、二度と撫でた。


「三郎が生まれるとき……」


夫が口を開いた。


ちよは顔を上げた。


「鎌倉殿が、早く帰れとおっしゃったんだ」


三郎は父の衣をつかんでいた。


「仕事は、こちらで何とかすると」


ちよは覚えていた。


夫が帰ってきた日のことも、そのあと、三郎を抱いた顔も。


「ええ」


直成さんは三郎を抱き直した。


それからは、何も言わなかった。


* * *


子どもたちが眠り、家人も下がると、ちよは夫の膳を運んだ。


「直成さん。少しでも召し上がってください」


「ありがとう、ちよさん」


箸を取ったものの、夫の手は止まっていた。


「広元様も、御所に?」


「うん」


「政子様は」


直成さんは箸を置いた。


「おそばに、皆がいる」


ちよはうなずいた。


夫の目の下には、濃い疲れがあった。


「直成さんも、ずっといらしたのですね」


「ああ」


しばらくして、夫は膳の脇の包みへ手を伸ばした。


文書を一枚取り出し、広げる。


「こちらは、明日……」


声が止まった。


ちよは夫を見た。


直成さんの指は、文書の同じところを押さえていた。


「明日、お伺いするつもりだったんだ」


誰に、と尋ねる必要はなかった。


「こちらの申し分も聞いたから、ここをどうなさるか、鎌倉殿に……」


夫が口を閉じた。


ちよは、その手へ触れた。


直成さんはこちらを見て、ゆっくりうなずいた。


「……そうだったね」


文書を畳む。


端がそろわなかった。


いつもなら直すのに、夫はそのまま置いた。


朝まで、明日の仕事があった。


広元に相談し、頼朝へ話す。


頼朝が難しい顔をすれば、もう一度説明する。


これまで何度もそうしてきたのだろう。


ちよは、夫と頼朝が笑い合った部屋を思い出した。


あのときには、これからも見られると思っていた。


* * *


「ちよさん」


「はい」


「鎌倉殿は、僕の話を聞いてくださった」


夫の目は、置いた文書へ向いていた。


「すぐによいとおっしゃるわけではなかったけれど。何度も聞かれたよ。なぜそう考えるのか、それで困る者はいないのか、と」


ちよは黙って聞いた。


「答えられずに、広元殿と調べ直すこともあった」


直成さんが膝の上で手を組む。


「それでも、また持っていくと、聞いてくださった」


「ええ。私も、拝見しました」


夫はうなずいた。


「今日は何を増やしに来た、と言われることもあったな」


少しだけ、口元が動いた。


ちよも、その顔を覚えていた。


頼朝はぼやきながら、最後には、どうするつもりかと尋ねた。


直成さんが答えると、広元にも目を向けた。


そして、進めよと言った。


「嬉しかったんだ」


夫の声が低くなった。


「僕たちが考えたことを、鎌倉殿が任せてくださるのが」


ちよは夫の手を取った。


「はい」


「まだ、途中なんだよ」


直成さんは文書を見た。


「人を育てることも。前に調べたことを、次の人が分かるようにすることも。まだ、直したいところがある」


「はい」


「よくなったところを、お見せしたかった」


ちよは、握った手へもう片方の手を添えた。


夫の仕事を、前より少し分かるようになった。


頼朝から任されたとき、どうしてあんな顔で笑うのかも。


けれど、今の夫に何を言えばよいのかは分からなかった。


築いたものは残ります、と言えばよいのだろうか。


仕事は続けられます、と。


目の前の文書は、確かに残っている。


広元も、若い書き手もいる。


それでも夫は、頼朝に見てほしかったのだ。


ちよは何も言わず、その手を握っていた。


* * *


隣の部屋で、三郎が泣いた。


直成さんが顔を上げる。


「僕が行こうか」


そう言ったのに、腰は上がらなかった。


ちよは静かに手を離した。


「私が見てまいります。ここにいてください」


三郎は眠ったまま泣いていた。


背を撫でると、少しずつ声が小さくなる。


隣にはまつが眠り、太郎と次郎は寄り添っていた。


太郎の手が、次郎の衣の端に掛かっている。


昼間、兄が弟の世話をした。


父が帰ると、四人とも、そのそばへ集まった。


子どもたちも、それぞれに父を待っていたのだろう。


ちよは寝息を確かめて戻った。


直成さんは同じところに座っていた。


膳も、文書も、そのままだった。


「眠りました」


「そう」


ちよは隣へ座った。


夫の肩へ、自分の肩をそっと寄せる。


直成さんは動かなかった。


少ししてから、ちよの手を探すように指を伸ばした。


ちよは、その手を取った。


「ちよさん」


「はい、直成さん」


夫が口を開いた。


けれど、言葉にはならなかった。


ちよは続きを待った。


灯りが小さく揺れた。


明日、頼朝に見せるはずだった文書が、二人の前に置かれていた。


今夜は、それを片づけずにおいた。


――――――――――

【人物紹介】


◆源頼朝(みなもとのよりとも)

鎌倉に武家政権を築いた人物。建久十年(1199年)正月十三日に亡くなりました。本作では、直成に仕事を任せ、ともに鎌倉の先を考えてきた人物として描いています。


◆北条政子(ほうじょうまさこ)

頼朝の妻。大姫を亡くしたのち、この年には夫の頼朝も失いました。本話では、ちよが思い浮かべる姿と、直成の短い返事を通して、その悲しみを描いています。


◆大江広元(おおえのひろもと)

頼朝の政務を支えた側近。頼朝の死後も、鎌倉の政治を支えました。


――――――――――

【事件紹介――源頼朝の死】


◆建久十年正月十三日

頼朝が亡くなった日は、当時の暦で建久十年(1199年)正月十三日です。京都の公家の日記『明月記』『猪隈関白記』などにも、その死を伝える記述があります。


◆落馬と死因

『吾妻鏡』には、相模川の橋の供養から帰る途中に頼朝が落馬し、その後亡くなったという記述があります。ただし、それが記されるのは、死から十三年後に当たる建暦二年(1212年)の記事です。死に至る詳しい経過や原因は、確定していません。


本話では特定の死因を断定せず、知らせを受けた家族と、親しく仕事をしてきた直成の喪失を中心に描きました。

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