↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第四部 まつのいない家――和田の名が遠くなるころ 建暦元年〜建暦三年(1211〜1213年)
PR
48/113

第37話 二階堂家は、和田の名を静かに聞く

建暦三年(1213年)、鎌倉。



まつが京へ嫁いでから、二階堂家の食卓は少しだけ広くなった。


人数が減ったからではない。


あやが、その分までよくしゃべるようになったからだった。



「それ、私の魚です」


あやが言った。


光成の箸が止まる。


「取ってない」


「今、見てたでしょう」


「見ただけだ」


「見たあと取るつもりだった」


「そこまで分かるのか」


「分かります」


おりんが横から魚を見る。


「光成様、自分のがありますよ」


「分かってる」


「では、なぜあやのを見るんです?」


光成は少し考えた。


「大きさを比べただけだ」


「何のために?」


「……何となく」


「土地なら測るのに、魚は何となくなんですね」


宗直が吹き出した。



少し離れたところでは、行嗣が何かを書いている。


あやが気づいた。


「何を書いてるの?」


「今日のことです」


「魚のこと?」


「それは書いてません」


「書かないでよ」


「書きません」


光成がのぞき込む。


「なら、何を書いてるんだ」


「昨日、頼まれた書付のことです」


「家でまで書くのか」


「忘れるので」


宗直が言った。


「父上みたいになってきたな」


行嗣が顔を上げる。


「どこがです?」


宗直は答えず、ふみを見る。


ふみも少し笑っていた。



ちよは何も言わず、汁をよそった。



いつもの二階堂家だった。



まつの席だけが空いている。



けれど、京から手紙が届くたび、その空いた場所にも少しだけ声が戻ってくる。



◇



その日の昼すぎ。


門の方から男の声がした。



あやが真っ先に顔を上げた。



「和田殿?」


宗直が眉を寄せる。


「違う」


「まだ見てもいないのに?」


「声が小さい」



光成が笑った。


「確かに」


あやは少し残念そうだった。


「和田殿なら、もっと聞こえる?」


「門の外からでも分かる」


宗直が答えた。



ちよも少し笑った。



和田義盛は、昔から声が大きかった。


家へ来れば、狭い座敷がさらに狭く感じた。


飯を出せばよく食べた。



一度など、土産だと言って肉を持ってきたのに、結局自分で一番多く食べて帰ったことがある。



「腹が減った」


そう言って。



直成が、


「それは、土産ではなく持ち込みでは?」


と真面目に返していた。



義盛は少し考えてから、


「なるほど」


と笑った。



ちよは、そのときのことを思い出した。



けれど。



今日、門の前にいる男は笑っていなかった。



◇



使いの者だった。



宗直が話を聞く。



戻ってきたとき、顔が少し固い。



ふみがすぐに気づいた。


「仕事?」


「ああ」



宗直は短く答えた。



「これから御所へ行く」


「何かあったんですか」


行嗣が聞く。



宗直はすぐには答えなかった。


家族の顔を一度見た。



「謀反の話が出ている」


部屋が静かになった。



あやが首をかしげる。


「謀反?」


行嗣が説明する。


「鎌倉殿に逆らって、力ずくで今の仕組みを変えようとすることです」


「戦になるの?」


「まだ分からない」


宗直が答えた。



その言葉に、ちよが顔を上げる。



まだ分からない。



宗直は続けた。



「捕らえられた者がいる。その中に、和田一族の名もあるらしい」


あやの顔から笑いが消えた。



「和田殿も?」


「義盛殿本人ではない」


宗直ははっきり言った。


「少なくとも、今聞いている話では違う」


「では、大丈夫なの?」


「それも、まだ分からない」



宗直は同じ言葉を繰り返した。



ちよは黙って聞いていた。



光成が聞く。


「誰が捕まった?」


「詳しくは御所へ行かないと分からない」


「何をしたんだ?」


「それもだ」



光成は少し不満そうな顔をする。



「何も分からないじゃないか」


宗直は弟を見る。



「だから行くんだ」



◇



宗直は支度を始めた。



ふみが何も言わず、上に着るものを持ってくる。



「今日は冷えます」


「すぐ戻る」


「それを信じて、何度夕餉を温め直したと思ってるんです?」


宗直が止まった。


「……遅くなるかもしれない」


「最初からそう言ってください」



ふみは宗直の肩へ衣をかけた。



宗直は少しだけ笑う。



「ありがとう」


「帰ってきてからでいいです」


「何が?」


「お礼です」


「今言ってもいいだろう」


「では、帰ってきたらもう一度お願いします」


宗直は困ったように笑った。



あやが二人を見ている。



「兄上」


「何だ」


「和田殿に会う?」


宗直は少し考えた。


「分からない」


「会ったら」


あやは少し迷った。



「また来てって言って」


宗直は返事をしなかった。



あやが続ける。


「でも、魚は自分のを食べてって」


光成が吹き出した。



張っていた空気が、少しだけ緩んだ。



宗直も笑う。


「分かった。会えたらな」



◇



宗直が出ていったあと。



光成は庭へ出ようとした。



おりんが袖をつかむ。



「どこへ?」


「少し見てくる」


「何を?」


「町の様子を」


「どこまで?」


「和田殿の屋敷の近く――」


「駄目です」



光成が止まる。



「まだ何も言ってない」


「言いました」


「近くまでだ」


「今、和田家の近くをうろうろして、何になるんです?」


光成は黙った。



おりんは続ける。



「何か分かります?」


「人の出入りくらいは」


「それを見たら、次はもっと近くへ行くでしょう」


光成が少し目をそらした。



「行きますね?」


「……たぶん」


「では駄目です」



行嗣が横から言った。


「今、兄上が和田殿の屋敷へ行ったという事実だけが残る可能性もあります」


光成が弟を見る。



行嗣は続けた。


「何をしに行ったのかは、見た人には分かりません」


「見に行っただけだと言えば」


「聞かれれば言えます。でも、聞かれなければ?」


光成が黙る。



おりんが言った。


「今日は家にいてください」


「二人がかりか」


「一人でも止めます」


「そうだろうな」



光成は庭へ出るのをやめた。



ちよは、そのやり取りを見ていた。



◇



「母上」


行嗣が聞いた。



「父上なら、どうしたでしょう」



部屋が少し静かになった。



ちよはすぐには答えなかった。



昔なら。



直成がいたなら。



きっと、いくつも聞いただろう。



誰が見たのか。


誰から聞いたのか。


本人は何と言っているのか。



それから。



分からないことは、分からないままにしただろう。



けれど。



ちよはそれを口にしなかった。



「さあ」



行嗣が少し驚く。



「分からないんですか」


「分からないわよ」


「長く一緒にいたのに?」


「長く一緒にいたからって、何でも分かるわけじゃないでしょう」



ちよはそう言ってから、少し考えた。



「ただ」


皆が見る。



「今、私たちに分かっていることは何?」


行嗣が答える。



「謀反の疑いで捕らえられた者がいる」


「それから?」


「和田一族の者も含まれているらしい」


「それから?」


「義盛殿本人が謀反をしたと確認できたわけではない」


「それだけ?」


行嗣は少し考える。



「今のところは」



ちよはうなずいた。



「では、今はそれだけでいいでしょう」



光成が聞く。



「何もしない?」


「宗直は仕事に行ったわ」


「俺は?」


「家にいる」


「それだけ?」


「戸が壊れていないか見てくれたら助かるけど」


光成が少し不満そうな顔をした。



おりんが言う。



「ほら、仕事ができました」


「戸締まりか」


「大事でしょう」


「大事だけど……」



あやが手を上げた。



「私は?」


「魚を守る」


光成が言った。



「兄上から?」


「和田殿から」


「まだ来てないでしょう」


「だから今のうちに」


あやが笑った。



ちよも笑った。



それでいいと思った。



分からないうちから、誰かを敵にしない。



でも。



何も起きないと決めつけもしない。



家でできることをする。



宗直は宗直の仕事をする。



それぞれが、自分の場所にいる。



◇



夕方になっても、宗直は戻らなかった。



ふみは何も言わず、宗直の分の飯を別にしておいた。



あやが何度か門の方を見る。



光成は本当に戸を見て回っている。



行嗣は紙に何かを書いていた。



ちよが聞く。



「何を書いてるの?」


「今日、分かったことです」


「噂も?」


「噂は噂と書きます」


ちよはうなずいた。



「そう」



行嗣は筆を止める。



「母上」


「何?」


「父上に似ていますか」



ちよは少し考えた。



「似ているところもある」


行嗣の顔が少し明るくなる。



「違うところもある」


今度は少し下がる。



ちよは笑った。



「全部同じだったら困るでしょう」


「そうですか」


「そうよ」



行嗣はまた紙へ向かった。



◇



夜。



宗直は帰らなかった。



ふみが戸を閉める。



「今日は御所ですね」


ちよが言う。



「そうでしょうね」


ふみは落ち着いている。



でも。



宗直のために取っておいた飯には、何度も目が向いていた。



あやが小さな声で聞く。



「戦になるのかな」


誰もすぐには答えなかった。



ちよは、あやの頭を軽く撫でた。



「まだ分からない」



「そればっかり」


「だって、本当に分からないもの」



あやは少し考えてから、うなずいた。



外は静かだった。



まだ。



鎌倉の町で刀が交わっているわけではない。



和田義盛が敵になったわけでもない。



ただ。



いつも家へ来て、大きな声で笑っていた人の名字が。



急に。



重いものになり始めていた。




【和田合戦とは】


和田合戦は、建暦三年(1213年)に鎌倉で起きた、和田義盛と北条義時ら幕府側との戦いです。


和田義盛は、源頼朝の挙兵以来の有力御家人で、幕府では侍所別当という重要な役目を担っていました。


発端の一つとなったのが、1213年に発覚した泉親衡の謀反計画です。この事件では和田一族の者も関係を疑われましたが、この時点で義盛本人がただちに謀反人とされたわけではありません。


しかし、一族の処遇などをめぐって義盛と北条義時側の関係は悪化していきます。


やがて同年五月、鎌倉市中で大規模な戦闘が起こることになります。


この時点では、二階堂家の者たちも、まだその結末を知りません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。