↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第四部 まつのいない家――和田の名が遠くなるころ 建暦元年〜建暦三年(1211〜1213年)
PR
44/105

第34話 まつは、父が鎌倉へ帰るつもりだったと知る

建暦元年(1211年)、京。



父が京で働いていた場所を知ってから、まつは少し変わった。



道を歩くとき、前より周りを見るようになった。


この道を父も歩いたのだろうか。


この辺りで飯を食べたことがあるのだろうか。


雨の日には、どこで雨宿りをしたのだろう。



そんなことを考える。



考えたところで、分かるわけではない。


それでも、以前より京が少し違って見えた。



父が亡くなった町。



それだけではなくなった。



父が働いた町になった。



◇



「まつ」


季成に呼ばれて、まつは振り返った。


「何です?」


「先ほどから、同じ道を二度見ています」


「見てません」


「見ています」


「季成様は、私のことを見すぎです」


「隣を歩いているので」


「それ、前にも聞きました」


「便利な答えなので」


まつは少し睨んだ。


季成はいつものように、ほんの少し笑った。



二人は中原季時のもとへ向かっていた。



前に会ったとき、まつは父の仕事の話を聞いた。


細かかった。


確認が多かった。


紙をよく残した。


あとになって、その紙が役に立った。



それは、まつの知っている父とよく似ていた。



だからこそ、もっと知りたくなった。



「季成様」


「はい」


「季時殿に、今日は何を聞けばいいと思います?」


「まつが知りたいことを」


「それが多すぎるんです」


「では、一つずつ」


「それだと何度も来ることになります」


「季時殿が困りますね」


「季成様は困らないんですか」


「私は、まつが聞き終わるまで付き合います」


まつは一瞬黙った。



「……そういうことを普通に言いますね」


「普通に思ったので」


「ずるい」


「何がです?」


「何でもありません」


季成はそれ以上聞かなかった。



まつは少しだけ歩く速さを緩めた。


季成も同じ速さになった。



◇



中原季時は、まつを見るなり言った。


「また来たか」


「駄目ですか」


「駄目とは言っていない」


「では、いいですね」


「直成殿の娘だな」


まつが首をかしげる。


「何がです?」


「一つ答えると、次が来る」


「父上も?」


「来た」


季時はため息をついた。


「それで、今度は何を聞きたい」


まつは少し考えた。



前回は、父が京でどう働いていたかを聞いた。


今日は。



「父上が亡くなる前のことを、聞いてもいいですか」



季時の顔から、少しだけ笑いが消えた。



季成も何も言わなかった。



季時はしばらくまつを見たあと、うなずいた。


「分かった」



◇



「最初から具合が悪かったわけではない」



季時は、ゆっくり話し始めた。



「直成殿は、いつも通り仕事をしていた。少なくとも、私にはそう見えた」


まつは黙って聞いた。



「いつも通り?」


「ああ。紙を見て、人に聞いて、また紙を見る」


「……父上ですね」


「そうだな」



季時は少し笑った。



「亡くなる少し前まで、帰る支度の話もしていた」


まつの顔が上がった。



「帰る?」


「鎌倉へだ」


季時は当然のように答えた。



「仕事が一段落したら戻るつもりだった。いつまでこちらにいるのかという話もしていたし、鎌倉へ持ち帰るもののことも気にしていた」


まつは何も言えなかった。



父が鎌倉へ帰るつもりだった。



当たり前のことのようで。


今まで一度も、はっきり聞いたことがなかった。



「父上は……」


まつは少し言葉を探した。


「自分が死ぬと思ってなかったんですか」


「少なくとも、私にはそうは見えなかった」


季時はすぐに答えた。



「別れの言葉を残そうとしていたわけでもない。身の回りを整理していたわけでもない。普通に仕事を終えて、普通に鎌倉へ戻るつもりだったと思う」



まつは手を膝の上で握った。



三年前。


父が京へ出たころのことを思い出す。



父が京へ行く。


仕事が終われば帰ってくる。



皆、そう思っていた。



母も。


宗直も。


光成も。


自分も。


三郎も。


あやも。



だから、父の椀はそのままだった。



帰ってきたら使うと思っていた。



「……そうだったんだ」


まつが小さく言った。



季時が聞く。


「知らなかったのか」


「知っていたつもりでした」


「つもり?」


「帰るはずだったって、家族みんな思ってました。でも、それは私たちがそう思っていただけかもしれないって、どこかで考えてたんです」



季時は黙っている。



まつは続けた。



「父上は何か分かっていて、それでも言わなかったんじゃないかとか。京へ行く前から、何かあったんじゃないかとか」


「ない」


季時ははっきり言った。



まつが顔を上げる。



「少なくとも、私の知る限りはない」


「本当に?」


「直成殿が死ぬつもりで来ていたなら、私は気づかなかったことになる」


季時は少し考えた。


「だが、あの男はそんなに器用ではない」


まつは思わず笑った。



「そうなんですか」


「何か隠そうとすると、説明が長くなる」


「分かります」


「顔にも出る」


「それも分かります」


「なら、分かるだろう」


まつはうなずいた。



たしかに。


父は、全部をうまく隠せる人ではなかった。



◇



季時は少し間を置いてから続けた。



「具合を崩したのは、そのあとだ」


まつの表情が戻る。



「急だったんですか」


「急だった」


「何の病だったんです?」


「はっきりとは分からん」


季時は首を振る。



「熱が出た。体がだるいと言った。最初は少し休めばよいと思った」


「父上は休みました?」


季時がまつを見る。



「休まなかったでしょう」


「……はい」


「正しい」


季時はため息をついた。



「具合が悪いくせに、鎌倉へ送る書付のことを気にしていた」


まつは目を閉じそうになった。



それも、父らしい。



「誰かに任せなかったんですか」


「任せた」


「素直に?」


「いや」


「でしょうね」


季時も少し笑った。



「何度も確認された。ここは見たか。これは書いたか。誰に渡すか」


「迷惑ですね」


「迷惑だった」


「言い切るんですね」


「今だから言える」



まつは少し笑った。



「父上、嫌われてました?」


「まさか」


季時はすぐに答えた。



「面倒ではあった」


「それ、ほとんど悪口です」


「面倒な人間と、嫌いな人間は同じではない」


季時はそう言った。



まつは少し黙った。



その言い方が、妙にうれしかった。



◇



「それで」


まつは聞いた。


「父上は、最後まで鎌倉へ帰るつもりだったんですね」


「ああ」


「母上たちのところへ」


「ああ」



季時はそこで一度止まった。



「少なくとも、帰れないと思っているようには見えなかった」



まつはうつむいた。



悲しいのか。


安心したのか。


自分でもよく分からなかった。



父は帰るつもりだった。



家族も待っていた。



どちらも間違っていなかった。



ただ、帰れなかった。



それだけだった。



それが、一番つらい気もした。



◇



帰り道。



まつはあまり話さなかった。



季成も、無理に話しかけなかった。



しばらく歩いてから、まつが言った。



「季成様」


「はい」


「父上、帰るつもりだったんですね」


「そうですね」


「ずっと、そう思ってはいたんです」


「はい」


「でも、ちゃんと誰かから聞きたかったみたいです」



季成は少しだけまつを見る。



「聞けてよかったですか」


まつは考えた。



「……分かりません」


「では、今は分からないままで」


まつは季成を見る。



「それでいいんですか」


「まつがまだ分からないなら」


「季成様は、何でも急がないですね」


「まつが急ぐので」


「どういう意味ですか」


「二人とも急いだら大変でしょう」


まつは少し睨んだ。



「私、そんなに急ぎます?」


「かなり」


「季成様」


「はい」


「今は言わなくてもいいことです」


「そうでしたか」


季成が少し笑った。



まつは少し黙ったあと、言った。



「でも」


「はい」


「季成様が急がないのは、今日は助かります」


季成はまつを見る。



それから、何も大げさには言わずに、


「それならよかったです」


と答えた。



その笑いを見て、まつも少しだけ息を吐いた。



◇



家へ戻ると、まつはすぐに紙を出した。



季成が聞く。


「また記録ですか」


「はい」


「今日は何を書くのです?」


まつは筆を持ったまま考えた。



そして書いた。



――父上は、鎌倉へ帰るつもりだった。



その一行だけを書いて、手を止めた。



季成は横から覗かなかった。



まつは、自分から紙を少し季成の方へ向けた。



季成が読む。



「短いですね」


「今日はこれだけでいいです」


「そうですか」


「行嗣みたいに長く書く必要はありません」


「まつも長いでしょう」


「今日は短いです」


「はい」


「何です、その返事」


「事実なので」


「季成様」


「はい」



まつは少し笑った。



そのあと、紙を折らずに机の上へ置いた。



父上は、鎌倉へ帰るつもりだった。



その言葉を、もう一度見る。



三年前の家が、少し違って見えた。



父の椀を残していたことも。



門の音がするたびに誰かが顔を上げたことも。



京からの知らせを待っていたことも。



家族だけが、帰ってくると信じていたのではない。



父もまた、帰るつもりだった。



鎌倉では家族が待ち。



京では父が帰るつもりで仕事をしていた。



離れていた両方が、同じつもりだったのだ。



ただ。



その間の道を、父は帰ることができなかった。



まつはそれを知った。



まだ、知らないことは残っている。



父が最後に何を言ったのか。



それは、まだ聞いていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。