幕間1 ちよは、直成が年齢を気にすることを不思議に思った
元暦元年(1184年)、鎌倉。
直成に会う用事がある日は、家を出る前から話すことを考えていた。
頼まれた文書を届けること。預かった言付けを、間違えずに伝えること。
そのあとに、少し話せるだろうか。
ちよは衣の袖を直し、もう一度、言付けを思い返した。
◇
直成は、顔を上げて人の話を聞く。
初めは、仕事のためだと思っていた。
誰から預かったのか。誰へ渡すのか。いつまでに返事が要るのか。
一つずつ尋ねられるので、ちよも、次に来るときには先に確かめるようになった。
けれど、仕事に要らない話も覚えていた。
家の用事で、二か所へ行った日のことだった。急いだのに、帰ってから別の頼まれ事を思い出した。
直成へ話している途中で、ちよは言葉を止めた。
こんな話を聞いていて、面白いだろうか。
「退屈ではありませんか」
「いえ」
「大した話ではありません」
直成は筆を置いた。
「それで、間に合ったのですか」
「……何が?」
「もう一つの用事です」
ちよは、直成の顔を見た。
相手が出かける前に着いたのか。その続きを、この人は待っていた。
ちよが話し始めると、直成は広げていた紙を脇へ寄せた。
帰り道で、ちよは自分ばかり話してしまったと思った。
次は、直成の話を聞こう。
そう考えてから、次に来る用事は、まだ頼まれていなかったことを思い出した。
◇
雨で帰れなくなった日もあった。
直成は濡れないところを空け、ちよが座ると仕事へ戻った。
一行書いて、こちらを見る。
また少し書き、顔を上げる。
ちよは、今度目が合ったところで笑った。
「無理に、お話を探さなくても」
筆が止まった。
「分かりますか」
「何度も、こちらを見るので」
直成は紙へ目を戻した。
ちよも庭を見た。
雨が軒から落ち、土の上に小さな穴を作っていた。隣では、筆の動く音がした。
黙っていると、帰る頃合いかと気になることがある。
その日は雨が降っていたので、急いで立たずに済んだ。
やがて、筆の音が止まった。
「今のところは、何と書いたのですか」
尋ねると、直成は紙をこちらへ向けてくれた。
◇
話すことがなくても、もう少しここにいたい。
そう思うようになってから、帰り際が難しくなった。
直成は門まで送ってくれる。次に来たときには、前にどこまで話したか覚えている。
ちよが笑うと、直成も笑う。
けれど、用事が済めば帰るのは、自分だった。
来るのを待っているのか。
来たから話してくれるのか。
家へ戻ってから考えても、分からなかった。
◇
人の声が遠のいた書き物の間に、直成とちよだけが残っていた。
直成は、広げていた紙を重ねている。
ちよは少し離れたところに座り、その手元を見ていた。
もう、紙の端はそろっていた。
このまま立てば、いつものように門まで送ってくれるだろう。
次に来る日まで、また考えることになる。
ちよは膝の上で手を重ねた。
今なら、ほかに聞いている人はいなかった。
「直成殿」
「はい」
「私のことを、どう思っていますか」
紙をそろえる手が止まった。
直成が顔を上げる。
ちよは目をそらさなかった。
仕事のことであれば、この人は、分かるところから答えてくれる。
今も、そうしてくれればよかった。
ところが、直成は何も言わない。
ちよを見たあと、少し視線を下げた。
「……それは」
言葉が続かなかった。
ちよは待った。
問いを取り消すつもりはなかった。
今日聞かなければ、次に会うまで、また同じことを考える。
「お答えしにくいですか」
「いえ。そういうわけでは」
直成は紙から手を離した。
何か言いかけて、やめる。
それから、思いがけないことを尋ねた。
「ちよ殿は、おいくつですか」
「十六です」
「そうですか」
直成は、また黙った。
ちよは自分の答えを考え直した。
年は、間違えていない。
直成の指が、紙の端へ戻った。もうそろっているのに、少し押し直している。
「僕は、三十三なんです」
「三十三」
ちよは、その数を繰り返した。
自分より年上なのは、見れば分かる。
顔立ちは整っているが、若い兄たちとは、落ち着き方も話し方も違っていた。
けれど、それを気にして話したことはなかった。
「十七も、離れています」
直成が言った。
ちよは、その顔を見た。
「はい」
直成は、こちらの返事を待っているようだった。
ちよも、直成の返事を待っていた。
しばらくして、ちよは尋ねた。
「それは、私のことをどう思っているかのお答えですか」
直成が顔を上げた。
「……違いますね」
「では、その続きも聞かせてください」
直成は困ったように笑った。
ちよは、やはりこの人と話すのが好きだと思った。
だからこそ、続きを聞きたかった。
十七年離れていることは、分かった。
その数を、どうして直成がこれほど気にしているのか。
ちよには、そちらの方が不思議だった。




