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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第五部 父を知る人たちと、新しく増える家族 建保二年〜建保六年(1214〜1218年)
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第53話 あやは、銭の行方と小太郎の用を追う



――建保四年(1216年)、鎌倉。


 あやは朝から、昨日の銭を見ていた。


 昨夜、小さな布に包んだものを、朝になってまた取り出した。まだ一度も使っていないのに、ずいぶん長く眺めている。


「母上」


「何?」


「銭って、どこへ行くの?」


 ちよが振り返った。


「使えば、渡した相手のところでしょう」


「そのあと」


「その人が使えば、また別の人のところ」


「そのあと」


 ちよは、畳みかけていた衣を膝へ置いた。


「今日は、何人目まで答えればよいの?」


 あやは少し考えた。


「追ってみたい」


「銭を?」


「うん」


「どうやって?」


 あやも止まった。


 そこまでは考えていなかった。


「……使った人に聞く」


「ずっと?」


「できるところまで」


 ちよは娘の手を見た。


「その前に、頼んだ塩を買ってきてくださいね」


「塩から始める」


「買い物を終える前に、次へ行かないでください」


「分かってるよ」


 あやは銭を布へ戻した。


 結び目を作ろうとして、もう一度ほどく。すぐ使うのだから、包まなくてもよい気がした。


 そのとき、門の方から声がした。


     *


 小太郎が来ていた。


 宗直へ届ける文が一通と、返事を受け取る用があるという。


 あやが顔を出したときには、用向きの説明はもう終わっていた。宗直が文に目を通す間、小太郎は静かに待っている。


「あや」


 こちらを見て、小太郎が言った。


「今日は、使うの?」


 あやは手元の銭を見た。


「まだ何も言ってないよ」


「昨日から、それを持ってるでしょう」


「今日は塩を買う」


「それなら、すぐ済みそうだね」


「そのあと、銭を追う」


 小太郎の目が、銭からあやへ戻った。


「そちらは、すぐ済まなさそう」


「できるところまで」


「どうやって見分けるの?」


「何を?」


「渡した銭と、ほかの銭」


 あやは銭を裏返した。


 四角い穴がある。昨日もあった。ほかの銭にもある。


 少し汚れているが、似た汚れの銭はほかにもありそうだった。


「……聞く」


「では、今日は何を買ったか、ではなく、次に何を買うか聞くんだ」


「そう。それでもいいでしょう」


「うん。聞いてみたら?」


 小太郎は笑っていた。


 あやがその顔を見ていると、宗直が文を置いた。


「返事を書く。少し待っていてくれ」


「はい」


 小太郎はすぐに姿勢を正した。


 あやは戸口へ向き直った。


「では、行ってくる」


「一人か?」


 宗直に尋ねられ、あやは振り返った。


「塩を買うところは、知ってるよ」


「そのあと、どこまで行くかは決めていないだろう」


 返事ができなかった。


 小太郎が立った。


「私も出てきてよろしいですか。あの辺りで、確かめたい荷があります」


 宗直はうなずいた。


「光成も出るところだ。一緒に行けばいい」


 あやは小太郎を見た。


「昨日言っていた用?」


「うん」


「もう決まったの?」


「決まった」


 返事は早かった。


 何の用か聞く前に、光成が庭から顔を出した。


「まだ支度ができていないのか」


「できてる」


 あやが答える。


 光成は、その手元を見た。


「塩を持ち帰る物は?」


 あやは空の手を見た。


 小太郎が横を向いた。


「今、笑ったでしょう」


「まだ出ていないのに、銭の先へ行ってるから」


 あやは、台所へ袋を取りに戻った。


     *


 塩を売る女へ銭を渡し、あやは袋を差し出した。


 頼まれた分を受け取ると、袋の口を確かめる。


 これで買い物は済んだ。


 だが、あやは帰らなかった。


「まだ何かいるの?」


 女に聞かれ、あやはその手にある銭を指した。


「次、それで何を買いますか」


「この銭で?」


「はい」


 女はあやを見て、それから隣の小太郎を見た。


「何か足りなかったかい」


「買い物は済んでいます」


 小太郎が答えた。


「この先、銭がどこへ行くのか知りたいそうです」


「へえ」


 女は笑った。


「今日は油を買うかもしれないね。家の分が少なくなっていたから」


「灯りの?」


「そう」


 あやは少し先を見た。


 油を扱う男がいる。


「そこで買うんですか」


「たぶんね。ただ、これを使うかは分からないよ」


 女は銭を、ほかの銭と一緒にしまった。


 あやは、その手元を見届けた。


 もう、どれが自分の渡した一枚か分からない。


「混ざった」


 小太郎が言った。


「見てたよ」


「追えそう?」


「一枚は、難しい」


 あやは少し唇を尖らせた。


「でも、油を買うかもしれないって分かった」


「うん」


「今度は、油を売る人に聞く」


 小太郎は、先ほどより楽しそうな顔をした。


 あやはそれを見てから、油を扱う男の方へ歩いた。


     *


「油を売った銭で、何を買いますか」


 男は、あやの後ろへ目を向けた。


 光成が軽く頭を下げる。


「妹です。変なことを聞きますが」


「次郎兄上」


「まだ聞いていないとは言えんだろう」


 男が笑った。


「飯も買うし、薪も買う。壺が割れれば、壺もいるな」


「油を仕入れるためにも?」


「そちらにも要る」


 あやは男のそばに置かれた壺を見た。


 売った銭を全部、自分の食べ物に使うわけにはいかない。次に売る油も用意しなければならない。


「では、分かれるんだ」


「何が?」


「銭の行くところ」


 あやは指を折った。


「食べる分。家で使う分。次の油を買う分」


 男はうなずいた。


「そういうことになるな」


 別の客が来たので、三人は場所を空けた。


 あやは歩きながら考えた。


 塩から油。油から米。


 一本の道のように追えると思っていた。だが、一人に聞いただけで、行き先がいくつも出てきた。


「増えた」


 あやが言うと、小太郎が答えた。


「どちらへ行く?」


「まだ決めてない」


「私の用は、米を扱うところの近くだよ」


「では、そちら」


 あやが歩き出すと、光成が小太郎を見た。


「ちょうどいい場所に用があるな」


「そうですね」


 小太郎は落ち着いて答えた。


 光成は何か言いかけ、結局、笑っただけだった。


     *


 米を扱う男にも、同じことを尋ねた。


「米を売った銭で、何を買いますか」


「何だ、お前は」


「あやです」


「名前じゃなくてな」


 光成が吹き出した。


 あやも少し笑ったが、すぐに言い直した。


「銭をもらった人が、次に何を買うのか聞いています」


「それなら、最初からそう言ってくれ」


 男は、道具も布も塩も買うと答えた。


「塩も?」


「そりゃ、飯には要るだろう」


 あやは振り返った。


 今、自分の袋に入っている塩。朝、母に頼まれた物。それがここで、また話に出てきた。


「戻った」


「塩のところへ?」


 小太郎に聞かれ、あやはうなずいた。


「私が塩を買って、塩を売った人が油を買って、油を売った人が米を買って、米を売った人が塩を買ったら」


「一回りだね」


「そう」


 あやは嬉しくなった。


 銭が一度使われても、そこで話が終わるわけではない。


 受け取った人には、その人の買い物がある。


「本当に、その順に渡ったかは分からないよ」


 小太郎が言った。


「分かってる。皆に聞いたことをつないだの」


「では、一枚の行方は?」


「見失った」


 あやは認めた。


「でも、次に使うところは、皆にあった」


 小太郎は、あやの顔を見ていた。


「何?」


「今日は、見失っても嬉しそうだね」


「別のことが分かったから」


「うん」


「小太郎は知ってた?」


「銭を受け取った人も買い物をすることはね」


「では、退屈でしょう」


「塩へ戻って、そんな顔をする人は初めて見た」


 あやは頬へ手を当てた。


「どんな顔?」


 小太郎は答える前に笑った。


「今みたいな顔」


「それでは分からないよ」


 光成が二人の間へ声を入れた。


「そろそろ、俺の用を済ませてもいいか」


     *


 光成の用が終わると、小太郎は荷を扱う男のところへ向かった。


 届いた荷の数と、残りが来る日を確かめる。相手が途中で言い直すと、もう一度、数を分けて聞いた。


 あやは少し離れて待った。


 小太郎は、こういうときに迷わない。


 何を先に聞くか決まっているし、聞き終わったことを、また初めから尋ねたりしない。


 あやなら、途中で箱の中が気になってしまう。


 実際、今も気になっていた。


 男が木の箱へ手を置いたので、あやは一歩近づいた。


「それには、何が入っているんですか」


「器だよ」


「宋から来たもの?」


「そう聞いている」


 箱の蓋が少し開いた。


 器の間に詰め物がある。昨日、店先に並んでいたものとは違い、重ねられた器の縁だけが見えた。


「これで、割れないの?」


「割れにくくするんだ。何があっても割れないとは言えん」


 あやは、箱の中へ顔を寄せかけた。


 小太郎が隣から言う。


「触るなら、聞いてから」


「見るだけ」


「それなら、もう少し離れても見えるよ」


 あやは半歩下がった。


 男は箱を閉め、次の仕事へ戻った。


「昨日は、割れたら誰が困るか聞いたね」


 あやが言うと、小太郎はうなずいた。


「今日は、割れないようにするところ?」


「うん。店に並ぶ前に、こんなふうにしていたんだ」


 あやは箱の周りを見た。


 紐を締める人。荷を持ち上げる人。置き場所を指す人。


 器を見ているつもりで、いつの間にか、その周りの人を見ていた。


 運ぶにも、売るにも、仕事がある。


「小太郎も、あの数を確かめるのが仕事?」


「家から頼まれてる」


「数が違ったら?」


「届いていない分を、届いたと思ってしまう」


「昨日、太郎兄上に話していたのも、それ?」


「よく聞いてたね」


 あやは小太郎を見上げた。


 褒められた気がして、少し嬉しかった。


「何をしているか、気になったから」


「私の?」


「荷の話」


 答えてから、あやは付け足した。


「小太郎のも」


 小太郎は、一度あやを見た。


 何か言うかと思ったが、先に光成が口を開いた。


「話の途中で悪いが、昼だぞ」


 あやは空を見た。


 朝、家を出たときより、日がずいぶん高くなっていた。


     *


 食事の間も、あやは銭を受け取る人の手元を見ていた。


「あや」


 光成に呼ばれ、顔を戻す。


「今は食べろ」


「食べてるよ」


「手が止まってる」


 あやは急いで口へ運んだ。


 小太郎が隣で笑う。


「銭より、あやを見ていた方が忙しいね」


「見なくていいよ」


「では、食べ終わるまで待とうか」


「そういうことではないの」


 小太郎は楽しそうだった。


 あやは少しむっとしてから、ふと思い出した。


「小太郎の用、もう済んだ?」


「済んだよ」


「では、帰らなくていいの?」


「宗直殿の返事を受け取る」


「もう、できているかもしれない」


「そうかもしれないね」


 あやは小太郎を見た。


 いつもなら、用が終わるとすぐ帰る。今日も、荷を確かめるのは早かった。


「まだ、ここにいていいの?」


 小太郎は少し黙った。


「午後にも見たいところがあるんでしょう」


「ある」


「では、帰りはそのあとでいい」


 光成が、食べながら下を向いた。


 肩が少し動いていた。


「次郎兄上」


「俺は、まだ何も言ってない」


     *


 帰り道、あやは銭を紐に通して持つ人を見た。


 歩くたびに、腰の辺りで銭が揺れている。


「あれ、重そう」


「まとまれば重いよ」


 小太郎が答えた。


「物を買うためなのに、銭も運ぶんだね」


「家の用で持って歩くこともある」


「小太郎が?」


「うん」


 あやは、小太郎の手を見た。


 今日は文と、荷について書き留めたものを持っている。昨日は別の文だった。


「いろいろ運ぶんだ」


「私も?」


「銭だけ見ていたから、気づかなかった」


 小太郎はあやを見た。


「今日は、そちらも追うの?」


「誰が何を運んでいるか、知りたい」


「では、次は荷が届くときに見てみる?」


 あやの顔が上がった。


「見られるの?」


「家の者に聞いてみる。皆の邪魔にならないところなら」


「いつ?」


「確かめてから伝えるよ」


 あやはうなずいた。


 それから、少し考えた。


「小太郎もいる?」


「いる日にする」


 返事は早かった。


 あやは道へ目を戻した。


 荷を見るのが楽しみだった。


 小太郎もいると聞いて、もっと楽しみになった。


     *


 夕方、あやは行嗣の前へ紙を置いた。


「三郎兄上」


「今日は何です?」


「銭の道」


 行嗣が顔を上げた。


 あやは、塩、油、米と書いてもらい、その間に線を引いた。


「米を売る人も、塩を買うって」


「では、こちらへつながりますね」


 行嗣が米から塩へ線を引く。


 あやはその横に、もう一本、線を引いた。


「でも、油を売る人は薪も買う。壺も買う」


「行き先は一つではないんですね」


「そう。紙が足りなくなりそう」


 行嗣は笑った。


「全部、今日、実際に買っていたんですか」


「買うことがあるって聞いたの」


「では、それも書いておきましょう」


 あやはうなずいた。


 一枚の銭を本当に追ったように書いたら、今日見たことと違ってしまう。


 見たこと。聞いたこと。自分でつないで考えたこと。


 並べてみると、その違いも分かった。


     *


 夕食では、宗直が紙を眺めていた。


「塩を買って、ずいぶん遠くまで行ったな」


「塩はちゃんと買ったよ」


「知っている。母上が使っていた」


 ちよがうなずいた。


 あやは安心して、今日のことを話した。


「銭を受け取った人が、また使うでしょう。そのたびに、別の物を買うの」


「途中で、しまっておく人もいるだろう」


 宗直が言った。


 あやの箸が止まった。


「……そうか」


「皆がその日に使うとは限らん」


 行嗣もうなずく。


「次の仕入れまで取っておくこともあるでしょうね」


 あやは紙へ目を向けた。


 動くところばかり見ていた。止まるところもあるらしい。


「また増えた」


「何が?」


 ちよに尋ねられ、あやは答えた。


「聞きたいこと」


 光成が笑った。


「小太郎が次も付き合うそうだ」


 あやは兄を見た。


「荷を見せてもらうの」


「それで、あいつがいる日にするんだろう」


「そう言ってた」


 ふみがあやへ顔を向けた。


「楽しみね」


「うん」


 返事をしてから、あやは紙を手元へ寄せた。


 ふみは笑っていた。


 母も、なぜかこちらを見ている。


「母上、何?」


「まだ、食事の途中ですよ」


 あやは箸を持ち直した。


 今夜は、紙へ書き足す前に食べ終えた。


     *


 夜、あやは今日の紙をもう一度開いた。


 塩から油へ、油から米へ。


 ほかのところへ伸びた線もある。


 誰かが買い物をすれば、相手に銭が渡る。その人がまた使えば、別の品物が売れる。


 鎌倉には、いろいろなところから物が届く。


 届いた物を運ぶ人がいて、売る人がいて、買う人がいる。


 実朝が海の向こうへ船を出したいという話も、あやには少し違って感じられた。


 船が着いたあとにも、仕事は続くのだ。


 誰が荷を受け取るのか。どこへ運ぶのか。誰に売るのか。


 次に小太郎と会ったら、それを聞いてみたい。


 あやは紙を畳みかけて、手を止めた。


 今日、小太郎の用はすぐに済んだ。


 そのあとも、ずっと一緒にいた。


 宗直の返事を待つだけなら、家で待てたはずだ。


 あやはしばらく考えた。


 昼、小太郎に尋ねたとき、光成は笑っていた。


 夕食では、ふみも笑った。


 自分だけ、何か見落としている気がした。


 紙の端へ、もう一つ書こうかと思った。


 けれど、それは塩や油と線でつなぐ話ではなかった。


 あやは筆を置いた。


 次に会ったら聞こう。


 今日はどうして、帰らずに付き合ってくれたのか。


 そう考えてから、あやは一人で首を振った。


 荷を見に行く約束までしてくれたのに、わざわざ尋ねるのも変だろうか。


 変なことなら、今日もたくさん聞いた。


 それでも、その問いだけは、口に出すところを思い浮かべると、少し落ち着かなかった。


 紙を畳む。


 塩も、油も、米も、聞けばよかった。


 小太郎のことになると、聞く前に考えることが増えた。


 明日、何時に来るだろう。


 そう思ったところで、あやは自分の間違いに気づいた。


 次に来るのは明日とは、まだ聞いていなかった。


 あやは畳んだ紙を枕元へ置いた。


 荷の届く日を確かめたら、早く知らせてほしかった。


【本作の人物について】


■ 北条小太郎


 義時と結びつきの深い北条傍流の家に生まれた、本作独自の架空の人物。あやより少し年下で、直成の存命中に両家の間で縁談が整えられた。本話の時点では未婚。「小太郎」は幼いころからの呼び名である。


 港や船で運ばれる荷、商人との取引に関わる家に育つ。理解と判断が早く、家の用を手際よくこなす。あやとは軽いからかいや言い合いもする。


 身近な物に驚き、問いを広げていくあやを見ていると、普段の用事も面白く感じる。あやの話を覚え、自分から次に会う機会を作るようになっている。


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