第57話 行嗣としづは、夫婦になることを自分たちで決める
建保五年(1217年)、鎌倉。
二階堂行嗣は、朝から兄の宗直を訪ねていた。
手には、何も持っていない。
いつもなら文書の一つや二つを抱えている弟が、手ぶらでやって来たので、宗直は少し驚いた。
「三郎。今日は仕事の相談ではないのか」
「はい」
「土地の境でもない?」
「違います」
「では、何だ」
行嗣は座り直した。
「兄上。夫婦とは、どういうものなのでしょうか」
宗直は、飲みかけていた湯を置いた。
「……急に難しいことを聞くな」
「兄上は、ふみ殿と夫婦になって長いでしょう」
「長いといっても、まだまだだ」
「では、何が一番大切ですか」
宗直は腕を組んだ。
しばらく考えた。
「そうだな。相手の話をよく聞くことだろうか」
「話を聞く」
「うむ。自分の考えだけで決めてしまわぬことだ」
行嗣は真剣にうなずいた。
「なるほど」
「それから、困ったことがあれば、隠さずに話すことだな」
「なるほど」
「相手が何を望んでいるか、よく考えて――」
「太郎殿」
奥から声がした。
ふみだった。
「それは、昨日のご自分にも聞かせて差し上げたいお話ですね」
宗直の顔が変わった。
「ふみ。いつから聞いていた」
「『相手の話をよく聞くこと』のあたりからです」
ふみは、行嗣の前に菓子を置いた。
「三郎殿。兄上のお話は立派ですが、昨日は私が頼んだ買い物を、きれいに忘れてお帰りになりました」
「……仕事が長引いたのだ」
「それを帰ってから教えてくだされば、私も怒りませんでしたよ」
宗直は黙った。
行嗣は兄を見た。
「兄上」
「何だ」
「今のお話は、実際に難しいのですね」
ふみが笑った。
「そういうことです」
宗直も、つられて笑った。
「三郎。夫婦になれば、何もかもうまくいくわけではない。だが、失敗したときに話せる相手がいるのは、ありがたいことだ」
行嗣は、その言葉を胸にしまった。
ふみは弟の顔を見た。
「ところで、三郎殿」
「はい」
「そのような相談をするということは、しづ殿のお話でしょう?」
行嗣は菓子を取り落としかけた。
「な、なぜ分かるのですか」
「分からない方が不思議です」
宗直が笑った。
「最近のお前は、書状を読むときより、返事を書くときの方が難しい顔をしているそうではないか」
「誰がそんなことを」
「母上だ」
行嗣は天井を見上げた。
どうやら、二階堂家には秘密というものがないらしい。
***
次に行嗣が訪ねたのは、次兄の光成だった。
光成は庭で、子どもたちの遊び相手をしていた。
「兄上。少しお話が」
「おう、三郎。どうした」
「夫婦について、教えていただきたいのです」
光成は笑った。
「宗直兄上にも聞いたのか」
「はい」
「何と言っていた」
「相手の話を聞くことが大切だと」
「それは正しいな」
「ただ、ふみ殿によると、兄上自身も時々忘れるそうです」
光成は声を上げて笑った。
「いかにも宗直兄上らしい」
「光成兄上は、どう思われますか」
光成は庭先に腰を下ろした。
「俺はな、一緒に笑えることが大事だと思う」
「笑うこと、ですか」
「そうだ。仕事で失敗する日もある。腹が立つ日もある。そんなとき、おりんの顔を見て、つい笑ってしまうことがあるんだ」
「おりん殿が面白いことを言うのですか」
「いや。俺が妙な顔をしていると言われる」
行嗣は首をかしげた。
「それで笑えるのですか」
「笑えるんだよ」
光成は弟の肩をたたいた。
「三郎。お前は何でもきちんと考える。それは長所だ。でも、夫婦の間で、毎回正しい答えを出そうとしなくてもいいんじゃないか」
「正しい答えを出さない?」
「一緒に考えればいい。相手も、自分の考えを持っているんだからな」
そこへ、おりんがやって来た。
「何のお話ですか」
「三郎が夫婦のことを聞きに来た」
「まあ、しづ殿のお話ですね」
行嗣は驚いた。
「どうして皆、すぐに分かるのですか」
おりんは笑った。
「三郎殿が、そのような相談をするお相手は、一人しか思い当たりませんから」
光成が言った。
「しづ殿とは、よく話すのか」
「はい」
「一緒にいて楽しいか」
「……はい」
「なら、難しく考えすぎるな」
行嗣は少し考えた。
「ですが、相手の一生に関わることです」
光成は、今度は真面目な顔になった。
「だからこそ、お前一人で決めるな。しづ殿に聞け」
行嗣は顔を上げた。
「そうですね」
「お前がどうしたいのかを話して、しづ殿がどうしたいのかを聞く。それが始まりだろう」
行嗣は深くうなずいた。
兄たちの答えは、少しずつ違っていた。
けれど、二人とも、妻と話すことを大切にしていた。
***
二階堂家へ戻ると、あやが門のところで待っていた。
「三郎兄上!」
「どうした、あや」
「京からお手紙!」
あやは一通の書状を差し出した。
差出人は、姉のまつだった。
京へ嫁いでからも、まつは家族によく便りを送ってくる。
行嗣は喜んで封を開いた。
ところが、読み始めると、次第に眉間にしわが寄った。
『三郎へ。
あやから、あなたの近ごろの様子を聞きました。
大江殿のお宅で知り合ったしづ殿と、たいそう仲よくしているそうですね。
手紙を書くのに長い時間をかけたり、出かける前に髪を何度も整えたりしているとか。
昔は、私が髪を直してあげようとしても、嫌がって逃げていたのに。
ずいぶん変わったものですね。』
行嗣は、ゆっくり顔を上げた。
あやが笑顔で立っていた。
「……あや」
「何?」
「どこまで姉上に知らせた」
「三郎兄上の近ごろのこと」
「それは、どこまでだ」
「いろいろ」
「いろいろとは?」
「お菓子を買って帰ってきたこととか、お手紙を何度も書き直していたこととか」
「……ほかには」
「しづ殿と歩いて帰ったこと」
行嗣は額を押さえた。
「それは誰から聞いた」
「三郎兄上から」
「私が?」
「この前、うれしそうに話していたでしょう」
言われてみれば、確かに話した覚えがあった。
あやは得意そうに胸を張った。
「まつ姉上も喜んでいたよ」
行嗣は書状の続きを読んだ。
『けれど、三郎。
あなたが誰かを大切に思うようになったことを、私はうれしく思います。
父上が京へいらしたころ、私たちはまだ小さく、三郎は私の後ろをついて歩いていました。
その三郎が、今度は誰かと一緒に歩こうとしているのですね。
大切なことは、紙に書いて整理するだけでは決まりません。
しづ殿の顔を見て、あなた自身の言葉で話しなさい。
それから、もし婚姻が決まったら、必ず私にも知らせてください。
あやから聞くより先に、三郎から聞きたいものです。
まつ』
行嗣は、しばらく書状を見つめた。
まつは京にいる。
昔のように、すぐ隣の部屋へ行って話すことはできない。
それでも、こうして弟のことを気にかけてくれている。
行嗣は書状を丁寧に畳んだ。
「……返事を書かないとな」
あやが言った。
「また長くなるの?」
「今度は短くする」
「本当に?」
「必要なことだけ書く」
あやは笑った。
「しづ殿へのお手紙も、そうすればよかったのに」
「……そうかもしれない」
行嗣は、素直に認めた。
***
その日の夕方、行嗣は母のちよを訪ねた。
ちよは、庭先で針仕事をしていた。
「母上」
「三郎。お帰りなさい」
「少し、お話があります」
ちよは針を置いた。
「しづ殿のことですね」
行嗣は思わず笑った。
「母上まで」
「違いましたか?」
「……いいえ」
ちよは、隣に座るように促した。
行嗣は、兄たちに相談したこと、まつから手紙が届いたことを話した。
ちよは楽しそうに聞いていた。
「宗直兄上は、相手の話を聞くことが大切だと」
「ふみに教わったのでしょうね」
「光成兄上は、一緒に笑えることが大切だと」
「おりんらしいお話ですね」
「まつ姉上は、自分の言葉で伝えなさいと」
「それも、まつらしいですね」
行嗣は、しばらく黙った。
「母上」
「何でしょう」
「母上は、父上と夫婦になって、幸せでしたか」
ちよの手が止まった。
庭では、風が木の葉を揺らしていた。
「ええ」
ちよは、ゆっくり答えた。
「幸せでしたよ」
行嗣は母の顔を見た。
「いつも、ですか」
ちよは笑った。
「いつも仲よく、何も困らずに暮らしていたわけではありません」
「そうなのですか」
「父上は、お仕事を抱え込みすぎることがありましたし、私も言いたいことを我慢できないことがありました」
「父上は、家では穏やかな方だったと思いますが」
「穏やかな方でしたよ。でも、心配なことがあると、急に難しい顔をするんです」
行嗣は、思わず自分の顔に手を当てた。
ちよが笑った。
「三郎も、よく似ていますね」
「……そうでしょうか」
「ええ」
ちよは庭へ目を向けた。
「でも、うれしいことがあったら、最初に父上に話したかった。困ったことがあったときも、まず父上に聞いてほしかった」
行嗣は黙って聞いていた。
「夫婦になるというのは、そういうことなのかもしれませんね。何でも一人で抱えず、二人で暮らしていくこと」
ちよは、息子を見た。
「三郎は、しづ殿に何を話したいのですか」
行嗣は考えた。
「……仕事であったことを。面白いことがあったら、それも。困ったときは、相談したいです」
ちよは微笑んだ。
「では、もう答えは出ていますね」
行嗣は、うなずいた。
「母上。私は、しづ殿に婚姻を申し込みたいと思います」
「そうですか」
ちよの声は、少しだけ震えた。
行嗣が気づいて顔を上げると、母は笑っていた。
「どうされました」
「あなたが生まれた日のことを思い出したんです」
「私が生まれた日?」
「ええ。父上は、頼朝様から早く帰れと叱られて、慌てて帰ってきたんですよ」
行嗣は驚いた。
「父上が、鎌倉殿に?」
「そうです。あなたが生まれるかもしれないのに、まだお仕事をしていたから」
ちよは笑った。
「生まれたあなたを抱いて、父上は言ったんです。この子も、いつか好きな人ができて、夫婦になるのかな、と」
行嗣は目を丸くした。
「生まれた日に、そんなことを?」
「気が早いでしょう」
「……父上らしいですね」
ちよは、息子の顔を見つめた。
あの日、直成の指を握っていた小さな手。
今は文書を書き、家の仕事を担い、大切な人の手を取ろうとしている。
「三郎」
「はい」
「しづ殿にも、しづ殿の考えがあります。あなたが幸せにしてあげると決めるだけでは、夫婦にはなれません」
「はい」
「二人で、幸せになることを決めていらっしゃい」
行嗣は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、母上」
***
翌日、しづは広元から預かった文書を届けに、二階堂家を訪ねた。
三郎は、広元のもとから戻っていなかった。
座敷へ通してくれたのは、ちよだった。
「すぐ戻りますから、どうぞお待ちください」
ちよは、茶と菓子を置いて、しづの向かいに座った。
しばらく、庭の話をしていた。
門の方で足音がしたのは、ちょうど茶を飲み終えたころだった。
「ただいま戻りました」
戸口に立った三郎は、いつもどおりに頭を下げた。
「しづ殿。お待たせしてすみません」
「いいえ」
そう答えながら、しづは三郎の顔を見た。
変わったところは、ないように見えた。
けれど、ちよは三郎が座るより先に立ち上がり、庭に面した障子を、少しだけ開けた。
風が入った。
三郎は、何も言わずに、その風の方へ顔を向けた。
しづは、遅れて気づいた。
三郎の右手の指に、墨がついたまま乾いている。手を洗う余裕もなかったのだ。肩が、ほんの少し落ちている。
先に見つけたかった、と思った。
母親には敵わない。分かっていても、少しだけ、悔しかった。
そんな自分に気づいて、しづは湯飲みを持つ手に力を入れた。
「何かございましたか」
三郎は、少し間を置いてから答えた。
「いえ。広元様の前で、書付を一枚、読み違えただけです」
「大事ではございませんでしたか」
「その場で、直していただきました」
「そうですか」
三郎が手を洗いに席を外すと、ちよは、しづの湯飲みに茶を注ぎ足した。
何も言わなかった。
ただ、やわらかく微笑んでいた。先ほどのしづの顔を、全部見ていたような顔だった。
しづは、湯飲みを両手で包んだ。
「……ちよ様は、三郎様のお顔に、いつお気づきになったのですか」
「足音からですよ」
ちよは、ふふ、と笑った。
「あの子の足音が、少しだけ重かったものですから。母親ですから、小さいころからずっと聞いてきましたもの」
「そうですか」
しづは、できるだけ平らな声で言った。
湯飲みの縁が、少しだけ揺れた。
ちよは、庭へ目を向けた。
「でもね、私は、そういうところが好きですよ」
しづは、目を瞬いた。
「負けたくないと思えるのは、よく見ているからでしょう。気づいたあとのことも、ちゃんと考えてくださる。それを人前には出さないところも、素敵だと思います」
ちよは、しづを見た。
「三郎はね、一人で抱えると、紙の中に隠れてしまうのです。私は母親なので、つい手を出しすぎてしまって」
言葉を探すように、ちよは少し間を置いた。
「あなたのように、先に気づいて、それでも急かさずに待ってくださる方が、あの子の隣にいてくださったら、どんなにうれしいでしょう」
しづは、すぐには答えなかった。
膝の上で、手を重ねる。
「……私は、思っているほど、できた人間ではございません」
「ええ、存じていますよ」
ちよは、小さく笑った。
「だから、お願いしたいのです。三郎のことを、支えてやってくださいね。あの子に引っ張られるのではなく、よろしければ、あなたが手を引いてやってください」
しづは、顔を上げた。
負けず嫌いなところを見抜かれたのに、不思議と、嫌な気はしなかった。
むしろ、胸の奥が、静かに温かくなった。
「……承知いたしました」
しづは、深く頭を下げた。
「私でよろしければ、お力になります」
三郎が戻ると、しづは文書を差し出した。
「行嗣様。こちらをお届けに参りました」
「ありがとうございます」
「一つだけ、お願いがございます」
「何でしょう」
「読み違えたことを、全部ではなくて結構です。一つだけ、教えてください」
三郎は、驚いた顔をした。
「……一つだけ、ですか」
「はい」
しづは、微笑んだ。
「一つ聞けたら、私が次の一つを考えます」
三郎は、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくり口を開いた。
「川の名を、写し違えました。東が川ではなく、道でした」
「それは、お気になりますね」
「少し」
「では、次の一つ。写し違えたまま、どなたかの目に触れましたか」
「いいえ。広元様が、先にお気づきでした」
「それなら、よい学びでしたね」
三郎は、肩の力を抜いた。
座敷の隅で、ちよが小さく笑っていた。
***
数日後。
行嗣は、しづと約束していた場所へ向かった。
春の風が、鎌倉の道を吹き抜けていた。
しづは、先に来て待っていた。
「行嗣様」
「お待たせしました」
「いいえ。私も今来たところです」
二人は並んで歩いた。
以前も訪れた菓子屋の前を通る。
しづが笑った。
「今日は、お菓子を買わないのですか」
「帰りに買おうと思っています」
「何かお祝いでも?」
行嗣は足を止めた。
「しづ殿」
「はい」
「今日は、お話ししたいことがあります」
しづは、行嗣の顔を見た。
「私も、少しそんな気がしていました」
「そうですか」
「いつもより、緊張していらっしゃるので」
行嗣は苦笑した。
「分かりますか」
「ええ」
二人は、道の脇にある静かな場所へ移った。
行嗣は、しづに向き直った。
「私は、しづ殿とお話しする時間が好きです」
しづは黙って聞いていた。
「仕事の話も、鎌倉の話も、家族の話も。しづ殿と話すと、いつも新しいことに気づきます」
「私も、行嗣様とお話しするのが好きです」
「ありがとうございます」
行嗣は、少し息を整えた。
「私は、これからも、しづ殿と一緒に過ごしたいと思っています」
しづの表情が変わった。
「うれしいときも、困ったときも、一番に話したい。しづ殿のお話も、聞きたい」
行嗣は、まっすぐ相手を見た。
「しづ殿。私と夫婦になっていただけませんか」
しづは、すぐには答えなかった。
行嗣は、その沈黙を待った。
以前の自分なら、言葉が足りなかったかと考え、さらに説明を重ねていたかもしれない。
けれど、今日は違った。
しづの答えを、きちんと聞きたかった。
やがて、しづが口を開いた。
「行嗣様」
「はい」
「私も、行嗣様と夫婦になりたいと思っていました」
行嗣は、思わず顔を上げた。
しづは笑った。
「でも、一つだけお願いがあります」
「何でしょう」
「お仕事のことを、一人で抱え込まないでください」
行嗣は苦笑した。
「兄上たちにも、同じようなことを言われました」
「それから、私にも考えがあります。何でも相談して、一緒に決めたいのです」
「はい」
「行嗣様が間違っていると思ったら、私はそう言いますよ」
「それは、ありがたいです」
「本当に?」
「本当です」
しづは、少しだけいたずらっぽく笑った。
「では、遠慮なく申し上げます」
行嗣も笑った。
「私も、遠慮なく話します」
しづは、ゆっくりうなずいた。
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
二人は、顔を見合わせて笑った。
帰り道、行嗣は菓子屋に立ち寄った。
「今日は、何を買いましょうか」
しづが尋ねた。
「母上と、兄上たちの家にも届けたいので、少し多めに」
「ずいぶんたくさんですね」
「それから、京の姉上にも知らせないと」
「お菓子を送るのですか?」
「いえ、手紙です」
しづは笑った。
「今度は、長くなりそうですね」
行嗣は首を振った。
「短く書きます」
「何と?」
行嗣は、しづを見た。
「しづ殿と、夫婦になることを決めました、と」
しづは、うれしそうに笑った。
「それなら、私の気持ちも書いてください」
「もちろんです」
***
その日の夕方、二階堂家では、ちよとあやが行嗣の帰りを待っていた。
行嗣が門をくぐると、あやが駆け寄った。
「三郎兄上!」
「ただいま」
「どうだった?」
「何がだ」
「しづ殿!」
行嗣は、あやを見た。
「……お前は、どこまで知っているんだ」
「まつ姉上にも知らせないといけないから」
「それは私が知らせる」
あやは目を輝かせた。
「じゃあ!」
行嗣は、母の前に座った。
「母上。しづ殿と、夫婦になることを決めました」
ちよは、静かにうなずいた。
「おめでとう、三郎」
あやが歓声を上げた。
「やった!」
その声を聞きつけて、宗直と光成も顔を出した。
「決まったのか」
「はい」
「そうか!」
光成が弟の肩をたたいた。
宗直も笑った。
「おめでとう」
ふみとおりんも、うれしそうに祝ってくれた。
あやは、もう紙を取り出していた。
「まつ姉上にお手紙を書かないと!」
「待て、あや」
行嗣が言った。
「今度は、私が先に知らせる」
「ええー」
「姉上に約束したんだ」
あやは少し残念そうだったが、すぐに笑った。
「じゃあ、私も後から書く!」
「それならいい」
家の中に笑い声が広がった。
ちよは、その様子を見ていた。
あの日、生まれたばかりの三郎を抱いて、直成は将来の婚姻を心配していた。
気が早すぎると笑ったことを、今でも覚えている。
けれど、あのときの直成に教えてあげたかった。
あなたの三郎は、大きくなりましたよ。
自分で大切な人を見つけて、自分の言葉で気持ちを伝えましたよ。
ちよは、そっと庭へ目を向けた。
春の風が、木々を揺らしていた。
家族が、また一人増える。
直成が大切にしていた二階堂家は、今日も賑やかだった。




