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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第三部 三郎の元服と、まつの縁談――承元四年〜建暦元年(1210〜1211年)
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幕間8 ちよは、皆が鎌倉殿に賭けた理由を知る

元暦元年(1184年)、鎌倉。


「奥方も、ご一緒に」


使いの者が残した言葉を、ちよは朝になっても考えていた。


直成さんが呼ばれるのは分かる。

仕事があるのだから、珍しいことではない。


けれど、どうして自分までなのだろう。


二人きりの家で、支度をしながら尋ねた。


「直成さん。本当に心当たりはないの?」

「ちよさんも、と言われる理由は分かりません」

「何か、鎌倉殿を怒らせるようなことを言いました?」


直成さんが少し考えた。


「それは、何度か」


ちよは手を止めた。


「何度か?」

「必要なことを申し上げて、機嫌を損ねることはあります」

「大丈夫なんですか」

「お話は、聞いていただけています」


答えになっているような、なっていないような返事だった。


ちよは支度を続けた。


少しだけ、行きたくなくなった。


     ◇


館へ着くと、やはり緊張した。


源頼朝。


家へ来る人たちが、鎌倉殿と呼ぶ人だった。


時政も、義澄も、先が分かっていたわけではないと言った。

それでも、この人についていくと決めた。


どんな人なのか、見てみたい気持ちはあった。


怖くないわけではないけれど。


通された先には、頼朝と政子がいた。


頼朝は、ちよが思っていたより静かな人だった。


大きな声を出すわけでもない。

けれど、顔を上げたときには、もうこちらを見ていた。


直成さんが妻を紹介する。


ちよも頭を下げた。


「ちよと申します」


頼朝はしばらく見てから、言った。


「なるほど」


何が、なるほどなのだろう。


ちよが返事に迷っていると、政子が笑った。


「あなた。それでは、ちよが困るでしょう」

「何も悪いことは言っていない」

「何が分かったのか、おっしゃっていませんもの」


ちよは思わずうなずきかけ、途中で止めた。


政子がこちらを見る。


「気になるでしょう」

「……少し」


頼朝の目がちよへ戻る。


政子は楽しそうだった。


「直成も、分からないままでは済ませないでしょう」


今度は直成さんが、少し困った顔になった。


     ◇


「お前は、よく聞き返すな」


頼朝が直成さんへ言った。


「それでよいのですか。本当に確かめたのですか、と」

「確かめてからの方がよいこともありますので」

「こちらが決めたあとに言うこともある」

「あとから、違う話が届くこともあります」


頼朝の眉が動いた。


ちよは夫を見た。


確かに、何度か怒らせていそうだった。


「そういうところが、腹立たしい」


直成さんが頭を下げる。


「申し訳ありません」

「謝るくらいなら、黙っていればよい」

「ですが、違いに気づいたままでは――」

「分かっている」


頼朝が息を吐いた。


政子は口元を押さえている。


「では、近くへ置かなければよいでしょう」


政子が言うと、頼朝は妻を見た。


「こちらに都合のよい話ばかり持ってくる者だけで、どうする。間違ったまま進む方が、あとで面倒になる」


ちよは頼朝を見た。


腹が立たないのではないらしい。

言われて面白くないことも、そのまま聞く。


夫がここで仕事をしている理由を、少し見た気がした。


政子がちよへ尋ねる。


「家でも、よく確かめるの?」

「はい。戸を閉めたか、もう一度見に行くことがあります」

「それは必要なことです」


直成さんが言った。


政子が笑う。


頼朝まで笑った。


ちよも、ようやく少し肩の力が抜けた。


     ◇


話が家へ来る客のことになると、頼朝は少し驚いた。


「時政も来るのか」

「はい」

「景時も?」

「仕事の相談で、いらっしゃいます」

「義盛は」


ちよは少し考えた。


「よく召し上がります」


政子が声を上げて笑った。


直成さんも口元を緩める。


頼朝は、納得したようにうなずいた。


「皆、違うであろう」

「はい。お話を聞いていても、ずいぶん」

「同じ者ばかりでも困る」


頼朝は手元へ目を落としてから、続けた。


「土地を知る者がいる。人をまとめる者がいる。京のことを知る者も、訴えを聞く者も要る」


ちよは、家へ来た人たちを思い浮かべた。


同じ話でも、聞くところが違う。

気にするところも違う。


「皆さん、ご自分の家も、人もお持ちでしょう」


ちよが言うと、頼朝がこちらを見た。


「そうだな」

「お考えも、違います」

「違う」

「それは、怖くないのですか」


口にしてから、少し聞きすぎたかと思った。


直成さんは何も言わない。


頼朝は、すぐには答えなかった。


「怖いぞ」


ちよは顔を上げた。


「力のある者は、敵に回れば厄介だ」

「では、どうして」

「その力が要るからだ」


静かな声だった。


頼朝は、少し間を置いた。


「都からでは、こちらの土地のことは分からん。武士が何を争い、何を守りたいのかもな」


ちよは康信の持ってきた相談を思い出した。


誰が言ったのか。

誰が見たのか。

紙には何が残っているのか。


簡単には決められないことばかりだった。


「戦だけしておればよいわけではない。所領の争いも、働きに応じた扱いもある。それを聞き、決めるところが要る」


だから、直成さんの帰りが遅くなるのだろうか。


紙が増えるのも。

家へまで、相談が来るのも。


ちよが黙っていると、頼朝は言った。


「まだ、何もかも整ったわけではない」


その言葉は、少し意外だった。


この人なら、先のことまで分かっているように話すのかと思っていた。


けれど、頼朝は直成さんへ目を向けた。


「だから、確かめる者も要る」


直成さんが静かに頭を下げた。


     ◇


しばらくして、頼朝が別の用で席を外した。


直成さんも呼ばれ、部屋にはちよと政子が残った。


政子が少し座り直す。


「やっと、ゆっくり話せるわね」


ちよは笑った。


政子が、さっきまで夫のいた場所を見る。


「変わった人でしょう」

「……そうですね」

「迷わなくてもいいのよ。変わった人だもの」


この人も、ずいぶん遠慮がない。


そう思っていると、政子がこちらへ向き直った。


「あなたは、直成のどこがよかったの?」


ちよは返事に詰まった。


「どうして、その話に」

「聞いてみたかったの。あの人にも、ずいぶん言う男でしょう」

「誰が相手でも、分からないことは聞く人だと思います」

「そこが好きなの?」


ちよは膝の上で手を重ねた。


「いつでも、ではありません」

「あら」

「早く飯を食べてほしいときもあります」


政子が笑い出した。


ちよも、つられて笑う。


「でも、こちらの話も、ちゃんと聞いてくれます」

「そう」

「私が違うと言ったら、どうして違うのかを聞いてくれます」


政子の笑いが、少し静かになった。


「それは、大事ね」

「はい。夫婦ですから」


ちよは政子を見た。


この人は、頼朝が今の鎌倉殿になる前から、夫婦だった。


先が約束されていたわけではない。

それでも、選んだ人だった。


「政子様は、怖くなかったのですか」

「頼朝様と一緒になること?」

「はい」


政子は少し考えた。


「怖いことは、あったわよ」


ちよは黙って聞いた。


「でも、それなら選ばないのかと聞かれたら、違ったの」


ちよは、その言葉をしばらく考えた。


それから、小さく笑った。


「時政殿に、少し似ていらっしゃいますね」


政子の顔が変わった。


「どこが?」

「先が分からなくても、ご自分で決めるところです」

「……ほかの人に似ていると言ってほしかったわね」


けれど、政子も最後には笑った。


     ◇


帰り際、頼朝が直成さんへ言った。


「妻を大事にしろ」


直成さんは少し驚いた。


「はい」

「仕事ばかり持ち帰るな」

「気をつけます」


ちよは夫を見た。


そこは、よく聞いてほしかった。


頼朝がこちらへ目を向ける。


「面倒な男であろう」

「少し」


直成さんが振り向いた。


政子が笑う。


ちよは続けた。


「でも、私も話しますので」


頼朝はちよを見てから、少し笑った。


「ならよい」


     ◇


家へ戻り、戸を閉める。


ようやく二人だけになると、ちよは息を吐いた。


「直成さん」

「疲れましたか」

「少し。でも、お会いできてよかったです」


直成さんが隣へ座る。


ちよは、今日会った二人の顔を思い出した。


「鎌倉殿も、分からないことがあるのですね」

「もちろん、あります」

「だから、皆さんが必要なのね」

「そうだと思います」


ちよは夫を見た。


「あなたも」


直成さんは少し照れたように目を伏せた。


「役に立てていれば、うれしいです」


その答えが、夫らしかった。


ちよは少し誇らしくなった。


けれど、棚へ目を向けると、並んだ椀が見えた。


「直成さん」

「うん?」

「まさか、鎌倉殿まで、うちへ来ることはありませんよね」


直成さんの返事が遅れた。


ちよは夫を見る。


「何か、言われました?」

「帰り際に、一度見てみたいとは」

「この家を?」

「皆さんが集まるので、気になったようです」


ちよは棚へ目を戻した。


椀は増やした。

けれど、そういう問題なのだろうか。


直成さんが隣で、少し笑った。


ちよも、仕方なく笑った。


どうやら、この家の客については、まだ分からないことが多かった。

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