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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第四部 まつのいない家――和田の名が遠くなるころ 建暦元年〜建暦三年(1211〜1213年)
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第33話 まつは、父が京で働いていた場所を知る

建暦元年(1211年)、京。



「まつ」


朝から、季成が何かを探していた。


呼ばれたまつは振り返る。


「何です?」


「昨日ここに置いた紙を知りませんか」


「どの紙です?」


「中原殿のところへ持っていくものです」


まつは黙って、季成の目の前にある紙を指さした。



季成も見る。



「これです」


「それですね」


「目の前にありますよ」


「ありますね」


「季成様」


「はい」


「探す前に、一度見た方がいいと思います」


「今後、そうします」


「昨日も聞きました」


「では、今後こそ」


「信用できません」


季成は少し笑った。



夫婦になってから、まつは知った。


季成は書物や文書を扱うことには慣れているのに、自分で置いた物を探すことが妙に多い。


本人は、


「必要なときには見つかります」


と言う。


まつからすれば、必要になる前に置いた場所を覚えておけばいいだけの話だった。



「それで、中原殿のところへ行くんですか」


「はい」


季成が紙をまとめながら答える。


「少し仕事があります」


「そうですか」


「まつも行きます?」


まつは瞬きをした。


「私も?」


「嫌なら構いません」


「どうして私が?」


季成は少し考えた。


「中原殿が、まつに会いたがっていたので」


「私に?」


「二階堂直成殿の娘なら、一度会ってみたい、と」


まつの手が止まった。



「父上を知っているんですか」


「京都で一緒に仕事をされたことがあるそうです」


季成は、ごく普通に答えた。



まつはしばらく何も言わなかった。



父が京で亡くなったことは知っている。


仕事で京へ行っていたことも知っている。


けれど、そこで父が誰と働き、何を話し、どんな顔で過ごしていたのか。


まつはほとんど知らなかった。



「……行きます」


「はい」


「今すぐ?」


「まだ少し時間があります」


「では、着替えます」


まつは立った。



季成が少し笑う。


「急に早くなりましたね」


「何がです?」


「動くのが」


「父上の話があるんでしょう」


「あります」


「では早くしてください」


「私が?」


「季成様もです」


「はい」



季成は素直に立った。


そして、先ほど探していた紙を机の上に置いたまま歩き始めた。



「季成様」


「はい」


「紙」


季成が戻ってきた。



「ありがとうございます」


「本当に一人で大丈夫なんですか」


「今までは大丈夫でした」


「それが不思議です」


「私も時々そう思います」


「そこは思わないでください」



二人が出ようとしたところで、知成と顔を合わせた。



「季時殿のところへ行くのですか」


知成が季成の持つ紙を見て言った。


「はい。まつも一緒に」


知成はまつを見る。


「直成殿のことを聞きに?」


「はい」


まつは答えた。



知成はすぐに何かを教えようとはしなかった。


少し考えてから言う。


「私は直成殿と深く仕事をしたわけではありません。ただ、京で名前を聞いたことはあります」


まつの顔が上がる。


「父上の?」


「ええ。鎌倉から来て、よく人に尋ね、よく紙を残す人がいる、と」


まつは思わず季成を見る。


季成も少し笑っていた。



「父上らしいです」


「季時殿なら、私よりずっとよくご存じでしょう」


知成はそう言った。


「聞きたいことがあるなら、ご本人に尋ねるのが一番です」



まつは一瞬、黙った。



その言葉も。


季成から何度も聞いた気がした。



「……季成様」


「はい」


「本当に、この家では皆さん同じことを言いますね」


知成が少し首を傾ける。


「何かおかしなことを言いましたか」


「いいえ」


まつは笑った。


「何でもありません」



◇



中原季時は、まつをしばらく見た。



「二階堂直成殿の娘か」


最初の言葉が、それだった。



まつは少し姿勢を正した。


「はい。まつと申します」


「そうか」


季時はもう一度まつを見る。



まつは少し居心地が悪くなった。


「……父に似ていますか」


季時は考えた。


「顔は、あまり似ておらんな」


まつは拍子抜けした。



隣で季成が少し笑った。


まつが見る。


季成はすぐに顔を戻した。



「ただ」


季時が続ける。


「その聞き方は少し似ている」


「聞き方?」


「直成殿も、分からないことがあるとすぐ聞いた」


まつは目を瞬いた。


「父上が?」


「聞く。確かめる。もう一度聞く。そして紙に書く」


季時は少し嫌そうな顔をした。


「細かかった」


まつは思わず笑った。


「それは分かります」


「分かるのか」


「家でもそうでしたから」



季時も少し笑った。



「そうか。家でもあれだったか」


「あれ、とは何です?」


「細かい」


「どのくらいです?」


「そこを聞くところが似ている」


今度は季成が完全に笑った。



まつが横を見る。


「季成様」


「すみません」


「笑いましたね」


「少し」


「最近、それで全部済ませようとしてません?」


「気のせいです」


「気のせいじゃありません」



季時は二人を見ていた。


「仲は悪くなさそうだな」


「悪くありません」


まつが先に答えた。


季成も答える。


「はい」


まつが夫を見る。


「そこは少し考えてから答えるところでは?」


「考える必要がなかったので」


まつは黙った。



季時が笑った。



「直成殿の娘も、面白い男を選んだものだ」


まつの頬が少し熱くなった。


「父上の話をしてください」


「逃げたな」


「逃げてません」


季成が隣でまた笑った。


まつは肘で軽く夫を押した。



◇



季時が二人を連れて行ったのは、華やかな場所ではなかった。



紙がある。


文書がある。


箱がある。


仕事をする者たちが出入りしている。



まつが思っていた「京」とは少し違った。



京へ来てから、まつは広い道や立派な屋敷を見た。


鎌倉とは違う衣服も、言葉も、作法も見た。


父も、そういう京を見ていたのだと思っていた。



けれど、季時が示したのは、紙の束だった。



「このあたりの仕事を、直成殿も手伝っていた」


「父上が?」


「ああ。鎌倉と京の間では、人も物も文も動く。伝わった、伝わっていない、聞いた、聞いていない。それだけで話が変わることがある」


まつは紙を見る。


「だから記録するんですか」


「そうだ」


季時は一枚を手に取った。


「直成殿は、とにかく残した」


「そんなに?」


「残した」


もう一度言った。



「こちらが『覚えているからよい』と言うと、『人の記憶は変わります』と言う」


まつは思わず口元を緩めた。


父らしい。


とても父らしい。



「それで、全部書いたんですか」


「全部ではない」


季時が答える。


「全部など書けん。だが、後で揉めそうなところは残した。誰が何を言った。いつ聞いた。誰が見た。自分はどこまで確認した」


季時は少し間を置いた。


「そのときは、細かすぎると思った」


「そのときは?」


「後から探すと、直成殿の紙が一番役に立った」



まつは紙の束を見た。



父の字があるわけではない。


父が使ったものが、そのまま残っているわけでもない。



それでも、そこに父の仕事の仕方が見える気がした。



季成が横から言った。


「行嗣殿に似ていますね」


まつも同じことを考えていた。


「はい」


「何でも書くところが」


「行嗣は父上より長いです」


「そうなのですか」


「たぶん」


「では、さらに細かい」


「困ります」


二人で少し笑った。



まつは気づいた。



父がいなくなってからも、行嗣は紙を書いている。


宗直は人の話を聞いてから仕事をする。


光成は自分の目で見ようとする。


母は分からないことを分からないまま決めない。



誰も父と同じではない。


でも、少しずつ何かが残っている。



まつ自身にもあるのだろうか。



そう考えてから、やめた。


自分で考えても分からない。


そのうち誰かが教えてくれるかもしれない。



◇



季時は別の箱を開けた。



「直成殿は、京が好きだったのですか」


まつが聞いた。


季時は手を止めた。


「どうだろうな」


「聞いたことは?」


「京については、よく聞かれた」


「父上が?」


「道のこと。人のこと。物の値のこと。朝廷のしきたりのこと。分からなければ何でも聞いた」


まつは笑った。


「やっぱり」


「ただ、自分のことはあまり話さなかった」


「家でもそうです」


「そうか」



季時は懐かしそうに言った。



「仕事の話はする。人の話もする。だが、自分がどう思っているかとなると、急に言葉が長くなる」


まつが吹き出した。


「それも同じです」


「結局、何が言いたいのか分からなくなることがあった」


「あります」


「家でも?」


「あります」


季時とまつは、少しだけ顔を見合わせた。



初めて会った人なのに。


父の困ったところについてだけは、妙に話が合う。



季成が言った。


「直成殿は、ずいぶん愛されていますね」


まつが夫を見る。


「今の話を聞いて、そう思うんですか」


「困ったところを、これだけ覚えているので」


季時が笑った。


「なるほど」


まつは反論しようとして、やめた。



たしかにそうかもしれない。



◇



帰り道。



まつはいつもより静かだった。



季成はしばらく何も言わず、隣を歩いていた。



「季成様」


「はい」


「父上、本当にここにいたんですね」


「そうですね」


「変な言い方ですけど」


「分かります」


まつは季成を見る。


「分かるんですか」


「亡くなった方の話を聞いていても、その方がいた場所へ行くと、急に本当になることがありますから」


まつは少し黙った。



「父上が京で亡くなったことは、知っていました」


「はい」


「でも、私の中では、京へ行って、そのまま帰ってこなかったんです」


季成は黙って聞いている。



「今日初めて、その間が少しできた気がします」


「間?」


「京へ来て、仕事をして、人に細かいって言われて、紙をいっぱい残して」


まつは少し笑った。


「父上、ちゃんとここで暮らしてたんだなって」



季成はしばらく何も言わなかった。


それから、


「はい」


とだけ答えた。



まつは少し季成の方へ寄った。



肩が軽く触れた。



季成は離れなかった。



「季成様」


「はい」


「今日、一緒に来てくれてありがとうございます」


「私は仕事で来ただけですが」


「そういうところです」


「何がです?」


「今は、ありがとうって言われておけばいいんです」


季成は少し考えた。



「では」



まつを見る。



「どういたしまして」



まつは小さく笑った。



「それでいいです」



◇



家へ帰ると、よしがいた。


まつと季成の顔を見ると、すぐに何があったのかとは聞かなかった。



「お帰りなさい」


「ただいま戻りました」


まつが答える。



よしは、まつの顔を少し見た。


「季時殿には会えました?」


「はい」


「そう」


それだけだった。



まつは少し待った。


だが、よしはそれ以上聞かない。



「……聞かないんですか」


「何を?」


「父上のことを何と聞いたのか、とか」


よしは少し笑った。


「今、話したいですか?」


まつは考えた。



「……まだ、自分の中で考えたいです」


「では、あとでいいでしょう」



まつは少し黙った。



季成も。


よしも。


この家の人は、本当にこうなのだ。



聞かないのではない。


相手が話すまで待てる。



「でも」


よしが続けた。


「話したくなったら聞きますよ」


「はい」


「長くても大丈夫です」


まつが季成を見る。


「季成様の文より?」


よしも季成を見る。


「それより長いのは少し困りますね」


「母上」


季成が言った。



まつは思わず笑った。



少しだけ。


胸の中が軽くなった。



◇



部屋へ戻ってから、まつは紙を一枚出した。



季成が聞く。


「鎌倉へ文を?」


「まだ書きません」


「では?」


「今日聞いたことを、少し書いておこうと思って」


季成がまつを見る。



「記録ですか」


「忘れたくないので」


「なるほど」


まつは筆を取った。



父は、京でも細かかった。


人の話を聞いた。


確かめた。


紙を残した。


周りの人には少し面倒がられていた。


でも、あとから役に立った。



そこまで書いて、まつは止まった。



「季成様」


「はい」


「私、父上に似てます?」


季成はすぐには答えなかった。



まつは待つ。



やがて季成が言った。


「似ているところはあると思います」


「どこです?」


「分からないことを、そのままにしないところ」


まつは少し笑った。



初めて顔を合わせた日にも、季成は同じことを言った。



「ほかには?」


「聞きます?」


「聞きます」


「少し細かいところ」


「季成様」


「はい」


「それは今、言わなくてもよかったでしょう」


「事実なので」


「行嗣みたいなこと言わないでください」


季成が笑った。



まつも笑った。



父がいなくなって三年。



京へ来て、まつは初めて知った。



父が死んだ場所だけではない。



父が働いた場所がある。


父を知っている人がいる。


父に細かいと言われて困った人がいる。


父の残した仕事を、あとから役に立ったと思った人がいる。



自分の知らない父の時間が、この町には残っていた。



まつは、もう一度筆を取った。



まだ、知りたいと思った。



【中原季時(なかはらのすえとき)】


鎌倉幕府と京都をつなぐ実務に関わった人物。


本作では、京都で直成と仕事をともにした人物として描いている。


直成が京都でどのように働いていたのか、そして亡くなる前にどのような様子だったのかを知る人物の一人として、今後もまつと関わっていく。

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