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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第四部 まつのいない家――和田の名が遠くなるころ 建暦元年〜建暦三年(1211〜1213年)
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第44話 まつは、季成の家族に子どものことを伝える

建暦三年(1213年)、京。



翌朝。


まつは、少しだけ後悔していた。



昨夜。


季成に、


「たぶん、子どもができます」


と伝えた。



季成は喜んだ。



それはよかった。



よかったのだけれど。



そのあと、


「父上たちにも話しましょう」


と自分で言ってしまった。



朝になってみると。



急に恥ずかしくなった。



「まつ」


季成に呼ばれる。


「何です?」


「行きます?」


「行きます」


「嫌なら、もう少しあとでも」


「行きます」


「はい」


「何です、その顔」


「どの顔です?」


「私が逃げると思ってる顔です」


「思っていません」


「本当に?」


季成は少し考えた。


「少しだけ」


「季成様」


季成が笑った。



まつはその横を歩く。



昨夜は季成と二人だった。



今日は違う。



季成の父・知成。


兄・信成。


妹・あき。



よしとかやには、昨日すでに相談している。



つまり。


今日初めて知る三人に。



自分の口で言わなくてはいけない。



「季成様」


「はい」


「季成様から言ってもいいですよ」


「私が?」


「はい」


「まつが言うと言っていませんでした?」


「昨日の私が言いました」


「今日のまつは?」


「少し考えています」


季成は足を止めた。



まつも止まる。



「では」


季成が言った。


「まつが言えるところまで言ってください」


「言えなくなったら?」


「私が続けます」


まつは季成を見る。



「最初から言ってくれてもいいんですよ」


「それだと、まつが自分で言いたかったことまで、私が取ってしまうでしょう」


まつは少し黙った。



そういうところだ。



この人は。



助ける。


でも。



勝手に代わらない。



「……ずるいですね」


「何がです?」


「今、少し安心しました」


「それなら、よかったです」


季成はまた歩き出した。



まつも隣へ並ぶ。



しばらくして。



季成の手が、まつの手に軽く触れた。



まつが見る。



「何です?」


季成が聞く。



「今、触りましたよね」


「はい」


「どうして?」


「少し緊張しているようだったので」


「手を握れば治るんですか」


「分かりません」


「分からないんですね」


「でも」


季成がまつを見る。



「私はここにいます」



まつは止まりかけた。



「……季成様」


「はい」


「朝からそれは禁止です」


「何が?」


「そういうことを急に言うの」


「昨日だけではなかったのですか」


「今日もです」


「では、明日は?」


「知りません」


季成が少し笑った。



まつは。



その手を離さなかった。



◇



知成たちのいる部屋へ入ると。


すでに信成もいた。



あきもいる。



よしとかやは、何も知らない顔をして座っていた。



いや。



知らない顔をしているつもりなのだろう。



まつには分かった。



よしはいつも通り。


かやもいつも通り。



なのに。



二人とも、少しまつを見すぎている。



「母上」


季成が言う。


「何です?」


「知っていますよね」


よしが少し笑う。


「何を?」


「そういうところは、母上の方が意地が悪いですね」


「季成」


知成が見る。


「何の話だ」


季成はまつを見る。



来た。



まつは一度、息を吸った。



「あの」


全員の目が集まった。



やっぱり。



一人ずつに言えばよかったかもしれない。



「まつ殿?」


信成が首をかしげる。



「その」


言葉が出ない。



あきが少し前へ出た。


「姉上、何かありました?」


「あります」


「何です?」


「ちょっと待って」


「はい」


あきは本当に待った。



それも困る。



この家は皆、待つ。



まつは横を見る。



季成がいる。



何も言わない。



でも。



まつが視線を向けると、ほんの少しだけうなずいた。



それだけで。



息が戻った。



「たぶん」



まつは言った。



「子どもができます」



しん。



となった。



まただ。



季成に言ったときも、こうなった。



まつはすぐに不安になる。



「まだ、たぶんです」


慌てて続ける。


「本当にそうだと決まったわけではなくて、よし様とかや殿に聞いたら、その可能性があると言われただけで――」


「まつ」


季成が呼んだ。



まつが止まる。



季成は、まつだけを見る。



「一度、息をしてください」


「……はい」



言われて。



まつはようやく、自分がほとんど息をしていなかったことに気づいた。



知成が少し笑う。



「まずは、おめでとうと言ってもいいですか」


まつは瞬きをした。



「……まだ、決まってません」


「では」


知成は言い直した。



「そうかもしれないと聞いて、うれしく思っています」



まつは少し黙った。



「はい」


今度は小さく答えた。



「ありがとうございます」



そのとき。



季成の指が、まつの手の甲へほんの少し触れた。



誰にも見せるような動きではなかった。



まつだけが分かった。



大丈夫。



そう言われた気がした。



◇



「えっ」


少し遅れて、あきの声が出た。



「兄上の子ども?」


季成が見る。


「私以外の誰の子どもだと思ったんです」


「そういう意味ではありません」


あきはまつを見る。


「本当に?」


「だから、まだ分からないって」


「でも、子ども?」


「たぶん」


「ああ……」


あきは何かを言いかけ。



止まった。



まつが見る。


「何?」


「あまり騒ぐと、母上に止められそうなので」


よしが言う。


「もう十分騒いでいますよ」


「まだです」


「まだあるの?」


まつが聞く。


あきはまつの腹を見た。



「ここに?」


「たぶん」


「小さいんですか」


「見えません」


「いつ生まれるんです?」


「まだそこまで分かりません」


「男の子?」


「分かりません」


「女の子?」


「それも分かりません」


あきは少し考えた。



「何も分からないんですね」


まつがため息をつく。


「私も昨日からそれを思ってるの」


信成が笑った。



「でも、あき」


「はい」


「今はそれでいいだろう」


「兄上は落ち着いてますね」


「お前が先に全部聞いたからだ」


「聞きたかったでしょう?」


「少しは」


「なら聞けばいいのに」


「まつ殿が話し終わるのを待っていた」


まつは思わず季成を見る。



「やっぱり、この家ですね」


季成が首をかしげる。


「何がです?」


「皆さん、本当に人が話し終わるまで待つんです」


知成が言う。


「その方が話は分かりやすいでしょう」


「二階堂家では、途中から三人くらい入ってきます」


信成が少し笑った。


「あれはあれで、楽しそうです」


「聞き取れませんよ」


「そこも含めて」


まつは笑った。



◇



そのとき。



廊下から足音がした。



「父上」



千代丸が顔を出した。



その後ろから、ゆきも来る。



「皆、何してるの?」


ゆきが聞く。



かやが二人を見る。



「お話です」


「何の?」


千代丸が聞く。



大人たちが一瞬、顔を見合わせた。



まつも迷った。



まだ決まったわけではない。



でも。



隠すほどでもない。



「千代丸」


まつが呼ぶ。



「はい」


「ゆきも」


「なに?」


二人が近づく。



まつは少し考えてから言った。



「もしかしたら」


「はい」


「二人に、従弟か従妹ができるかもしれません」


千代丸は止まった。



ゆきはもっと分からない顔をした。



「いとこ?」


「そう」


「どこに?」


ゆきが聞く。



まつは困った。



「どこにと言われると」


あきが吹き出した。



季成も少し笑っている。



「笑わないでください」


「すみません」


「まだ小さいの?」


千代丸が聞く。


「すごく小さいと思う」


「見えない?」


「見えない」


「触れる?」


「たぶん、まだ何も分からない」


千代丸は真面目に考えた。



それから。



「じゃあ、待つ」


と言った。



まつは少し驚いた。



「待つの?」


「はい」


「何を?」


「生まれるのを」


その答えに。



部屋の中が少し静かになった。



ゆきが千代丸を見る。


「ゆきも待つ」


「何ができるか分かってる?」


「いとこ」


「本当に?」


「たぶん」


大人たちが笑った。



まつも笑った。



「たぶんばっかりですね」


信成が言う。



「今はそれでいいんでしょう」


よしが答えた。



◇



少しして。


知成が季成を見る。



「お前はどうだ」


「何がです?」


「父になるかもしれないと聞いて」


季成は少し考えた。



まつは横から見る。



昨夜。



あれだけ自分には不意打ちをした男が。



父親に聞かれると。



少し困っている。



それが面白かった。



「うれしいです」


季成が答えた。



「それだけ?」


あきが聞く。


「それだけではありません」


「では?」


「まだ、よく分かりません」


あきが笑う。


「兄上も何も分からないんですね」


「初めてなので」


信成が言った。


「千代丸のとき、私もそうだった」


季成が兄を見る。


「兄上も?」


「ああ」


「もっと落ち着いていたのかと」


「外から見ると、そう見えるだけだ」


かやが笑った。



「千代丸が生まれる前の信成様は、夜中に何度も起きていましたよ」


信成がかやを見る。


「それは言わなくても」


「季成殿に教えておいた方がいいでしょう」


「なぜ」


「自分だけではないと分かりますから」


季成は少し笑った。


「ありがとうございます」


信成は少し困った顔をした。



今度はまつが笑った。



似ている。



兄弟なのだ。



穏やかで。



外から見ると落ち着いている。



でも。



中ではちゃんと困っている。



◇



よしが言った。



「まつ」


「はい」


「今、一番困っていることはありますか」


まつは考えた。



昨日までなら。



母になれるのか。



それが一番だった。



でも。



季成に話した。



よしに話した。


かやに話した。


今、皆にも話した。



少しだけ変わっている。



「まだ、何を困ればいいのか分からないです」


正直に言った。



よしがうなずく。



「それなら、分かってから考えましょう」


「そんなのでいいんですか」


「今、分からないのでしょう?」


「はい」


「では、今はそれで」



まつは少し笑った。



季成がなぜこうなのか。



また少し分かった気がする。



分からないことを。



無理に分かったことにしない。



それが、この家では普通なのだ。



◇



話が一段落したころ。



ゆきが、まつのそばへ来た。



「まつ様」


「何?」


「赤ちゃん、ここ?」


小さな手が、まつの腹を指した。



「たぶんね」


「触っていい?」


まつは少し迷った。



それから。



「少しだけ」



ゆきが、そっと手を当てた。



もちろん。



何も分からない。



ゆきも首をかしげる。



「いない」


「見えないだけかもしれないでしょう」


千代丸が言う。



「いる?」


「僕に聞いても分からない」


「じゃあ季成叔父上」


季成を見る。



「私にも分かりません」


「大人なのに?」


「大人でも分からないことはあります」


ゆきは少し考えた。



「じゃあ、よし様」


よしが笑った。



「私にもまだ分かりませんよ」


ゆきは驚いた顔をした。



「みんな分からないの?」


まつが答える。



「そうみたい」



ゆきはしばらく考えた。



それから。



「じゃあ、一緒だね」



まつは瞬きをした。



「何が?」


「みんな分からない」



まつは笑った。



「そうね」



皆、分からない。



だから。



一緒に待つ。



それでいいのかもしれない。



◇



帰り道。



季成と二人になる。



家族の前では普通にしていた。



でも。



部屋を出た途端。



まつは大きく息を吐いた。



「終わった……」



季成が笑った。



「そんなに緊張していたのですか」


「してました」


「分かりませんでした」


「嘘です」


「少し分かっていました」


「やっぱり」



まつは歩く。



けれど。



少しして。



足が止まった。



季成も止まる。



「まつ?」


「何です」


「疲れました?」


「少し」



本当は。



体より。



気持ちが疲れた。



うれしい。



怖い。



恥ずかしい。



安心した。



全部が一緒にある。



季成は少し近づいた。



「まつ」


「はい」


「今日は、もう頑張らなくていいですよ」


まつは顔を上げた。



「頑張ってません」


「そうですか」


「そうです」


「では」


季成は少し考えた。



「私が、まつのそばにいたいので、少しゆっくり帰りませんか」



まつは固まった。



「……季成様」


「はい」


「またです」


「何が?」


「不意打ち」


季成が首をかしげる。



「今のも?」


「今のもです」


「でも、本当にそう思ったので」


「それが困るんです」



まつは顔をそらした。



それから。



小さな声で言った。



「でも、ゆっくり帰ります」



季成が笑う。



「はい」



二人で歩き出す。



いつもより少し遅く。



季成は。



まつを急がせなかった。



何かを決めさせなかった。



何かを忘れさせようともしなかった。



ただ。



同じ速さで歩いた。



それだけなのに。



まつは。



ずいぶん楽になった気がした。



少しして。



まつが季成の袖をつかむ。



季成が見る。



「何です?」


「何でもありません」


「そうですか」


「聞かないんですか」


「まつが何でもないと言ったので」


まつは少し笑った。



「でも」


「はい」


「離さないでください」


季成は一瞬止まった。



それから。



まつの手を取った。



「はい」



まつの頬が熱くなる。



「……季成様」


「はい」


「今、普通に握りましたね」


「離さないでと言われたので」


「そうですけど」


「嫌でしたか」


まつは季成を見る。



いつもの顔だった。



また。



何も狙っていない。



「嫌じゃありません」



それだけ言った。



季成は。



少しだけ手に力を入れた。



強くはない。



逃げないくらい。



「では、このままで」



まただ。



まつは顔をそらした。



「そういうところです」


「何がです?」


「もういいです」



でも。



手は離さなかった。



◇



しばらくして。



まつが言った。



「母上にも知らせたいです」


「そうですね」


「文を書きます」


「今日?」


「はい」


「長くなります?」


「たぶん」


「行嗣殿くらい?」


「そこまでは」


「本当に?」


まつは季成を見る。



「季成様」


「はい」


「また少し意地が悪くなりましたね」


「誰の影響でしょう」


「私じゃありません」


「そういうことにしておきます」


まつは笑った。



そして。



家へ戻ったら。



鎌倉へ文を書こうと思った。



母へ。



自分が。



母になるかもしれないことを。



伝えるために。



その前に。



もう少しだけ。



このまま。



季成の手を握って歩いていたいと思った。

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