↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第四部 まつのいない家――和田の名が遠くなるころ 建暦元年〜建暦三年(1211〜1213年)
PR
60/100

第45話 ちよは、まつから家族が増える知らせを受け取る

建暦三年(1213年)、鎌倉。


京から、まつの文が届いた。


「まつ姉上から?」


あやが真っ先に寄ってきた。


「まだ開けていませんよ」


ちよが言うと、あやは一歩下がった。


ただし、顔は前へ出たままだった。


「下がっていませんね」


「足は下がりました」


「顔も下げなさい」


宗直が言った。


「兄上だって見に来たでしょう」


「俺はたまたまここにいただけだ」


「さっきまで向こうにいました」


宗直は答えなかった。


光成もいた。


おりんもいる。


ふみは少し離れたところで笑っている。


行嗣は、なぜか紙と筆まで用意していた。


「行嗣」


「はい」


「なぜ筆を持っているのです?」


「返事を書くかもしれないので」


「まだ読んでもいませんよ」


「待っています」


「筆を構えて待つ必要はありません」


行嗣は筆を置いた。


まつが京へ嫁いでから、文が届くたびにこうなる。


離れて暮らしていても、まつからの文が届けば、二階堂家の真ん中にまつが戻ってくる。


「では、読みますよ」


ちよは文を開いた。


最初は、いつものまつだった。


京は少し寒くなってきたこと。


義母のよしから京の料理を教わっていること。


かやとは家のことをよく話すこと。


信成とかやの子どもたちも元気なこと。


季成も変わらず元気なこと。


それから、鎌倉の家族への小言が続いた。


――あやへ。珍しいものを見つけたからといって、何でも欲しがらないように。


「あや」


宗直が言った。


「なぜ私だけ」


ちよは続きを読む。


――光成兄上へ。水路を見に行くなら、おりんに行き先を言ってからにしてください。


おりんが光成を見た。


「まつまで言うのか」


「言われるようなことをするからです」


――宗直兄上へ。忙しいときほど食べてください。ふみに心配をかけないように。


ふみが、にっこり笑った。


宗直は黙った。


――行嗣へ。文ばかり見ていないで、ときどき外を見てください。


「姉上は京へ行っても変わりませんね」


行嗣が言った。


「まつですからね」


ちよは笑った。


その先には、京での暮らしが書かれていた。


最近、少し疲れやすいこと。


それでも用事があったので出かけようとしたこと。


――季成さまに、「今日は休んでください」と言われました。


――大丈夫だと言ったのですが、「大丈夫かどうかは、休んでから考えましょう」と言われました。


――仕方がないので、その日は家にいました。


あやが首をかしげた。


ちよはそのまま読み進める。


――先日も、少し気分が悪かっただけなのですが、季成さまがずっと心配していました。


――「そんなに心配しなくても私は大丈夫です」と言ったら、


――「まつ殿に何かあったら、私が困ります」


――などと急に言うので、あの人は時々ずるいと思います。


「母上」


あやが言った。


「なんです?」


「ちょっと待ってください」


「まだ途中ですよ」


「大事なことに気づきました」


宗直が顔を上げた。


「何だ?」


あやは真剣な顔をしていた。


「まつ姉上の弱点です」


「弱点?」


ちよも文から顔を上げた。


「はい」


あやは、まつの文を指した。


「まつ姉上、季成さまに急に優しいことを言われると弱いです」


光成が眉を寄せた。


「どこにそんなことが書いてある?」


「書いてありません」


「では、なぜ分かる」


「分かるんです」


「分からない」


「兄上には分からないんです」


「なぜだ」


あやは少し考えた。


「男の人だから?」


「待て」


宗直が口を挟んだ。


「話が大きくなっている」


「だって」


あやは文を指した。


「前にもあったでしょう」


「何がです?」


行嗣が聞いた。


「まつ姉上の、前の文です」


あやは思い出しながら言った。


「まつ姉上が季成さまに何か強いことを言ったら、季成さまが急に優しいことを言った、と書いてありました」


光成が腕を組んだ。


「そんなことあったか?」


「ありました」


「覚えていない」


「私は覚えています」


あやは胸を張った。


「そのとき、まつ姉上、止まったって書いてありました」


「止まった?」


「はい」


「まつが?」


宗直まで聞き返した。


「そこが大事なんです」


あやは、ますます真剣になった。


「いつもならすぐ言い返すでしょう?」


誰も否定しなかった。


「宗直兄上が何か言ったら?」


「言い返すな」


宗直が答えた。


「光成兄上なら?」


「もっと言い返す」


おりんが先に答えた。


「おい」


「行嗣兄上なら?」


「理屈で返されます」


行嗣が自分で答えた。


「私なら?」


「たぶん言い返しますね」


ちよが言った。


「でしょう?」


あやはうなずいた。


「でも、季成さまが急に優しいことを言うと――」


あやは一度、間を置いた。


「まつ姉上、先に赤くなるんです」


男三人が黙った。


ちよは思わず笑った。


ふみも、うんうんとうなずいている。


おりんも、うんうんとうなずいた。


「そのあと怒ります」


あやが続けた。


宗直が眉を寄せる。


「なら、怒っているんじゃないのか」


あやは、ふみを見た。


ふみは笑顔のまま、首を横に振った。


おりんも首を横に振る。


ちよも笑っていた。


「ほら」


あやが言った。


「何が『ほら』なんだ」


光成が聞いた。


「みんな分かっています」


「俺たちは分からない」


「だから、男の人には分からないんです」


行嗣が少し考えた。


「でも、赤くなってから怒るんですよね」


「そうです」


「怒っているんですよね」


「怒ってもいます」


「……どっちなんです?」


ふみとおりんが顔を見合わせた。


二人とも、うんうんとうなずいた。


行嗣はさらに分からない顔になった。


「うなずかれても分かりません」


ちよは笑った。


「分からなくてもいいんですよ」


「母上には分かるんですか」


「分かります」


男三人が顔を見合わせた。


あやは満足そうだった。


「だから、この文も同じです」


もう一度、まつの文を指す。


――「まつ殿に何かあったら、私が困ります」などと急に言うので、あの人は時々ずるいと思います。


「これ、絶対に赤くなっています」


「書いてないぞ」


宗直が言った。


「書くわけないでしょう」


「なぜだ?」


「まつ姉上だからです」


今度は、ちよだけでなく、ふみとおりんも笑った。


「なるほど」


ちよは、もう一度文を見た。


まつは勝ち気なままだ。


京へ嫁いだからといって、おとなしくなったわけではない。


言いたいことは言う。


納得できなければ聞く。


季成にも遠慮はしない。


それでも、ときどき不意を突かれるらしい。


そして、そんなことまで文に書いてしまうくらいには、季成との暮らしに慣れている。


「母上」


あやが聞いた。


「なんです?」


「まつ姉上、大丈夫そうですね」


ちよは、あやを見た。


「そうですね」


「何が大丈夫なんだ?」


光成が聞いた。


女たちが一斉に光成を見た。


「……もういい」


光成は諦めた。


ちよは笑いながら、文の続きを読んだ。


そして。


次のところで、手が止まった。


「母上?」


あやが聞く。


ちよは、もう一度そこを読んだ。


今度は、まつの字が少し小さくなっていた。


――それから、母上。


――まだ、はっきり決まったわけではありません。


ちよの笑顔が消えた。


――でも、たぶん、子どもができたようです。


「……まあ」


ちよが小さく声を出した。


「何です?」


あやが聞いた。


「まつに」


ちよは顔を上げた。


「子どもができたかもしれません」


今度は、本当に静かになった。


一瞬だけ。


「えっ!」


あやが立ち上がった。


「まつ姉上に?」


宗直も身を乗り出した。


「本当か」


「まだ、はっきりとは分からないそうです」


光成が何か言いかけた。


その前に、おりんが光成を見た。


「俺はまだ何も言っていない」


「だからです」


「何が?」


「先に止めました」


ふみが笑った。


ちよは文を読み進めた。


月のものが来ていないこと。


疲れやすくなったこと。


食べたいものが少し変わったこと。


かやに相談したこと。


かやは、自分の最初のときも、すぐには分からなかったと教えてくれたらしい。


義母のよしも、


「今は無理をせず、少し待ちましょう」


と言ってくれたという。


ちよは胸の奥が少し軽くなった。


京には、よしがいる。


かやもいる。


そして季成がいる。


さっきまで笑って読んでいた文章が、少し違って見えた。


季成がまつを休ませようとしていたのは、いつもと違う様子を心配していたからなのだろう。


――季成さまに話したら、しばらく黙っていました。


「やっぱり心配したんですね」


あやが言った。


――それから、「本当なら、とてもうれしいです」と言いました。


ちよは微笑んだ。


――そのあと、「私は何をすればいいでしょう」と聞かれました。


「季成さまらしい」


あやが言った。


宗直が首をかしげた。


「そうなのか?」


「そうです」


あやはもう季成をよく分かっているような顔をしていた。


「さっきまで手紙を読んでいただけでしょう」


行嗣が言った。


「分かるものは分かるんです」


文は、まだ続いていた。


――母上。


――一つ、聞きたいことがあります。


ちよは、その先を読んだ。


そして、今度は長く手を止めた。


――母上は、初めて子どもができたと分かったとき、怖くありませんでしたか。


さっきまで賑やかだった部屋が静かになった。


「母上?」


あやが呼んだ。


ちよはすぐには答えなかった。


昔の夜を思い出していた。


太郎――宗直が生まれたばかりのころ。


何をしても泣きやまない夜があった。


自分の母が昼間、何度も助けに来てくれた。


それでも分からないことばかりだった。


夜になれば直成さんが起きてきた。


当時の父親としては変わっていて、おむつまで替えた。


ちよの母から、


「男の人が、そこまでするものですか」


と呆れられても、


「でも、私の子ですから」


と答えた。


それでも、二人とも何も分からなかった。


だから交代した。


それでも分からなければ、一緒に困った。


ちよは、まつの文を膝に置いた。


「怖かったですよ」


宗直が顔を上げた。


「母上も?」


あやが聞いた。


「もちろんです」


「俺のときか」


宗直が聞いた。


「あなたのときが一番怖かったです」


宗直が少し驚いた。


「俺に何かあったのか」


「初めてだったからです」


「そういうことか」


「生まれてからは、いろいろありましたけどね」


「母上」


ふみが笑った。


光成が口を挟んだ。


「俺のときは?」


「二人目だから、少しは分かると思っていました」


「では、楽だった?」


「あなたは兄と同じではありませんでした」


「……そうか」


「同じだったら楽でした」


おりんが笑った。


「まつ姉上は?」


あやが聞く。


「女の子は初めてでした」


「行嗣兄上は?」


「三人育てたから、今度こそ分かると思いました」


行嗣が嫌な予感がするという顔をした。


「思っただけですか」


「はい」


「では、私は?」


あやが聞いた。


全員があやを見た。


「どうしてみんな私を見るんです」


「五人目ですからね」


ちよが言った。


「さすがに何でも分かると思っていました」


「はい」


「間違いでした」


「母上!」


部屋に笑い声が広がった。


ちよも笑った。


五人育てても、分からないことはあった。


最初の一人なら、なおさらだった。


でも、自分には母がいた。


直成さんもいた。


今のまつには、よしがいる。


かやがいる。


季成がいる。


そして鎌倉には、自分たちがいる。


「何か送りますか?」


あやが言った。


「食べ物がいいんじゃないか」


宗直が言う。


「京まで持つものにしろ」


光成が続く。


「布は?」


ふみが言った。


「まだ子どもができたと決まったわけではありません」


行嗣が言った。


「薬は勝手に送らない方がいいですね」


おりんも加わった。


また全員が話し始めた。


ちよはしばらく聞いていた。


その横で、あやが首をかしげていた。


「本人に聞けばいいんじゃないですか?」


全員が黙った。


「何が欲しいか、まつ姉上に」


ちよは笑った。


「それが一番ですね」


光成が不満そうな顔をした。


「ここまで話したのに?」


「本人に聞くのが一番早いです」


行嗣が答えた。


「なら、最初からそうすればよかったな」


宗直が言った。


あやは首を振った。


「それでは、みんなで話せないでしょう」


「話す必要があったのか?」


「あります」


あやは断言した。


「家族ですから」


行嗣が、さっき置いた筆を取った。


「母上、返事を書きますか」


「書きます」


ちよは新しい紙を前に置いた。


少し考えて、筆を動かした。


――まつへ。


――怖くなかったか、と聞かれたので、先に答えます。


――怖かったです。


そこで筆を止めた。


あの夜の太郎の泣き声が、まだ聞こえるような気がした。


――あなたの兄を身ごもったときも、生まれたあとも、分からないことばかりでした。


――母も、最初から母だったわけではありません。


自分の母に助けてもらった。


直成さんにも助けてもらった。


失敗した。


困った。


交代した。


そうやって少しずつ母になった。


ちよは続きを書いた。


――分からないことがあったら、分からないと言いなさい。


――よし殿にも、かや殿にも、季成殿にも聞きなさい。


そして最後に、もう一行。


――一人で母になろうとしなくていいのです。


ちよは筆を置いた。


「母上」


あやが聞いた。


「なんです?」


「季成さまのことも書きました?」


「書きましたよ」


「まつ姉上が弱いことは?」


「書きません」


「どうしてです?」


「それは、まつが自分で気づけばいいことです」


あやは少し考えた。


「気づいていないんですか?」


ちよは笑った。


「たぶん」


ふみとおりんも笑った。


宗直、光成、行嗣は、また分からない顔をした。


まつは京にいる。


季成と暮らしている。


ときどき不意を突かれて、赤くなって、怒っているらしい。


そして今度は、


二人の間に、新しい家族が増えるかもしれない。


ちよは、まつの文をもう一度見た。


京へ嫁いだ娘は、


ちゃんと、幸せそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。