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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第五部 父を知る人たちと、新しく増える家族 建保二年〜建保六年(1214〜1218年)
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第60話 小太郎は、あやに会いに来る理由を隠しきれない

建保六年(1218年)、鎌倉。


北条小太郎が元服して、時景と名乗るようになってから、十日ほどが過ぎた。


二階堂家のあやには、まだ聞いていないことがあった。


どうして、忙しくても会いに来てくれるのか。


小太郎は、次に会ったときに答えると言った。


ところが、その次がなかなか来ない。


「母上」


「何?」


「十日は、思ったより長いものですね」


ちよは、針を動かす手を止めた。


「何を待っているかによるでしょうね」


「小太郎様の用です」


「それなら、あやには長いのでしょう」


あやは母を見た。


「どうして分かるのですか」


「毎朝、門の方を見ているから」


「門くらい、いつも見ます」


「そうね。昨日は四度だったかしら」


「数えていたのですか」


「あなたが数えるのが好きだから、少し真似をしてみたの」


あやは、困った顔をした。


「待っているのではありません。荷の来る道を見ているのです」


ちよは、笑いをこらえて針を動かした。


「今日は来ると、お知らせがあったわよ」


あやは立ち上がった。


「本当ですか」


「ええ。お昼を過ぎてから」


「では、そのあいだに帳面を片づけます」


あやは廊下へ三歩進んで、戻ってきた。


「母上」


「今度は何?」


「……お昼は、日が高くなってから、でしたね」


ちよは、とうとう針を置いた。


     *


その日の昼過ぎ、小太郎――時景がやって来た。


手には、細長い包みを持っている。


家の者への挨拶を済ませると、あやが待っていた。


「小太郎様」


「こんにちは」


「遅かったね」


「約束した時刻よりは早いよ」


「十日は、長かったです」


「十日間ずっと、門のところにいたの?」


「そんなわけないでしょう」


「安心した」


時景は、包みを差し出した。


「これを見せようと思って」


中に入っていたのは、木の小さな札だった。


片面に文字があり、もう片面には印が押されている。


「これは?」


「荷を受け取るときに使う札だよ。家で使っているものと同じ形に作らせた」


あやは、すぐに手に取った。


「札だけで、荷を受け取れるのですか」


「札だけでは受け取れない。帳面に書いた内容と合わせて確かめる」


「札は、誰が作るのですか」


「家で作らせている」


「では、札を作る人が、偽の札を作ったらどうなります?」


時景は、手を止めた。


「……そのために、帳面と合わせて確かめる」


「帳面は、書く人を信じることで成り立っています。書く人が間違えたら、誰が正すのですか」


時景は、すぐには答えなかった。


家では、誰もそんなことを聞かなかった。


「……考えたことがなかった」


「聞いてはいけないことでしたか」


「いや。答えを知っている気でいただけだ」


あやは、札を裏返した。


「木ですから、折れたり、濡れたりもしますね。同じことを書いた紙があった方がよいのでは」


「それが帳面だよ」


「帳面が濡れたら?」


時景は、あやを見た。


「今度は帳面の心配?」


「札だけ大事にしても仕方ありません」


時景は笑った。


「確かに」


「何がおかしいのですか」


「荷の話を始めると、いつも荷が届く前に、いろいろなものが壊れる」


「壊してはいません。心配しているだけです」


「うん。知ってる」


時景は、あやが札を眺めるのを待った。


それから、ふと思い出したように言った。


「そういえば、前に聞かれたことがあったね」


あやが顔を上げた。


「覚えてたの?」


「忘れないと言ったから」


「じゃあ、答えて」


「何を聞いたか、覚えている?」


「忙しいのに、どうして来てくれるのか」


「そう」


時景は、あやの向かいに座り直した。


「仕事で来ることもあるよ。今日は荷の帳面を宗直殿に見てもらう用もある」


「うん」


「でも、それだけなら、もう帰れる」


あやは、包みを見た。


「札を渡したから?」


「そう」


「じゃあ、帰るの?」


「まだ」


「どうして?」


時景は、少し笑った。


「その質問に答えに来たんだけど」


「じゃあ、答えて」


「……あやと話したいから」


あやは黙った。


時景も、それ以上は言わなかった。


しばらくして、あやが尋ねた。


「荷の話を?」


「それも」


「銭の話?」


「それも」


「ほかには?」


「何でも」


あやは、時景の顔を見た。


「私が何も聞かなかったら?」


「僕が聞くよ」


「何を?」


「今日、何をしていたのか、とか」


「それなら、さっき母上と針仕事をしてた」


「できた?」


「途中まで」


「何を作っているの?」


「それは……まだ内緒」


時景が笑った。


「ほら、聞きたいことができた」


あやも、つられて笑った。


     *


二人が話している間、宗直は隣の部屋で帳面を確かめていた。


時景が持ってきた荷の記録である。


数も、送り先も、よく整理されていた。


「仕事は確かだな」


宗直が言った。


光成が帳面をのぞく。


「間違いが少ない」


「少ない、では困る」


「兄上は細かい」


「荷を預かる仕事では、細かくてよい」


そこへ三郎が来た。


「時景殿は?」


「あやと話している」


宗直が答えた。


三郎は帳面を見た。


「では、まだお帰りにはならないのですね」


「なぜそう思う」


「この帳面なら、もう用は済んでいるでしょう」


宗直が黙った。


光成は笑った。


「三郎にも分かるか」


「何がですか」


「いや、何でもない」


三郎は兄たちを見た。


「何でもないなら、なぜ笑うのです」


「お前が時々、妙に鋭いからだ」


「いつも鋭いと思いますが」


宗直が帳面を閉じた。


「三郎」


「はい」


「今は、時景殿の話だ」


「私も、その話をしています」


光成は、とうとう声を出して笑った。


     *


庭には、春を待つ木々の枝が伸びていた。


あやと時景は、縁側に並んで座っていた。


あやは、さきほどの札を手のひらに載せている。


「小太郎様」


「何?」


「私と話すの、そんなに面白い?」


「面白いよ」


「どうして?」


「それも聞く?」


「うん」


時景は、庭を見た。


「家では、荷が届いたら、数が合っているか確かめる。違っていたら、どうするか考える。それが仕事だから」


「うん」


「あやは、数が合っていても、その先を聞くでしょう」


「だって、気になるもの」


「どうしてこの荷がここへ来たのか。誰が運んだのか。受け取った人は、そのあとどうするのか」


「うん」


「そういう話をしていると、いつもの仕事が少し違って見える」


あやは、時景を見た。


「小太郎様は、今のお仕事に飽きているのですか」


「嫌いじゃないよ」


「じゃあ、どうして?」


「毎日やっていると、驚くことは少ないから」


「私は毎日、驚いてるよ」


「知ってる」


時景は笑った。


「あやといると、それが面白いんだ」


あやは、札を握った。


「……そうなんだ」


「うん」


少しの間、二人とも黙っていた。


やがて、あやが言った。


「私も、小太郎様と話すのが好き」


時景が振り向いた。


「荷の話ができるから?」


「それもあるけど」


「ほかには?」


あやは考えた。


「小太郎様は、私が聞いたことを覚えてる」


「そうだね」


「分からないときは、分からないって言う」


「たまにはね」


「それに、笑うでしょう」


時景は、少し困った顔をした。


「笑うくらい、誰でもするよ」


「でも、小太郎様が笑うと嬉しいの」


今度は時景が黙った。


あやは、顔をのぞき込んだ。


「どうしたの?」


「……少し考えてる」


「何を?」


「今、何て返したらいいか」


あやは、目を丸くした。


「小太郎様でも分からないの?」


「分からないことくらいあるよ」


「じゃあ、待つ」


あやは、手のひらの札を置いた。


時景は、しばらくその横顔を見ていた。


いつもなら、あやが次の質問を始めるところだった。


けれど今日は、黙って待っている。


時景は、思わず笑った。


「何で笑うの?」


「待ってくれているのが、珍しいから」


「小太郎様が考えてるんでしょう」


「そうだね」


「答えは出た?」


「少し」


時景は、あやに向き直った。


「あやが僕と話すのを楽しみにしてくれているなら、嬉しい」


「うん」


「僕も、次に会うのを楽しみにしてる」


あやは、ゆっくりうなずいた。


「じゃあ、同じだね」


「そうだね」


時景は、今度は素直に笑った。


     *


夕方、時景が帰るころには、二階堂家の者たちも集まっていた。


宗直が帳面を返す。


「今日は助かった」


「こちらこそ、ありがとうございました」


光成が言った。


「また荷のことで分からないことがあれば、聞きに来られるとよい」


「はい」


三郎も続けた。


「書き付けの残し方についてなら、私も——」


「三郎兄上」


あやが呼んだ。


「何だ」


「小太郎様、もう帰るんだよ」


「だから、次に来られたときに——」


「次は私も話したいことがあるの」


三郎は口を閉じた。


光成が、肩を震わせた。


宗直が咳払いをする。


「……あや。時景殿にも用事がある」


「知ってるよ」


あやは時景を見た。


「次は、いつ来られる?」


時景は、少し考えた。


「五日後なら、仕事で近くまで来る」


「じゃあ、五日後」


「その日は荷を見に行く用があるから、あまり長くはいられないかもしれない」


「私も行っていい?」


「どこへ?」


「荷を見に」


時景は、あやの顔を見た。


「母上と兄上たちに相談してからね」


「分かった」


あやは、すぐにちよを見た。


ちよは笑った。


「まずは、どこへ行くのか聞かせてちょうだい」


「はい」


時景は、ほっとしたように頭を下げた。


宗直が、腕を組む。


「俺も場所を確かめておきたい」


「兄上」


光成が言った。


「何だ」


「今から五日後の話だぞ」


「だから、今のうちに確かめるのだ」


「時景殿が帰れなくなる」


宗直は、ようやく口を閉じた。


時景は、丁寧に挨拶した。


そのあと、あやにだけ小さく言った。


「また五日後」


「うん。待ってる」


時景は門を出た。


あやは、その姿が見えなくなるまで見送った。


     *


夕餉の席で、宗直が言った。


「時景殿は、よくできた若者だ」


「そうですね」


ふみが答えた。


「仕事も丁寧だ」


「ええ」


「ただ、あやとのことは、少し考えておかなければならない」


ふみは夫を見た。


「何をですか?」


「今後のことだ」


「以前から、両家でお話があったのでしょう」


「それは承知している」


「でしたら、まずはあやの気持ちを聞くのがよいのではありませんか」


宗直は黙った。


光成が口を挟んだ。


「兄上は、時景殿が気に入らないのか」


「そんなことはない」


「では、何が心配なのだ」


「……あやが嫁ぐということだ」


おりんが、ふっと笑った。


「それは、時景殿の問題ではありませんね」


三郎がうなずいた。


「太郎兄上は、あやがまだ幼いと思っておられるのでしょう」


「お前は違うのか」


宗直が尋ねた。


三郎は少し考えた。


「……幼いころのあやを、よく覚えています」


しづが夫を見た。


「三郎様も、同じですね」


「いや、私は——」


「同じですよ」


光成が言った。


「次兄上まで」


「俺も同じだ」


光成は、あやを見た。


「この間まで、兄上の椀を勝手に並べ替えていた気がする」


「それ、ずいぶん昔の話だよ」


あやが言った。


「今でも、たまに並べ替えるだろう」


「使いやすいようにしてるだけ」


宗直が、思わず笑った。


ちよは、三人の息子を見ていた。


末の妹が大きくなったことを、頭では分かっている。


けれど、気持ちは少し遅れているらしい。


「宗直」


ちよが呼んだ。


「はい、母上」


「あやに聞いてみましょう」


宗直は、妹を見た。


「あや」


「何?」


「時景殿のことを、どう思っている」


あやは、すぐに答えた。


「好きです」


宗直が固まった。


光成は箸を止めた。


三郎は、何か言おうとして口を開いたままになった。


ふみが、そっと夫の椀を引き寄せた。


おりんは笑いをこらえている。


しづは、静かにあやを見守った。


ちよだけが、いつもどおり尋ねた。


「どんなところが好きなの?」


「私の話を聞いてくれるところ」


「ええ」


「前に話したことを覚えていてくれるところ」


「そうね」


「あと、笑った顔」


宗直が、小さく咳をした。


あやは続けた。


「それに、今日分かったことがあるの」


「何?」


「小太郎様も、私と話すのを楽しみにしてくれてるんだって」


ちよは微笑んだ。


「それは、よかったわね」


「うん」


あやは嬉しそうだった。


宗直は、しばらく黙っていた。


やがて、低い声で言った。


「……そうか」


光成が兄を見た。


「太郎兄上、大丈夫か」


「何がだ」


「顔が少し怖い」


「元からだ」


「それは否定しない」


「次郎」


「はい」


ふみが、ようやく口を開いた。


「あなた」


「何だ」


「お祝いの相談をするときは、もう少し優しいお顔でお願いします」


宗直は、妻を見た。


「まだ婚姻が決まったわけではない」


「ええ。でも、あやは嬉しそうですよ」


宗直は妹を見た。


あやは、時景から借りた小さな札を眺めていた。


そして、少し笑っている。


宗直は、深く息を吐いた。


「……そうだな」


ちよは、その返事を聞いてうなずいた。


     *


夜。


ちよが部屋の片づけをしていると、あやがやって来た。


「母上」


「何?」


「少し話してもいい?」


「もちろん」


あやは、母の隣に座った。


昼間とは違って、少し真面目な顔をしていた。


「小太郎様とは、前からお家同士のお話があったんでしょう」


「ええ」


「父上がいらしたころから?」


「そうよ」


「それって、私が小太郎様と一緒になるって、父上たちが決めていたの?」


ちよは、手元の布を置いた。


「将来、そうなればよいと話し合っていたの。けれど、あなたたちが大きくなってから、気持ちを確かめることも大切だと思っていたわ」


あやは、しばらく考えた。


「小太郎様は、どう思っておられるのでしょう」


「それは、ご本人に聞いてみないと分からないわね」


「そうですね」


「あなたは?」


あやは、母を見た。


「私?」


「小太郎様と、これからも一緒にいたい?」


あやは、すぐには答えなかった。


庭の方から、風の音がした。


「……はい」


「そう」


「荷の話をしていないときも、一緒にいたい」


ちよは、静かにうなずいた。


「小太郎様が忙しい日も、何をしているのか知りたいし、帰ってきたら話を聞きたい」


「ええ」


「私が何か見つけたら、一番に話したい」


あやは、少し照れたように笑った。


「そういうのも、一緒にいたいということなのでしょうか」


「そうだと思うわ」


あやは、ほっとした顔になった。


それから、また少し考えた。


「でも、小太郎様は、どうお考えなのでしょう」


ちよは笑った。


「それは、五日後に聞いてみたら?」


「また、お聞きするのですか」


「あなたは、聞きたいことを聞くのが得意でしょう」


あやは、声を出して笑った。


「そうですね」


ちよも笑った。


そのあと、娘の顔を見ながら言った。


「ただし、返事を急がせないこと。大切なことは、二人でよく話して決めなさい」


あやは、まっすぐ母を見た。


「はい」


     *


あやが部屋を出たあと、ちよは一人で座っていた。


夫の直成が生きていたころ、北条家との縁談を話し合ったことがある。


あのころは、家と家を結ぶ意味が大きかった。


鎌倉では、誰と手を結ぶかによって、家の行く末が変わることもある。


直成は、それをよく知っていた。


けれど、娘の幸せを考えなかったわけではない。


あやが大きくなったとき、どんな相手なら一緒に笑って暮らせるだろう。


夫婦で、そんな話もした。


ちよは、昼間の時景の顔を思い出した。


仕事の話をするときは、落ち着いている。


けれど、あやの前ではよく笑う。


あやも、時景のことを知りたがっている。


家同士の約束から始まった縁が、二人自身のものになろうとしていた。


あやが「小太郎様」と呼ぶと、時景が振り向く。


二人だけの呼び名で呼び合う姿に、ちよは、遠い日の自分を重ねていた。


――ちよさん。


夫だけが呼んだ、あの声を。


ちよは、誰もいない部屋で小さく言った。


「直成さん。あやは、自分で選べそうですよ」


返事はない。


それでも、ちよは穏やかな気持ちだった。


ただ、一つだけ気になることがある。


宗直、光成、三郎。


三人とも、末の妹が嫁ぐことを、まだ十分には受け止めていない。


ちよは、息子たちの顔を思い出した。


「……あの三人をどうしましょうね」


今夜も、二階堂家の問題は、鎌倉の政治より少し身近なところにあった。



### 登場人物紹介


**北条時景(ほうじょう・ときかげ)/小太郎**

北条義時と結びつきの深い北条一門の若者。幼いころの名は小太郎。建保六年(1218年)に元服した。荷の管理や商人とのやり取りに慣れ、判断が早い。普段は落ち着いているが、あやと話しているときには年相応の表情を見せる。



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