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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第三部 三郎の元服と、まつの縁談――承元四年〜建暦元年(1210〜1211年)
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第29話 まつは、自分で季成との婚姻を選ぶ

建暦元年(1211年)、鎌倉。


まつが政子に呼ばれたのは、昼前だった。


将軍御所に近い一室へ入ると、実朝の御台所も座っていた。


京都から鎌倉へ嫁いできた、将軍の妻である。


まつとは、反対の道を歩いた人だった。


ちよと並んで座ると、政子が言った。


「今日は、急いで返事を求めるために呼んだのではありません」


まつは顔を上げた。


「まだ返事をしていないことを、気にしておいでなのかと」


「あなたの考えを、もう少し聞いてみたかったのです」


政子はまつを見た。


「季成殿とは、文を交わしているのでしょう」


「はい」


「どんな人でした?」


まつは少し考えた。


「考えてから答える人です」


「ええ」


「分からないことは、分からないと書きます。私の問いには、だいたい答えてくださいます」


「だいたい?」


「話が、別のところまで長くなることがあるので」


ちよが小さく笑った。


まつは母を見る。


「父上のことを思い出したでしょう」


「少しね」


御台所も、口元を緩めた。


まつは、ようやく少し肩の力を抜いた。


 ◇


「季成殿から、尋ねられることもありますか」


政子が聞いた。


「はい。家のことや、鎌倉のことを」


「答えにくいことは?」


「ありました」


「どうしたの?」


「その問いには、答えませんでした」


「季成殿は?」


「次の文で、別のことを聞いてきました。催促は、されませんでした」


政子はうなずいた。


今度は、御台所が口を開いた。


「京へ行くことは、怖いですか」


まつは、その人を見た。


すぐには答えられなかった。


「少し」


「どのようなことが?」


「遠いことも、家を離れることも。京では、何を普通だと思えばよいのか、分からないことも」


まつは膝へ目を落とした。


「季成殿のご家族にも、会ったことがありません」


文では、知っている。


知成も、よしも、信成も、かやも、あきも。


名前を聞けば、いくつかの話を思い出せる。


その家へ、自分が入っていけるかは分からなかった。


御台所が言った。


「私も、鎌倉へ来たときは、分かりませんでした」


まつが顔を上げる。


「御台所様も?」


「ええ。将軍の妻になっても、知らない土地は知らない土地です」


御台所は少し笑った。


「最初は、人の歩く速さまで違う気がしました」


「歩く速さ?」


「本当に違ったのかは、分かりません。ただ、そう感じたのです」


まつも、少し笑った。


大きな決まりより先に、そんな違いが気になることもあるのかもしれない。


「京が、恋しくなりませんでしたか」


まつが尋ねた。


「なりましたよ。今でも、時折」


御台所は静かに答えた。


「けれど、京で育ったことまで、なくなるわけではありません。こちらへ来ても、覚えていることは、たくさんあります」


まつは、その顔を見た。


寂しくなくなると、約束されたわけではなかった。


それでも、話を聞けてよかったと思った。


 ◇


使いの者が、政子へ文を届けた。


京からの知らせだという。


政子は中を確かめてから、まつへ顔を向けた。


「この縁については、京でも話をつないでもらっています。藤原兼子殿からも、知らせが来ました」


後鳥羽院の近くに仕える、力のある女性だと聞いていた。


まつは姿勢を正した。


政子は、文の内容をまつへ伝えた。


相手の男だけでなく、その人が誰と暮らし、誰の話を聞き、困ったときに誰を頼るのかも見るように、と。


まつは、季成の文を思い出した。


考え込めば声をかける母。


返事が遅いと笑う兄。


文を何度も読み返していると、すぐ気づく妹。


自分が聞きたかったのは、季成のことだった。


家族の話も、その人を知る手がかりになっていた。


「京へ行ったら、季成殿の家だけを頼ることになるのですか」


まつが尋ねると、政子は首を振った。


「鎌倉と京の間には、仕事や文をつなぐ者もいます。中原季時殿にも、受け入れについて相談することになるでしょう」


ちよの顔が、わずかに動いた。


まつは母を見る。


「ご存じなの?」


「父上が、京で一緒に仕事をしていた方よ」


まつは、もう一度、その名を頭の中で繰り返した。


中原季時。


父を知る人が、京にもいる。


「詳しいことを、聞けるかしら」


「お会いすることになれば、お尋ねできるでしょうね」


ちよが答えた。


まつは、家の棚に残した父の椀を思い浮かべた。


あの椀は持っていかない。


けれど、自分が父の働いた京を見ることは、あるのかもしれない。


政子が尋ねた。


「それも、京へ行きたい理由になりますか」


まつは少し考えた。


「父上のことは、知りたいです」


政子は黙って聞いていた。


「でも、それを知るためだけに、季成殿と夫婦になるわけにはいきません」


ちよが、娘を見た。


まつは続けた。


「父上のことを尋ねるなら、そのための文を書けばよいでしょう。婚姻は、それとは別に考えたいです」


政子がうなずいた。


 ◇


「私からも、一つ尋ねてよいですか」


まつが言った。


「どうぞ」


「初めに、この縁談が来たとき、どうして私だったのですか」


政子は少し考えた。


「季成殿の側から、鎌倉との縁を求める話がありました。こちらでも、幾つか考えられる家があったのです」


「では、二階堂家でなければ、ということではなかったのですね」


「ええ」


まつは、少し息をついた。


「安心しました」


「なぜ?」


「私に、何か大きな役目があるのかと思っていたので」


政子が笑った。


「ただ、話を聞いて、自分の考えを返せる人がよいとは思いました」


「私が?」


「こうして、私にも尋ねているでしょう」


まつは、少し口を閉じた。


政子は、母ではなく、まつを見ていた。


「季成殿がどういう人か、全部を知るのは難しいでしょう。そのうえで、あなたは、どうしたいですか」


まつは、昨日の母との話を思い出した。


夫婦になっても、知らないことは出てくる。


そのときに、話ができるかどうか。


季成は、自分の言葉へ返事をくれた。


強く書いてしまったところにも、何を考えたのか尋ねてきた。


答えたくないことを、無理には聞かなかった。


自分も、次の文を読みたくなった。


「私は、季成殿のところへ行ってみたいです」


声にすると、思ったよりも普通に言えた。


ちよの目が、少し大きくなった。


「知らない家へ行くのは、怖いです。京の暮らしも、分かりません」


まつは政子を見た。


「でも、分からないことがあったら、あの人には聞けると思います。違うと思えば、違うと言えると思います」


御台所が静かにうなずいた。


「ご家族にも、会ってみたいです」


まつは一度、息を吸った。


「私は、季成殿と夫婦になりたいです」


誰も、すぐには答えなかった。


まつは、母を見た。


「……何か言ってください」


ちよは、ようやく笑った。


「あなたの口から聞けて、よかったわ」


まつは、少しだけ目を伏せた。


 ◇


政子は、正式に話を進めると告げた。


季成にも返事を届けると言われ、まつは顔を上げた。


「その返事は、私から書いてもよいですか」


政子が眉を上げる。


「自分で?」


「ここまで、文を交わしてきたので。最後だけ、人に伝えていただくのは、少し違う気がします」


ちよがうなずいた。


「それがいいわ」


政子も微笑んだ。


「では、あなたの言葉を届けましょう」


 ◇


家へ戻ると、行嗣とあやが寄ってきた。


「どうでした」


「何が?」


「決めたのですか」


まつは二人を見た。


「先に、季成殿へ文を書きます」


「あちらには、教えるのね」


あやが言った。


「当たり前でしょう」


まつは紙を出した。


行嗣とあやは、すぐには離れなかった。


「二人とも、書き終わるまで待っていて」


ようやく静かになる。


まつは筆を取った。


藤原季成殿。


初めに、何度も文をくれたことへの礼を書いた。


それから、知らない相手との婚姻を、すぐには決められなかったこと。


問いを送るたび、返事を待つようになったこと。


季成も、こちらのことを知ろうとしてくれたことを書いた。


筆が止まる。


少し強い言い方のところもある。


直そうか迷った。


けれど、季成なら、このままでも何を言いたいのか考えてくれそうだった。


続きを書く。


――これからも、知らないことが出てくると思います。そのときは、私からお尋ねします。季成殿も、私へ尋ねてください。


最後に、ゆっくりと書いた。


――私は、京へ行きます。季成殿と、夫婦になりたいと思います。


筆を置いた。


戸の向こうでは、家族の声がしていた。


机の端には、昨日あやから受け取った栗が一つある。


まつは、それを見た。


「これは、持っていこうかな」


外から、あやの声がした。


「何を?」


まつは振り向いた。


「あや。まだ、そこにいたの?」


「今、聞こえただけ」


「文は見せませんからね」


「栗?」


まつが黙ると、あやは嬉しそうに笑った。


京へ行くと決めても、家族の声は、いつもと変わらなかった。


* * *


【今回登場した歴史人物】


北条政子


源頼朝の妻で、頼家・実朝の母です。頼朝の死後も、鎌倉の政治に大きな影響力を持ちました。


実朝の御台所


京都の公卿・坊門信清の娘で、元久元年(1204年)に実朝と婚姻しました。


藤原兼子


後鳥羽上皇の乳母を務め、その院政で大きな影響力を持った女性です。

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