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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第三部 三郎の元服と、まつの縁談――承元四年〜建暦元年(1210〜1211年)
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第24話 三郎は、元服が決まってもまだ三郎である

承元四年(1210年)、鎌倉。


年が改まって、しばらくたったころだった。


暦の上では春になっていたが、鎌倉の朝はまだ冷える。三郎は火の近くで指を温めてから、紙を数え直した。


父の残した紙ではない。これから仕事で使う、新しい紙だった。


大きさのそろったものを重ね、端を切って使えるものは別にする。その横で、あやが小さな紙を拾った。


「これも使えるよ」


「それは小さすぎる」


「一とか二なら書けるでしょう」


「それなら木札でもよい」


「紙があるのに?」


「紙は、ただではないんだ」


あやが三郎を見た。


「三郎兄上が、それを言うの?」


三郎は黙った。


そこへ、まつが来た。


「あやが紙を捨てさせてくれません」


「三郎が捨てる方なの?」


「姉上まで」


まつは笑って、小さな紙を一枚拾った。


「これは、文の下書きに使えそう」


三郎は姉の顔を見た。


京の藤原季成との文は、まだ続いている。


最近は、まつが一人で書くことも増えた。何を尋ね、何を答えているのか、三郎も全部は知らない。


「何?」


まつに聞かれ、三郎は首を振った。


「何でもありません」


 ◇


「三郎。少し話がある」


宗直が、板敷の向こうに立っていた。後ろには光成もいる。


二人とも、妙に真面目な顔だった。


まつが先に口を開く。


「今度は、本人に先に話すのでしょうね」


宗直が足を止めた。


「お前の縁談ではない」


「分かっています」


「なら、なぜ聞く」


「前が前だったからです」


ちよが白湯を運んできた。


「今回は、一緒に決めるための話よ」


「何をですか」


三郎が尋ねると、宗直が座った。


「そろそろ、お前の元服を進めたい」


三郎は、すぐには返事をしなかった。


元服。


髪や服装を改め、烏帽子を着けて、大人としての名を名乗る。武士の家の男子が成長したことを示す、大切な儀式だった。


三郎も、いつか自分が迎えることは知っていた。


それでも、いざ言われると、返す言葉が少し遅れた。


「……遅いくらいではありませんか」


宗直が眉を上げる。


「そう思っていたのか」


「仕事はしています。書き写しも、紙を届けることも」


光成が笑った。


「それなら、元服前でもできるぞ」


「兄上」


「できることがあるのは、よいことだと言っている」


三郎は次兄を見た。


光成は、今度は笑っていなかった。


「元服したから、昨日までできなかったことが、急にできるわけではないからな」


 ◇


あやが尋ねた。


「では、何が変わるの?」


「名が変わる」


宗直が答えた。


「名前が変わったら、別の人になるの?」


「ならない」


「じゃあ?」


宗直は少し考えた。


「任されることが増える。仕事も、人の話に加わることも」


三郎が顔を上げた。


「大人の話にも?」


「必要ならな」


それは、聞きたかった言葉だった。


三郎は、書き写しを頼まれることがある。人の名前や日付を確かめることもある。


それなのに、大事な話になると、向こうへ行っていろと言われる。


「なら、早くした方がよいでしょう」


「最後まで聞け」


宗直が言った。


「話に加われば、お前はどう思う、と尋ねられることもある」


「答えます」


「分からなかったら?」


三郎は止まった。


「分からないと言います」


光成が言った。


「それでも、決めなければならないこともある」


「間違えたら?」


「直せるところを直す」


「直せなかったら?」


光成は少し黙った。


「困る。だから、決める前によく見る」


三郎は兄を見た。


水や田のことを話すとき、光成は、こういう顔になる。


おりんが梅を連れて通りかかり、足を止めた。


「困ると、帰ってからもずっと考えています」


光成が振り返る。


「おりん」


「この前も、水路のことを考えていて、頼んだ薪を忘れたでしょう」


「翌日に取りに行った」


「ええ。だから、その分は直りました」


あやが三郎を見る。


「次郎兄上も、間違えるって」


「知っています」


「三郎」


光成が言うと、まつが笑った。


 ◇


ふみも顔を出した。


元服の話だと聞くと、三郎を見て微笑んだ。


「では、しばらく大変ですね」


「何がです?」


「皆が、新しい名前に慣れるまで」


宗直が少し目をそらした。


三郎は急に気になった。


「私の名は、何になるのですか」


ちよが答えた。


「これから相談するの」


「まだ決まっていないのですか」


「今日、あなたに元服の話をしたところでしょう」


宗直が言った。


「候補は考えている。ただ、広元様にもお話ししたい」


「広元様に?」


「これから、もっと仕事を教わりたいのだろう」


三郎はうなずいた。


大江広元は、父を知る人だった。


同時に、三郎がこれから覚えたい文書の仕事を、実際にしている人でもある。


「烏帽子を着けていただく方や、日取りのこともあるわ」


ちよが言った。


「一つずつ決めましょう」


三郎は、皆の顔を見た。


全部決まっていて、自分には最後に知らせるものだと思っていた。


まだ決まっていないのなら、尋ねたいことはある。


「名の候補も、聞かせてください」


宗直がうなずいた。


「もちろんだ」


まつが小さく笑う。


「私の名でしょう、と言うところだった?」


三郎は姉を見た。


「そうですが」


「やっぱり」


縁談のとき、自分が言った言葉を思い出したらしい。


三郎は少し居心地が悪くなった。


「姉上の話とは違います」


「自分のことを、自分も知りたいのでしょう。同じよ」


ちよは二人のやり取りを聞いてから、椀を持ち上げた。


「では、今日は元服の支度を進めるというところまでね」


 ◇


皆が用事へ戻ったあと、三郎は紙の前へ座り直した。


筆を取り、端へいつもの名を書く。


三郎。


その横に、少しだけ場所を空けた。


あやがのぞき込んだ。


「新しい名前を書くところ?」


「まだ、決まっていない」


「決まったら書くの?」


「そうだ」


あやは紙を見てから呼んだ。


「三郎兄上」


「何だ」


すぐに返事が出た。


あやが笑う。


「元服したあとも、返事しそう」


「まだ分からないだろう」


「そのとき、呼んでみる」


三郎は何か言い返そうとして、やめた。


大人になりたいと思っていた。


けれど、新しい名で呼ばれる自分を思い浮かべようとすると、まだ、少し難しかった。


紙の上の「三郎」は、手慣れた字で書けていた。

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