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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第六部 ちよは、直成をあらためて知る 建久六年〜建久十年(1195~1199年)
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幕間27 源頼朝は、直成たちに鎌倉の政務を託す

建久七年(1196年)、鎌倉。


三郎が生まれる少し前のことだった。


頼朝は、返事を待っている訴えの文書を、広元の前へ置いた。


「こちらは、まだか」


「もう一度、確かめております」


「直成か」


「はい」


頼朝は、小さく息を吐いた。


「確かめることが、よく尽きぬものだ」


広元は文書を手に取った。


「尽きたつもりで返せば、もっと手間がかかることもございます」


頼朝は、その返事を否定しなかった。


     *


そのころ、直成は若い書き手と、文書を見比べていた。


「この川は、どちらの川だろう」


「古い文書に、同じ土地の名がございましたので……」


「うん。ただ、こちらの川と、こちらの川は、位置が違うね」


若者が文書を見比べ、口を閉じた。


「川の名が変わったのかもしれない。よく似た名の、別の土地かもしれない。今は、どちらとも言えないね」


「申し訳ございません」


「先方への返書は?」


「まだでございます」


「それなら、出す前に確かめよう」


若者が肩を落とした。


直成は、その手元の一行を指した。


「ここに、何を見たのか残しておこう。これだけだと、後から読む人には、確かめ終えたように見える」


「短くまとめるようにと、伺いましたので」


直成は一度、口を閉じた。


「そうだったね。僕の言い方が足りなかった」


若者が顔を上げる。


「何を調べて、どこまで分かったか。分からないところも、分からないと書いてほしいんだ」


「分からないことまで、でございますか」


「次の人が、そこから調べられるようにね」


そこへ広元が戻ってきた。


事情を聞くと、文書を取り上げる。


「土地の訴えならば、問注所で扱う文書とも照らさねばならぬな。私から話を通そう」


若者が頭を下げた。


「先方には、調べ直していると知らせよ。返事がなければ、訴えを捨て置かれたと思うであろう」


「僕が文案を整えます」


直成が答えると、広元はうなずいた。


「今度は、この者にも書かせてみよ」


「はい。二人で見ます」


若者は、手元の紙をもう一度、読み始めた。


     *


ほどなく、直成は広元とともに頼朝の前へ呼ばれた。


一人の御家人が申し立てをしていた。


御家人は、頼朝に仕える武士だった。


「二階堂殿のところで調べていただきましたゆえ、こちらの申し分は認められたものと……」


直成が頭を下げた。


「さらに確かめると申し上げましたが、僕の伝え方も足りなかったかと存じます」


頼朝は御家人を見た。


「調べておることと、認めたことは違う」


「はっ」


「相手方の申し分も聞かねばならぬ。今は、決まったものとして動くな」


声は低かった。


御家人が姿勢を正す。


「ただし、待たせたままにもせぬ。広元から、改めて知らせる」


「承知いたしました」


御家人が退出してから、頼朝は直成へ向き直った。


「お前が見たというだけで、わしが認めたことになるのか」


「それは困ります」


「困るのは、わしだ」


広元が静かに口を開いた。


「調べている途中の知らせ方を、こちらで改めます」


頼朝は文書を置いた。


「頼むぞ。土地を認めると約した相手に、届いた紙の意味まで考えさせては、約束が役に立たぬ」


直成の顔つきが変わった。


「はい。何が決まり、何がまだ決まっていないのか、分かるようにいたします」


「お前たちが確かめねばならぬことは、確かめよ。わしに決めさせるところは、持ってこい」


「また、お尋ねすることが増えるかもしれません」


頼朝が眉を寄せた。


「今も十分に多い」


「気づいたことを、置いておくわけにもまいりませんので」


「分かっておる」


広元が、文書へ目を落とした。


その口元が、少し動いた。


頼朝はそれを見た。


「お前も、同じことを申すつもりだったか」


「はい」


「では、一人から聞けばよいな」


直成も、笑いながら頭を下げた。


     *


頼朝は、広元の持つ文書を指した。


「先ほどの書き手は、直成が教えておる者か」


「はい」


直成が答えた。


「次には、自分で気づけそうか」


「今日のことを、一緒に確かめ直してみます」


「ならば任せる。お前が全部書き直して終わりにするなよ」


「広元殿にも、同じことを言われました」


「では、二度言われたのだ。忘れるな」


直成が頭を下げた。


頼朝は、その姿を見ていた。


一枚の返書なら、直成が書き直す方が早いかもしれない。


けれど、そのたびに直成を呼ばねばならぬのでは、訴えが増えるほど仕事が詰まる。


自分が決めるまでに、誰が何を確かめるのか。


決めたあと、どう伝えるのか。


頼朝は、それを任せられる者を増やさなければならなかった。


「広元。あの者の返書も、後で見てやれ」


「承知いたしました」


「直成。お前も、一人で抱えるな」


「はい」


広元が、直成を見た。


「返事だけは早いのだが」


頼朝は、少し笑った。


     *


政務の話が済んだところへ、政子が来た。


直成の家から、先日置いていった衣が届いているという。


「ちよが持ってきたのか」


頼朝が尋ねると、政子は首を振った。


「家人に持たせたそうです。ちよは、家で休んでいます」


直成が、少し顔を和らげた。


頼朝はそれを見た。


「子どもたちは、楽しみにしておるか」


「毎朝、今日生まれるかと尋ねております」


頼朝が笑った。


「待つ方は、何もできぬからな」


政子が夫を見る。


「あなたも、何度も様子を聞きに来ましたね」


「聞かねば分からぬであろう」


「聞いたばかりなのに、また聞くのですもの」


頼朝は答えず、直成へ目を向けた。


「お前も、そうか」


「はい。妻に、今朝も聞きました」


「腹を見れば、まだだと分かるではないか」


「鎌倉殿も、お聞きになったのでしょう?」


政子の言葉に、頼朝は咳払いをした。


広元が、そっと文書をそろえる。


頼朝はしばらく黙り、それから言った。


「直成。今日は、早く帰れ」


「ですが、まだ返書が」


「それは私が見る」


広元が答えた。


直成は広元と頼朝を見て、頭を下げた。


「ありがとうございます」


「生まれるときには、こちらへも知らせよ。仕事の途中でもだぞ。お前は、きりのよいところまでなどと言いそうだからな」


直成は、少し困った顔で笑った。


頼朝は、衣の包みも忘れず持ち帰るように言って、直成を送り出した。


     *


帰宅すると、まつが駆けてきた。


「父上!」


「母上は?」


「すわってる」


まつは、父の手を引こうとした。


後ろから次郎も来る。


部屋へ入ると、ちよは太郎の用意した座に腰を下ろしていた。


まつが、その腹をのぞいた。


「まだ?」


「まだですよ」


次郎は直成を見上げた。


「父上も、聞いたら?」


「今、母上が答えたでしょう」


「でも、父上は、今朝から聞いてない」


直成は、ちよを見た。


ちよは笑いをこらえていた。


「今日は、お帰りが早かったのですね」


「鎌倉殿が、早く帰るようにとおっしゃってね」


次郎が尋ねた。


「父上は、言われたらすぐ帰れるんだ」


「今日はね」


「赤ん坊も、鎌倉殿に言ってもらったら?」


ちよが笑うと、直成も笑った。


「それは、鎌倉殿にも難しいと思うよ」


     *


夜。


子どもたちが眠り、家人も下がると、ちよは直成に話しかけた。


「鎌倉殿は、お気づきだったのですね」


「何を?」


「直成さんが、お仕事を残して帰ることを気にするところです」


直成は、少し困った顔をした。


「広元殿も、任せろと言ってくださったよ」


「では、今夜はお任せしましょう」


「うん」


「僕にも、人へ任せろと言われたところだったんだ。若い書き手に教えているのに、つい自分で直そうとしてしまって」


「直す方が、早いのですか」


「今はね。でも、そればかりでは、その人が次も困る」


ちよは、夫の手を取った。


「では、ぜひ、よく教えて差し上げてください」


直成が笑う。


「僕を休ませるために?」


「この子が生まれたら、家でもお願いしたいことがございますから」


「それは、何だろう」


「三人の支度と、遊び相手と。それから、この子を抱いていただきます」


直成は真剣にうなずいた。


「抱くのは、楽しみだな」


「泣いていても?」


「うん」


「私にも、泣く理由が分からなかったら?」


「一緒に考えよう」


ちよは、夫の手を腹へ導いた。


しばらく待つと、その下で小さく動くものがあった。


直成が顔を上げる。


「今?」


「はい」


直成は嬉しそうに笑った。


仕事を任されたときとも、子どもたちに囲まれたときとも違う、静かな笑顔だった。


「直成さんは、この子にも、たくさん教えるのでしょうね」


「まずは、抱かせてもらうところからかな」


「それは、この子に教わる方ですね」


「本当だ」


二人で笑った。


昼間、頼朝は、直成の仕事の続きを広元に任せた。


直成は安心して帰り、今はこうして、ちよの隣にいる。


返書のことを思い出しても、今夜は立ち上がらなかった。


ちよはその手に自分の手を重ねた。


「直成さん」


「何だい、ちよさん」


「今度は、少し大きく動きましたね」


「うん」


直成は手を離さず、次を待っていた。


ちよも一緒に、もうしばらく待つことにした。


――――――――――

【人物紹介】


◆源頼朝(みなもとのよりとも)

鎌倉に武家政権を築いた人物。本作では、御家人に対する厳しさと、実務を担う者への信頼、家族を気遣う姿を描いています。本話の発言や出来事は創作です。


◆北条政子(ほうじょうまさこ)

頼朝の妻。本話では、夫の父親としての一面を知る人物として、頼朝や直成との会話に登場します。


◆大江広元(おおえのひろもと)

京都で培った知識や実務能力を生かし、頼朝の政務や朝廷との交渉を支えた人物。公文所・政所の長官を務めました。


――――――――――

【事件・時代背景紹介】


◆鎌倉を支えた日々の政務

本話では、特定の歴史上の事件ではなく、政権を支える文書の確認や訴えへの対応を扱いました。


鎌倉では、政務を扱う公文所・政所や、訴訟に関わる問注所などの機関が整えられました。広元のほか、問注所の実務を担った三善康信なども、頼朝の政治を支えています。


◆「守る」という約束を、仕事につなげる

土地をめぐる申し立てに対応するには、相手の言葉を聞くだけでなく、文書や双方の主張を確かめる必要があります。


本話の土地争いは架空の事例です。調査途中の知らせ方や、人を育てる具体的な手順も、当時の記録をそのまま再現したものではありません。前話で語った頼朝の構想を、直成たちの日常の仕事として描くために設けた場面です。


◆三郎の誕生を待つ二階堂家

ちよが身ごもっている四人目の子は、のちの三郎です。三郎の誕生を待つ時期に当たります。

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