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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第五部 父を知る人たちと、新しく増える家族 建保二年〜建保六年(1214〜1218年)
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第58話 二階堂家は、また一人家族が増える

建保六年(1218年)、鎌倉。


二階堂家の朝は、いつもより早く始まった。


「母上! この布は、どこへ置けばよいですか!」


あやが廊下を走ってきた。


「そちらの部屋ですよ」


ちよが答えた。


「分かりました!」


あやは勢いよく引き返した。


その直後、別の声が響いた。


「母上、菓子が届きました!」


今度は光成だった。


「それは客間へお願いします」


「承知しました!」


さらに、宗直が顔を出した。


「母上。三郎を見ませんでしたか」


「先ほどまで、庭にいましたけれど」


「また庭ですか」


宗直は苦笑した。


今日は、三郎こと行嗣と、しづの婚姻の日だった。


両家の間ではすでに話がまとまり、必要な準備も整っている。


この時代の武家の婚姻は、家と家との結びつきでもある。


ただし、今日の二人については、最初に夫婦になると決めたのが本人たちだった。


それを、家族が喜んで迎える。


ちよには、そのことが何よりうれしかった。


「三郎は、また何か考えているのでしょうか」


宗直が言った。


「きっと、そうでしょうね」


ちよは笑った。


「兄上たちから、何か言ってあげてください」


「分かりました」


宗直が庭へ向かおうとすると、ふみが後ろから呼び止めた。


「宗直殿」


「何だ」


「三郎殿に、あまり難しいお話をなさらないでくださいね」


「難しい話などしない」


「この前は、夫婦の心得をずいぶん長くお話ししたそうではありませんか」


宗直は少し困った顔をした。


「相談されたから答えただけだ」


ふみは笑った。


「今日は、おめでとうだけで十分ですよ」


***


行嗣は庭にいた。


ただし、考え込んでいたわけではない。


庭の隅に置かれた小さな木箱を、じっと見ていた。


宗直が近づいた。


「三郎。何をしている」


「兄上」


行嗣は振り返った。


「父上の文箱を見ていました」


木箱は、直成が生前使っていたものだった。


仕事の文書や、家族への書き付けを入れていた。


今では大切に保管されている。


「今日は、父上にも報告したくなりまして」


宗直は弟の隣に座った。


「そうか」


行嗣は箱のふたを開けた。


中には、古い紙がいくつか残っている。


父が書いた文字。


子どものころには読めなかった字も、今なら分かる。


「父上は、よく書き物をしていましたね」


「ああ」


「私が文書を読むようになったのも、父上の影響かもしれません」


宗直は笑った。


「三郎は、幼いころから父上の机をのぞき込んでいたからな」


「そうでしたか」


「覚えていないのか」


「少しだけ」


宗直は、古い文書を一枚手に取った。


「父上は、難しい話をしていても、俺たちが来ると手を止めてくれた」


「ええ」


「忙しいときは、少し困った顔をしていたけどな」


二人は笑った。


行嗣は、文箱のふたを閉じた。


「兄上」


「何だ」


「私は、父上のような夫になれるでしょうか」


宗直は少し考えた。


「同じになる必要はないだろう」


「そうでしょうか」


「父上は父上だ。お前はお前だ」


宗直は弟を見た。


「しづ殿が夫婦になろうと決めたのは、父上ではなく、お前なのだから」


行嗣は、ゆっくりうなずいた。


「……そうですね」


そこへ、光成がやって来た。


「二人とも、こんなところにいたのか!」


「光成兄上」


「三郎、そろそろ支度をしろ。あやが家中を走り回っているぞ」


「いつものことでは」


「今日は、いつもの倍だ」


宗直が笑った。


光成は行嗣の肩をたたいた。


「ほら、行こう。花婿が遅れたら、しづ殿に何と言われるか分からんぞ」


行嗣は立ち上がった。


「それは困ります」


「だろう?」


三人の兄弟は、並んで家へ戻った。


***


しづが二階堂家へやって来たのは、昼を少し過ぎたころだった。


婚姻のために整えられた装いは、いつものしづとは少し違って見えた。


けれど、行嗣の顔を見つけると、普段どおりに笑った。


「行嗣殿」


「しづ殿」


「今日は、髪を何度も直されましたか」


行嗣は驚いた。


「どうして、それを」


「以前、あや殿から聞きました」


「……あや」


しづが笑った。


「でも、今日はきれいに整っていますね」


行嗣は少し照れた。


「ありがとうございます」


「私も、少し緊張しています」


「しづ殿も?」


「ええ。初めてのことですから」


行嗣は、しづの顔を見た。


「私もです」


二人は顔を見合わせた。


「では、一緒ですね」


しづが言った。


「はい」


行嗣は、そっと手を差し出した。


「参りましょう」


しづは、その手を取った。


***


婚姻の祝いは、親しい者たちに囲まれた、温かなものになった。


大江広元からも祝いの言葉が届いていた。


行嗣が仕事を通じてしづと知り合うきっかけをつくったのは、広元だった。


祝いの品とともに届けられた書状には、短くこう記されていた。


『行嗣。これからは、家のことにもよく心を配るように』


行嗣は、しばらくその文を見つめた。


光成が横からのぞいた。


「何と書いてある」


「家のことにも、よく心を配るようにと」


「なるほど」


光成は笑った。


「大江殿も、お前が仕事ばかりしているのを心配しているんだな」


「……そうかもしれません」


しづが横から言った。


「大江殿のお言葉ですから、よく守っていただかないと」


行嗣は、しづを見た。


「しづ殿まで」


「私は、行嗣殿がお仕事を大切にされていることも、よく存じています」


しづは笑った。


「ですから、お仕事のお話も聞かせてください。その代わり、私の話も聞いていただきます」


「もちろんです」


宗直が、そのやり取りを聞いてうなずいた。


「うむ。それが大切だ」


ふみが隣から言った。


「宗直殿も、よくお聞きくださいね」


光成が笑った。


おりんも笑った。


宗直は、少しだけ肩を落とした。


「……今日は三郎の祝いの日だぞ」


「ですから、お祝いしています」


ふみは、何食わぬ顔で答えた。


***


祝いの席が落ち着いたころ、ちよはしづを呼んだ。


「しづ。少し、こちらへ」


「はい」


二人は、庭の見える部屋へ移った。


ちよは、しづの前に座った。


「今日は、二階堂家へ来てくださって、ありがとうございます」


しづは、丁寧に頭を下げた。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


ちよは微笑んだ。


「三郎は、少し考えすぎるところがあります」


「存じています」


しづは、すぐに答えた。


ちよは思わず笑った。


「そうですか」


「はい。最初にお会いしたころから、何かを決める前に、いろいろと考えていらっしゃいました」


「父親に似たのかもしれませんね」


「直成様に、ですか」


「ええ」


ちよは庭を見た。


「父上も、仕事のことになると、いつまでも考えている人でした。でも、家では、子どもたちの話を聞くのが好きでした」


しづは、静かに聞いていた。


「三郎も、そういう人になってくれるとうれしいです」


「行嗣殿は、すでに人のお話をよく聞かれる方だと思います」


「そうですか」


「ただ、ときどき、聞いたお話を全部整理しようとなさいます」


ちよは笑った。


「それは、三郎らしいですね」


しづも笑った。


少しして、ちよは言った。


「しづ」


「はい」


「この家で、遠慮ばかりしないでくださいね」


しづは顔を上げた。


「私たちは、これから家族になります。困ったことがあれば、話してください。三郎のことで腹が立ったら、それも」


しづは、少し驚いた顔をした。


それから、うれしそうに笑った。


「ありがとうございます」


「ふみも、おりんも、きっと力になってくれます」


「はい」


「それから、あやも」


その名前を聞いて、しづは笑った。


「あや殿には、すでにずいぶんお世話になっています」


「そうでしょうね」


ちよは、少しだけ声を落とした。


「あの子は、家族のことになると、何でも知りたがるものですから」


しづは、楽しそうにうなずいた。


「よく存じています」


***


そのころ、あやは、ふみとおりんのところへ駆け込んでいた。


「ふみ姉上! おりん姉上!」


「どうしたの、あや」


「しづ姉上を、いつから姉上と呼んでいいの?」


ふみは笑った。


「もう呼んでいいのではないかしら」


「本当?」


おりんもうなずいた。


「今日から家族ですものね」


あやは、うれしそうに手をたたいた。


「じゃあ、行ってくる!」


「どこへ?」


「しづ姉上のところ!」


あやは走り出した。


ふみは、その背中を見送った。


「本当に元気ですね」


おりんが笑った。


「まつ様がいたころも、こんなふうだったのでしょうか」


「ええ。まつも、よく家の中を賑やかにしていました」


ふみは懐かしそうに笑った。


「太郎殿と次郎殿が言い争っていると、まつが間に入って、もっと賑やかになっていました」


「それは、今のあや殿と似ていますね」


「そうですね」


二人は顔を見合わせて笑った。


***


夕方、京から届いていたまつの書状が、家族の前で読まれた。


婚姻の知らせを受けたまつが、夫の季成とともに祝いを送ってくれたのだった。


あやが書状を持ってきた。


「三郎兄上、読んで!」


「私が?」


「うん!」


行嗣は書状を開いた。


『三郎、しづ殿。


ご婚姻、おめでとうございます。


鎌倉へ駆けつけられないのが残念ですが、京からお祝い申し上げます。


三郎が夫婦になると聞いて、幼いころのことを思い出しました。


父上の後ろをついて歩き、兄上たちのまねをしていた三郎が、今では自分の家族を持つのですね。


しづ殿。


三郎は真面目で、少し考えすぎるところがあります。


でも、困っている人を見過ごせない、優しい弟です。


どうぞ、よろしくお願いいたします。


三郎。


しづ殿のことを大切にしてください。


そして、しづ殿に大切にしていただくことも、忘れないように。


夫婦は、どちらか一人が頑張るものではありません。


二人で、よい家をつくってください。


季成殿も、心からお祝いしております。


まつ』


読み終えると、行嗣は書状を丁寧に畳んだ。


しづが、静かに言った。


「温かいお手紙ですね」


「はい」


あやが笑った。


「まつ姉上らしい!」


宗直もうなずいた。


「昔から、三郎のことをよく見ていたからな」


光成が言った。


「少し世話を焼きすぎることもあったが」


「光成兄上もでしょう」


行嗣が言い返すと、光成は笑った。


「そうだったか?」


「そうです」


ふみが言った。


「二階堂家の兄姉は、みなさん世話焼きですね」


おりんがうなずいた。


「本当に」


あやが手を上げた。


「私も!」


行嗣は笑った。


「お前が一番かもしれない」


***


祝いの席が終わり、夜が更けたころ。


行嗣としづは、庭の見える部屋に並んで座っていた。


昼間の賑やかさが嘘のように、家は静かだった。


「今日は、ありがとうございました」


しづが言った。


「こちらこそ」


行嗣は、少し照れた顔をした。


「家族が、ずいぶん騒がしかったでしょう」


「とても楽しかったです」


「そうですか」


「ええ。皆さんが、行嗣殿のことを大切に思っていらっしゃるのが、よく分かりました」


行嗣は庭を見た。


「父上がいたころから、こういう家でした」


「直成様は、どのような方だったのですか」


行嗣は少し考えた。


「仕事の話をすると、難しいことでも、分かるように説明してくれました」


「行嗣殿に似ていますね」


「そうでしょうか」


「ええ」


しづは笑った。


「それから?」


「家族で食事をするときは、いつも楽しそうでした。私たちが話すことを、何でも聞いてくれました」


行嗣は、しばらく黙った。


「父上がいなくなってからも、母上は、この家を賑やかにしてくれました」


「はい」


「兄上たちも、まつ姉上も、あやも」


しづは、そっと行嗣の手に触れた。


「これからは、私もいます」


行嗣は、しづを見た。


「はい」


「行嗣殿が仕事で困ったときは、お話を聞きます」


「ありがとうございます」


「でも、私が困ったときも、聞いてくださいね」


「もちろんです」


しづは、少しだけいたずらっぽく笑った。


「それから、あまり長いお手紙ばかり書かないでください」


行嗣は苦笑した。


「気をつけます」


「目の前にいるのですから、直接お話ししましょう」


行嗣も笑った。


「そうですね」


二人は、しばらく静かに庭を眺めた。


やがて、行嗣が口を開いた。


「しづ殿」


「はい」


「私は、父上のような人になりたいと思っていました」


しづは黙って聞いていた。


「でも、兄上に言われたんです。父上と同じになる必要はない、と」


「そうですね」


「私は、私のやり方で、家族を大切にしたいと思います」


しづは、ゆっくりうなずいた。


「では、私も一緒に考えます」


「はい」


「二人で、私たちの家をつくりましょう」


行嗣は、しづの手を握った。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ」


***


同じころ、ちよは一人、直成の文箱を開いていた。


古い文書の間に、子どもたちが幼いころの書き付けが残っていた。


太郎が初めて文字を書いた日のこと。


次郎が庭で転んで泣いた日のこと。


まつが、弟たちを叱っていた日のこと。


そして、三郎が生まれた日のこと。


ちよは、古い紙をそっと手に取った。


そこには、直成の文字で、短く書かれていた。


『三郎、誕生。母子ともに無事。家族、四人の子となる。』


ちよは、しばらくその文字を見つめた。


あの日、直成は頼朝に帰れと叱られて、慌てて家へ戻ってきた。


生まれたばかりの三郎を抱いて、いつかこの子も夫婦になるのかな、と笑っていた。


ちよは、そのとき、気が早すぎると笑った。


けれど、今日、その日が来た。


「直成さん」


ちよは、小さな声で呼んだ。


「三郎が、夫婦になりましたよ」


庭の向こうから、かすかに笑い声が聞こえた。


行嗣としづの声だった。


ちよは、文箱のふたを閉じた。


ちよは、庭へ目を向けた。


「これからも、賑やかになりそうですね」


その声に答えるように、廊下の向こうからあやの声が響いた。


「母上! 明日の朝は、しづ姉上も一緒にご飯を食べるんですよね!」


ちよは笑った。


「もちろんですよ」


「じゃあ、私、隣に座る!」


「はいはい」


「三郎兄上より先に、お話ししたいことがあるの!」


ちよは、思わず声を上げて笑った。


直成がいたころと同じように。


二階堂家の一日は、最後まで賑やかだった。

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