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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第五部 父を知る人たちと、新しく増える家族 建保二年〜建保六年(1214〜1218年)
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第59話 小太郎は、元服してもあやの前では小太郎である

建保六年(1218年)、鎌倉。


北条小太郎が元服することになった。


元服とは、少年が大人の仲間入りをする儀式である。


髪を大人の形に整え、烏帽子という帽子をかぶり、幼いころの名に代わって新しい名を名乗る。


武家の男子にとっては、大切な節目だった。


そして二階堂家では、その知らせを聞いた末娘が、朝から妙なことを考えていた。


「母上」


「何?」


「明日から、小太郎様のことは時景様とお呼びするのですよね」


ちよは、手元の布を畳みながら答えた。


「儀式のあとは、そうなるわね」


「家の中でも、ですか」


「それは、お家によるでしょうね」


「では、うっかり小太郎様とお呼びしてしまったら、失礼になりますか」


ちよの手が止まった。


「それは、ご本人に聞いてみたら?」


「そうする」


あやは、すぐに立ち上がった。


「どこへ行くの?」


「聞きに」


「まだ元服の儀式は終わっていないわよ」


あやは座り直した。


「では、終わるまで待ちます」


ちよは、畳みかけていた布をもう一度広げた。


どうやら今日は、長い一日になりそうだった。


     *


小太郎の元服は、北条一門の者たちが見守るなかで行われた。


小太郎は、義時とつながりの深い北条一門の家に生まれた若者である。


幼いころから家の仕事を手伝い、港から届く荷や、商人とのやり取りにも慣れていた。


数を確かめるのが早い。


相手の話を聞くのも上手い。


何か問題が起きても、まず何を確かめればよいか考える。


そのため、大人たちからも頼りにされていた。


ただし、二階堂家のあやだけは、少し違う見方をしていた。


「小太郎様は、分かっていることが多すぎるの」


以前、あやはそう言ったことがある。


「よいことではないの?」


ちよが尋ねると、あやは首をかしげた。


「でも、私が何か聞くと、すぐ答えが返ってくるでしょう」


「困るの?」


「困らない。でも、たまには小太郎様が何を知らないのか、知りたい」


その話を聞いた小太郎は、珍しく笑っていた。


そして今、その小太郎が大人の名を授かろうとしている。


新しい名は、時景。


北条時景である。


儀式を終えた時景は、居並ぶ大人たちに丁寧に頭を下げた。


姿勢も、挨拶も、落ち着いている。


その様子を見て、宗直が感心した。


「立派なものだな」


隣にいた光成もうなずいた。


「三郎の元服のときとは、ずいぶん違う」


「どういう意味ですか、次兄上」


三郎が振り向いた。


「お前は烏帽子をかぶる前から、手順を三度も確かめていただろう」


「大切な儀式なのですから、当然です」


「最後には、確かめる順番を間違えていた」


「それは、兄上が途中で話しかけるからです」


宗直が二人を見た。


「ここで始めるな」


「太郎兄上が一番緊張していたと、母上から聞いていますが」


三郎が言った。


宗直は黙った。


光成が笑いをこらえる。


「それは、また別の話だ」


「同じ元服の話でしょう」


「三郎」


「はい」


「今日は時景殿の日だ」


三郎は口を閉じた。


その少し離れたところで、ふみがおりんに小声で言った。


「三人とも、あまり変わりませんね」


「元服を何度しても、変わらないところは変わりません」


しづが静かに付け加えた。


ちよは、三人の嫁を見て微笑んだ。


息子たちの扱い方は、もう母親より妻たちの方が上手かもしれない。


     *


儀式の後、時景は二階堂家を訪れた。


正式な挨拶を済ませるためだった。


ちよは客を迎える支度を整え、あやにも声をかけた。


ところが、あやはいつもより静かだった。


「どうしたの?」


「考えてる」


「何を?」


「いつ聞こうかと思って」


「何を聞くの?」


「名前のこと」


ちよは、娘の顔を見た。


「そんなに気になるのね」


「だって、今日から時景様なんでしょう」


「そうね」


「小太郎様じゃなくなったんでしょう」


ちよは少し考えた。


「名前が変わっても、これまで一緒に話してきたことまで変わるわけではないでしょう」


あやは黙った。


それから、少しだけ安心したようにうなずいた。


「そうですね」


そのとき、家人が時景の到着を告げた。


あやは立ち上がった。


ちよが呼び止める。


「あや」


「何?」


「まずは、お祝いを申し上げるのよ」


「分かっています」


「名前のことは、そのあと」


「……分かっています」


ちよは、少し心配になった。


     *


時景は、いつものように落ち着いていた。


ちよに挨拶し、宗直たちにも礼を述べる。


その言葉遣いは丁寧で、立ち居振る舞いにも無駄がない。


光成が感心して言った。


「本当に立派になられた」


「ありがとうございます」


「三郎にも見習わせたい」


「次兄上」


三郎が抗議した。


時景は、わずかに口元を緩めた。


そこへ、あやが進み出た。


「元服、おめでとうございます」


時景は、あやを見た。


「ありがとう」


あやは、少し迷った。


それから尋ねた。


「時景様」


「うん」


「家の中では、これまでどおり、小太郎様とお呼びしてもよろしいでしょうか」


時景は、返事をしなかった。


宗直が顔を上げた。


光成は、何かを察して口元を押さえた。


三郎が口を挟む。


「あや、元服したからには、これからは——」


「三郎兄上、人前では時景様とお呼びします。家の中の話をしているの」


「ならば、なぜわざわざ聞く」


「ご本人に確かめるのが、一番確かだから」


言い返せない三郎を見て、光成が小さく吹き出した。


時景は、あやの顔を見た。


「いいよ」


「本当に?」


「長いこと、その名前で呼ばれてきたからね。急に呼び方を変えられたら、かえって振り向きそびれそうだ」


「では、家の中では小太郎様」


「うん」


「人前では時景様」


「そう。覚えられる?」


「覚えられます」


「じゃあ、試しに」


「小太郎様」


「何?」


返事は、すぐに返ってきた。


あやは嬉しそうに笑った。


「よかった」


時景は、その顔を見ていた。


宗直が咳払いをした。


「……あや」


「何、太郎兄上」


「場をわきまえて——」


「兄上」


光成が止めた。


「今は家の中だ。時景殿も困っていない」


二人が時景を見る。


時景は、落ち着いた顔で答えた。


「構いません」


ちよは、二人のやり取りを見守っていた。


幼いころから顔を合わせてきた二人である。


あやは、いつも品物や荷のことを尋ねていた。


小太郎は、それに答えたり、一緒に確かめたりしていた。


けれど最近は、少し違う。


あやは、時景が何を考えているのかを知りたがるようになった。


時景の方も、用事が終わってから帰るまでの時間が、以前より長くなっていた。


ちよには、それが何を意味するのか、何となく分かっていた。


     *


挨拶が済んでも、時景はすぐには帰らなかった。


あやが、先日届いた荷の話を始めたからである。


「この前の船の荷は、全部届きましたか」


「全部ではないよ」


「残りは、別の船ですか。それとも途中で下ろしたのですか」


「船ごとに運ぶものが違うし、途中で別の場所へ下ろす荷もあるから」


「では、鎌倉で待っていた人は困りませんか」


「困ることもある。だから、どこで受け取るかを確かめる」


「受け取る場所を間違えたら、どうなりますか」


「探すことになるね」


「誰が探すのですか」


「荷を預かった人と、受け取るはずだった人かな」


あやは考え込んだ。


「荷物は自分で歩かないのに、人がずいぶん歩くのですね」


時景は、思わず笑った。


「そういう言い方をする人は、あまりいない」


「おかしい?」


「いや。確かにそうだと思った」


あやは、時景の顔を見た。


「小太郎様」


「何?」


「今日は、よく笑いますね」


時景の笑みが止まった。


「そうかな」


「うん」


「元服したからじゃない?」


「元服すると、笑うことが増えるの?」


「さあ。どうだろう」


「小太郎様でも分からないことがあるんだ」


時景は、少し困った顔をした。


「あるよ。それくらい」


あやは嬉しそうだった。


「では、また伺いますね」


「何を?」


「小太郎様が分からないこと」


「それは、なかなか難しい質問だね」


「考えておいて」


時景は、あやを見た。


そして、少し間を置いて言った。


「次に来るまでに?」


「うん」


「分かった」


ちよは、その会話を聞いていた。


時景は、次に来る日をまだ決めていなかったはずである。


けれど、どうやら来るつもりになったらしい。


     *


夕方、時景が帰る支度を始めると、あやは門まで見送りに出た。


ちよも少し離れて立っていた。


「今日は、ありがとう」


あやが言った。


「こちらこそ」


「元服って、もっと違うものだと思ってた」


「どう違うの?」


「急に大人になって、前みたいに話せなくなるのかと思った」


時景は、あやを見た。


「話せなくなった方がよかった?」


「そんなわけないでしょう」


返事は早かった。


時景は、笑いをこらえた。


「なら、今までどおりでいいんじゃない?」


「うん」


それから、少し考えて尋ねた。


「でも、これからは家のお仕事が増えるんでしょう」


「増えると思う」


「忙しくなる?」


「今までよりは」


「じゃあ、あまり来られなくなるね」


時景は、あやの顔を見た。


いつもなら、仕事の予定を確かめてから答えるところだった。


けれど、今日は少し違った。


「来るよ」


「忙しいのに?」


「忙しくても、来る日は作れる」


「どうして?」


時景は答えかけて、口を閉じた。


あやが首をかしげる。


「小太郎様?」


「……次に来たとき、話すよ」


「何を?」


「今の質問の答え」


「忘れない?」


「忘れない」


あやは、満足そうにうなずいた。


「じゃあ、待ってる」


時景は、もう一度あやを見た。


「うん」


それから、ちよに丁寧に挨拶して帰っていった。


     *


夕餉の席で、光成が言った。


「時景殿は、ずいぶん長くいらしたな」


宗直もうなずいた。


「元服の挨拶だけなら、あそこまで長くはかからない」


三郎が箸を置いた。


「荷の話をしていたのでしょう」


「それは分かっている」


宗直が答えた。


「だが、あやの話はいつも長い」


「あやだけではありません」


ふみが言った。


「時景殿も、楽しそうでしたよ」


おりんもうなずいた。


「何度も笑っていらっしゃいました」


しづが、あやを見た。


「次にお越しになるお約束も、なさったのですね」


あやは顔を上げた。


「うん。まだ答えてもらってないことがあるから」


光成が尋ねた。


「何を?」


「どうして忙しくても来てくれるのか」


宗直の箸が止まった。


光成も、三郎も、あやを見た。


あやは不思議そうに兄たちを見返した。


「何?」


「いや……」


宗直が言葉を探す。


光成が口を開いた。


「それは、時景殿に聞いたのか」


「聞いたよ」


「何と答えた?」


「次に来たとき話すって」


三郎が何か言おうとした。


その前に、しづが夫の袖を軽く引いた。


「三郎様」


「何だ」


「今は、お食事を」


三郎は口を閉じた。


おりんが光成を見た。


「あなたも」


「まだ何も言っていない」


「言いそうでした」


ふみは、宗直の椀に汁を足した。


「あなたも、冷めますよ」


宗直は、自分の椀を見た。


「……そうだな」


ちよは、黙って食事を続けていた。


あやが母を見た。


「母上」


「何?」


「兄上たち、どうしたの?」


「さあ。時景殿のことが気になるのでしょう」


「どうして?」


ちよは、娘の顔を見た。


「それも、いつか分かるかもしれないわね」


あやは、少し考えた。


「皆さん、分からないことが多いのですね」


光成が吹き出した。


宗直が咳払いをした。


三郎は、今度こそ何も言わなかった。


     *


夜。


あやは、昼間のことを思い返していた。


小太郎様は、時景様になった。


大人の名前をもらい、家の仕事も増える。


それでも、自分が呼べば振り向いてくれる。


以前と同じように、荷の話を聞いてくれる。


そして、今日は何度も笑っていた。


あやは、少し嬉しくなった。


けれど、一つだけ気になることが残っている。


どうして、忙しくても来てくれるのだろう。


荷の話なら、ほかの人ともできる。


銭のことも、船のことも、時景は自分よりずっと詳しい。


それなのに、あやの質問を最後まで聞いてくれる。


次に会ったら、聞こう。


そう思ってから、あやは気づいた。


次に会える日が、楽しみだった。


荷の話を聞くためだけではない。


小太郎様が、どんな顔で答えるのか。


それを見たい。


あやは、布団の中で小さく笑った。


     *


同じ夜。


ちよは、片づけを終えてから、しばらく一人で座っていた。


あやの縁談は、直成が生きていたころから両家で話し合ってきたものだった。


あのころ、あやはまだ幼かった。


夫がいなくなってからも、北条家との付き合いは続いている。


けれど、婚姻するのは家同士だけではない。


一緒に暮らすのは、あやと時景である。


今日の二人を見て、ちよは少し安心していた。


時景は、あやの話をよく聞いていた。


あやも、時景のことを知りたがっていた。


それが嬉しかった。


ちよは、ふと夫のことを思い出した。


直成は、あやが小さかったころ、よく抱き上げていた。


娘が何かを尋ねると、分からないことまで一緒に考えていた。


あの子が大きくなったら、どんな人を好きになるのだろう。


そんな話を、二人でしたこともある。


ちよは、誰もいない部屋で小さくつぶやいた。


「直成さん。あやも、大きくなりましたよ」


返事はない。


ちよは、昼間の息子たちの顔を思い出した。


宗直も、光成も、三郎も、何か言いたそうにしていた。


婚姻の話が具体的になれば、きっと三人そろって口を出すだろう。


そこへ、ふみとおりんとしづも加わる。


京にいるまつにも知らせなければならない。


ちよは、思わず笑った。


「あの人たちをまとめる方が、大変かもしれませんね」


夫が生きていたら、きっと面白がっただろう。


二階堂家の末娘の婚姻は、まだ決まっていない。


けれど、どうやら静かには進まないらしかった。


### 登場人物紹介


**北条時景(ほうじょう・ときかげ)/小太郎**

北条一門の若者。幼名は小太郎。建保六年(1218年)、元服して時景と名乗る。家の仕事に通じ、物事を落ち着いて考える性格。二階堂家のあやとは幼いころから親しく、彼女の質問に付き合う時間を楽しんでいる。


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