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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第六部 ちよは、直成をあらためて知る 建久六年〜建久十年(1195~1199年)
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幕間25 源頼朝は、大姫の将来を案じる

建久六年(1195年)、鎌倉。


三郎が生まれる前年のことだった。


頼朝は、政子の手にある小さな袋を見ていた。


口紐の結び目が、少しゆがんでいる。


「それは?」


「二階堂の家から、大姫へ。直成が届けてくれました」


「ちよが作ったのか」


「袋の口を結んだのは、まつだそうです」


頼朝は、もう一度、結び目を見た。


「使えればよい」


「大姫も、そう思ったようです」


頼朝が顔を上げる。


「受け取ったのか」


「ええ。御自分も、初めはゆがんだと話していました」


政子は袋を持ち直した。


「まつへ、そう伝えてほしいと」


「……そうか」


頼朝は、娘のいる部屋の方へ目を向けた。


大姫も、以前は小さなものを作って見せに来た。


今は、その娘を京へ送り出す話をしている。


     *


大姫は、頼朝と政子の長女だった。


京の天皇のもとへ迎えてもらう話が進められていた。


入内という。


天皇の暮らす宮中へ入り、后や妃となるための話だった。


頼朝は、この年、政子や大姫たちと京へ出かけていた。東大寺の大仏殿の完成を祝う儀式に参列し、京の人々との付き合いも重ねた。


娘の入内についても、働きかけを続けていた。


京に、鎌倉の話を聞く者がいる。


頼朝の子の代にも、そのつながりが残る。


それは、頼朝にとって大切なことだった。


けれど、政子の持つ小さな袋を見ていると、話はそれだけでは済まなかった。


「大姫は、今、何をしている」


「少し疲れたので、休んでいます」


「今日は、笑っていたか」


「ええ。結び目の話をしたときに」


頼朝はうなずいた。


もう一度、うなずいた。


     *


直成が、用事を終えて戻ってきた。


政子は、まつへの伝言を頼んでから、大姫のもとへ向かった。


頼朝は直成を見た。


「お前のところは、娘がよく話すな」


「はい。僕が答えられないことまで尋ねます」


「何を聞く」


「父上は、なぜ毎日お仕事へ行くのかと」


頼朝の口元が緩んだ。


「それは、答えられるだろう」


「説明すると、では明日は休めるのかと続きます」


頼朝が笑った。


「わしにも聞かせたいものだ」


直成も笑った。


頼朝は、娘のいる方へ目を戻した。


「京へ行けば、あの子の暮らしも変わる」


直成は黙って聞いた。


「よい人を付け、困らぬように整える。鎌倉からも、支える。宮中に迎えられれば、あの子の立場も定まる」


直成が尋ねた。


「鎌倉と京との間も、でございますか」


「そうだ」


頼朝は直成へ向き直った。


「鎌倉で決めたことと、京から来た命が食い違えば、どちらへ従うかで割れる」


直成はうなずいた。


「土地のことも、同じですね」


「わしが認めた土地でも、京から別の申し分が出れば、争いになる」


同じ土地について、鎌倉の武士も、京の領主も、自分の権利を主張する。


どちらが何を認められているのか、文書を取り寄せ、話を聞き、確かめなければならない。


その仕事を、直成も担っていた。


「そのたびに兵を動かしていては、続かぬ」


頼朝は言った。


「京にも、鎌倉の話を聞く者が要る。こちらも、京の事情を知らねばならぬ」


「大姫様の御縁も、そのつながりになると」


頼朝はうなずいた。


「わしの子の代にも残るつながりを、つくらねばならぬ」


     *


直成は、すぐには返事をしなかった。


頼朝は、その顔を見た。


「何を気にしている」


「大姫様が、京でどのようにお暮らしになるかです」


「そのための用意はする。付き添う者も、よく選ぶ」


「はい。ただ、御本人が何を御心配になっているか、僕には分かりません」


頼朝の指が、膝の上で動いた。


用意が足りないと言われたのなら、何が足りぬかと尋ねられた。


だが、娘の心配は何かと問われると、すぐには答えられなかった。


「元気になってくれればよい」


頼朝は言った。


思っていたより、小さな声になった。


直成は、黙って聞いていた。


頼朝は、膝の上の手を握った。


「義高のことは、今も忘れておらぬ」


直成は顔を上げた。


義高は、木曽義仲の子だった。


幼いころ、鎌倉へ来て、大姫の許嫁となった。


頼朝と義仲が争ったあと、義高も頼朝の命令によって追われ、命を失った。


大姫は深く悲しみ、体を悪くした。


娘の今後を案じていても、頼朝が命じたことは消えなかった。


直成は、静かに尋ねた。


「大姫様は、今、どのようにおっしゃっているのですか」


「多くは話さぬ」


頼朝は視線を落とした。


「わしが話せば、聞いてはいる」


聞いている。


それが、同じことを望んでいるという意味なのか。


頼朝には、言い切れなかった。


「このまま、あの子を一人にしておくこともできぬ」


「先の暮らしを、御心配なのですね」


「そうだ」


返事は、早かった。


「わしも、政子も、いつまでもそばにおれるわけではない」


直成は、ゆっくりうなずいた。


頼朝は、机の上の文書へ目をやった。


京へ送る言葉なら、何度も考えていた。


娘へ何を尋ねればよいのかは、まだ決まらなかった。


     *


直成が下がる前に、頼朝は大姫の部屋へ向かった。


戸のそばで、付き添いの女に尋ねる。


「眠っているか」


女がうなずいた。


頼朝は足を止めた。


しばらく、戸を見ていた。


「では、起こさずともよい」


そう言って戻った。


待っていた直成へ、頼朝は言った。


「明日の文書は、広元と先に見ておけ」


「承知いたしました」


仕事の声に戻っていた。


直成が頭を下げると、頼朝はもう一つ付け加えた。


「まつにも、袋の礼を伝えてくれ。また作ったら、大姫へ届けてよい」


直成は、少し顔を和らげた。


「きっと、喜びます」


直成が去ってから、頼朝はもう一度、娘の部屋の方を見た。


     *


家へ戻ると、まつが走ってきた。


「父上。ふくろ、は?」


「大姫様が、受け取ってくださいました」


娘は、ほっとした顔をした。


「ゆがんでる、って、いった?」


「御自分も、初めはゆがんだと。御台所様が教えてくださったよ」


まつは、目を丸くした。


次郎が、直成へ尋ねた。


「鎌倉殿にも、見せた?」


「袋の話はしたよ」


「父上より上手だと?」


太郎が、次郎の腕を引いた。


「そういうことを聞くな」


直成が笑った。


そばにいたちよも、笑っていた。


まつは、母の袖を引いた。


「また、つくっても、いい?」


「ええ」


「こんどは、もっと、おおきいの、つくる」


ちよはうなずいた。


娘は、早速、残っている布を探しに行った。


     *


その夜、子どもたちが眠り、家人も下がってから、直成はちよへ昼間のことを話した。


大姫の将来を案じていたこと。


京とのつながりを残そうとしていたこと。


娘が眠っていると聞いて、戸の前から戻ったこと。


ちよは、夫の話を聞いていた。


「直成さん。京へお嫁に行けば、大姫様はお元気になれるのでしょうか」


直成は、すぐには答えなかった。


「僕には、分からない」


ちよはうなずいた。


「鎌倉殿は、よい暮らしを用意したいのですね」


「そうだと思う」


「京とのつながりも、残したい」


「うん」


ちよは、自分の手へ目を落とした。


「私も、まつによい暮らしをしてほしいです」


直成は黙って聞いた。


「でも、今日は何度も尋ねられました。袋を受け取っていただけるか。ゆがんでいると、言われないか」


ちよは、少し笑った。


「私がよいと思って持たせても、まつには、まつの心配がありました」


直成は、娘が布を探していたところへ目を向けた。


「明日は、どんな袋を作りたいのか聞いてみよう」


「きっと、大きいものだと言いますよ」


「それは、聞いたね」


「何を入れるかは、まだ伺っておりません」


直成は、少し考えた。


「僕にも聞かなかった」


ちよが笑った。


直成も笑った。


翌朝、娘が起きたら、尋ねることが一つできていた。


――――――――――


【人物紹介】


源頼朝(みなもとのよりとも)

鎌倉を拠点に武士の政権を築いた人物。朝廷との交渉を重ね、長女・大姫を後鳥羽天皇の後宮へ入れる計画も進めました。本作では、鎌倉の将来を考える立場と、娘の暮らしを案じる父親の姿を重ねています。


大姫(おおひめ)

頼朝と北条政子の長女。「大姫」は長女を指す呼び名です。幼いころ、木曽義仲の子・義高の許嫁となりましたが、義高の死後、病気がちになったと伝えられています。後鳥羽天皇への入内は実現せず、建久八年(1197年)に亡くなりました。



【事件紹介――大姫の入内計画】


入内とは、女性が天皇の暮らす宮中へ入り、后や妃となることです。


頼朝と政子は、大姫を後鳥羽天皇の後宮へ迎えてもらうために働きかけました。建久六年(1195年)の上洛でも、朝廷で影響力を持つ丹後局との交渉が行われています。計画は、この年に突然始まったものではなく、それ以前から検討されていたことが研究で指摘されています。


当時、婚姻は家同士の政治的な関係を結ぶ手段でもありました。大姫の入内計画も、頼朝の朝廷との関係を考えるうえで重要な出来事です。ただし、頼朝が何を最も重視したのか、本人や家族がどのような気持ちだったのかを、一つの説明で確定することはできません。


また、義高の死は、大姫の人生を考えるうえで欠かせません。義高は頼朝の命令によって追われ、元暦元年(1184年)に殺害されました。『吾妻鏡』には、大姫が深く悲しみ、政子も頼朝を責めたとする記述があります。


本作では、その経緯を踏まえ、頼朝の政治的な判断と娘への思いが、同じ人物の中にある姿を描いています。娘への心配を描くことと、義高を死に至らせた判断をどう捉えるかは、それぞれ考える必要があります。


大姫は入内することなく亡くなりました。

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