↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第二部 鎌倉がざわめくころ、二階堂家の日々――承元二年~三年(1208~1209年)
PR
21/103

幕間2 ちよは、直成から求婚される

元暦元年(1184年)、鎌倉。


あの日から、数日が過ぎていた。


ちよは、まだ答えを聞いていなかった。


自分をどう思っているのか尋ねたら、直成は年齢の話をした。


十六と三十三。


十七年違うということは、覚えている。


その先を聞こうと思っていたところへ、直成から声をかけられた。


「今夜、少しお話しできませんか」


昼ではなく、夜だった。


仕事の話なら、いつも会ったときにする。


ちよは理由を尋ねかけ、今夜聞けばよいと思い直した。


 ◇


夕餉のあとの屋敷は、昼間より静かだった。


ちよは縁に座り、庭を見ていた。


月明かりの中に、草木の輪郭が浮かんでいる。


直成は、少し離れたところへ座った。


今日は紙も筆も持っていない。


その手元が空いていることに、ちよは少し驚いた。


「お話があるのでしょう」


「はい」


直成は姿勢を正した。


けれど、そのまま黙ってしまった。


ちよは待った。


風が庭を通り、葉が擦れる音がした。


「まだ、言い方を考えているのですか」


直成が、ちよを見た。


「分かりますか」


「何度か、お話ししていますから」


直成は少し笑った。


「先日のことなんですが」


「年の差のお話ですか」


「……はい」


ちよも、そこは考えてきた。


この人には大事なことらしい。


ならば、自分も答えた方がよいのだろう。


「年上だとは思っています」


直成がうなずく。


「ずいぶん年上だとも、思っています」


「そうですよね」


「でも、直成殿と話すのは好きです」


直成の顔が、少し変わった。


ちよは膝の上で指を重ねた。


はっきり言いすぎた気もしたが、言い直したくはなかった。


「それは、お伝えしておきたかったのです」


直成は、しばらく黙っていた。


それから、静かに言った。


「ありがとうございます」


ちよも、少し目を伏せた。


返事をもらうと、言ったときより恥ずかしくなった。


 ◇


直成が懐へ手を入れた。


取り出したのは、細い組紐だった。


丁寧に組まれ、小さな輪になっている。


「ちよ殿に、受け取っていただければと思って」


ちよは、その手の中を見た。


「私に?」


「はい」


「指につけるものですか」


直成が少し驚いた顔をする。


「どうして分かったんですか」


「輪になっているから」


「ああ。そうですね」


ちよは笑った。


「何に使うのです?」


直成は、答える前に少し迷った。


「僕の知っている習わしで、こういう輪を渡すことがあるんです」


「どこの習わし?」


直成の言葉が止まった。


ちよは、その間を知っていた。


鎌倉へ来る前のことを尋ねると、ときどき、うまく答えられなくなる。


それでも、別の話を作って答えたことはなかった。


「説明しにくいのですね」


「はい。すみません」


ちよは、もう一度、組紐の輪を見た。


「では、何のために用意したのかを、教えてください」


直成はうなずいた。


少し近くへ進み、片膝をつく。


ちよは目を丸くした。


「直成殿?」


「これも、その習わしなんです」


直成は少し照れたように笑った。


「慣れてはいないので、妙に見えるかもしれませんが」


「初めて見ました」


「そうですよね」


ちよも笑った。


差し出された手へ、自分の左手を重ねる。


直成の指が、組紐の輪を薬指へ通した。


少しゆるかった。


ちよが指を動かすと、直成もそれに気づいた。


「あ。大きかったですね」


「少し」


「直しましょうか」


ちよは輪を押さえた。


「今は、このままで」


直成が、自分のために用意したものだった。


金でも銀でもない、小さな組紐。


ちよは、左手を膝の上へ戻した。


 ◇


「その前に、話しておきたいことがあります」


直成が言った。


まだ片膝をついていたので、ちよは座り直すように促した。


直成は礼を言い、向かいへ座った。


「僕は、自分の氏や、昔のことを、きちんとお話しできていません」


ちよはうなずいた。


「はい」


「財も、多くはありません。仕事で帰りが遅くなったり、鎌倉を離れたりすることもあると思います」


「それは、お仕事ですから」


「ただ、そういうことも知ったうえで、考えていただきたくて」


直成は、一つずつ話した。


言えること。


まだ話せないこと。


今の仕事と、これからの暮らし。


ちよは、指の輪へ触れながら聞いた。


自分をよく見せるための話なら、もっと短く済むだろう。


この人は、気に入られないかもしれないことまで、先に話そうとしている。


「直成殿」


「はい」


「まだ、続きますか」


直成は口を閉じた。


それから、少し困った顔で笑った。


「長くなりましたね」


「肝心なお話を、まだ聞いていません」


直成は、ちよを見た。


今度は、すぐに目をそらさなかった。


「二階堂の家に入ることを、望んでいます」


ちよは、少し首を傾けた。


二階堂の家へ入る。


年の差を気にしていたこと。


夜に話したいと言ったこと。


左手の、小さな輪。


ようやく、つながった。


「これは、求婚ですか」


直成がうなずいた。


「はい」


ちよの指が、膝の上で少し動いた。


聞きたかった答えが、思いがけない形で届いた。


直成は、もう一度ちよの前へ進んだ。


片膝をつき、左手へそっと手を添える。


今度は、ちよも尋ねなかった。


「ちよ殿」


「はい」


「僕と、家族になってもらえませんか」


ちよは、すぐには返事をしなかった。


家族。


夫婦になってほしいという言葉を、直成はそう言った。


左手に触れる手は、静かだった。


ちよは、その手へ、空いている方の手を重ねた。


「ありがとうございます」


直成が、少し息をついた。


「嬉しいです」


それは、今、確かに思っていることだった。


けれど、この場で決められることばかりではない。


「ただ、家にも話さなければなりません」


直成が瞬いた。


「二階堂の家へ入るのですから。父や母にも、考えがあるでしょう」


「そうですね」


「……先に、ご家族へお話しするべきでしたか」


ちよは少し笑った。


「普通は、そうでしょうね」


「分かっていたはずなんですが」


「では、なぜ私に先に聞いたのです?」


直成は、ちよを見た。


「ちよ殿が嫌なら、ご家族にお願いしても、困らせてしまうと思ったからです」


ちよは笑うのをやめた。


「まず、あなたの気持ちを聞きたかった」


長い説明のあとに、その言葉だけは、すぐに分かった。


ちよは左手を見た。


それから、直成へ顔を戻した。


「先に聞いてくださったことは、嬉しいです」


直成が静かにうなずく。


「明日、家にも話しましょう」


「はい。僕も伺います」


「今夜より、大変かもしれませんよ」


直成は、今度は少し笑った。


「では、きちんと考えておきます」


「また、長くなりそうですね」


ちよが言うと、直成も笑った。


左手の輪を、もう一度押さえる。


今夜、直成が自分へ何を伝えたかったのかは、分かった。


自分がどう答えるのか。


それは、家の者に話す前に、自分で考えたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。