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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第四部 まつのいない家――和田の名が遠くなるころ 建暦元年〜建暦三年(1211〜1213年)
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第43話 まつは、季成に子どものことを伝える

建暦三年(1213年)、京。



その日の夜。


まつは、まだ季成に言えていなかった。



夕餉は終わった。


季成は机の前に座っている。


まつは少し離れたところで、何度目か分からないくらい同じ衣を畳み直していた。



「まつ」


呼ばれて、顔を上げる。


「何です?」


「それ、さっきも畳んでいませんでした?」


まつは手元を見る。



同じ衣だった。



「……気のせいです」


「そうですか」


「そうです」


季成は少しだけ笑った。



それ以上は言わない。



そのことが、今夜は少し困る。



もっと聞いてくれれば、勢いで言えるかもしれない。


でも季成は、まつが言うまで待つ。



昼間、自分でそうしてほしいと言ったのだから当然だった。



まつは衣を置いた。



「季成様」


「はい」


「少し、話があります」


季成は書物を閉じた。


「はい」



それだけ。



ちゃんとこちらを見る。



まつは急に緊張した。



何を緊張しているんだろうと思う。



戦の知らせを聞いたときだって。


鎌倉から京へ来ると決めたときだって。


季成と夫婦になりたいと言ったときだって。



もっと大きなことを言ってきたはずなのに。



今は。


一言が出てこない。



「まつ?」


「待ってください」


「はい」


「今、言います」


「はい」


「そんなに見ないでください」


季成が少し困った顔をする。


「では、どこを見ればいいですか」


「そういう意味じゃありません」


「難しいですね」


「今は冗談を言わないでください」


「分かりました」


季成は本当に黙った。



まつは息を吸った。



「今日、よし様とかや殿に聞きました」


「はい」


「月のものが遅れていて」


季成の顔から、少しだけ笑いが消えた。


「それから、朝の匂いが少し嫌で」


「はい」


「眠い日もあって」


季成は何も言わない。



まつは、腹に手を置いた。



「たぶん」


そこで止まった。



季成が待っている。



「たぶん、子どもができます」



言った。



部屋が静かになった。



季成が動かない。



まつは季成を見る。



「……季成様?」


返事がない。



「季成様」


「はい」


やっと返ってきた。



「聞こえました?」


「聞こえました」


「では何か言ってください」


「少し待ってください」


「私が待つんですか」


「はい」


「どうして?」


「今、いろいろ考えているので」


「何を?」


「何から言えばいいかを」



まつは、急に不安になった。



言う前は。


季成がどう反応するのか気になっていた。



言ったあとは。


その沈黙が気になる。



うれしくないのだろうか。



困っているのだろうか。



まだ早かったと思っているのだろうか。



まつは、自分でも驚くくらい早く悪い方へ考え始めた。



「季成様」


「はい」


「困りました?」


季成が顔を上げる。


「何がです?」


「子どもです」


「どうして?」


「だって、ずっと黙っているから」


「考えていただけです」


「何をそんなに考えるんです?」


「うれしいときに、何と言えばいいのかを」



まつは止まった。



「……うれしいんですか」


季成も止まった。



それから。



本当に驚いた顔をした。



「うれしくないと思っていたのですか」


「少し」


「どうして?」


「だって、何も言わないから」


「まつ」


「何です」



季成は、ごく普通の顔で言った。



「まつとの子どもですよ」



まつは瞬きをした。



「はい」


「私は、うれしいです」



それだけ。



本当にそれだけだった。



でも。



まつには十分すぎた。



頬が急に熱くなった。



「……季成様」


「はい」


「そういうことを急に言わないでください」


季成が首をかしげる。


「何がです?」


「そういうところです」


「今のですか」


「今のです」


「でも、聞かれたので」


「聞きましたけど」


「では、答えない方がよかったですか」


「違います」


「難しいですね」


「違うんです」


まつは顔をそらした。



「嫌じゃないから困ってるんです」



言ってから。



また言った。



前にも似たようなことを言った気がする。



季成が少し笑った。



「それなら、よかったです」


「よくありません」


「なぜです?」


「私だけ恥ずかしいからです」


「私は恥ずかしくないですよ」


「それもずるいです」


季成はまた少し笑った。



◇



少しして。


まつは、もう一度腹に手を置いた。



「でも」


「はい」


「まだ、本当にそうだと決まったわけではありません」


「そうですね」


「よし様も、そう言っていました」


「はい」


「だから、喜びすぎるのも」


「まつ」


「何です?」


「もう喜んでしまったので、そこは仕方ありません」


まつは季成を見る。



「仕方ないんですか」


「はい」


「もし違ったら?」


「そのときは、そのときです」


「そんな簡単に」


「簡単ではありません」


季成は言った。


「でも、今、まつが子どもかもしれないと思っていて、私もそれを聞いてうれしい。それは、今のことです」



まつは黙った。



また。



不意打ちだ。



「……季成様」


「はい」


「今のもです」


「何が?」


「急に言わないでください」


「普通に話しているだけですが」


「それが困るんです」


「すみません」


「謝らないでください」


「では」


季成が少し迷う。


まつが先に言った。


「ありがとうございます」


季成は少し笑った。


「はい」



◇



しばらく二人とも黙っていた。



まつが言う。



「私、ちゃんと母になれるんでしょうか」


言ってから。



自分でも驚いた。



こんなことを季成に聞くつもりはなかった。



もっと。


私は大丈夫です、と言うつもりだった。



でも。



口から出てしまった。



季成は、すぐには答えなかった。



「分かりません」


まつが顔を上げる。



「そこは大丈夫と言うところじゃないんですか」


「まだ子どもがいるかも分からないのに、まつがどんな母になるかは分かりません」


「そうですけど」


「私がどんな父になるかも分かりません」


まつは少し黙った。



それは、そうだ。



季成は続けた。



「でも」



まつを見る。



「まつ一人で母になるわけではないでしょう」



まつは止まった。



季成は、そのまま言う。



「私もいます」



まつは何も言えなかった。



「母上もいます。かや殿もいます。父上も、兄上も、あきもいます。千代丸も、ゆきもいます」


「子どもまで数えるんですか」


「家族なので」


「……はい」


「鎌倉には、ちよ殿もいます」


まつの胸が少し熱くなる。



「だから」



季成は静かに言った。



「まつだけが、ちゃんとしなくてもいいと思います」



まつは顔をそらした。



「季成様」


「はい」


「それは、ずるいです」


「何がです?」


「今、私が一番言われたかったことです」


季成は少し驚いた。



「そうだったのですか」


「気づいてなかったんですか」


「はい」


「本当に?」


「本当に」


まつはため息をついた。



やっぱり。



狙って言っているわけではない。



だから余計に弱い。



◇



「季成様」


「はい」


「手、出してください」


季成が手を出す。



まつは、その手を取った。



それから。



自分の腹の上へ置いた。



季成が固まった。



「……まつ」


「何です?」


「まだ、何も分かりませんよね」


「分かりません」


「動くわけでも」


「動きません」


「では、これは」


「いいから」



季成は黙った。



まつの腹に。



季成の手がある。



何も起きない。



当然だった。



それでも。



二人とも手を動かさなかった。



「季成様」


「はい」


「何か分かります?」


「何も」


「ですよね」


「はい」


「じゃあ、何でそんなに真面目な顔してるんです?」


「まつが手を置いたので」


「それだけ?」


「それだけです」



まつは少し笑った。



そのまま。



季成が言った。



「男の子でしょうか」


「分かりません」


「女の子でしょうか」


「分かりません」


「どちらがいいですか」


まつは少し考えた。



「どちらでも」


「私もです」


「本当に?」


「はい」



季成は少し考えて。



また。



普通の声で言った。



「まつとの子どもですから」



まつは固まった。



「……季成様」


「はい」


「今日はもう、それ禁止です」


「何が?」


「そういうのです」


「どういうの?」


「急にうれしいことを言うの」


「禁止なのですか」


「禁止です」


「いつまで?」


「今日は」


季成が少し笑った。



「では、明日から」


「そういう意味じゃありません」


「難しいですね」


「絶対わざとでしょう」


「少しだけ」



まつは目を見開いた。



「今、認めましたね」


「はい」


「季成様!」


季成が笑った。



今度は、まつも笑った。



◇



夜。



二人は並んで座っていた。



いつもなら、季成は書物を読む。



まつも何かしている。



でも。



今日は二人とも何もしていなかった。



「季成様」


「はい」


「父上たちには、いつ言います?」


「まつが話したいときでいいと思います」


「明日でも?」


「はい」


「母上とかや殿には、もう話してあります」


「聞きました」


「だから、まだ知らないのは、知成様と信成殿と、あきですね」


「そうですね」


「明日、話しましょうか」


「はい」


「まだ決まったわけではないことも、一緒に」


「そのまま伝えればいいと思います」


「そうですね」



まつは少し考えた。



「それから、鎌倉にも」


「はい」


「母上にも聞きたいことがあります」


「何を?」


「私を身ごもったときのこと」


季成はうなずいた。



「それは、ちよ殿にしか聞けませんね」


「はい」



まつは少し笑った。



京都にも家族がいる。



鎌倉にも家族がいる。



そして。



もし本当に子どもができているなら。



また一人。



家族が増える。



「季成様」


「はい」


「うれしいですか」


季成がまつを見る。



「さっき言いました」


「もう一回」


季成は少し笑った。



「聞こえなかったのですか」


「聞こえました」


「では?」


「もう一回聞きたいです」



今度は。



季成も少し照れたように見えた。



ほんの少しだけ。



それがうれしかった。



「うれしいです」



まつは笑った。



「私もです」



それから。



少しだけ間を置いて。



「まだ、怖いですけど」


「はい」


「でも、うれしいです」


「はい」



季成はまつの手を取った。



「まつ」


「何です?」


「今は、それでいいと思います」



まつは。



今度は照れなかった。



ただ。



季成の手を握り返した。



「はい」



夫婦になってから。



分からないことは、ずっと増えている。



相手のこと。



自分のこと。



家族のこと。



これからのこと。



そして今。



まだ姿も見えない子どものこと。



分からないことばかりだった。



けれど。



一人で分からなくてもいい。



それだけは。



少し分かった気がした。

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