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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第四部 まつのいない家――和田の名が遠くなるころ 建暦元年〜建暦三年(1211〜1213年)
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第40話 二階堂家は、父のいない家で答えを出す

建暦三年(1213年)、鎌倉。



宗直が帰ってきたとき、二階堂家では夕餉の支度が始まっていた。


まだ、日が高かった。


ふみは夫の顔を見て、手を止めた。


「何かありました?」


「皆で話しておきたい」


いつもの、仕事で疲れた顔とは違った。


ちよが奥から出てくる。


光成も、裏口で使っていた道具を置いた。行嗣は宗直と一緒に帰ってきていた。


あやが兄たちを見比べる。


「私も?」


宗直はうなずいた。


「お前も」


あやは持っていた椀を、そっと置いた。


◇


宗直は、皆が座るのを待ってから口を開いた。


「和田殿と御所の間が、ますます悪くなっている」


誰も驚かなかった。


けれど、家の者がそろったところで聞くと、外で聞く噂とは違う重さがあった。


「戦になるのか」


光成が聞いた。


「そこまでは分からない」


「ならないこともある?」


あやの問いに、宗直はうなずく。


「ある。そうなってほしいと思っている」


「でも、なったときのことを考えるのね」


ちよが言った。


「ああ」


宗直は膝の上で手を組んだ。


「俺と行嗣は、御所に呼ばれる。家へ戻れないこともある。そのときは、光成に――」


「待ってください」


ふみが言った。


宗直が顔を上げる。


「家のことを全部、光成様に頼むつもりですか?」


「いや、全部というわけでは」


「今、そう聞こえました」


光成が口を挟む。


「俺は構わないぞ」


おりんが夫を見る。


「あなたも、すぐ全部引き受けないでください」


「まだ引き受けてない」


「引き受ける直前でした」


あやが兄二人を見た。


「二人で全部やったら、私たちは何をするの?」


宗直は口を閉じた。


ちよが少し笑う。


「だから、皆を呼んだのでしょう。まず話を聞きましょう」


宗直は一度、息を吐いた。


「……そうだったな」


◇


最初に話したのは、光成だった。


「戸と裏口は見た。水も増やした。ただ、桶が同じところに寄りすぎてる」


「どうして困るの?」


あやが聞く。


「そこへ火が来たら、近づけなくなる」


部屋が静かになった。


光成は続けた。


「表と裏に分ける。火の粉が飛んできたら、屋根や垣も見ないといけない」


おりんがうなずく。


「水を運ぶ人も決めましょう。桶だけ置いて、皆が別のことをしていたら間に合いません」


「家人にも頼む」


「私から話します。子どもたちを見ている人まで、全員外へ出ないように」


ふみが言った。


「小さい子は奥の部屋へ集めましょう。ばらばらにいると、探すことになります」


「では、私もそちらにいるわ」


ちよが答えた。


あやが手を上げる。


宗直が少し戸惑った。


「何だ」


「米と味噌は、ある。でも、米があっても、飯になってないとすぐ食べられないでしょう」


ふみがあやを見た。


「そうね」


「今のうちに炊いておいたら?」


おりんが立ちかけた。


ちよが袖を軽く押さえる。


「話を決めてから、一緒にやりましょう」


「ああ、そうでした」


おりんは座り直した。


光成が少し笑う。


「お前もすぐ動くじゃないか」


「炊事と物見は違います」


「まだ何も言ってないぞ」


「言いそうでした」


そのやり取りに、皆の肩が少し緩んだ。


◇


行嗣は、手元に紙を広げていた。


宗直が見る。


「何を書いてる」


「今、決まったことです」


「全部か?」


「あとで、言った、聞いてない、となると困るので」


あやがのぞき込む。


「私の飯の話も?」


「書いた」


「じゃあ、それが一番大事」


「順番はあとで決める」


「今決めればいいでしょう」


光成が笑った。


行嗣も少し笑ったが、すぐに筆を止めた。


「もう一つ、決めたいことがあります」


皆が行嗣を見る。


「兄上と私が帰れなくても、探しに来ないでください」


ふみの表情が変わった。


宗直も、すぐには何も言わなかった。


行嗣は言葉を選んだ。


「帰りが遅いからと、誰かが御所へ向かう。途中で行き違えば、今度はその人を探すことになります」


「でも、何も分からなかったら」


あやが言った。


「心配でしょう」


「心配だと思う」


行嗣は答えた。


「だから、知らせを出せるときは出す。戻る道が危なければ、無理に帰らず御所にいる」


宗直がうなずいた。


「俺もそうする」


ふみが夫を見つめる。


「帰ると言ったから、と無理をしないでください」


「ああ」


「約束ですよ」


宗直は今度は、ふみの顔を見て答えた。


「約束する」


ちよが皆を見渡した。


「知らせがないうちは、決めたとおりに待ちましょう。待つ方も、勝手に動かない。それでどう?」


光成がうなずいた。


おりんも、ふみも続いた。


あやだけは少し考えてから、小さくうなずいた。


◇


「それでも、この家にいられなくなったら?」


おりんが聞いた。


光成は、庭の方を見た。


「裏から出られる。道も――」


「行き先まで決めましょう」


ふみが言う。


「出てから考えていたら、子どもを連れて迷うことになります」


宗直は、近くにある親族の家の名を挙げた。


光成が首を振る。


「そこへ行く道が塞がるかもしれない」


「では、もう一か所」


行嗣が紙に書き足す。


道を知る光成と、人のつながりを知る宗直が話し合った。


ふみとおりんは、子どもたちを誰が連れるかを決めた。


あやは持ち出すものを挙げ、ちよが多すぎる荷を減らした。


「椀も?」


「人数分を全部は持てないわ」


「でも、食べるとき困るでしょう」


「まず、皆で出ること」


あやは黙って、椀を数えていた指を折った。


やがて、行嗣が聞いた。


「父上の書付は、どうします?」


宗直の目が、奥の棚へ向いた。


父が残した紙がある。


家のことも、仕事のことも、よく分からない覚書も入っている。


光成が言った。


「俺が運べば――」


「光成様」


おりんの声で、光成は止まった。


ちよが棚を見た。


少し長く見てから、言った。


「家や土地の大事な書付は、取り出せるようにしておきましょう。あの人のものは、そのあと」


行嗣が顔を上げる。


「全部は、持てないと思います」


「ええ」


「そのときは、置いていきましょう」


誰も、すぐには返事をしなかった。


ちよは膝の上の手をほどいた。


「紙を取りに戻って、誰かが帰ってこなくなるのは困るわ」


宗直が、ゆっくりとうなずいた。


「分かった」


行嗣はそのことも書いた。


◇


ひととおり話し終えると、宗直は紙を自分の方へ向けた。


皆で決めたことが、何行にもなっていた。


「父上がいたら、どうしただろうな」


つい、口から出た。


光成が紙を見る。


「まだ聞くことがあると言いそうだ」


「あるでしょうね」


ちよが答える。


あやが顔をしかめた。


「まだあるの?」


「あの人ならね」


少し笑いが起きた。


宗直は、父の座っていた場所を見た。


ここで父が口を開けば、自分たちはまた、その話を聞いただろう。


けれど、今日は自分が話し始めた。


途中でふみに止められた。


光成が道を考え、おりんが人手を考えた。あやが飯のことを言い、三郎が紙に残した。


母が、持っていくものを減らした。


宗直は紙を置いた。


「これでいこう」


皆の顔を見て、続ける。


「変わったことがあれば、また話す。俺がいなければ、家にいる者で決めてくれ」


光成がうなずいた。


「分かった」


ふみが、ようやく少し笑った。


「では、まず飯を炊きましょう」


あやが立ち上がる。


「やっぱり飯が一番だった」


「お前は米を量ってくれ」


宗直が言うと、あやは得意そうに袖をまくった。


◇


やがて、鎌倉で戦が始まった。


和田方の軍勢と幕府方がぶつかり、二階堂家にも、人の叫びや馬の走る音が届いた。


宗直と行嗣は、御所から戻らなかった。


ふみは何度か門の方を見た。


それでも、履物を出すことはしなかった。


奥では子どもが泣いていた。


ちよが抱き寄せ、おりんが水を運ぶ。あやは握った飯を盆へ並べた。


光成は表と裏を行き来した。


桶を一つ動かすと、与一が小さな桶を持ってきた。


「ここ?」


「ああ。そこに置け」


「僕も外を見る?」


「お前は中にいてくれ。梅が怖がったら、そばにいてやれ」


与一は奥を振り返った。


それから桶を置き、妹のところへ戻っていった。


光成は、もう一度門を見た。


宗直と行嗣は、まだ帰らない。


外へ出れば、何か分かるかもしれない。


そのとき、後ろからおりんが飯を差し出した。


「食べてください」


「あとでいい」


「今、手が空いています」


光成は妻を見た。


おりんの手も、少し震えていた。


光成は飯を受け取った。


「お前も食べろ」


「はい」


二人は立ったまま、少しずつ食べた。


◇


戦が終わったという知らせが届いても、家の者はしばらく動けなかった。


外が静かになっている。


それが、かえって落ち着かなかった。


日が傾いてから、宗直と行嗣が戻ってきた。


ふみは宗直の姿を見ると、門口まで歩いていった。


袖に触れ、顔を確かめる。


「怪我は?」


「ない」


行嗣も、ちよに同じことを聞かれていた。


光成が二人を家へ入れた。


宗直は座って、水を飲んだ。


それから告げた。


「和田殿が、亡くなられた」


あやの手が止まった。


「……もう、来ないの?」


宗直はうなずいた。


以前、鎌倉で会った大きな声の人を、あやは思い出した。


家の中で和田の名を聞くことは、これからもあるだろう。


でも、あの声を聞くことはない。


あやは盆を持ち直し、皆の前に椀を置いた。


誰も、明るい話を探さなかった。


しばらくして、宗直が光成に聞いた。


「家はどうだった」


「決めたとおりにした」


光成は答えた。


「皆、ここにいる」


宗直は奥を見た。


子どもたちがいる。


ふみがいる。おりんがいる。


母と弟と妹が、自分を見ている。


「そうか」


宗直は、それだけ言った。


ふみが飯をよそった。


「少しでも食べてください」


宗直は素直に椀を受け取った。


行嗣も、隣で箸を取る。


ちよは二人が食べ始めるのを見てから、自分の椀を持った。


◇


寝る前、行嗣は昼に書いた紙を広げた。


米の量。


水桶の場所。


家を出るときの行き先。


兄たちが帰らないときのこと。


書いたときには、どれも、そうなったら困ると思っていた。


実際に困った。


怖かった。


それでも、何をするかは決まっていた。


行嗣は空いたところへ、今日のことを書き足した。


そばを通ったちよが、手元を見る。


「それも残すの?」


「はい。次に困ったとき、使えるかもしれません」


ちよは紙に並ぶ家族の役目を見た。


直成の字ではなかった。


三郎の字で、皆の話が書いてあった。


「そうね」


「片づけたら、もう寝なさい」


「母上も」


「ええ」


部屋の向こうでは、光成が門の掛け木を確かめていた。


おりんが何か言い、光成が小さな声で答えている。


宗直は子どもの寝顔をのぞき込み、ふみに寝床へ促されていた。


あやは米櫃の蓋を閉めてから、こちらへ来た。


「明日の分も、あるよ」


ちよは娘の肩に手を置いた。


「では、明日も炊きましょう」


あやがうなずいた。


父のいない家で、皆で決めた一日が終わった。

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