↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第三部 三郎の元服と、まつの縁談――承元四年〜建暦元年(1210〜1211年)
PR
37/107

第30話 まつは、二階堂家を出て京へ向かう

建暦元年(1211年)、鎌倉。


婚姻の返事を送り、両家の相談が重ねられた。


出立の日取りが決まり、旅の手配も整った。


そして、その朝が来た。


まつは、板敷へ並んだ包みを見た。


「多い」


「何が?」


あやが聞く。


「荷物よ」


衣。櫛。針と糸。紙。筆。履物。


旅の途中で使うもの。


ここまでは分かる。


その横へ、ふみが包んだもの、おりんが用意したもの、宗直が念のためと言ったものまで並んでいる。


栗も増えていた。


「あや」


「何?」


「一つではなかったの?」


「京までは、遠いでしょう」


「栗を食べている間に、着くわけではないのよ」


宗直が横から言った。


「食べられるものは、あった方がよいだろう」


ふみが夫を見る。


「あなたも、干した芋を入れようとしていたでしょう」


「それは、まだ入れていない」


まつが兄を見た。


「入れないでください」


行嗣は、紙と包みを見比べていた。


「姉上。一つ増えています」


「何が?」


「昨日、確かめた数より多いのです」


あやが、小さな包みを指した。


「これ」


「中身は?」


「京で開けて」


「あや」


「京で」


まつは妹を見た。


あやは包みを抱えている。


「重くないでしょうね」


「軽いよ」


「栗?」


あやが目をそらした。


「栗だけではない」


「入ってはいるのね」


まつは額へ手を当てた。


それでも、その包みを荷から外すことはしなかった。


 ◇


支度が一段落すると、家の中が少し静かになった。


もう、仮の荷ではない。


今日は、京へ行く。


文でしか知らなかった季成に会う。


知成、よし、信成、かや、あきにも会う。


まだ、誰の顔も知らない。


その人たちと、これから暮らしていく。


まつは部屋を見回した。


柱も、棚も、板敷も、いつもと同じだった。


父の椀も、棚の端にある。


持っていかないと決めた椀だった。


「姉上。忘れ物ですか」


行嗣に呼ばれ、まつは首を振った。


「見ていただけ」


行嗣も棚を見る。


父の椀に気づいたらしい。


何も言わず、まつの隣で少し立っていた。


 ◇


門の外には、京へ向かう一行が待っていた。


まつ一人で旅をするわけではない。


同行する者や、途中で立ち寄る先も決められていた。京では、中原季時の周囲にも受け入れを相談してあるという。


宗直は、そのことを何度も確かめていた。


それでも、まつが門へ近づくと、また口を開いた。


「無理をするなよ」


「何をです?」


「困ったら、すぐに文を寄こせ」


「はい」


「向こうで、何かあれば――」


ふみが宗直の袖を引いた。


「今から、全部話すつもり?」


宗直は少し黙った。


「言っておいた方が、よいだろう」


「もう、何度も話しているわ」


まつが笑った。


「兄上。文は書きます」


宗直はうなずく。


「必ずだぞ」


「兄上も、返してください」


「もちろんだ」


ふみが言った。


「私も書くわね。こちらのことは、私からも知らせます」


まつは義姉へうなずいた。


「お願いします」


光成は、まつの履物を見ていた。


「紐は、確かめたか」


「三回目です」


「途中で緩んだら――」


「結びます」


おりんが夫の腕へ触れた。


「そこまで。まつは、自分で歩ける人でしょう」


「京までは、遠い」


「だから、支度をしたのでしょう」


光成が口を閉じた。


まつは少し笑った。


「道の様子は、覚えておきます」


光成が顔を上げる。


「水の流れも?」


「見えるところだけ」


「頼む」


おりんが、まつを見た。


「旅の間まで、仕事を引き受けなくていいのよ」


「帰ってきたときに、話せるでしょう」


まつが答えると、光成は少し嬉しそうだった。


 ◇


行嗣が、一枚の紙を差し出した。


「途中で立ち寄るところと、京で最初に訪ねる先です」


まつは受け取った。


「もう一枚、持っています」


「念のためです」


「父上に似てきたわね」


行嗣の手が止まった。


「紙を増やすところですか」


「そう」


「必要だから書いたのです」


「父上も、そう言っていたわ」


あやが横から言う。


「三郎兄上のところ、紙がいっぱいだよ」


「行嗣です」


まつが笑った。


「私が戻るまでに、あやに覚えてもらいなさい」


「姉上も、ときどき間違えるでしょう」


「今日は、間違えていないわよ」


行嗣は何か言いかけ、やめた。


紙を折るところだけ、もう一度確かめてくれた。


 ◇


あやが、まつの前へ来た。


さっきまで、誰よりも話していたのに、今は黙っている。


まつが声をかけた。


「包みは、入れたわよ」


「うん」


「栗が多かったら、文に書きます」


あやが少し笑った。


それから、まつの手元を見た。


「今日、帰ってこないのね」


「帰ってこないわ」


「明日も?」


「まだ、旅の途中よ」


「では、いつ帰ってくる?」


まつは、すぐには答えられなかった。


いつ里帰りできるかは、まだ決まっていない。


文は送れる。


帰ってくることも、あるだろう。


ただ、今までのように、夕方になれば同じ家へ集まる暮らしではなくなる。


「まだ、分からない」


まつが答えると、あやは顔を上げた。


「決まったら、教えて」


「もちろん」


「先に、文でね」


「分かったわ」


あやはうなずいた。


まつは妹の髪へ手を伸ばし、少し乱れたところを直した。


今日は、じっとしていた。


 ◇


ちよは、朝からいつもどおりに動いていた。


食べるものを用意し、荷を確かめ、人の話を聞く。


余分な包みを減らし、残したものの結び目を見る。


まつは母へ近づいた。


「母上は、何かないの?」


ちよが顔を上げる。


「何かって?」


「兄上たちは、いろいろ言いました」


「聞いていたわ」


「あやも」


「ええ」


「母上は?」


ちよは少し考えた。


「着いたら、文をちょうだい」


「それだけ?」


「まず、無事に着いたと知りたいの」


まつはうなずいた。


母の手が、襟元へ伸びてきた。


子どものころから、何度も直してもらったところだった。


「自分でできます」


「知っているわ。少しだけ、動かないで」


まつは黙って立った。


ちよは襟を整え、手を離した。


「季成殿にも、分からないことは尋ねればいいわ。向こうのご家族にもね」


「まだ、会ってもいないのに」


「会ってからの話よ」


まつは笑った。


母も笑う。


「母上」


「何?」


「寂しくないの?」


ちよの返事まで、少し間があった。


「寂しいわよ」


まつは母を見た。


「あなたが京へ行ったら、すぐには会えなくなるもの」


「では――」


言いかけた娘の手を、ちよが取った。


「でも、行きたいと決めたのでしょう」


まつはうなずいた。


「はい」


「では、行ってらっしゃい。こちらのことも、文で知らせるわ」


母の手は、温かかった。


まつは少し強く握ってから、離した。


 ◇


出発を知らせる声がした。


荷が運び出される。


まつは、家の中をもう一度見た。


父の椀は、棚の端にある。


そのまま、門へ向かった。


「まつ姉上。包みは、京へ着いてからね」


あやが言った。


「分かっているわ」


行嗣も声をかける。


「文を、なくさないでください」


「あなたではないのだから」


「私も、なくしません」


光成が言いかけた。


「履物の――」


おりんが、その腕を軽く引いた。


「もう、確かめました」


宗直が呼んだ。


「まつ」


まつが振り向く。


兄は一度口を開き、少し考えてから言った。


「元気でな」


まつも、少し黙った。


「兄上も」


門を出た。


数歩進んでから、振り返る。


宗直、ふみ、光成、おりん、行嗣、あや、そして母がいる。


「行ってきます」


返事が重なった。


誰が最初だったのかは、分からなかった。


 ◇


宗直は、空を見上げていた。


「太郎兄上。何を見ているの」


「天気だ」


「さっき、晴れていると言ったでしょう」


「変わるかもしれない」


ふみが、何も言わずに夫の隣へ立った。


光成は、まつとは違う方へ顔を向けていた。


「次郎兄上。京は、そちらではないでしょう」


「分かっている」


おりんが、夫の袖へ手を添えた。


行嗣は、まっすぐこちらを見ていた。


口を強く結び、目が少し赤い。


「三郎」


まつが呼ぶ。


「……行嗣です」


「今くらい、いいでしょう」


「よくありません」


声が、少し変だった。


「では、行嗣。返事は書いてね」


「姉上こそ。長すぎないようにしてください」


「あなたに言われたくないわ」


行嗣も、ようやく少し笑った。


あやは大きく手を振っていた。


母も、笑っていた。


まつは、その顔を一人ずつ見た。


 ◇


前を向いて歩き出す。


家を出る寂しさは、思っていたより強かった。


それでも、手元には季成から届いた文がある。


荷の中には、家族の用意した布や紙、小さな包みが入っている。


京へ着けば、文の中でしか知らなかった人たちに会う。


どんな顔で、最初に何を話すのだろう。


まつは少し考えた。


まずは、無事に着いたことを知らせなければならない。


母にも、季成にも。


もう一度だけ振り返った。


家族が、まだ見送っていた。


今度は宗直も光成も、こちらを向いている。


まつは手を上げた。


それから、京へ続く道を進んだ。


* * *


【今回の家族】


まつと二階堂家


まつは季成との文通を経て、自分の意思で婚姻を選びました。京へ移ってからも、手紙や里帰りを通じて、鎌倉の家族との関係は続いていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。