幕間24 ちよは、三郎が生まれた日の賑やかさを忘れない
建久七年(1196年)、鎌倉。
二階堂直成は、朝から源頼朝の前で文書を広げていた。
「鎌倉殿、こちらの土地についてですが、以前の取り決めと今回の訴えに食い違いがございます」
「どこだ」
「この川を境としたという記録です。しかし、訴えた者の話では、川の流れが変わっているそうで」
頼朝は文書をのぞき込んだ。
「川が動いたのなら、土地の境も動くのか」
「そこが問題です」
「また面倒な話を持ってきたな」
「僕が持ってきたわけではありません」
「分かっておる」
頼朝は笑った。
直成は、さらに別の文書を取り出した。
「そこで、以前の境を知る者を呼んで――」
「直成」
「はい」
「お前の家は、そろそろ子が生まれるのではなかったか」
「はい。四人目です」
「ならば、なぜここにいる」
「仕事がございますので」
頼朝は机に積まれた文書を見た。
「その紙は、明日になっても逃げぬ」
「ですが、急ぎのものもございます」
「お前の子は、今日生まれるかもしれぬのだろう」
「それは、そうですが」
頼朝は大きく息をついた。
「直成。お前は人の家の争いにはよく気がつくくせに、自分の家のこととなると、どうしてそうなる」
「……面目ありません」
「早く帰れ」
「しかし、鎌倉殿」
「帰れと言っておる」
直成は、まだ何か言おうとした。
頼朝が先に口を開いた。
「子が生まれた日に、お前が川の境を調べていたと知ったら、ちよは何と言うだろうな」
直成は黙った。
少し考えた。
そして、文書を閉じた。
「……帰ります」
「最初からそうしろ」
直成さんは立ち上がった。
「では、こちらの件は明日――」
「明日も来なくてよい」
「えっ」
「子が生まれたら、少しは家にいてやれ」
「ですが」
「また『ですが』か」
頼朝が笑った。
「直成。鎌倉の仕事は、お前一人でしているわけではない」
「承知しております」
「ならば、任せることも覚えよ」
直成さんは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼はよい。ちよによろしく伝えよ」
「はい」
直成さんが部屋を出ようとすると、背後からもう一度声が飛んだ。
「直成!」
「はい!」
「走って転ぶなよ」
頼朝の笑い声が聞こえた。
直成は苦笑しながら御所を後にした。
***
そのころ、二階堂家では、ちよが縁側に座っていた。
お腹はすっかり大きくなっている。
すでに三人の子を産んでいるので、何を用意すればよいかは分かっていた。
産婆にも声をかけてある。
必要な布や湯の準備も進んでいた。
ただ、今朝からお腹が張ることが増えていた。
「母上、大丈夫?」
幼い太郎が、ちよの顔をのぞき込んだ。
後の宗直である。
「大丈夫よ」
「本当に?」
「ええ。ありがとう」
太郎は安心したようにうなずいた。
その隣では、次郎がまつに何かを説明していた。
「赤ちゃんが生まれたら、僕が遊んであげるんだ」
「まだ遊べないわよ」
まつが言った。
「どうして?」
「小さいから」
「じゃあ、大きくなったら遊ぶ」
「いつ大きくなるの?」
次郎は困った。
「……明日?」
ちよは笑ってしまった。
「明日では、まだ小さいわね」
「じゃあ、いつ?」
「少しずつ大きくなるのよ」
次郎は考えた。
「じゃあ、毎日見ていれば分かる?」
「そうね」
「僕、毎日見る!」
まつも手を上げた。
「私も!」
太郎は二人を見た。
「赤ちゃんが寝ているときは、静かにしないといけないんだよ」
「太郎兄上だって、大きな声を出すでしょう」
次郎が言った。
「僕は出さない」
「昨日、父上を呼ぶとき、大きな声だったよ」
「それは、父上が返事をしなかったからだ」
ちよは、また笑った。
そこへ、庭の方から声がした。
「太郎!」
遊びに来たふみだった。
太郎と同じくらいの年ごろで、幼いころから二階堂家によく顔を出している娘である。
「ふみ!」
太郎が駆け寄った。
ふみは、ちよに丁寧に頭を下げた。
「ちよ様、こんにちは」
「いらっしゃい、ふみ」
ふみは、ちよのお腹を見た。
「赤ちゃん、もう生まれますか?」
「そろそろね」
「男の子ですか? 女の子ですか?」
「それは、生まれてからのお楽しみ」
ふみは太郎を見た。
「太郎は、どっちがいい?」
「どっちでもいい」
「本当に?」
「うん。弟でも妹でも、僕が面倒を見るから」
ふみは感心したようにうなずいた。
「じゃあ、赤ちゃんを抱っこできる?」
「できる!」
「一人で?」
太郎は少し黙った。
「……父上に手伝ってもらえば」
ふみが笑った。
次郎も笑った。
「太郎兄上、父上がいないと抱っこできないんだ!」
「次郎だってできないだろう!」
「僕は、まだ小さいから!」
「僕だって小さい!」
二人は言い合いになった。
ふみが首をかしげた。
「じゃあ、赤ちゃんのお兄さんは、まだ小さい子ばかりなのね」
ちよは、とうとう声を上げて笑った。
***
そのときだった。
「ただいま!」
玄関から、直成さんの声が響いた。
ちよは驚いた。
夫がこんな時刻に帰ってくるのは珍しい。
「父上!」
太郎たちが駆け寄った。
「ただいま。みんな、元気そうだね」
「父上、今日は早いですね」
太郎が尋ねると、直成さんは苦笑した。
「鎌倉殿に帰れと言われたんだ」
「叱られたんですか?」
「少しね」
「何をしたんですか?」
「仕事をしていた」
太郎は首をかしげた。
「仕事をすると叱られるんですか?」
「今日は、そういう日だったんだよ」
次郎が直成さんの袖を引いた。
「父上、赤ちゃんが生まれるんだよ!」
「知っているよ」
「男の子かな?」
「どうだろう」
まつが割り込んだ。
「女の子がいい!」
「僕は男の子!」
「女の子!」
「男の子!」
直成さんは二人の頭を順番になでた。
「どちらでも、仲よくしてあげてね」
ふみが笑った。
「直成様、太郎は赤ちゃんを一人で抱っこできるそうです」
「ふみ!」
太郎が慌てた。
直成さんは感心した顔をした。
「そうか。太郎は頼もしいな」
「……父上が手伝ってくれれば、です」
「それなら一緒に抱っこしよう」
太郎はうれしそうにうなずいた。
直成さんは、子どもたちを庭へ送り出してから、ちよの部屋を訪ねた。
部屋には、ちょうど二人だけだった。
「ちよさん、具合はどう?」
「今のところ、落ち着いています」
「鎌倉殿に、早く帰れと叱られたよ」
ちよは笑った。
「ありがたいことですね」
「僕だって、帰るつもりだったんだけど」
「いつですか?」
「仕事が一段落したら」
「その一段落が、なかなか来ないんでしょう?」
直成さんは返事に詰まった。
ちよは夫の顔を見た。
「でも、帰ってきてくださって、うれしいです」
直成さんはそばに座った。
「何かできることは?」
「ありますよ」
「何でも言って」
「子どもたちを見ていてください」
直成さんは、部屋の外を振り返った。
庭から、次郎とまつの声が聞こえていた。
「……あの四人を?」
「ええ」
「なかなか大仕事だね」
「鎌倉のお仕事より、難しいかもしれませんね」
ちよが笑うと、直成さんも笑った。
「分かった。任せて」
直成さんが立ち上がろうとすると、ちよが袖をつかんだ。
「直成さん」
「何?」
「ありがとう」
直成さんは少し照れた顔をした。
「まだ何もしていないよ」
「帰ってきてくださったでしょう」
直成さんは、ちよの手をそっと握った。
「今日は、ここにいるよ」
「はい」
***
昼を過ぎると、ちよの痛みが強くなった。
産婆がそばにつき、家の女たちが湯や布を用意する。
直成さんは、何度も部屋の前を行ったり来たりした。
「父上」
太郎が呼び止めた。
「何だい」
「座っていた方がいいですよ」
「……そうだね」
直成さんは座った。
ところが、しばらくすると立ち上がった。
次郎が尋ねた。
「父上、何してるの?」
「少し心配でね」
「母上が?」
「そうだよ」
次郎は考えた。
「じゃあ、僕も心配する!」
「いや、次郎は普通にしていていいんだ」
「父上だけ心配するの?」
直成さんは困った。
ふみが小さな声で言った。
「次郎、心配するのは、座っていてもできるよ」
「そうなの?」
「うん」
次郎は直成さんの隣に座った。
そして、真面目な顔で言った。
「父上、一緒に心配しよう」
直成さんは思わず笑った。
「ありがとう」
まつは、太郎の袖を引いていた。
「母上、痛いの?」
「赤ちゃんが生まれるときは、大変なんだって」
「母上、泣いてない?」
太郎は返事に困った。
すると、直成さんがまつを抱き上げた。
「母上は頑張っているんだよ」
「父上も頑張る?」
「もちろん」
「何を?」
直成さんは少し考えた。
「……みんなが静かに待てるようにすることかな」
次郎がすぐに言った。
「僕、静かにしてる!」
大きな声だった。
ふみが笑った。
「次郎、声が大きい」
「……うん」
次郎は急に小さな声になった。
太郎が胸を張った。
「僕がみんなを見るから、父上は母上のところへ行ってください」
直成さんは長男を見た。
「頼んだよ」
「はい!」
ふみが横から言った。
「私は太郎を見ておきます」
「ふみ!」
太郎が抗議した。
直成さんは笑いながら、ちよのいる部屋へ向かった。
***
ちよは、夫が戻ってきたのを見て安心した。
産婆が道具を取りに席を外した短い間、直成さんはちよのそばに膝をついた。
「ちよさん」
「はい」
「大丈夫?」
「大丈夫です。でも、手を握っていてください」
「もちろん」
直成さんは手を差し出した。
ちよは、その手を強く握った。
「……痛い」
直成さんが小さく言った。
ちよは夫をにらんだ。
「私の方が痛いです」
「ごめん!」
ちよは痛みの合間に笑ってしまった。
「直成さんは、三人のときも同じでしたね」
「そうだった?」
「ええ。私より慌てていました」
「何度目でも慣れないよ」
直成さんは真面目な顔になった。
「ちよさんと子どもが無事でいてくれるか、毎回心配なんだ」
ちよは夫の手を握り直した。
「では、最後までそばにいてください」
「うん」
産婆が戻ってくると、直成さんはちよの手を離し、邪魔にならない場所へ下がった。
ちよは、夫がすぐそばにいることを確かめながら、目の前の出産に集中した。
***
やがて、赤ん坊の泣き声が響いた。
元気な男の子だった。
ちよは、ようやく大きく息をついた。
産婆が赤ん坊を整え、母親のそばへ連れてくる。
小さな顔。
ぎゅっと握った手。
まだ何も知らない、頼りないほど小さな体。
それなのに、泣き声だけは驚くほど大きかった。
「元気な男の子ですよ」
産婆が言った。
ちよは、そっと赤ん坊を抱いた。
「……よく来てくれましたね」
赤ん坊は泣いていた。
ちよは、その顔を見つめた。
太郎が生まれたときも、次郎が生まれたときも、まつが生まれたときも、同じように胸がいっぱいになった。
四人目だからといって、慣れるものではなかった。
この子には、この子の顔がある。
この子の声がある。
そして、これから始まる、この子だけの人生がある。
産婆が直成さんにも赤ん坊を見せた。
「立派な男の子でございます」
直成さんは、しばらく言葉を失っていた。
「……小さいな」
「赤ん坊ですから」
産婆が笑った。
「そうでした」
直成さんは、そっと赤ん坊の手に指を近づけた。
小さな指が、その指を握った。
「おお」
直成さんは目を丸くした。
「握った」
ちよは笑った。
「握りますよ」
「力が強い」
「あなたの子ですから」
「それは、どういう意味かな」
「さあ」
ちよが微笑むと、産婆も笑った。
赤ん坊は、そんな大人たちのやり取りなど知らず、また元気に泣いた。
***
少し落ち着いたころ、子どもたちが呼ばれた。
最初に入ってきたのは太郎だった。
その後ろから、次郎とまつが顔をのぞかせた。
ふみも、遠慮がちについてきた。
「母上!」
太郎が駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「ええ。ありがとう」
「赤ちゃんは?」
ちよは腕の中を見せた。
「ここにいるわ」
太郎は、そっとのぞき込んだ。
「……小さい」
次郎も顔を寄せた。
「本当だ!」
まつは、ちよの腕の中を見て、少し不満そうな顔をした。
「男の子なの?」
「そうよ」
「女の子がよかったのに」
直成さんは笑った。
「まつ。弟もかわいいよ」
まつは赤ん坊をじっと見た。
赤ん坊が小さく口を動かした。
まつは目を丸くした。
「……今、私にお話しした?」
「そうかもしれないね」
直成さんが答えた。
まつは、急にうれしそうになった。
「じゃあ、私が遊んであげる!」
次郎が言った。
「僕が先だよ!」
「私が先!」
「僕!」
「二人とも」
太郎が間に入った。
「赤ちゃんは、まだ遊べないんだよ」
ふみが横から言った。
「太郎、さっきから同じことばかり言っているね」
「だって、二人が分からないから!」
ふみは笑った。
太郎は、ちよの腕の中をもう一度見た。
「母上。僕、抱っこしてもいいですか?」
ちよは直成さんを見た。
直成さんはうなずいた。
「父上と一緒にやってみよう」
太郎は緊張した顔になった。
直成さんが座り、太郎の腕を支えながら赤ん坊を抱かせた。
太郎は、しばらく動かなかった。
「……軽い」
「そうだね」
「でも、温かい」
「うん」
赤ん坊が少し動いた。
太郎は驚いた。
「父上! 動いた!」
「生きているからね」
ふみが、そっと近づいた。
「太郎、上手だね」
太郎は、ふみの顔を見た。
「本当?」
「うん」
太郎はうれしそうに笑った。
ところが、赤ん坊が急に泣き出した。
太郎は慌てた。
「父上! 僕、何かした?」
「大丈夫。赤ちゃんは泣くものだよ」
「でも、僕が抱っこしたら泣いた!」
ふみが言った。
「太郎の顔が怖かったんじゃない?」
「怖くない!」
次郎が笑った。
「太郎兄上、赤ちゃんに嫌われた!」
「違う!」
直成さんは、赤ん坊をそっと受け取った。
「はいはい。みんな、静かに」
しかし、赤ん坊はますます大きな声で泣いた。
まつが言った。
「父上でも泣いてる!」
次郎は得意そうにうなずいた。
「じゃあ、太郎兄上のせいじゃないね!」
「最初からそう言ってるだろう!」
ちよは、子どもたちの顔を順番に見た。
泣いている赤ん坊。
慌てる太郎。
笑っている次郎。
赤ん坊に話しかけるまつ。
その横で、太郎をからかっているふみ。
そして、全員を落ち着かせようとして、誰よりも困っている直成さん。
ちよは笑った。
「賑やかな家になりましたね」
直成さんは赤ん坊を抱いたまま答えた。
「もともと賑やかだった気もするけどね」
「これから、もっと賑やかになりますよ」
「そうだね」
***
その日の夕方、赤ん坊はようやく静かに眠った。
太郎たちも、遊び疲れて休んでいる。
ふみは家の者と一緒に帰っていった。
ちよの部屋には、直成さんと赤ん坊だけが残った。
「ちよさん」
「はい」
「本当に、お疲れさま」
直成さんは、ちよのそばに座った。
「無事に生まれてくれて、よかった」
「ええ」
ちよは眠っている赤ん坊を見た。
「男の子が三人になりましたね」
「そうだね」
「太郎、次郎、それから三郎」
「三郎か」
直成さんは小さく笑った。
「分かりやすい名前だね」
「直成さんが、上の二人にもそういう名前をつけたんでしょう」
「確かに」
直成さんは、赤ん坊の顔をのぞき込んだ。
「三郎。よろしくね」
赤ん坊は眠ったままだった。
「この子は、どんな子になるんだろう」
直成さんが言った。
「さあ。まだ生まれたばかりですから」
「太郎みたいに真面目になるかな」
「次郎みたいに元気になるかもしれませんよ」
「まつみたいに、言いたいことをはっきり言う子かもしれない」
「それは、賑やかになりますね」
直成さんは笑った。
しばらくして、また赤ん坊を見た。
「この子も、いつか大人になるんだね」
「ええ」
「仕事をして、好きな人ができて、結婚するのかな」
ちよは驚いた。
「直成さん」
「何?」
「生まれたばかりなのに、もう婚姻の心配ですか?」
「心配というか、楽しみというか」
「気が早すぎます」
直成さんは頭をかいた。
「そうかな」
「そうですよ。まずは、この子が元気に育つことです」
「うん」
ちよは、赤ん坊の小さな手をそっと包んだ。
「どんな人と夫婦になるのかなんて、今は分かりません」
「そうだね」
「でも、もし好きな人ができたら、自分の気持ちをちゃんと伝えられる子になってほしいですね」
直成さんは、ちよを見た。
「それは大事だね」
「直成さんみたいに、何でも紙に書いて考えていると、相手を待たせてしまいますから」
「……僕はそんなに待たせた?」
ちよは、にっこり笑った。
「どうでしょう」
「ちよさん」
「ふふ」
直成さんは苦笑した。
「じゃあ、三郎には、言いたいことは自分の口で言うように教えよう」
「お願いします」
「でも、手紙を書くのも悪くないと思うんだけどな」
「もちろん。気持ちが伝わるなら、どちらでもいいんですよ」
直成さんは、しばらく考えた。
「そうか。大事なのは、伝えることか」
「ええ」
ちよは夫を見た。
「それから、相手の話を聞くことです」
「……それも、僕への忠告?」
「さあ」
直成さんは笑った。
赤ん坊が小さく身じろぎした。
二人は同時に、その顔を見た。
「三郎」
ちよが呼びかけた。
「あなたには、これからたくさんの人との出会いがありますよ」
赤ん坊は、目を閉じたままだった。
「うれしいことも、困ることもあるでしょう。でも、一人で何もかも抱え込まなくていいんです」
直成さんが、ちよの隣でうなずいた。
「兄上たちも、まつもいるからね」
「父上と母上もいますよ」
「もちろん」
ちよは、そっと赤ん坊の頬に触れた。
「みんなで、あなたが大きくなるのを楽しみにしています」
***
夜になって、家の中がようやく静かになった。
直成さんは、眠る前にもう一度、三郎の顔を見に来た。
「ちよさん」
「はい」
「今日は、鎌倉殿に帰れと言われてよかったよ」
「そうですね」
「もし仕事を続けていたら、この子が生まれたとき、そばにいられなかったかもしれない」
ちよは微笑んだ。
「次にお会いしたとき、お礼をお伝えしてください」
「うん」
直成さんは、三郎の寝顔を見つめた。
「それにしても、四人か。家族が増えるのは、うれしいね。これから、もっと賑やかになるかな」
「きっと、もっと賑やかになりますよ」
ちよが答えると、直成さんはうれしそうに笑った。
「それは楽しみだ」
その言葉を聞いて、ちよも笑った。
いつか三郎が自分の家庭を持つ日が来たら、あの日のことを話してあげよう。
父上は、あなたが生まれると聞いて、鎌倉殿に仕事を取り上げられたのですよ、と。
きっと三郎は、困ったような顔をするだろう。
それでも、ちよは話してあげたかった。
あなたが生まれた日、父上も、母上も、兄上たちも、姉上も、みんな喜んでいたのだと。
眠っていた三郎が、小さな声を立てた。
ちよは、そっとその背をなでた。
「おやすみなさい、三郎」
その夜、二階堂家には、四人の子どもの寝息が聞こえていた。




