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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第四部 まつのいない家――和田の名が遠くなるころ 建暦元年〜建暦三年(1211〜1213年)
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第39話 光成は、父なら見に行くかを考える

建暦三年(1213年)、鎌倉。



それからしばらくして、光成は家の戸を直していた。


正確には、直すというより、何度も確かめていた。


閉める。


開ける。


また閉める。


少し揺らす。



「光成様」


後ろから、おりんの声がした。


「何だ」


「それ、朝から何回目です?」


「数えてない」


「私は数えました」


光成の手が止まる。


「何回だ」


「七回です」


「そんなに?」


「はい」


少し離れたところで、あやが笑った。


「兄上、戸と仲良くなったね」


「なってない」


「ずっと話してるみたい」


「話してない」


「じゃあ、何してるの?」


光成は戸を見る。


「閉まるか確認してる」


あやも戸を見る。


「閉まってるよ」


「今はな」


「じゃあいいでしょう」


「今よくても、あとで駄目になるかもしれない」


あやが首をかしげる。


「戸って、そんなに急に気が変わるの?」


おりんが吹き出した。


光成は少しだけ困った顔をした。



家の中には、いつもの声があった。


けれど。


外では、和田一族と幕府の間の緊張が続いていた。



宗直は御所へ行く日が増えた。


行嗣も書付の仕事で呼ばれることがある。


鎌倉の道では、武具を持った御家人たちを以前より多く見かけるようになった。



だからこそ。


光成は、何かしていたかった。



◇



「見てきたいんでしょう」



おりんが言った。



光成は戸から手を離した。


「何を」


「和田殿の屋敷のあたり」


光成は返事をしなかった。



それで十分だった。



おりんはため息をつく。


「やっぱり」


「近くまでだ」


「昨日も聞きました」


「昨日より様子が変わってるかもしれない」


「だから見に行く?」


「自分で見れば分かることもある」



光成はそう言ってから、少し黙った。



自分で見る。



それは父がよくしていたことだった。



誰かから聞いた話だけで決めない。


できるなら、現場を見る。



土地なら土地を見る。


道なら道を見る。


水なら水を見る。



光成は、その考え方が好きだった。



だから。


和田の屋敷の近くへ行けば、何か分かる気がした。



人が集まっているのか。


武具を運んでいるのか。


道の様子はどうか。



見れば分かる。



そう思った。



けれど。



光成は門の方を見る。



父なら。



どうするだろう。



◇



「行かないんですか?」



おりんが聞いた。



「考えてる」


「珍しいですね」


「どういう意味だ」


「いつもなら、もう履物を履いてます」


「俺だって考える」


「知っています」


「今、絶対そう思ってなかっただろ」


「少しだけ」



光成は苦笑した。



そこへ行嗣が来た。



手に紙を持っている。



「兄上」


「何だ」


「御所へ持っていく書付を預かりました」


「今から行くのか?」


「呼ばれているので」


光成が少し眉を寄せた。



「気をつけろよ」


「はい」


行嗣は門へ向かおうとして、光成を見る。



「兄上は?」


「俺は……」



光成は一度、門を見る。



「和田殿の屋敷の近くを見てこようと思ってた」


行嗣の足が止まる。



「何のためにです?」


光成が少しむっとする。


「様子を見るためだ」


「見たあと、どうします?」


「それは見てから考える」


「兄上が見なければ困ることですか?」


光成は黙った。



おりんが行嗣を見る。


「私はさっきから、それを聞いていたんです」


「そうなんですか」


「そうです」


光成が言う。


「二人で責めるな」


「責めてません」


二人がほとんど同時に答えた。



あやが笑う。


「兄上、負けてる」


「まだ負けてない」


「勝負だったの?」


光成はまた黙った。



◇



行嗣が言う。



「父上なら、どうしたでしょう」



光成は弟を見る。



昨日。


宗直も同じようなことを考えたと言っていた。



父ならどうする。



光成は少し考える。



「見に行ったかもしれない」


行嗣がうなずく。


「父上、気になると確かめましたからね」


「そうだ」


「でも」


「でも?」



行嗣は少し考えてから言った。



「父上は、必要のないところまで見に行ったでしょうか」



光成は答えなかった。



それは違う気がした。



直成は細かかった。


確認も多かった。


何でも知りたがった。



けれど。


面白そうだから、というだけで危ないところへ首を突っ込む人ではなかった。



少なくとも。


家族まで巻き込むようなことはしなかった。



光成は腕を組んだ。



「父上なら、まず聞くな」


「何を?」


「何のために行くんですか、って」


行嗣が少し笑う。


「言いそうですね」


おりんも笑った。



光成は顔をしかめた。



「それから」


少し考える。


「見に行って、それで何をするんですか、って聞く」


あやが言う。


「父上、面倒だね」


ちよが奥から声を出した。


「今ごろ気づいたの?」


あやが振り返る。


「母上は知ってた?」


「ずっと前から」


「それでも結婚したの?」


「それとこれとは別よ」



光成まで笑った。



少しだけ。


家の空気が軽くなる。



◇



笑いが収まってから。


光成はもう一度、門を見た。



父ならどうする。



さっきまでは、その答えを探していた。



でも。



少し違うのかもしれない。



父なら行くか。


行かないか。



それを当てることが大事なのではない。



なぜ行くのか。


行って何をするのか。


それを自分で考えることの方が大事だった。



光成は息を吐いた。



「今日は行かない」



おりんが何も言わずに光成を見る。



行嗣が聞く。



「いいんですか」


「ああ」


「気になるでしょう」


「気になる」



光成は認めた。



「でも、俺が今そこへ行っても、家の役には立たない」



行嗣がうなずく。



光成は続けた。



「それに、和田殿の屋敷の近くに俺がいるところを誰かに見られたら、別の意味を持つかもしれない。ただ見に行っただけだと言っても、見た人には分からない」


行嗣が少し驚いた顔をした。



「兄上」


「何だ」


「昨日、私が言ったこと覚えてたんですか」


「覚えてる」


「あまり聞いてないと思ってました」


「聞いてる」


「本当に?」


「お前まで確認するな」



おりんが笑った。



「では、今日は何をします?」


光成は戸を見る。



「これを直す」


あやがすぐ言う。


「まだ直すの?」


「閉まりにくいところがある」


「七回閉まったよ」


「七回閉まっても、八回目に閉まらないかもしれない」


おりんが言う。


「三本目の掛け木は駄目です」


「まだ言ってない」


「言う顔です」


「また顔か」



あやが笑った。



いつもの二階堂家だった。



◇



行嗣は御所へ向かった。



光成は本当に家に残った。



戸を直す。


裏口を見る。


水の入った桶の場所を確かめる。


食べ物がどのくらいあるかを見る。



途中から、あやもついてきた。



「これは?」


「水」


「見れば分かる」


「何日も外へ出にくくなったときのためだ」


「そんなことになるの?」


光成は少し迷った。



「ならないかもしれない」


「じゃあ、いらない?」


「ならなかったら、それでいい」



あやは桶を見る。



「水ならあとで飲めるもんね」


「そういうことだ」


「魚は?」


「何で魚なんだ」


「食べるでしょう」


「日持ちしない」


「じゃあ米」


「米はある」


「味噌」


「ある」


「お菓子」


「それは違う」


「どうして?」


「必要なものを考えてる」


「お菓子も必要でしょう」



光成は妹を見る。



あやは真顔だった。



「……少しなら必要かもしれない」


「でしょう?」



おりんが後ろから言う。



「光成様、甘やかさないでください」


「家の空気を明るくするのも大事だ」


「今考えましたね」


「少し」



また笑いが起きた。



◇



夕方。


宗直が戻ってきた。



今日は早かった。



ふみが驚く。



「今日は帰れたんですね」


「今日はな」


「飯は?」


「まだ」


「では座ってください」


宗直はすぐ座った。



昔より。


ずっと素直になっている。



光成が兄の前へ来る。



「今日、和田殿の屋敷を見に行こうと思った」


宗直の箸が止まる。



「行ったのか?」


「行ってない」



宗直が光成を見る。



「何でやめた」


「父上ならどうするか考えた」



宗直が少し笑った。



「昨日の俺みたいだな」


「そうか?」


「ああ」



光成は少し恥ずかしそうに頭をかいた。



「最初は、父上なら見に行くと思った」


「ありそうだな」


「でも、何のために行くんですかって聞くと思った」


宗直が笑う。



「それもありそうだ」


「それで考えたら、俺が今見に行っても仕方ない」



宗直はうなずいた。



「それで家にいた?」


「ああ」


光成は少し胸を張る。



「戸も見た。裏口も見た。水も増やした。米も確認した」


おりんが言う。



「戸は見すぎです」


「そこは言うな」


宗直が笑った。



あやも言う。


「七回だよ」


「今はもっとだ」


「増えてる!」



家中に笑いが広がった。



宗直も、久しぶりに声を出して笑った。



◇



少しして。


宗直が真面目な顔に戻った。



「でも、光成」


「何だ」


「今日は行かなくてよかったと思う」


光成も顔を変える。



「そんなに悪いのか」


「少しずつな」



宗直は答えた。



「誰がどこへ出入りしたかまで、見られている」


行嗣が帰ってきたばかりで、その言葉を聞いた。



「御所でも同じです」


光成が弟を見る。



「何かあった?」


「まだ、戦ではありません」


「まだ?」


行嗣は少しだけ言葉を選んだ。



「でも、皆が相手の動きを気にしています」



部屋が静かになる。



あやが言う。



「じゃあ、本当に行かなくてよかったね」


光成はうなずいた。



「そうだな」



少し間があった。



あやが続ける。



「父上のおかげ?」


光成は考えた。



「半分かな」


「半分?」


「父上ならどうするか考えた。でも、行かないと決めたのは俺だ」


あやがにやっとする。



「じゃあ兄上、えらいね」


光成も少し笑う。



「たまにはな」


おりんが言う。



「たまにですか」


「そこは否定してくれ」


「考えておきます」


「今答えてくれ」



また笑いが戻った。



ちよはその様子を見ていた。



宗直は宗直なりに。


光成は光成なりに。



父のことを思い出している。



でも。



父と同じ答えを出しているわけではない。



それでいい。



直成がいたら。


きっと。


一人ひとりの話を聞いたあとで、また面倒な質問をしただろう。



その顔が少し浮かんで。



ちよも笑った。



◇



夜。



光成はまた戸を見ていた。



おりんが後ろから言う。



「八回目?」


「これは最後」


「さっきも最後と言いました」


「今度こそ」


あやが部屋の奥から叫ぶ。



「兄上!」


「何だ!」


「お菓子も確認した?」


光成が止まる。



おりんが笑い出した。



「確認してませんね」


「必要なのか?」


「家の空気を明るくするんでしょう?」


光成は少し考える。



「……確認してくる」


「光成様」


「何だ」


「それは食べたいだけでしょう」


光成は答えなかった。



あやが笑う。



宗直も笑う。



行嗣まで笑った。



外では。


鎌倉の空気が少しずつ張りつめている。



でも。



二階堂家の中では。



今日も誰かが余計なことを言い。


誰かが止め。


誰かが笑っていた。



父はいない。



それでも。



父と一緒に作ってきた家は。



まだここにあった。




【和田合戦までの流れ】


泉親衡の謀反計画が発覚してから、和田義盛と北条義時側の関係は少しずつ悪化していきました。


和田一族の処遇や、和田胤長の屋敷をめぐる問題なども重なり、双方の緊張は高まっていきます。


しかし、この段階ではまだ鎌倉市中での戦闘は始まっていません。


だからこそ、人々にとって難しかったのは、「誰が何をしようとしているのか」が完全には見えないことでした。


ただ様子を見に行くことさえ、状況によっては「どちらかに加わった」と受け取られる可能性があります。


二階堂家は、そうした曖昧な状況の中で、外の争いへ不用意に踏み込まず、自分たちが守れる家と暮らしへ意識を戻していきます。

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